青は藍より出でて藍より青し

フジキフジコ

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梅花は蕾めるに香あり

2.制服

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半年後、高谷は意外な人間から、野々村光の話をされた。
保科真琴だ。

「高谷さん、野々村先生の次男の光君、知ってるでしょう?ちょっと困ったことになってるんだけど、助けてもらえないかな」

怪訝そうな表情で真琴を見返す高谷に、真琴はさらに言った。
「君の名刺を持ってたよ、大事そうにね。いろいろ調べたんだろうね、先生の秘書を通して、議員会館まで僕に会いに来て、君のことを聞いてきた。なんだか随分、ご執心のようだったけど、高谷さんは高校生と、どんな関係なの」
「一度しか会ってないが」
「一度で落としたわけか。さすがだね」
「軽口を叩いてないで、本題を話せ。光が、どうした」

真琴は、わざとらしい溜め息を吐いた。
「それが、御曹司ったら、六本木で売春してるらしいんだ」
「売春?」
さすがに高谷も驚いた。

「野々村先生の長男の充君は、期待の新人なんだ。二世議員は世間から叩かれやすいのに、彼は絶大な人気があるし、経歴も実力も申し分ない。将来的には間違いなく総理になる器だよ。その弟が売春っていうのは、かなりマズイよね」
「オレには関係ないような気がするが」
「総理候補に恩を売れる機会は滅多にないと思うけど。とりあえず、早めに様子を見に行ってくれないかな」

そんなふうに気安く頼まれて、高谷は真琴から聞いた、六本木のクラブの前に来てみた。
真夜中だというのに、クラブの周辺には、若い男と女が、まるで測ったような等間隔で、立っていた。
中には商談中のものもいた。

光の姿はすぐに、見つかった。
大胆にも、制服を着て立っている。
長身の痩身で、手足と首が長い。
遠目に見てもなかなか目立つ容姿をしていた。

「光君の母親は、元宝塚の娘役だったそうだよ。そのせいかな、あのスタイルや綺麗な顔は」
真琴がそんなことを言っていた。

高谷は自身で運転していた車を、光の真横に止めて、ウインドウを下ろして「光」と、名前を呼んだ。

光は、男女のカップルと話している最中だったが、高谷を見とめると、二人になにか告げて、車の側に来た。

「高谷さん、どうして」
高谷が「乗れ」と言うと、大人しく助手席に座った。

「どういうつもりだ。制服で売春か」
「評判がいいんです。男からも女からも。私服より高く売れる。どうかしてますよね。ヤルときは、脱ぐのに。でも、もちろんフェイクですよ」

制服が偽物だとは言うが、売春していることを言い訳するつもりはないらしい。

「高谷さん、来てくれなかったですね。僕、あの施設に毎日通っていたのに」
「あれはオレのシノギじゃない」
「そうみたいですね。いろいろ勉強しました。高谷さんは青龍会の幹部で、あんなところに来るわけなかったんだ」

高谷は車を出した。
制服姿の高校生を連れて真夜中の飲食店に入るわけにもいかず、高谷は光をマンションの一室に連れてきた。

外観やエントランスから高級マンションのようだったが、部屋の中はシンプルであまり生活感がなかった。

「シャワー、借りてもいいですか」
「おまえ、何を言ってるんだ」
「高谷さん、僕を買ったんじゃないんですか。あのカップル、3Pなら二人で10万払うって」
「ガキには興味ない。座れ」

光は傷ついた顔を見せたが、大人しくソファに座った。

「で、なんで売春なんかしてるんだ」
「ボランティア活動にはお金がかかるんです」
「呆れたな。身体を売った金でホームレスを養っているのか」
「効率がいいんです。これほど短時間、高収入の割りのいいバイトはなくて」
「ふざけているのか」
「いいえ」

光の言葉には淀みがない。
しかし本気で言ってるとしたら、問題だ。
病院に連れていくべき案件かもしれない。

「売春で得た報酬で、他人に施すのは間違ってますか?汗水流して働いて得たお金なら、それは正しい行為ですか?」
「善悪を決めるのは他人の共感だけだ。そんなつまらないことに囚われていて、人が救えるのか」
光は、言われたことに反論出来ず、唇を噛んだ。

この子供は随分厄介な迷路にはまっているらしい。
本気で悩んでいるのはわかるが、高谷には、無駄にあがいているようにしか見えない。

「とにかく、売春なんかやめておけ。そんな浅はかな行為で、肉親に迷惑をかけたいのか」
「どうして高谷さんが僕のすることに干渉するんですか。もしかして、保科さんに頼まれたとか?」
「そんなところだ」
「保科さんとは、どういう関係なんですか。付き合ってるんですか」
高谷は眉間にシワを作って、「いい加減にしろ」と言った。
「おまえと話してると、噛み合わなすぎて頭が痛くなる」

光は、高谷の顔をじっと見つめた。
高谷の表情に、答えを探しているように。

「今の光君は支離滅裂で自暴自棄だ。ちょっと昔の綾瀬に似てる」
真琴がそんなことを言っていた。
けれど光は、道に立って春を売っていても、暗さや生き苦しさを感じない。
健全な育ちのよい若者が、自己否定のために必死で自分を汚そうとしているだけのように見える。
あの当時の綾瀬に比べたら可愛いものだ。

「おまえも、政治家になるつもりなのか」
高谷が話を変えてそう聞くと、光は目を伏せた。
「政治家になることは誰にも望まれていません。母には、医者か弁護士になればいいと、言われています」
「おまえは、どうしたいんだ」
「僕がどうしたいかなんて、考えても仕方ない。母は後妻なんです。前妻の子の兄に遠慮して、僕が東大に進学することすら、認めない。兄が京大だからです」
光は、自分で自分の身体を抱くように腕を回した。
「父は、僕はやりたいことをやればいいそうです。僕のことには、無関心なんです。兄は、僕には政治は無理だと。向いてないそうです」

そして下を向いたまま、言う。
「売春は、やめます。高谷さんがまた、会ってくれるなら」
「オレに答えを求めても、無駄だ。それどころか、弱味を見つけたら遠慮なくつけこませてもらう」

光はふっと、笑った。
「それも、いいな。僕は、僕を壊してくれる人を、探しているのかもしれません」

縋るような目を高谷に向けた。
なるほど、と高谷は思った。
確かに昔、綾瀬もこんな目をしていた時期があった。




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