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恋するチェリーボーイズ

4.ラブホテル

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その部屋に入ってドアを閉めたときは、智哉も翔平も、50メートルを全力で走ったあとのように、はあはあと息を切らしていた。

二人は円山町を、入りやすそうなラブホテルを探して歩き回った。
勇気を振り絞ってヒラヒラのビニールの暖簾をくぐった最初のホテルでは、入り口で、ことを済ませて出てきたカップルと鉢合わせてしまい、向こうも若い男同士の二人組にあんぐりと口を開いて驚いていたが、智哉と翔平も、そのカップルがかなり高齢者だったので、度肝を抜かれて思わず逃げ出してしまった。

二軒目のホテルでは、無人のフロントで部屋を選ぶ方法がわからず、あたふたしていると、横にあった事務所の小窓が開いて「18歳未満はお断りだよ!」と怒られて、追い払われた。

三軒目のホテルで、なんとか部屋を選んで小さなエレベーターに乗り、必要もないのに廊下を走って転がるように部屋に入った。

二人は額に浮かんだ汗を手で拭って、「ふー」と深呼吸した。
ラブホに入ることがこんなに難しいことだったとは。
困難なミッションに成功したような達成感に浸っている二人は、お互いの健闘を称えあうように満足そうに顔を見合っているうちに、あれ、なにしに来たんだっけ?と、一瞬、目的を見失なった。

そうしているうちに「目的」を思い出し、急にそわそわと落ち着かなくなる。

「と、とりあえず、靴脱いで、上がろう。あれ、電気どこだろう」

翔平が壁のスイッチを適当に押して智哉が内ドアを開けると、天井のミラーボールが作動して、部屋の中を妖しい赤い光が回転しながら照らした。

その部屋は、大きな円形の、ド派手な色合いのカバーがかかったベッド以外はなにもなかった。
よく見れば、ベッドの横に小さな冷蔵庫、反対側に小さなテーブル、その上にドリップ式コーヒーやお湯を沸かすポット、メニュー表やリモコン、壁にかけられたテレビなどもあるにはあるのだが、あまりにベッドの主張が強すぎて、二人にはそれ以外のものは目に入らなかった。

ベッドの前で固まった智哉と翔平を、ゆるりと回転するミラーボールがキラキラと明滅しながら照らす。

「なんか…す、すげえな。ヤルためだけの部屋って感じが」
智哉が素直な感想を口にして、翔平も「だな」
と同意した。

「翔平、こういうとこ、来たことあるの?」
なにしろ翔平は童貞ではない。
ラブホも経験済かもしれない。
「オレ?ねーよ!はじめて、入った。だからさ、段取りわかんなくて、なんかゴメン」
「別に…謝らなくても、いいよ」

部屋の隅で、「さあ、どうぞ!はじめてください」と言ってるような大きなベッドの前で立ったまま、二人はちょっとどうしていいかわからなくて、戸惑っていた。

「さっきさ、別のとこで会ったカップル、かなり年配だったよな。中年っていうより、高齢者だったじゃん。あと道で会った女装した男と普通の会社員のカップルとか、女子高生とおっさんの援交みたいなカップルもいたな。あの人たち、みんな、こういうとこで、ヤッてたんだよな」
そう言った智哉がそれについてどう思ったのか、翔平は気になった。

なにしろ智哉は清らかなるチェリーだ。
不潔だとか、汚らわしいとか思っただろうか。

「べ、別にセックスは若者だけの特権じゃないからな。中年も、高齢者も、後期高齢者だってしてるかもしれねーし、男同士、女同士の同性カップルだって、トランスジェンダーの女の外見をした男と、男の外見をした女がやってる可能性だってあるだろうな!」
翔平は、智哉が「セックスって、なんか汚い」とか言い出さないように、セックスの多様性を力説した。

「なにしろセックスっていうのは、めちゃくちゃ気持ち良くて、素晴らしいもんだから」
多様性だけでは足りないと思い、素晴らしさも、つけ加える。

「オレ、今までなにしてたんだろ。童貞なんか守って、馬鹿みたいだ。だって、みんなしてるのに」
智哉は自嘲するように、言った。

「おまえの童貞を守ってたのは、オレと西園寺だけどな」
「は?どういう意味?」
聞かれて、翔平は言葉に詰まった。

智哉にちょっかいを出しそうなヤツがいたら、裕と二人で片っ端から陰で妨害していたとは言い難い。
女でも男でも、智哉に告白しようとする人間がいたら、そうさせないように邪魔してきた。
もっとも智哉は、晶に本気で恋していたので、誰に告白されても、その気になるとは思えなかったが。

「いや、だからそれは、オレたちが、我慢したからって意味。本当は、ずっと前から、智哉としたかったから。辛かったんだぜ?」

それも、まあ、本当のことだが、智哉が信じるかな、とちらっと横目で見ると、智哉は顔を赤らめていた。

なんでこう、純情なんだチクショウめ!
翔平は、もう我慢出来なかった。
智哉を、ギュッと抱きしめて言った。
「智哉!好きだよ。ずっと、好きだった。智哉は、世界で一番、可愛い。心配すんな。智哉の童貞は、オレがきっちり、卒業させてやる。オレに任せろ」

智哉は、翔平に抱かれたまま、こくん、と頷いた。


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