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第一章≪再会≫

2.お兄ちゃん

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お父さんとお母さんのお葬式が済んで二週間後、わたしは久しぶりに登校した。

両親を一度に亡くしたわたしを気遣って、クラスメイトも担任の松本先生も、みんなが優しい言葉をかけてくれた。



***



「えっ?花音、引っ越すの?」
未来ちゃんが大きな声で言った。

天気のいい昼休みは、クラスが違う翔平と未来ちゃんと3人で、校庭でお弁当を食べる。
高校に入ってからの習慣だ。

わたしたち3人は同じ団地に住んでいて、小学校も中学も高校も同じで、ずっと仲良しだ。

「うん。今、わたし、団地で一人暮らしでしょ。団地での未成年の一人暮らしはやっぱりいろいろまずいみたいで。札幌の叔母さんのところに行くことになったの」
「でも、卒業まであと一年だよ?花音、うちで一緒に住まない?わたし、お母さんに頼んでみる」
「未来ちゃん」
未来ちゃんの優しい言葉に、また涙が出そうになった。

嬉しいけど、未来ちゃんのお母さんはシングルマザーで、朝早くから夜遅くまで働いている。
未来ちゃんはお母さんを手伝って、小学生の弟の朝ご飯や晩ご飯も、作ってる。
高校生になってからは家計を助けるため、アルバイトだってしてるのだ。
わたしが役に立つならいいけど、一緒に住まわせてもらったら、負担をかけることになってしまう。

「施設、とか入れないのか?」
翔平がそう言った。
「それも考えたんだけど、児童養護施設は、基本的には16歳まで、らしいの」
「じゃあ、アパートを借りて一人暮らしをする、とか?」
「本当はそうしたかったよ。でも、恥ずかしいけど、お金がないんだ」

翔平と未来ちゃんは、なんとも言えない顔をした。
「貯金とか、生命保険とか、も?」
「うん。うち、かなり貧乏だったみたい。気づかなかったけど」
「だけど、花音のお父さん、普通に会社員だったよな。ピアノの調教師だろ?それって特殊技能だし、給料いいのかと思ってた」
「詳しいことはわからないけど、お父さん、わたしが小さい頃、ピアノ教室をやってたらしくて。そのときの借金をずっと返済してるみたいだった」
「そうだったんだ。知らなかった。でも、だったらおばさん、パートとかすれば良かったのにね」
未来ちゃんが言った。

未来ちゃんのお母さんは保険の外交員だし、翔平のお母さんも駅前のスーパーでパートの仕事をしている。
だけど、わたしのお母さんは専業主婦だった。

わたしも不思議に思ってお母さんに聞いたことがある。
「どうしてお母さんはお仕事しないの?」って。
お母さんは、笑いながら、「花音の側にいたいの。お母さんは、花音が一番大切だから」って、言った。

また、お母さんを思い出して涙が出そうになる。
いつまでも泣いていたらいけない。
みんなに心配かけるだけだ。
わたしは二人に言った。

「いいの。札幌の叔母さんには、お葬式のときにはじめて会ったけど、いい人だったし。それにわたしね、団地にいると、お母さんとお父さんのこと思い出しちゃって、ツライんだ。知らない場所に行った方が、楽になれる気がするの」

子供の頃から住んでいるこの街を離れるのはそれ以上に辛いけど、そう言うしか、なかった。

「花音、おまえ、お兄さんがいるのか?」
翔平が、言った。
「葬式のとき、親戚の人がそんなこと話してるのが聞こえたんだ。団地で見たことないし、葬式にもいなかったよな。いま、どこにいるんだ?」

お葬式のとき、大人たちが、兄のことを話しているのは、わたしの耳にも入ってきた。

「わからないの。お兄ちゃんには、もうずっと、会ってないから」

そう、私には6歳違いの兄がいる。
名前は、結野奏ゆいのかなで
兄は、私が小学一年生のとき、全寮制の中学に進学するために家を出て、そのときから会っていない。

お母さんたちからは、兄は中学を卒業したあと、アメリカの高校に進学して、そのままアメリカで仕事をしていると聞いていた。

わたしがそう話すと、翔平も未来ちゃんも驚いていた。

「いくら全寮制の学校やアメリカの学校にいったって、夏休みや冬休みには、帰ってくるよな。一度も会ってないって、変じゃないか」
「うーん、そうかなあ。うちは、お父さんもお母さんも、なぜかお兄ちゃんの話をしたがらなかったから」

「もしかしたら、花音のお兄さん、問題児、だったとか?」
未来ちゃんが顔をしかめて、言う。

「それは…そうかもしれない」
葬式のとき、親戚の人は兄のことを悪く言っていた。

わたしは、ぼんやりとしか兄のことを覚えてないけど、兄はわたしにとても優しかった気がする。
物静かで、穏やかで、いつもわたしを守ってくれた。
わたしは兄のことを、とても好きだったと思う。

だからなのか、兄のことを思い出すと、切なくて寂しい気持ちになる。

お兄ちゃん、なんで花音に会いに来てくれないの?
花音のこと、嫌いになったの?

まるで、わたしの中の幼い心が、そう言って泣いてるみたいに。






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