2 / 62
第一章≪再会≫
2.お兄ちゃん
しおりを挟む
お父さんとお母さんのお葬式が済んで二週間後、わたしは久しぶりに登校した。
両親を一度に亡くしたわたしを気遣って、クラスメイトも担任の松本先生も、みんなが優しい言葉をかけてくれた。
***
「えっ?花音、引っ越すの?」
未来ちゃんが大きな声で言った。
天気のいい昼休みは、クラスが違う翔平と未来ちゃんと3人で、校庭でお弁当を食べる。
高校に入ってからの習慣だ。
わたしたち3人は同じ団地に住んでいて、小学校も中学も高校も同じで、ずっと仲良しだ。
「うん。今、わたし、団地で一人暮らしでしょ。団地での未成年の一人暮らしはやっぱりいろいろまずいみたいで。札幌の叔母さんのところに行くことになったの」
「でも、卒業まであと一年だよ?花音、うちで一緒に住まない?わたし、お母さんに頼んでみる」
「未来ちゃん」
未来ちゃんの優しい言葉に、また涙が出そうになった。
嬉しいけど、未来ちゃんのお母さんはシングルマザーで、朝早くから夜遅くまで働いている。
未来ちゃんはお母さんを手伝って、小学生の弟の朝ご飯や晩ご飯も、作ってる。
高校生になってからは家計を助けるため、アルバイトだってしてるのだ。
わたしが役に立つならいいけど、一緒に住まわせてもらったら、負担をかけることになってしまう。
「施設、とか入れないのか?」
翔平がそう言った。
「それも考えたんだけど、児童養護施設は、基本的には16歳まで、らしいの」
「じゃあ、アパートを借りて一人暮らしをする、とか?」
「本当はそうしたかったよ。でも、恥ずかしいけど、お金がないんだ」
翔平と未来ちゃんは、なんとも言えない顔をした。
「貯金とか、生命保険とか、も?」
「うん。うち、かなり貧乏だったみたい。気づかなかったけど」
「だけど、花音のお父さん、普通に会社員だったよな。ピアノの調教師だろ?それって特殊技能だし、給料いいのかと思ってた」
「詳しいことはわからないけど、お父さん、わたしが小さい頃、ピアノ教室をやってたらしくて。そのときの借金をずっと返済してるみたいだった」
「そうだったんだ。知らなかった。でも、だったらおばさん、パートとかすれば良かったのにね」
未来ちゃんが言った。
未来ちゃんのお母さんは保険の外交員だし、翔平のお母さんも駅前のスーパーでパートの仕事をしている。
だけど、わたしのお母さんは専業主婦だった。
わたしも不思議に思ってお母さんに聞いたことがある。
「どうしてお母さんはお仕事しないの?」って。
お母さんは、笑いながら、「花音の側にいたいの。お母さんは、花音が一番大切だから」って、言った。
また、お母さんを思い出して涙が出そうになる。
いつまでも泣いていたらいけない。
みんなに心配かけるだけだ。
わたしは二人に言った。
「いいの。札幌の叔母さんには、お葬式のときにはじめて会ったけど、いい人だったし。それにわたしね、団地にいると、お母さんとお父さんのこと思い出しちゃって、ツライんだ。知らない場所に行った方が、楽になれる気がするの」
子供の頃から住んでいるこの街を離れるのはそれ以上に辛いけど、そう言うしか、なかった。
「花音、おまえ、お兄さんがいるのか?」
翔平が、言った。
「葬式のとき、親戚の人がそんなこと話してるのが聞こえたんだ。団地で見たことないし、葬式にもいなかったよな。いま、どこにいるんだ?」
お葬式のとき、大人たちが、兄のことを話しているのは、わたしの耳にも入ってきた。
「わからないの。お兄ちゃんには、もうずっと、会ってないから」
そう、私には6歳違いの兄がいる。
名前は、結野奏。
兄は、私が小学一年生のとき、全寮制の中学に進学するために家を出て、そのときから会っていない。
お母さんたちからは、兄は中学を卒業したあと、アメリカの高校に進学して、そのままアメリカで仕事をしていると聞いていた。
わたしがそう話すと、翔平も未来ちゃんも驚いていた。
「いくら全寮制の学校やアメリカの学校にいったって、夏休みや冬休みには、帰ってくるよな。一度も会ってないって、変じゃないか」
「うーん、そうかなあ。うちは、お父さんもお母さんも、なぜかお兄ちゃんの話をしたがらなかったから」
「もしかしたら、花音のお兄さん、問題児、だったとか?」
未来ちゃんが顔をしかめて、言う。
「それは…そうかもしれない」
葬式のとき、親戚の人は兄のことを悪く言っていた。
わたしは、ぼんやりとしか兄のことを覚えてないけど、兄はわたしにとても優しかった気がする。
物静かで、穏やかで、いつもわたしを守ってくれた。
わたしは兄のことを、とても好きだったと思う。
だからなのか、兄のことを思い出すと、切なくて寂しい気持ちになる。
お兄ちゃん、なんで花音に会いに来てくれないの?
花音のこと、嫌いになったの?
まるで、わたしの中の幼い心が、そう言って泣いてるみたいに。
両親を一度に亡くしたわたしを気遣って、クラスメイトも担任の松本先生も、みんなが優しい言葉をかけてくれた。
***
「えっ?花音、引っ越すの?」
未来ちゃんが大きな声で言った。
天気のいい昼休みは、クラスが違う翔平と未来ちゃんと3人で、校庭でお弁当を食べる。
高校に入ってからの習慣だ。
わたしたち3人は同じ団地に住んでいて、小学校も中学も高校も同じで、ずっと仲良しだ。
「うん。今、わたし、団地で一人暮らしでしょ。団地での未成年の一人暮らしはやっぱりいろいろまずいみたいで。札幌の叔母さんのところに行くことになったの」
「でも、卒業まであと一年だよ?花音、うちで一緒に住まない?わたし、お母さんに頼んでみる」
「未来ちゃん」
未来ちゃんの優しい言葉に、また涙が出そうになった。
嬉しいけど、未来ちゃんのお母さんはシングルマザーで、朝早くから夜遅くまで働いている。
未来ちゃんはお母さんを手伝って、小学生の弟の朝ご飯や晩ご飯も、作ってる。
高校生になってからは家計を助けるため、アルバイトだってしてるのだ。
わたしが役に立つならいいけど、一緒に住まわせてもらったら、負担をかけることになってしまう。
「施設、とか入れないのか?」
翔平がそう言った。
「それも考えたんだけど、児童養護施設は、基本的には16歳まで、らしいの」
「じゃあ、アパートを借りて一人暮らしをする、とか?」
「本当はそうしたかったよ。でも、恥ずかしいけど、お金がないんだ」
翔平と未来ちゃんは、なんとも言えない顔をした。
「貯金とか、生命保険とか、も?」
「うん。うち、かなり貧乏だったみたい。気づかなかったけど」
「だけど、花音のお父さん、普通に会社員だったよな。ピアノの調教師だろ?それって特殊技能だし、給料いいのかと思ってた」
「詳しいことはわからないけど、お父さん、わたしが小さい頃、ピアノ教室をやってたらしくて。そのときの借金をずっと返済してるみたいだった」
「そうだったんだ。知らなかった。でも、だったらおばさん、パートとかすれば良かったのにね」
未来ちゃんが言った。
未来ちゃんのお母さんは保険の外交員だし、翔平のお母さんも駅前のスーパーでパートの仕事をしている。
だけど、わたしのお母さんは専業主婦だった。
わたしも不思議に思ってお母さんに聞いたことがある。
「どうしてお母さんはお仕事しないの?」って。
お母さんは、笑いながら、「花音の側にいたいの。お母さんは、花音が一番大切だから」って、言った。
また、お母さんを思い出して涙が出そうになる。
いつまでも泣いていたらいけない。
みんなに心配かけるだけだ。
わたしは二人に言った。
「いいの。札幌の叔母さんには、お葬式のときにはじめて会ったけど、いい人だったし。それにわたしね、団地にいると、お母さんとお父さんのこと思い出しちゃって、ツライんだ。知らない場所に行った方が、楽になれる気がするの」
子供の頃から住んでいるこの街を離れるのはそれ以上に辛いけど、そう言うしか、なかった。
「花音、おまえ、お兄さんがいるのか?」
翔平が、言った。
「葬式のとき、親戚の人がそんなこと話してるのが聞こえたんだ。団地で見たことないし、葬式にもいなかったよな。いま、どこにいるんだ?」
お葬式のとき、大人たちが、兄のことを話しているのは、わたしの耳にも入ってきた。
「わからないの。お兄ちゃんには、もうずっと、会ってないから」
そう、私には6歳違いの兄がいる。
名前は、結野奏。
兄は、私が小学一年生のとき、全寮制の中学に進学するために家を出て、そのときから会っていない。
お母さんたちからは、兄は中学を卒業したあと、アメリカの高校に進学して、そのままアメリカで仕事をしていると聞いていた。
わたしがそう話すと、翔平も未来ちゃんも驚いていた。
「いくら全寮制の学校やアメリカの学校にいったって、夏休みや冬休みには、帰ってくるよな。一度も会ってないって、変じゃないか」
「うーん、そうかなあ。うちは、お父さんもお母さんも、なぜかお兄ちゃんの話をしたがらなかったから」
「もしかしたら、花音のお兄さん、問題児、だったとか?」
未来ちゃんが顔をしかめて、言う。
「それは…そうかもしれない」
葬式のとき、親戚の人は兄のことを悪く言っていた。
わたしは、ぼんやりとしか兄のことを覚えてないけど、兄はわたしにとても優しかった気がする。
物静かで、穏やかで、いつもわたしを守ってくれた。
わたしは兄のことを、とても好きだったと思う。
だからなのか、兄のことを思い出すと、切なくて寂しい気持ちになる。
お兄ちゃん、なんで花音に会いに来てくれないの?
花音のこと、嫌いになったの?
まるで、わたしの中の幼い心が、そう言って泣いてるみたいに。
0
お気に入りに追加
170
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』
コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ”
(全20話)の続編。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211
男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は?
そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。
格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる