56 / 64
第三部
7.永遠
しおりを挟む
【達也】
残っていた最後のレギュラー番組が終わって、僕たちが全員揃う仕事は完全になくなった。
もうひと月くらい、祥也君にも、高野君にも会っていない。
僕はずっと美神君と一緒にいる。
日に日に様子がおかしくなる美神君を一人に出来なくて。
美神君は、気休めのようにしていた新しいドラマの話もレコーディングの話もしなくなり、あれほど繰り返し見ていた昔の僕らのライブ映像もそんなものがあることも忘れたように手にとらなくなった。
何かを待っているように、空いた時間を部屋の中に閉じこもって過ごしている。
ただぼんやり窓の外を見ている。
その様子は翼の折れた飛べない鳥が空を見上げているみたいで、見ていると胸が痛くなる。
「美神君、ご飯食べてよ。少しでもいいから」
壁と窓の隅で膝を抱くような格好で座ったままの美神君の前に、僕はトレイを差し出した。
不恰好なオムレツと焦げすぎたチャーハン、お世辞にも美味しそうには見えない。
「…理史君みたいにはいかないね」
美神君を笑わせようと思って口にしたその言葉は思い切り滑ってしまった。
理史君の名前に、美神君は悲しそうに顔を伏せてしまう。
「テレビ、見ようか」
気を逸らそうとしてリモコンを探り寄せて慌ててつけたテレビ画面には、最悪間の悪いことに僕らの事務所の後輩が映っていた。
原色のライトを浴び、踊りながら黄色い声援を全身で受け止めて、手を振りながら笑顔で返している彼ら。
美神君は無表情な眼差しで、そのテレビ画面を見ていた。
そこに自分たちの過去を見ているのか、それともこの現実を受け入れようとしているのかはわからない。
ただ静かに、大きな瞳のスクリーンに光を映している。
変わりやすい人の愛情は残酷だ。
こんなふうに誰かを犠牲にして、誰かの成功を作る。
たまらなくなって僕は手にしていたリモコンを思いきりテレビ画面に投げつけた。
「……達也?」
驚いたように美神君が僕の名前を、今日はじめて僕の名前を呼んだ。
ほんの少し傷ついただけで割れもしない画面に腹が立つ。
僕らの苛立ちにも悲しみにもお構いなしに、一方的に展開していく画面にムカつく。
「美神君…」
突然胸にこみ上げてきたのは悔しさなんだろうか。
持っていく場所のない悔しさに唇を噛んで僕は、美神君の腰を抱きしめてうずくまった。
「悔しいよ。酷いよ。…んで、なんで人は変わるんだろう」
こんなことで涙が出るはずはなかった。
芸能界でトップに立つことなんて夢でも目標でもなかった。
ただ楽しければそれでよかったんだ。
遊びだった、僕にとっては。
それなのに人の裏切りがこんなに許せない。
この人を傷つける、人の変わりやすい心が許せない。
達也、と美神君が僕を呼びながら背中を撫でる。
「人はさあ、変わるんだ。人の気持ちは変わる。けどそんなこと恨んだら駄目だ。人が変わることを許して、おまえは自分が大事にしていることをずっと大切にすることで、永遠とか普遍とかを証明するんだよ」
達也、わかった?
優しい声でそう言った。
美神君は誰かを許して、自分自身で永遠を試してるの?
僕には、まだよくわからない。
◇◇◇
仕事を終えたあと部屋に帰る気になれず、なんとなく司は業界人がよく行くクラブに足を向けた。
長い年月を芸能界で過ごしてしまった司にとって、普通の人が集まる店は視線が煩わしくて居心地が悪い。
結局、行くあてが自分が気嫌いしている人間の集まるこんなところにしかないことが司を卑屈にさせる。
「あれー、高野?」
店の入り口で、以前ドラマで共演した同じ年の俳優とすれ違って名前を呼ばれた。
「よお、元気か?」
しばらく立ち止まって噂話をしたあとで、そういえば、と彼は思い出したように言った。
「さっき、おまえんとこのメンバー、外でガラの悪い連中に絡まれてたぜ」
「え?」
「確か美神君、だと思った。なんかすげえ酔って荒れてるみたいだったなあ」
どうして止めなかったんだ!そう言って突っかかってしまいそうな衝動を司は必死で耐えた。
他人のトラブルに自分から首を突っ込むタレントなんていない。
そう考えるのがこの世界の常識だ。
焦る気持ちを必死で押さえ正確な場所を聞き出して、司は店を飛び出した。
残っていた最後のレギュラー番組が終わって、僕たちが全員揃う仕事は完全になくなった。
もうひと月くらい、祥也君にも、高野君にも会っていない。
僕はずっと美神君と一緒にいる。
日に日に様子がおかしくなる美神君を一人に出来なくて。
美神君は、気休めのようにしていた新しいドラマの話もレコーディングの話もしなくなり、あれほど繰り返し見ていた昔の僕らのライブ映像もそんなものがあることも忘れたように手にとらなくなった。
何かを待っているように、空いた時間を部屋の中に閉じこもって過ごしている。
ただぼんやり窓の外を見ている。
その様子は翼の折れた飛べない鳥が空を見上げているみたいで、見ていると胸が痛くなる。
「美神君、ご飯食べてよ。少しでもいいから」
壁と窓の隅で膝を抱くような格好で座ったままの美神君の前に、僕はトレイを差し出した。
不恰好なオムレツと焦げすぎたチャーハン、お世辞にも美味しそうには見えない。
「…理史君みたいにはいかないね」
美神君を笑わせようと思って口にしたその言葉は思い切り滑ってしまった。
理史君の名前に、美神君は悲しそうに顔を伏せてしまう。
「テレビ、見ようか」
気を逸らそうとしてリモコンを探り寄せて慌ててつけたテレビ画面には、最悪間の悪いことに僕らの事務所の後輩が映っていた。
原色のライトを浴び、踊りながら黄色い声援を全身で受け止めて、手を振りながら笑顔で返している彼ら。
美神君は無表情な眼差しで、そのテレビ画面を見ていた。
そこに自分たちの過去を見ているのか、それともこの現実を受け入れようとしているのかはわからない。
ただ静かに、大きな瞳のスクリーンに光を映している。
変わりやすい人の愛情は残酷だ。
こんなふうに誰かを犠牲にして、誰かの成功を作る。
たまらなくなって僕は手にしていたリモコンを思いきりテレビ画面に投げつけた。
「……達也?」
驚いたように美神君が僕の名前を、今日はじめて僕の名前を呼んだ。
ほんの少し傷ついただけで割れもしない画面に腹が立つ。
僕らの苛立ちにも悲しみにもお構いなしに、一方的に展開していく画面にムカつく。
「美神君…」
突然胸にこみ上げてきたのは悔しさなんだろうか。
持っていく場所のない悔しさに唇を噛んで僕は、美神君の腰を抱きしめてうずくまった。
「悔しいよ。酷いよ。…んで、なんで人は変わるんだろう」
こんなことで涙が出るはずはなかった。
芸能界でトップに立つことなんて夢でも目標でもなかった。
ただ楽しければそれでよかったんだ。
遊びだった、僕にとっては。
それなのに人の裏切りがこんなに許せない。
この人を傷つける、人の変わりやすい心が許せない。
達也、と美神君が僕を呼びながら背中を撫でる。
「人はさあ、変わるんだ。人の気持ちは変わる。けどそんなこと恨んだら駄目だ。人が変わることを許して、おまえは自分が大事にしていることをずっと大切にすることで、永遠とか普遍とかを証明するんだよ」
達也、わかった?
優しい声でそう言った。
美神君は誰かを許して、自分自身で永遠を試してるの?
僕には、まだよくわからない。
◇◇◇
仕事を終えたあと部屋に帰る気になれず、なんとなく司は業界人がよく行くクラブに足を向けた。
長い年月を芸能界で過ごしてしまった司にとって、普通の人が集まる店は視線が煩わしくて居心地が悪い。
結局、行くあてが自分が気嫌いしている人間の集まるこんなところにしかないことが司を卑屈にさせる。
「あれー、高野?」
店の入り口で、以前ドラマで共演した同じ年の俳優とすれ違って名前を呼ばれた。
「よお、元気か?」
しばらく立ち止まって噂話をしたあとで、そういえば、と彼は思い出したように言った。
「さっき、おまえんとこのメンバー、外でガラの悪い連中に絡まれてたぜ」
「え?」
「確か美神君、だと思った。なんかすげえ酔って荒れてるみたいだったなあ」
どうして止めなかったんだ!そう言って突っかかってしまいそうな衝動を司は必死で耐えた。
他人のトラブルに自分から首を突っ込むタレントなんていない。
そう考えるのがこの世界の常識だ。
焦る気持ちを必死で押さえ正確な場所を聞き出して、司は店を飛び出した。
0
お気に入りに追加
53
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる