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1.売れない小説家はこうしてオレのヒモになった
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高杉光太郎は売れない小説家だ。
どれくらい売れてないかというと、聞いたこともないような出版社の聞いたこともないような賞をとって、受賞作が出版されてから5年も立つのに次回作が出ていないくらい売れてない。
すでに肩書きに「小説家」を名乗るのはおこがましいような、自称「小説家」だ。
その高杉と再会したのは大通りを2本も3本も入った裏路地にある、「抜き放題!1時間たったの3千円!」という看板のかかった、安さだけが自慢のソープの待合室だった。
高校時代のクラスメートと再会するのに、これほどバツの悪い場所は他に考えられない。
「高杉じゃねーか!」
破れたところをガムテープで補強しても補強しても、黄ばんだスポンジがはみ出してるソファーから立ちあがってオレは叫んだ。
ところが高杉の方は鼻の頭をかきながらオレを見て「誰だっけ」と、そう言った。
「オレだよ!椎名。椎名広海。高校んとき一緒のクラスだったろ。3年、いや違う2年、あれ1年のときだっけ?」
人の記憶なんて案外こんなもんだ。
けど高杉光太郎と言えば、その存在は他に類を見ないほど華やかだった。
高杉はとくに人よりアタマがよかったわけでも、ズバ抜けて運動神経がよかったわけでもないのに、容貌だけで校内に名前を轟かせていた稀有な男だった。
末は芸能界入りか逆玉かと誰もが真顔で噂した。
クラスが一緒だったときオレも何度か話をしたが、間近で見た高杉は男のオレでも胸がどきどきするような美男子だった。
高杉は単にルックスがイケているというだけでなく、生まれたときから凡人とは決定的ななにかが違う、喩えて言うならオーラのようなものを持っていて、それはもう勝負のしようのないようなものだった。
オレも、出来るなら高杉のような男に生まれてきたかったとも思ったし、女になって付き合ってみたい、とも思った。
言うなれば高杉はオレの高校時代の憧れの人、スターだ。
けど、そのスター高杉光太郎がいったいなんでまた生涯縁のなさそうなこんなチープなソープにいるのか。
しかも高杉の格好ときたら、薄汚れた黒いコートに、伸ばし放題の髪、似合っているとはいえない不精ヒゲ、といった具合でどう見ても景気の良さそうな風体じゃない。
「あっ、思い出した。神経性胃炎と自律神経失調症と肺炎を併発して入院した、あの椎名広海?」
首を捻って散々考えたあげく、高杉はわざわざ一番思い出して欲しくないことを思い出してくれた。
皮肉や嫌味で言ってるわけでもなさそうで、本人はニコニコと嬉しそうに笑いながら話しかけてくる。
「椎名かあ、懐かしいな。おまえ、全然変わってないじゃん」
高杉はここがソープの待合室だということを忘れ、埃のぶら下がってる天井に眩しかった青春時代を思い描いているように、天を仰いで清しい声で言った。
「今なにやってんの」
「なにやってるって…それは、その…あははは」
昔の知り合いに会ったときそれを聞かれるのが一番困る。
大きな声では言えないが実はオレの仕事も風俗関係だ。
かなり特殊な店だが、客も男、サービスを提供するのも男、ということを除けば、仕事の内容はここのソープ嬢と同じだ。
ただしオレの勤める店は界隈でも高級で知られている。
財布の中身に余裕のある金持ちのホモしか相手にしない。
安さだけが売りのこことはそこが違う。
オレはその、通称「2丁目ソープ」の、ナンバーワンソープボーイ、ということになっている。
だからこそ、仕事が終ったあと、こうして今度はサービスしてもらうために来ているのだ。
身体を売った金で身体を買う。
身体も快楽も金で売り買い出来るものだと割りきるために風俗で稼いだ金を風俗で使うのは、この世界に住む人間の職業病のようなものだ。
正直言ってもうセックスなんてしたくないし、仕事で射精しきっていて出るモノも出ないけど、同じような境遇のソープ嬢と風呂に入ってしゃべっているだけで少しは気がまぎれる。
ここのソープ嬢だって仕事が終れば精一杯気取ったなりでホストクラブに行き、お姫様気分を味わうために金を使う。
彼女たちは男に奉仕した分だけ男で楽しむことに使う金を惜しまない。
だから歓楽街は潰れない。
金が循環して、金を生む。
「それにしてもおまえ、すげえ派手な格好だな。なんだよ、そのスーツ。え?ベルサーチ?うっそ。わ、時計見せろ。まさか、これ、この輝きはっ、ローレックスかっ!」
高杉はオレの服や靴を検分したあと、ますます愛好を崩して親しげに擦りよってきた。
「椎名~、おまえ、今、どこに住んでんだよ」
正直に、歩いて十分ほどのところにある十階建てのマンションの名前を言うと、高杉は「マジ?あそこかあ」と目を輝かせるように言ってオレの腕を掴んだ。
「一人?」
オレが頷くのと高杉がオレの腕を引いて立ちあがるのとはほとんど同時だった。
オレはその日のうちに高杉にヤラれて、その日から高杉はオレの部屋の居候になった。
居候なんで聞えのいいもんじゃない。
はっきり言ってやる。
ヒモだ。
オレの青春時代のスター高杉光太郎は、風俗で働くオレのヒモになった。
どれくらい売れてないかというと、聞いたこともないような出版社の聞いたこともないような賞をとって、受賞作が出版されてから5年も立つのに次回作が出ていないくらい売れてない。
すでに肩書きに「小説家」を名乗るのはおこがましいような、自称「小説家」だ。
その高杉と再会したのは大通りを2本も3本も入った裏路地にある、「抜き放題!1時間たったの3千円!」という看板のかかった、安さだけが自慢のソープの待合室だった。
高校時代のクラスメートと再会するのに、これほどバツの悪い場所は他に考えられない。
「高杉じゃねーか!」
破れたところをガムテープで補強しても補強しても、黄ばんだスポンジがはみ出してるソファーから立ちあがってオレは叫んだ。
ところが高杉の方は鼻の頭をかきながらオレを見て「誰だっけ」と、そう言った。
「オレだよ!椎名。椎名広海。高校んとき一緒のクラスだったろ。3年、いや違う2年、あれ1年のときだっけ?」
人の記憶なんて案外こんなもんだ。
けど高杉光太郎と言えば、その存在は他に類を見ないほど華やかだった。
高杉はとくに人よりアタマがよかったわけでも、ズバ抜けて運動神経がよかったわけでもないのに、容貌だけで校内に名前を轟かせていた稀有な男だった。
末は芸能界入りか逆玉かと誰もが真顔で噂した。
クラスが一緒だったときオレも何度か話をしたが、間近で見た高杉は男のオレでも胸がどきどきするような美男子だった。
高杉は単にルックスがイケているというだけでなく、生まれたときから凡人とは決定的ななにかが違う、喩えて言うならオーラのようなものを持っていて、それはもう勝負のしようのないようなものだった。
オレも、出来るなら高杉のような男に生まれてきたかったとも思ったし、女になって付き合ってみたい、とも思った。
言うなれば高杉はオレの高校時代の憧れの人、スターだ。
けど、そのスター高杉光太郎がいったいなんでまた生涯縁のなさそうなこんなチープなソープにいるのか。
しかも高杉の格好ときたら、薄汚れた黒いコートに、伸ばし放題の髪、似合っているとはいえない不精ヒゲ、といった具合でどう見ても景気の良さそうな風体じゃない。
「あっ、思い出した。神経性胃炎と自律神経失調症と肺炎を併発して入院した、あの椎名広海?」
首を捻って散々考えたあげく、高杉はわざわざ一番思い出して欲しくないことを思い出してくれた。
皮肉や嫌味で言ってるわけでもなさそうで、本人はニコニコと嬉しそうに笑いながら話しかけてくる。
「椎名かあ、懐かしいな。おまえ、全然変わってないじゃん」
高杉はここがソープの待合室だということを忘れ、埃のぶら下がってる天井に眩しかった青春時代を思い描いているように、天を仰いで清しい声で言った。
「今なにやってんの」
「なにやってるって…それは、その…あははは」
昔の知り合いに会ったときそれを聞かれるのが一番困る。
大きな声では言えないが実はオレの仕事も風俗関係だ。
かなり特殊な店だが、客も男、サービスを提供するのも男、ということを除けば、仕事の内容はここのソープ嬢と同じだ。
ただしオレの勤める店は界隈でも高級で知られている。
財布の中身に余裕のある金持ちのホモしか相手にしない。
安さだけが売りのこことはそこが違う。
オレはその、通称「2丁目ソープ」の、ナンバーワンソープボーイ、ということになっている。
だからこそ、仕事が終ったあと、こうして今度はサービスしてもらうために来ているのだ。
身体を売った金で身体を買う。
身体も快楽も金で売り買い出来るものだと割りきるために風俗で稼いだ金を風俗で使うのは、この世界に住む人間の職業病のようなものだ。
正直言ってもうセックスなんてしたくないし、仕事で射精しきっていて出るモノも出ないけど、同じような境遇のソープ嬢と風呂に入ってしゃべっているだけで少しは気がまぎれる。
ここのソープ嬢だって仕事が終れば精一杯気取ったなりでホストクラブに行き、お姫様気分を味わうために金を使う。
彼女たちは男に奉仕した分だけ男で楽しむことに使う金を惜しまない。
だから歓楽街は潰れない。
金が循環して、金を生む。
「それにしてもおまえ、すげえ派手な格好だな。なんだよ、そのスーツ。え?ベルサーチ?うっそ。わ、時計見せろ。まさか、これ、この輝きはっ、ローレックスかっ!」
高杉はオレの服や靴を検分したあと、ますます愛好を崩して親しげに擦りよってきた。
「椎名~、おまえ、今、どこに住んでんだよ」
正直に、歩いて十分ほどのところにある十階建てのマンションの名前を言うと、高杉は「マジ?あそこかあ」と目を輝かせるように言ってオレの腕を掴んだ。
「一人?」
オレが頷くのと高杉がオレの腕を引いて立ちあがるのとはほとんど同時だった。
オレはその日のうちに高杉にヤラれて、その日から高杉はオレの部屋の居候になった。
居候なんで聞えのいいもんじゃない。
はっきり言ってやる。
ヒモだ。
オレの青春時代のスター高杉光太郎は、風俗で働くオレのヒモになった。
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