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【第三章】HEAVEN'S DOOR
5.別れの決意
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真夜中過ぎに帰ってきた馨はかなり酔っているようだった。
真理が差し出した水を飲んで、心配そうに覗き込む顔に瞳の奥で微笑する。
もう一杯持ってこようかと言って、馨の前から離れようとした真理の手首をつかんで、馨は言った。
「真理、今日から別の部屋で寝よう」
驚いて、真理は目を見開く。
「どうして?」
「今日、不破と会って話した。不破は、杏理と別れて君と一緒になるって言ってる。真理も、そのつもりなんだよね」
確かに、不破は一緒になろうと言った。
けれどそれを現実として捕らえることは、真理には出来なかった。
真理は混乱する。
「オレは…」
どうしていいのか、自分がどうしたいのかさえわからない。
何が正しくて何が間違った選択なのか、教えて欲しいのは自分の方だ。
けれど目の前の馨の、荒んだ表情に胸をつかれる。
今、助けを必要としているのは、むしろ馨のような気がした。
「オレはどこにも行きたくない。馨と、ここにいたい」
嘘ではなく、それは本心で言った言葉だった。
確かに自分には不破を愛した記憶はあっても、馨を愛した記憶はない。
けれど、どちらにしてもそれは過去のことだ。
事故のあとでずっと側にいて支えてくれたのは馨で、こうやってこのまま二人で暮らしていれば、記憶なんてなくても生活していけると思う。
事故の前も馨に愛されて、自分は充分幸せだったに違いない。
そう思いながら、もうすでに一度不破に抱かれて馨を裏切ったことを後悔とは別の感情でぼんやりと思う。
あの強くて激しい愛の前で、これからも自分は馨を裏切り続けるかもしれない。
「ここで、馨と一緒にいる」
それでも、今すぐに、何かを変える勇気は真理にはなかった。
「真理……」
小さな身体に縋るように、馨は腕を回した。
いつにない性急な仕草で真理のパジャマのボタンを外し肩から滑らせ、唇を重ねてくる。
玄関先で中途半端に脱がされた状態で求められても、真理は拒まない。
床に這いつくばるような格好で、自分の股間に顔を埋める馨の髪を、真理は慰めるように梳く。
馨が心の中で泣いているような、そんな気がしたから。
「…あっ…いい…馨…気持ち、いいよ…すごく、いい…」
少しずつ脚を開いて、自分で馨が挿入しやすいように、腰をあげる。
「来て…挿れて、馨。奥まで挿れて、突いて」
そう、心と身体で馨を受け入れる。
馨のすべてを。
一時の欲情に飲まれたように激しく抱き合ったあとで、馨は長い間、黙りこんだ。
真理は、玄関から動こうとしない馨を立たせて、一緒にシャワーを浴び、パジャマを着させて同じベッドに入った。
馨の背中に縋るように眠ろうとしたが、馨の声が、真理の眠りを妨げた。
「……真理、オレたち、やっぱり別れよう」
真理は、ただ首を振って答えた。
馨は真理を見ないまま、真理に背中を向けて、言葉を続けた。
「君は、本当はずっと、不破を愛していたんだ。不破のことだけ思い出したのは、それが君の正直な気持ちだからだよ。それはオレにとっても、君にとっても認めたくないことだった。だけど、君の記憶だけが、正直だったんだ」
真理は馨の背中にしがみついて、首を振る。
「真理…」
「オレが…」
「え?」
「オレが……不破のことだけ…思い出したからっ…、馨、そんな…意地悪言ってるんだろっ…」
泣いているのか、不明瞭な声で言う。
「オレはっ…どこにも行きたくないっ…馨と一緒に、ここに…いたい」
声にならない声で必死に訴える真理を、振り返って馨は力いっぱい抱きしめた。
「真理!」
この存在を誰よりも愛しいと思ってきた。
離したくない、誰にも渡したくない。
けれど、本当に真理の幸福を願うなら、今は離れるべきだと馨は自分自身に言い聞かせて、身を切られるような思いで、その身体を引き離した。
「…馨」
「真理、人を傷つけることを怖がっちゃ駄目だ。人を傷つけることを恐れていたら本当に欲しいものを見失ってしまう。オレは今まで卑怯だった。君の気持ちを知りながら、それでも自分のものにしておきたくて、随分君を苦しめたと思う。だから、これは罰なんだよ。……別れよう」
「……どうしても?」
「どうしても」
微笑みながら頷いた馨の頬を、涙が滑りおちる。
馨の流す涙は、自分の涙よりも辛い。
こんなに優しい人の心を抉るように傷つけて、自分がなにを得ようとしているのか真理にはわからなかった。
真理が差し出した水を飲んで、心配そうに覗き込む顔に瞳の奥で微笑する。
もう一杯持ってこようかと言って、馨の前から離れようとした真理の手首をつかんで、馨は言った。
「真理、今日から別の部屋で寝よう」
驚いて、真理は目を見開く。
「どうして?」
「今日、不破と会って話した。不破は、杏理と別れて君と一緒になるって言ってる。真理も、そのつもりなんだよね」
確かに、不破は一緒になろうと言った。
けれどそれを現実として捕らえることは、真理には出来なかった。
真理は混乱する。
「オレは…」
どうしていいのか、自分がどうしたいのかさえわからない。
何が正しくて何が間違った選択なのか、教えて欲しいのは自分の方だ。
けれど目の前の馨の、荒んだ表情に胸をつかれる。
今、助けを必要としているのは、むしろ馨のような気がした。
「オレはどこにも行きたくない。馨と、ここにいたい」
嘘ではなく、それは本心で言った言葉だった。
確かに自分には不破を愛した記憶はあっても、馨を愛した記憶はない。
けれど、どちらにしてもそれは過去のことだ。
事故のあとでずっと側にいて支えてくれたのは馨で、こうやってこのまま二人で暮らしていれば、記憶なんてなくても生活していけると思う。
事故の前も馨に愛されて、自分は充分幸せだったに違いない。
そう思いながら、もうすでに一度不破に抱かれて馨を裏切ったことを後悔とは別の感情でぼんやりと思う。
あの強くて激しい愛の前で、これからも自分は馨を裏切り続けるかもしれない。
「ここで、馨と一緒にいる」
それでも、今すぐに、何かを変える勇気は真理にはなかった。
「真理……」
小さな身体に縋るように、馨は腕を回した。
いつにない性急な仕草で真理のパジャマのボタンを外し肩から滑らせ、唇を重ねてくる。
玄関先で中途半端に脱がされた状態で求められても、真理は拒まない。
床に這いつくばるような格好で、自分の股間に顔を埋める馨の髪を、真理は慰めるように梳く。
馨が心の中で泣いているような、そんな気がしたから。
「…あっ…いい…馨…気持ち、いいよ…すごく、いい…」
少しずつ脚を開いて、自分で馨が挿入しやすいように、腰をあげる。
「来て…挿れて、馨。奥まで挿れて、突いて」
そう、心と身体で馨を受け入れる。
馨のすべてを。
一時の欲情に飲まれたように激しく抱き合ったあとで、馨は長い間、黙りこんだ。
真理は、玄関から動こうとしない馨を立たせて、一緒にシャワーを浴び、パジャマを着させて同じベッドに入った。
馨の背中に縋るように眠ろうとしたが、馨の声が、真理の眠りを妨げた。
「……真理、オレたち、やっぱり別れよう」
真理は、ただ首を振って答えた。
馨は真理を見ないまま、真理に背中を向けて、言葉を続けた。
「君は、本当はずっと、不破を愛していたんだ。不破のことだけ思い出したのは、それが君の正直な気持ちだからだよ。それはオレにとっても、君にとっても認めたくないことだった。だけど、君の記憶だけが、正直だったんだ」
真理は馨の背中にしがみついて、首を振る。
「真理…」
「オレが…」
「え?」
「オレが……不破のことだけ…思い出したからっ…、馨、そんな…意地悪言ってるんだろっ…」
泣いているのか、不明瞭な声で言う。
「オレはっ…どこにも行きたくないっ…馨と一緒に、ここに…いたい」
声にならない声で必死に訴える真理を、振り返って馨は力いっぱい抱きしめた。
「真理!」
この存在を誰よりも愛しいと思ってきた。
離したくない、誰にも渡したくない。
けれど、本当に真理の幸福を願うなら、今は離れるべきだと馨は自分自身に言い聞かせて、身を切られるような思いで、その身体を引き離した。
「…馨」
「真理、人を傷つけることを怖がっちゃ駄目だ。人を傷つけることを恐れていたら本当に欲しいものを見失ってしまう。オレは今まで卑怯だった。君の気持ちを知りながら、それでも自分のものにしておきたくて、随分君を苦しめたと思う。だから、これは罰なんだよ。……別れよう」
「……どうしても?」
「どうしても」
微笑みながら頷いた馨の頬を、涙が滑りおちる。
馨の流す涙は、自分の涙よりも辛い。
こんなに優しい人の心を抉るように傷つけて、自分がなにを得ようとしているのか真理にはわからなかった。
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