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第七章≪過去≫
9.海辺の街
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翌日、わたしと翔平は神奈川県三浦市の海辺の街に来ていた。
小鳥遊先生は、わたしが子供の頃に何をされたのかは、教えてくれなかった。
翔平と二人で、なんとか聞くことが出来たのは、わたしが子供の頃に住んでいた街の名前だ。
「港がある海辺の街で、花音ちゃんのお父さんはピアノ教室をしていたって聞いたわ」
小鳥遊先生はそう言った。
ピアノはわたしの記憶にもある。
兄はピアノが上手だった。
山梨からその街まで辿り着くのも、結構大変だった。
バスに乗って、在来線を何度か乗り換えて、また、バスに乗った。
昼間の路線バスは他に乗ってる人はいなかった。
窓から見える景色を、記憶と照らし合わせても、まったく懐かしさはなかった。
翔平は、電車でもバスの中でも無口だった。
「翔平、ごめんね。せっかくの週末を、こんなことに付き合わせちゃって」
「そんなこと、いいんだ。気にするな」
「でも、なんだか、怒ってるみたい」
翔平は、滅多に怒ることがない。だから、わかりづらいけど、わたしには、わかる。
「花音に、怒ってるんじゃない。おまえ、昨夜も、うなされてた」
「えっ」
昨日、わたしと翔平は、病院に泊まった。
帰りのバスがもうなくて、タクシーで帰ろうと思ったら、小鳥遊先生が、泊まっていきなさいと言ってくれた。
病院は、入院患者さんの面会に来る家族のために、同じ敷地に宿泊施設が用意されていた。
ただ、婚約者って嘘をついたわたしたちは、当然のように、ツインベッドの同じ部屋を充てがわれた。
「ごめん、ね。眠れなかったでしょ?」
「そんなこと、どうでもいいんだ。オレが、許せないのは、奏さんだよ。あんな、苦しそうな声で、泣くようなことをしたとしたら…」
翔平は、ぎゅっと、強く拳を握って、言った。
「わたし…わたしには、まだ、わからないよ」
兄に対して、怒りは、まだない。
むしろ、兄が恋しい。
会いたい。
触れたい。
抱きしめられたい。
「花音」って、甘い声で呼んで欲しい。
いやらしいこと、して欲しい。
二人だけの秘密の、行為を。
ああ、わたしはなんて、いやらしい女なんだろう。
もし、兄が幼いわたしをレイプしたとしても、わたしにそれを責める権利はあるのだろうか。
***
わたしと、兄と、お父さん、お母さんの四人で住んでいた家は、まだ、昔のまま、そこにあった。
意外にも洋風の大きな家で、広い庭もあった。
ただし、庭には雑草が生い茂り、家を囲む木の柵も、傷んでボロボロだった。
まるで時の中に置き去りにされたような家の門には、「ゆいのピアノ教室」と書かれたプレートがあった。
「ここが、わたしが生まれた家?」
「花音、覚えてない?」
「なんとなく。あの、ウッドデッキがある部屋が、お父さんの教室だったと思う。子供たちが、たくさん、通って来てた…の」
わたしと翔平は、家の前で、呆然と立ちすくんでいた。
この場所を探し出すために、何人かの人に、「昔、ピアノ教室があった家を知りませんか?」と聞いた。
知ってる人は一様に、顔をしかめて、同じことを言ったのだ。
「あの、事件のあったピアノ教室?」
「あの、この家になにか用ですか?」
窓からわたしたちを見て、不審に思ったのか、隣の家から女の人が出てきて、言った。
「いえ、あの、すみません」
慌てて言うと、お母さんと同じ年齢くらいのその女の人は、わたしの顔を見て、驚いた表情になった。
「花音ちゃん?あなた、花音ちゃんでしょう!」
小鳥遊先生は、わたしが子供の頃に何をされたのかは、教えてくれなかった。
翔平と二人で、なんとか聞くことが出来たのは、わたしが子供の頃に住んでいた街の名前だ。
「港がある海辺の街で、花音ちゃんのお父さんはピアノ教室をしていたって聞いたわ」
小鳥遊先生はそう言った。
ピアノはわたしの記憶にもある。
兄はピアノが上手だった。
山梨からその街まで辿り着くのも、結構大変だった。
バスに乗って、在来線を何度か乗り換えて、また、バスに乗った。
昼間の路線バスは他に乗ってる人はいなかった。
窓から見える景色を、記憶と照らし合わせても、まったく懐かしさはなかった。
翔平は、電車でもバスの中でも無口だった。
「翔平、ごめんね。せっかくの週末を、こんなことに付き合わせちゃって」
「そんなこと、いいんだ。気にするな」
「でも、なんだか、怒ってるみたい」
翔平は、滅多に怒ることがない。だから、わかりづらいけど、わたしには、わかる。
「花音に、怒ってるんじゃない。おまえ、昨夜も、うなされてた」
「えっ」
昨日、わたしと翔平は、病院に泊まった。
帰りのバスがもうなくて、タクシーで帰ろうと思ったら、小鳥遊先生が、泊まっていきなさいと言ってくれた。
病院は、入院患者さんの面会に来る家族のために、同じ敷地に宿泊施設が用意されていた。
ただ、婚約者って嘘をついたわたしたちは、当然のように、ツインベッドの同じ部屋を充てがわれた。
「ごめん、ね。眠れなかったでしょ?」
「そんなこと、どうでもいいんだ。オレが、許せないのは、奏さんだよ。あんな、苦しそうな声で、泣くようなことをしたとしたら…」
翔平は、ぎゅっと、強く拳を握って、言った。
「わたし…わたしには、まだ、わからないよ」
兄に対して、怒りは、まだない。
むしろ、兄が恋しい。
会いたい。
触れたい。
抱きしめられたい。
「花音」って、甘い声で呼んで欲しい。
いやらしいこと、して欲しい。
二人だけの秘密の、行為を。
ああ、わたしはなんて、いやらしい女なんだろう。
もし、兄が幼いわたしをレイプしたとしても、わたしにそれを責める権利はあるのだろうか。
***
わたしと、兄と、お父さん、お母さんの四人で住んでいた家は、まだ、昔のまま、そこにあった。
意外にも洋風の大きな家で、広い庭もあった。
ただし、庭には雑草が生い茂り、家を囲む木の柵も、傷んでボロボロだった。
まるで時の中に置き去りにされたような家の門には、「ゆいのピアノ教室」と書かれたプレートがあった。
「ここが、わたしが生まれた家?」
「花音、覚えてない?」
「なんとなく。あの、ウッドデッキがある部屋が、お父さんの教室だったと思う。子供たちが、たくさん、通って来てた…の」
わたしと翔平は、家の前で、呆然と立ちすくんでいた。
この場所を探し出すために、何人かの人に、「昔、ピアノ教室があった家を知りませんか?」と聞いた。
知ってる人は一様に、顔をしかめて、同じことを言ったのだ。
「あの、事件のあったピアノ教室?」
「あの、この家になにか用ですか?」
窓からわたしたちを見て、不審に思ったのか、隣の家から女の人が出てきて、言った。
「いえ、あの、すみません」
慌てて言うと、お母さんと同じ年齢くらいのその女の人は、わたしの顔を見て、驚いた表情になった。
「花音ちゃん?あなた、花音ちゃんでしょう!」
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