東京シンデレラ

フジキフジコ

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13【完】売れない小説家の告白

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部屋に帰ったあと、高杉に合わす顔がなくてオレは寝室に閉じこもった。
高杉のために身体を売ったオレを、高杉がどう思うか不安だった。

いい気分じゃないことはわかっている。
だってオレは高杉の小説が実力で採用されるなんてカケラも信じていなかったんだから。

今だって、そうだ。
高杉の夢は適わないと、適うはずがないと、思っている。
そのせいで、いつか高杉を失うんじゃないかと思っている。

「…椎名」
ドアの向こうから、高杉が呼びかける。
鍵なんかかけてないんだから、入ってこようと思えば入ってこられるのに。
やっぱり、怒ってるんだな。

「ごめんな。おまえの期待、裏切って。いろいろ心配かけて」
けど、高杉の声は穏やかだった。
オレはドアの側にいって、高杉の声がちゃんと聞き取れるようにドアに耳をつけた。

「オレ、今度こそ、本を出して、ちゃんとした作家になってさ、おまえの仕事やめさせようと思ったんだけど。結局、おまえに甘えていたんだな。オレさあ、今回こそ目が覚めたよ。こんなんじゃダメだと思った」
いつになく真剣な声だった。
なにを言い出すんだろうと、オレの中の不安はどんどん大きくなる。

「オレ、自分のこと、おまえに喋ったことなかったな。聞いてくれるか」
そう言って、高杉は自分のことを話し始めた。

高杉の両親が、高杉が中学生の頃、揃って交通事故で亡くなったこと。
それから母親の妹に引き取られたことを、オレははじめて知った。

「叔母は売れっ子の少女漫画家で、美意識の化け物みたいな女だった。オレを引き取った理由が、綺麗だからだと、そう言ったんだ。そしていつもオレに、言ったよ。あなたは最高級の男になりなさい、って。オレは叔母によって磨かれた。けど、どんなに外見を磨いても、オレの中身は腐っていった。他人に外見を褒められることがたまらなくいやだった。それは叔母が自分の好みで作った偽物のオレだから。本当のこのオレを、好きになってくれる人なんか、いない。オレは誰も信じられなくなった。叔母から逃げて、堕落した生活をはじめたオレに、情けをかけてくれる人は結構いたよ。だけどオレはそれを愛だなんて、思わなかった。叔母と同じように、オレの外面を気に入ってるだけだって、軽蔑しながら、世話になってたんだ。オレはそういう卑屈な人間なんだ」

高杉は信じられないことを言う。
高杉は誰からも愛されていた。
高杉ほど愛された男はいない。

「作家になるってことも、本当は夢だったわけじゃない。言い訳だったんだ。他人にたかって生きていくための言い訳だった。だけど、おまえが応援してくれて、真剣に小説に向き合って、やっとわかったんだ。オレは作家になりたいんだって。だけどオレがその夢を適えようと思うなら、オレは自分の力だけで勝負しないといけないんだよ。オレは、変わらないといけないんだよな」

どういう意味だよ、それ。
出てくって、言うのか。
この部屋から出てくって。
嫌だ。
オレはおまえと別れたくない。
今のままの高杉でかまわないから!

「高杉!」
今にも高杉がオレの前から消えそうで、オレは泣きながら寝室を飛び出した。
ドアの前に立っていた高杉の胸に飛びこんで、シャツをつかんでいやいやをするように首を振った。

「いいんだ…よ、おまえは…そのまんまで…変わらなくて…いいんだっ」
「椎名……」

高杉だから。
どんなに世間知らずでも金がかかっても、妙ちきりんな小説しか書けなくても、高杉だから、オレは。

「オレは…オレは。一緒にいたい、おまえと…。どこにも、行くな…」
高杉のためじゃない。
自分のために、オレは高杉を引き止めている。

「椎名!」
高杉はオレを抱きしめた。
名前を呼んだ声は涙声だった。 

「椎名…おまえはオレのことを、本当のオレのことを知らないから、そんなこと言うんだろ?オレは、最低の男なんだ。叔母と、血の繋がった叔母と関係してたんだ。どんなに後悔しても、その過去は消せない。オレは今でも悪い魔女に呪いをかけられてるんだ」

それは、血を吐くような告白だった。
「オレは…みんなが、褒めてくれるオレという男が…心底嫌いだったんだよっ!」
「高杉…」

オレの憧れの、スターだった高杉が、そんなことを思ってたなんて。
けれどおまえは、そんなに苦しくて辛いときでも、他人を幸せにすることは出来たんだよ。
おまえはそれを知らないんだな。

「悪い呪いなら、いつかとける」
オレは高杉の目を見て、断言した。
高杉はオレの言葉を否定するように首を振った。
「肉親と関係していたような男が、どうしたらまともになれる?」
呪いを解く方法なんて決まってる、ひとつしかない。
「それはやっぱり…お姫様のキス、とか?」
高杉は、涙で濡れた顔で、唖然としたようにオレを見た。

あれ、オレ、今のセリフ、なんか間違えた?
冷静に考えれば、ものすごく、恥ずかしいセリフかも。
自覚したオレは途端に顔に血が昇って、多分、真っ赤になってる。
高杉は泣きながら、笑った。

「そうかもしれない。本当に、愛する人が、心からオレを愛してくれたら、オレはいい人間に、王子さまにだってなれるかもしれないな」

絶望の中に希望を見出したような瞳でそんなことを言うな。
オレの頬を両手で挟んで、逃げ道を塞いでおいて、そんなことを言うなよ。

「椎名、おまえがオレを愛してくれたら…」
高杉の唇が近付いてくる。
けど、高杉は重大な勘違いをしてる。

「でも!オレはお姫様なんかじゃない!そんな上等なモンじゃない。風俗で男に身体を売る淫売だ」
そんな男が、おまえに、愛される資格なんかないだろ?
高杉は首を振った。

「椎名でないとダメだ。おまえの愛でないと、オレは救われない」
「高杉……」

オレたちは愛されたがりの欲張りだ。
でも他の誰の愛も必要ない。
求めているのは世界でただひとつの愛。
オレは高杉の胸に飛び込んで泣いた。

誰かから必要とされ、誰かを必要とされる喜びと、ほんの少しの切なさをかみしめて。

オレたちの恋は決して上等でも美しいものでもないかもしれないけど、きっと、今、お互いを必要とするこの気持ちの純粋さだけは、人にも、神様にも誇れる。

「高杉…」
顔を上げると、綺麗な高杉の顔は涙に濡れて酷いことになっている。
いくら二枚目でも泣き過ぎて腫れた目をしてたら、高杉光太郎も並の男だ。
でもオレだって似たようなものかもしれない。

顔しか取柄がないとトオルに言われるその顔が、酷いことになってるだろう。
それでもかまわないなら、キスして欲しい。

そんな気持ちで瞼を閉じる。
触れてきた熱はゆっくりと身体に浸透していくようだった。
抱きしめてキスをして涙を乾かそう。
涙が乾いたらまた二人で、どこに続くかわからない道を手をつないで歩んで行こう。





★END★








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