東京シンデレラ

フジキフジコ

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3.歓楽街の帝王にオレはなる

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『東京ローズクラブ』
これがオレの働いている2丁目ソープの名前だ。

店長は佐久間睦月さくまむつきと言ってオレよりも2つばかり若い。
こいつがなんで風俗店なんかやっているのかよくわからない二枚目のインテリで、開店前のフロントでいつもこ難しそうな本を読んでいたりする。

「椎名君」
睦月はオレのことをそう呼ぶ。
「ヒモが出来たんだってね」
「げっ、誰から聞いた」
「ナオキ」

店のポン引きの名前を言って、睦月はミステリアスな黒目がちの瞳を細めて意味深に笑った。
「高校のときのクラスメートだって?なんかロマンチックでいい話じゃない」
オレは自分の酒癖を呪った。
アルコールに弱いオレは、酔うとやたら自分のことを喋る、らしい。
だいたい次の朝、記憶がないので自分がなにを暴露したかは覚えてない。

「ヒモのどこがロマンチックなんだよ」
「あれ、高校時代の片思いの相手じゃないの?」

自分がナオキになにを喋ったのか記憶にないので、反論のしようがないのだが、オレは別に、高杉のことを好きだったわけじゃない。

高杉をカッコいいとも、羨ましいとも思ったし、憧れる気持ちはあったが、あの頃のオレは自分のことで手一杯で、他人のことを考える余裕なんかなかった。

恋なんていうのは四六時中他人のことを考えていられる、生活に余裕のある人間だけに与えられた特権だと思っていた。

「とにかく人一人養う身分になったんだから、今まで以上に頑張って働かなくちゃね」
なにが嬉しいんだか、ニコニコ笑いながらそう言う睦月をオレは睨んだ。

そもそも2丁目のクラブで働いていたオレをこの店に引き抜いたのは睦月だった。
高校を卒業して田舎から東京に出てきたとき、オレははじめから水商売を狙って仕事を探した。

はじめはホストクラブに行ったが、いつまでたってもオンナの扱い方に慣れず、店を点々として辿りついたところが2丁目のクラブだった。

同じ水商売といってもそこはホストクラブに比べるとはるかに給料は安かった。
結局は、店が仲介になった売春クラブで、身体を売るしか金にはならないように出来ていたのだ。
睦月はクラブの常連客で、オレをそのクラブから引き抜いた。

「男相手のソープ嬢なんて冗談じゃない!」
はじめオレはそう言って断ったが、睦月は、今の仕事の方がどんなに不衛生で危険かということをオレに説いた。

「どこの誰かもわからない男とホテルの密室で二人きりになるなんて正気の沙汰じゃないよ。危ないし、病気をウツされたらどうするの。僕の店なら、ちゃんと管理出来る。給料も破格だよ」

確かに睦月の言葉は嘘じゃなかった。
収入はそれまでの3倍。
ただし仕事のハードさはそれまでの5倍。
これが割に合うのかどうかは疑問だが、睦月の側にいてなにかが吹っ切れた。

金を貯めて、いつか睦月みたいに自分の店を持って歓楽街の帝王と呼ばれる男になってやる。
それが目下のオレの計画だ。

風俗だってビジネスには違いない。
この世界は他になんの取柄もないオレが、自分のカラダ一つで大金をつかむことが出来る唯一の可能性を持つジャンルだとオレは思っている。

だから、睦月はオレのお手本だ。
何気なく睦月が手にしてる本の背表紙を覗いたら『人間心理学』ときた。
「睦月、その本になにが書いてあるんだよ」
「お金の儲け方だよ」
そいつはさぞためになるだろう。
「読んだら要点だけ教えてくれよ」
言い残してオレは自分の持ち場に向かった。



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