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【第三章】HEAVEN'S DOOR
15.因果応報
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「別れて欲しいんだ」
突然真理からそう言われて、不破は笑った。
やっと、なにもかもがうまくいきはじめてる。
二人の関係も問題はないのに、真理はなにを言い出すのだろう。
「なに言ってんの。真理、冗談にもほどがあるぞ」
「オレ、尊に隠れて、馨と会ってたんだ。やっぱり、馨がいいんだ。馨でないと駄目なんだよ」
「馨?」
思ってもいなかったことを言われて、頭の中が真っ白になる。
今更、真理の口からその名前が出るのはなぜだ。
不破の唇は、まだ笑った形を残している。
真剣な表情の真理を、理解できない気持ちで、ただ見ている。
「おまえに、そんなことが出来るわけ、ないじゃん」
そうだ、真理にそんな不実なことが出来るはずがない。
なのにどうしてこんな下手な嘘をついて、自分を惑わすのだろう。
「なんでそう思うの。オレは、馨と一緒にいたときだって、馨を裏切って尊と会ってたんだ。同じことだよね。オレはそういう人間なんだ」
「嘘だ……」
じゃあ、この2年という二人で過ごした時間はなんだったのだろう。
辛い思いもさせた、けど、愛し合ってると信じていたから乗り越えてきたんじゃないのか。
「オレのこと、愛してなかったってこと?」
「愛してたよ、昔は。オレはきっと、昔の、輝いていた頃の不破尊を愛してたんだ。今の、おまえじゃない…」
淡々と語る真理の冷静な声に、不破は次第に表情を失った。
「嘘だ…そんなこと、信じられない」
愛していなかったのなら、なんのために一緒になったんだろう。
周囲を傷つけて、多くのものを失って、貫いた愛の結果がこれなのか。
「じゃあ、なんで、馨と別れて、オレのところに来たんだよ?!」
「あのときは、記憶がなかった。だから、自分でも、自分の気持ちがわからなかったんだ。おまえの強引さに、引っ張られただけだ」
そう言われると、不破には言葉がない。
確かに、真理は自分の意思で不破を選んだとは言い難い。
不破が言葉を失っていると、真理は言葉を続けた。
「それに、正直言って、もうこんな窮屈な生活にも耐えられない。おまえには言ってなかったけど、馨にも随分、援助してもらっていたんだ」
真理のその言葉に、不破は思い当たってはっとする。
「もしかして…あの2百万も」
「馨に出してもらった」
その真実は不破のプライドを粉々に打ち砕いた。
「馨の、金だった…?」
ここまでこれたことも自分の力なんかじゃなかった。
「二人で…二人で、オレのこと、嘲笑ってたってことか?」
自分だけがなにも知らずに、真理と馨によって踊らされていたのだ。
「笑ってなんか、いない。同情しただけだ」
真理のその言葉は決定的だった。
あまりの屈辱に、不破の心は張り裂けそうになる。
「……出てけよ……出てけ…行け!」
テーブルに両手を叩きつけて不破は叫んだ。
真理はあらかじめまとめてあった小さな荷物を持って、玄関に立つ。
「尊、おまえが日本一の役者になったら、きっとオレ、おまえを捨てたこと後悔すると思う」
だから、オレを見返してみろ―。
別れの言葉の中の挑発のせいで、不破は悲しみよりも屈辱と激しい怒りの中で真理を見送った。
それはもはや憎悪に近い。
真理が出て行ったあと、窓から下を見るとアパートの前に外車が止まっていた。
運転席から降りてきたのは確かに馨で、真理の言葉が本当だったのだと思い知る。
馨はアパートの階段を降りてきた真理に走り寄って肩を抱いた。
馨に支えられるようにして車に乗る前、真理は一度だけ部屋の方に顔を向けた。
2年前、ちょうど今の馨と同じように、馨と真理の暮らしていた家から真理を浚った。
これが因果応報かと思うと、自分を笑うしかない。
その結果、散々真理に辛い生活を強いて、逃げられても仕方ない。
けれど、許せない。
許すことなど出来ない。
あれほどの強い愛を、裏切った真理を許すつもりはない。
真理と馨の姿はもう視界にない。
カーテンにしがみついて、不破は唇を噛んで、声を殺して泣いた。
上等だよ、真理。
おまえの言ったとおり、日本一の役者になってやるよ。
望み通り、必ず後悔させてやる。
ただひとつ、その思いだけが真理を失ったそれからの不破を支えた。
突然真理からそう言われて、不破は笑った。
やっと、なにもかもがうまくいきはじめてる。
二人の関係も問題はないのに、真理はなにを言い出すのだろう。
「なに言ってんの。真理、冗談にもほどがあるぞ」
「オレ、尊に隠れて、馨と会ってたんだ。やっぱり、馨がいいんだ。馨でないと駄目なんだよ」
「馨?」
思ってもいなかったことを言われて、頭の中が真っ白になる。
今更、真理の口からその名前が出るのはなぜだ。
不破の唇は、まだ笑った形を残している。
真剣な表情の真理を、理解できない気持ちで、ただ見ている。
「おまえに、そんなことが出来るわけ、ないじゃん」
そうだ、真理にそんな不実なことが出来るはずがない。
なのにどうしてこんな下手な嘘をついて、自分を惑わすのだろう。
「なんでそう思うの。オレは、馨と一緒にいたときだって、馨を裏切って尊と会ってたんだ。同じことだよね。オレはそういう人間なんだ」
「嘘だ……」
じゃあ、この2年という二人で過ごした時間はなんだったのだろう。
辛い思いもさせた、けど、愛し合ってると信じていたから乗り越えてきたんじゃないのか。
「オレのこと、愛してなかったってこと?」
「愛してたよ、昔は。オレはきっと、昔の、輝いていた頃の不破尊を愛してたんだ。今の、おまえじゃない…」
淡々と語る真理の冷静な声に、不破は次第に表情を失った。
「嘘だ…そんなこと、信じられない」
愛していなかったのなら、なんのために一緒になったんだろう。
周囲を傷つけて、多くのものを失って、貫いた愛の結果がこれなのか。
「じゃあ、なんで、馨と別れて、オレのところに来たんだよ?!」
「あのときは、記憶がなかった。だから、自分でも、自分の気持ちがわからなかったんだ。おまえの強引さに、引っ張られただけだ」
そう言われると、不破には言葉がない。
確かに、真理は自分の意思で不破を選んだとは言い難い。
不破が言葉を失っていると、真理は言葉を続けた。
「それに、正直言って、もうこんな窮屈な生活にも耐えられない。おまえには言ってなかったけど、馨にも随分、援助してもらっていたんだ」
真理のその言葉に、不破は思い当たってはっとする。
「もしかして…あの2百万も」
「馨に出してもらった」
その真実は不破のプライドを粉々に打ち砕いた。
「馨の、金だった…?」
ここまでこれたことも自分の力なんかじゃなかった。
「二人で…二人で、オレのこと、嘲笑ってたってことか?」
自分だけがなにも知らずに、真理と馨によって踊らされていたのだ。
「笑ってなんか、いない。同情しただけだ」
真理のその言葉は決定的だった。
あまりの屈辱に、不破の心は張り裂けそうになる。
「……出てけよ……出てけ…行け!」
テーブルに両手を叩きつけて不破は叫んだ。
真理はあらかじめまとめてあった小さな荷物を持って、玄関に立つ。
「尊、おまえが日本一の役者になったら、きっとオレ、おまえを捨てたこと後悔すると思う」
だから、オレを見返してみろ―。
別れの言葉の中の挑発のせいで、不破は悲しみよりも屈辱と激しい怒りの中で真理を見送った。
それはもはや憎悪に近い。
真理が出て行ったあと、窓から下を見るとアパートの前に外車が止まっていた。
運転席から降りてきたのは確かに馨で、真理の言葉が本当だったのだと思い知る。
馨はアパートの階段を降りてきた真理に走り寄って肩を抱いた。
馨に支えられるようにして車に乗る前、真理は一度だけ部屋の方に顔を向けた。
2年前、ちょうど今の馨と同じように、馨と真理の暮らしていた家から真理を浚った。
これが因果応報かと思うと、自分を笑うしかない。
その結果、散々真理に辛い生活を強いて、逃げられても仕方ない。
けれど、許せない。
許すことなど出来ない。
あれほどの強い愛を、裏切った真理を許すつもりはない。
真理と馨の姿はもう視界にない。
カーテンにしがみついて、不破は唇を噛んで、声を殺して泣いた。
上等だよ、真理。
おまえの言ったとおり、日本一の役者になってやるよ。
望み通り、必ず後悔させてやる。
ただひとつ、その思いだけが真理を失ったそれからの不破を支えた。
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