東京シンデレラ

フジキフジコ

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10.ガテン系でもサマになる男

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次の日もその次の日も、オレの不毛な訓練は続いた。
そして高杉は毎晩のように酔っ払って帰ってきた。
いい加減頭にきていたオレは、機嫌がいいはずがなく、店で愛想笑いのひとつも出来ない。

「椎名君、どうしたの、その眉間のシワ。唯一の取柄の可愛い顔が台無しだよ」
冷やかすようにトオルに言われても罵声を返す気力もない。
「オレのヒモが毎晩遅くまで飲んだっくれてんだよ。こっちは必死になって失業の危機と戦ってんのに」
「ああっ!」
急に大声出すなよ、びっくりしたじゃねえか。

「椎名君のヒモって、あの人なんだってね。オレの客だった、あのカッコいい人!オレ、昨夜仕事の帰りに、見かけたよ」
「…どこで?」
トオルは頭の中でなにか考えてるような顔をして、それから薄気味の悪い笑顔を浮かべた。
「ふふふ、3丁目の、薬屋の交差点あんじゃん?今日、帰りに寄ってみなよ。きっといるよ」
どうもナニか企んでいそうなトオルの表情が気に食わなかったが、オレは言われた通りに行ってみた。

3丁目の交差点付近に飲み屋なんかあったかなあ、と記憶を辿りながら行ってみると、薬屋の前は夜の間、水道管の補修工事をしているらしく黄色い鉄柵で囲まれていた。
通りを挟んだ歩道から飲み屋を探してキョロキョロしていると、工事をしている男の中に探してる男の顔を見つけた。

黄色のヘルメットをかぶって首にタオルをかけ、グレイの作業服姿でドリルで地面に穴を空けているのは紛れもなく高杉だった。
そんな格好も意外にサマになっているから高杉という男は不思議だ。

仲間のオヤジに声をかけられて人好きのする笑顔で言葉を返す。
家事をするとき同様、高杉はその仕事をまるで楽しいことのようにこなしている。

呆然とその姿を遠目から見ていたら、自然に目に涙が溜まった。
なにも考えてないようで、高杉なりに生活の心配をして奮起していたんだ。
包丁より重いものなんか持ったこともないような高杉がこんなきつい仕事を、オレに隠れてしていたなんて。
1時間、オレはずっとそうして高杉を見ていた。

どうやら作業が終ったらしく、作業員たちは穴から上がって、敷物の上で輪になってコンビニから調達してきたおでんや弁当をツマミにカップ酒を飲み始めた。
毎晩酔って帰ってくるのはこのせいらしい。

高杉は安酒にはすぐに酔うという妙な酒癖がある。
仕事を終えた男たちの満足気な笑い声に紛れて、オレはその場をそっと離れた。



***



次の日の朝、高杉が起きてベッドを抜け出す気配に目が覚めたオレは、高杉がジョギングから帰ってきてシャワーを浴び終えるのをそわそわしながら待っていた。

「あれ椎名、もう起きたの?朝飯、食べるなら作ろうか?」
頭を拭きながら言う高杉の手を「いいから来て」と言って引いて、寝室に戻る。

「なんだよ、どうしたの」
「しよう…高杉」
高杉はきょとんとした表情でオレを見つめる。
「なんで?」
「なんでもいいから!」

腰にバスタオルを巻いただけの高杉をベッドに座らせて、その膝に跨るように乗る。
「…高杉」
なんだか恥ずかしくて、顔が見れない。

まだ湿ってる胸に手を当てて、目を閉じて思いきって、呆然としている高杉にキスする。
唇を重ねるだけの、初恋みたいな淡いキス。
でもすぐに物足りなくなって、舌で唇を割るようにして、高杉の口腔に忍び込む。
迎い入れられて舌先が高杉の舌先に触れた。
瞬間、背中に腕が回って抱きしめられた。
オレも高杉の首に腕を回して濡れた長い髪に指を絡める。

「あっ…高杉…」
これ以上は近くにいけないというほどお互いの身体を抱きしめて、唇を貪る。
こうしていると、自分の気持ちに素直になれる。

オレは、高杉が好きなんだ。

指に絡まる髪の感触も、背中を抱く大きな手のひらも重なった胸の温もりも、すべてが好きだ。

裸になって抱き合うことの意味がわかった。
裸よりももっと裸になって体温も匂いも全部感じたい。
高杉の全部を。

「…好きだ。高杉、好き、だ」
好きな男と抱き合う日が来るなんて、オレは思ったこともなかった。

それどころかオレは自分が誰かを好きになるなんてことさえ、考えたことはない。
だから、金で身体を売ることなんかなんとも思ってなかった。
この身体はオレ自身のもので、オレだけのもので、どう使おうとオレの自由だった。
でも今は。
今はどうだろう。

オレは高杉のものになりたいのかもしれない。
高杉だけのものに。
いつかは。

名残惜しげに唇を離して、潤んだ目で高杉を見つめた。
日に焼けた褐色の胸に頬をつけて鼓動の音を聴いたあと、胸の飾りに口づける。

「…椎名?」
高杉とセックスするとき、客にするような真似は出来なかった。
だからいつも人形のように、高杉の好きにさせるように抱かれていた。
でも今は、してやりたい気分だった。
オレの出来ること、なんでもして高杉を気持ちよくしてやりたい。

乳首を舐めながら、手を太腿の上に這わせる。
バスタオルの中に忍びこませて、少しづつ核心に触れていく。
すでに硬くなりはじめた肉を手の中に包み込むと、高杉が甘い吐息を吐いた。

「椎名……」
息を飲みこんで、高杉はオレの手を止めた。
それからオレを抱きこむようにしてベッドの上に横たえた。

「違うだろ。オレがおまえを抱きたいんだよ?」
「高杉…」
高杉はオレを甘やかす。
店で、たった数万円の金と引換えに、身体のどんな恥ずかしいところも他人に見せるようなこのオレを、大事な恋人のように、扱う。

「おまえがオレのヒモだから?」
拗ねたように言ってやると、高杉は目を細くして微笑った。
「愛しているから……」
「こんなオレを?」

嘘なのか、真実なのか、言葉ではわからない。
きっとおまえは嘘をつくのが上手すぎるから。
「椎名を、愛してる」
身体中にキスの雨を降らせ、高杉は行為でそれをオレに証明した。



夢中で抱き合ったあと、ベッドから出るのがなんだか惜しくて、オレたちは向かい合って横になったまま、見つめ合った。
「なあ高杉。おまえの気持ちは嬉しいけど、道路工事の仕事は、もうやめろよ」
思いきって、そう言った。

「おまっ、知ってたの?」
高杉は驚いて跳ね起きた。
オレは黙って、頷いて応えた。
「でもさ、おまえが失業したら、オレがしっかりしないと」
「心配すんなって、オレは大丈夫だし。おまえは小説を書くのが仕事だろ?他のことなんかしてる暇あるかよ」

幸い睦月の訓練が功を制して、だんだん調子が戻ってきた。
この分なら来週あたりから客の前に出れそうだ。

「椎名、それって。オレの夢を認めてくれるってこと?」
「だって、しょうがねえじゃん。オレは途方もない夢を追う、そういうおまえが好きなんだから」
言ったあとカーッとなって頬が火照るのが自分でもわかった。
「椎名」
高杉はオレをぎゅうぎゅう抱きしめた。

「なあ、オレ、もう一つ夢が出来た」
「おまえ、いい加減にしとけよ。一つでたくさんだろ!」
そう、叶いそうもない夢はひとつでたくさんだ。

焦るオレに余裕の微笑を見せながら、高杉は言う。
「ついでだから引きうけてくれよ、もう一つの夢も」
「なんだよ。聞くだけ聞いてやる」
この上、画才もないのに画家になるとか言い出したらどうしよう。
「オレさ、ちゃんとした作家になって、稼いで、おまえをシアワセにしてやりたい。そういう夢」
やられた。
今度はオレが呆然とする番だった。

「ほんとに…おまえの夢はバカデカいよ」
「椎名」
高杉の唇が近付いて、重なって、オレたちはもう一度求め合った。

体力もないのに2回も出してしまって、オレはぐったりとベッドに沈んだ。



「でもオレ、道路工事の仕事は続けるよ」
高杉の方はまるで疲れていないような声で、今すぐにでも仕事に行ってくるといいそうな感じだ。
「だって生活費は必要だろ」

確かにこの2週間というものオレは仕事をしてないわけで、これまでと同じ生活レベルを保つのは難しい。
でも策は考えてある。

「ああ、オレ考えたんだけど。この際だからクローゼットに眠ってるブランドもんの服とアクセサリー、売ろうと思ってさ。結構まとまった現金になると思うよ、あれ。ゴールド、手放すのはちょっと惜しいけどね」
「え…」
密着させた高杉の身体が妙な反応を示して、オレは不審気な眼差しを高杉に向けた。

「……なんだよ」
「あれ?…えっと、言わなかったっけ?…あれは実はもう処分したんだ」
「な、なんだってえ!?」
「いやだっておまえ、着ないし。邪魔そうにしてたからてっきり要らないんだと思ってさ」

オレは飛び起きて、裸のままクローゼットを開けて、目の前の服をかきわけた。

確かに奥にあったはずの服も、引き出しの中にあったアクセサリーもなくなってる。
「いつ?!」
「や、もうかなり前だよ?」
「か、か、かなり前?!なんで勝手なことすんだよ」

オレは引き出しを全部引っ張り出して、逆さまにして中身をぶちまけた。
安っぽいアクセサリーが少し残っていただけだ。
「ない…。松居にもらったドルチェの、金の腕輪が…ない」

プロ野球選手の松居は2丁目のクラブの常連だった。
ここだけの話、ヤツはホモだった。
今はそんなことはどうでもいい。
その松居から貰った腕輪はオレが家宝にしようと心に決めていたものだったのに!

「やい、てめえ!売った金はどうした?!」
高杉は片手で口を押さえて、オレの顔色を伺うように上目でオレを見る。
どうやら言えないようなことに使ったらしい。
そうか、だったらオレが言ってやるっ!

「競馬かあ?!競艇か?!それともパチンコかあ?!てめえ!出ていけっ。今すぐ出ていけ!」

あまりにも情け無くて床に突っ伏して泣くオレを、高杉は恥ずかし気もなく駆け寄ってきて抱きしめる。
「ごめん、椎名。ホントにごめん。ごめんね」

オレはオレを泣かす男の胸に縋って、くたくたになるまで泣き続けた。




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