HEAVENーヘヴンー

フジキフジコ

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【第三章】HEAVEN'S DOOR

7.バッシング

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不破と杏理が正式に別れてすぐ、迎えに来た不破の車に乗って、真理は馨と暮らした家を出た。
玄関の階段を降りて、2階の寝室の窓を見上げる。
そこに、馨がいるはずだった。

「真理」
「うん…」
長い回り道をして、やっと一緒になれたことが嬉しくてたまらないというように、不破は笑顔を絶やさない。
「ねえ、家に行くまえに海見て行こうか。随分外でデートしてないし」
車を走らせると、不破はそう言った。

真理の生まれ故郷に近い海に着いたときはもう夕暮れで、夏が終わりかけた夕方の海は人寂しかった。

車から降りて、真理は懐かしそうに目を細め、防波堤の先の白い海を見る。
暮れていく水平線の向こうに過去の自分がいるような気がした。
「そういえばオレ、こんなふうによく海を見てた」
不意に真理がそんなことを言い出して、不破は横に立って顔を覗きこみ「へえ、それっていつのこと」と聞く。
「おまえがアメリカ行ってるとき。この、海のずっと向こうに不破がいるんだなって、そう思いながら見てたんだ」

あのときは離れていて寂しかったけど、不破の気持ちを信じていたから少しも悲しくなかった。
「真理!それって思い出したってこと?」
「じゃ、なくて。…ごめん、他のことはやっぱ、わかんない」
「いいんだよ、無理すんな」
不破は人目もはばからず、真理を背中から抱きしめる。
「真理、愛してる。オレたち、幸せになろうな」
そう言う不破の言葉には多くの人を傷つけたからこそという気持ちがあった。

「不破…」
馨を裏切って、杏理も、大輔も傷つけて、それでも手に入れた不破との生活にはいったいどんな意味があるのだろう。
今はまだ、わからない。
けれど、彷徨って、流されて、ここが行きつく場所ならば、この手を離したくなかった。
もう一人で海の向こうを見つめなくてもいいのだ。
大切な人は手の届く場所にいる。



***



多くの犠牲を払って一緒になった真理と不破だったが、二人の生活は思わぬところでつまずいた。
世間のバッシングだ。
元国民的アイドルグループの中で起きた男同士の略奪愛は、一方的に不破と真理に批判が集中した。
ドラマ以上にドラマチックな出来事にはいろいろと手が加えられ、あることないことを暴きたてられたうえ、二人は世間から一斉に強い批判を浴びた。

不破はイメージダウンを恐れるスポンサーからコマーシャルの契約を打ち切られ、決まっていたドラマの主役も降ろされた。
身動きのとれなくなった不破を、事務所はあっさり切り捨てた。
短時間の間にすべてのものを失った不破に残されたのは、多額の違約金だけだった。



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