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第七章≪過去≫

4.団地

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長谷川さんと別れてから、わたしは兄のマンションに帰ることが出来なかった。

行くあてなんてなかったのに、気がつくと、お父さんとお母さんと三人で暮らしていた団地に向かっていた。

団地についたときは外はもう真っ暗で、部屋の灯りがカーテンの隙間から漏れて、それぞれの家庭の晩ご飯の匂いや、楽しそうな団欒の声が漏れていた。

わたしが両親と暮らしていた部屋にも、灯りが点いていた。
もう、そこには別の家族が住んでいて、そこはわたしの帰るところじゃない。

わたしは、団地の端にある、小さな児童公園のベンチに座った。
スーパーで買った食材を横に置く。

頭の中では、長谷川さんの言った言葉がぐるぐる巡った。

「母は死ぬまで許さなかった」

兄に再会した日、兄も、同じことを言ってた。

「二人はきっと、死ぬまでオレのことを許してなかったと思う」

それに、最近、見る悪夢。
誰かに、身体を触られる夢。
お母さんの、怒った、怖い顔。

もしかして、兄は、幼かったわたしを…?
だからお母さんを怒らせて、矯正施設に入ったの…?

いやだ、そんなこと考えたくない。

「お母さん…」
小さく呟くと、涙が溢れるように、出た。

会いたい、お母さんに。
抱きしめて欲しい。
大丈夫って、言って欲しい。



***



「花音?」
名前を呼ばれて、兄が探しに来たと思って、慌てて立ち上がった。

でも、薄暗闇の中、そこに立っていたのは翔平だった。

「翔平!どうして、いるの?」
「何言ってるんだ?オレ、ここに住んでんだけど」
「あ…そっか」

ここに翔平がいることは不自然じゃない。
わたしがいることの方が、不自然だ。

「おまえこそ、どうした?奏さんと、喧嘩でもしたのか?」

茶化すように聞かれたけど、わたしは翔平の、のんきな顔を見て、ほっとしたのだと思う。
耐えていた感情が一気に溢れて、わあって、泣きながら、翔平の胸に飛び込んだ。

もう無理だった。
とても、一人では抱えきれない。
誰かに、聞いて欲しかった。

「どうしたんだよ、花音」
「翔平…わたし、もう、どうしていいか、わからないよ」

「花音…」
翔平がそっと背中を撫でてくれた。

「わたし、お兄ちゃんのこと、好きなの。…好きなの!」

わたしは翔平の胸に額をつけて、言った。





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