青は藍より出でて藍より青し

フジキフジコ

文字の大きさ
上 下
59 / 99
三代目の結婚

2.伴侶

しおりを挟む
清竜会が新宿に事務所を構えてからは、桐生の屋敷は来客を持て成すか式事のとき以外は使わなくなった。

事務所は3階建てのビルで、外見はごく普通の会社と変わりないが、中に入ると少し様子が違う。
1階には若い者が警備代わりに陣取り、2階、3階に繋がる階段にも見張りの人間が立つ。
監視カメラの数も半端じゃない。
2階のフロアでは株の売買に使う端末が置かれ、オペレーターがキーボードを叩き電話がけたましく鳴り響いてはいても、このビルの中はやはり普通の世界とは違っている。

現に予定にない高谷の訪問だけで若い者たちの間には緊張が走った。
高谷は何事か異変があったのかと問いかけてくる者に、苦笑しながら「近くまで来たんで寄っただけだ」と返答し、3階の一番奥にある社長室を訪ねた。
社長室には綾瀬と篤郎の二人がいた。

「高谷さん、いいところに来てくれたよ。これ見て」
階下の緊張とはほど遠いのんびりした表情の篤郎が、テーブルに広げていた図面を指して言った。
「なんだよ、これ」
「麻布に新しいクラブを作るんだよ。ちょっとアダルトで高級な店をね。その図面」
「へえ、すげえ規模だな」
「でしょ」
得意そうに言う篤郎に、綾瀬が高谷を見て笑いながら言う。
「こいつの趣味丸出しの店だ。女の面接も自分でするって言ってるから、半年も、もたねえだろうな。税金対策だと思えばいい」
「ちょっと、ひどい言い草じゃない!オレの女の子の趣味なんか知らないくせにさあ。それになんだよ、税金対策って。うちがいつそんなもん払ったのさ」
「それは言えてるな」
高谷が笑いながら頷く。
「まあ見ててよ、この店を成功させて新宿にもう1つ、でっかい自社ビルを立ててやるよ。綾瀬の部屋にはアメリカ映画のマフィアのボスの部屋みたいなジャグジー付きのバスをつけてやる。新宿を見下ろしながら風呂に浸かって、いい気分にさせてやるから」

外では篤郎は綾瀬のことは三代目と呼ぶ。
有能な秘書を完璧に装っているが、綾瀬と二人きりのときや高谷を加えた三人のときなどはつい昔の癖が出て気安くなる。
口調も、まるで学生の頃と変わりがない。
綾瀬もそれを許してるし、どうも喜んでいるような節もある。
そして高谷も綾瀬の寛いだ表情を見られるこんな場面が好きだ。

「楽しみなことだな。で、高谷。おまえはなんの用だ」
「別に用事はない」
若松から逃げてきた、とは本当のことでも言えない。
綾瀬は高谷の突飛な行動に呆れたような顔を見せる。
今では組の中での高谷の地位はそれなりに高いし配下の人間も大勢いる。

片腕と言っても昔のように綾瀬について歩くことは少なくなり、高谷には高谷の仕事がある。
気紛れに出歩けられるような立場ではなかったが、高谷は基本的なところが変らない。

綾瀬はふっと表情を和らげて高谷の顔を眺め、それから篤郎に聞いた。
「篤郎、今日のオレの予定は」
「えっと、ちょっと待って」
傍らに置いてあったノートパソコンのキーボードを叩きながら「今夜は特別ないけど」と篤郎は答えた。
「そうか」
そう言うと立ち上がった綾瀬は高谷に声をかけて一緒に部屋を出ていく。

「ちょっと!綾瀬、どこ行くの」
「今日はあがりだ。あとはおまえの好きにしろ」
「オレも連れてってよ」
「野暮だな、おまえ。邪魔すんな」
ドアを閉めながら微笑してそう言った綾瀬に、篤郎は目を丸くする。

すっかりドアが閉まってから一人で頬を赤くしながらボヤいた。
「もう、堂々としすぎだよ」
篤郎が、高谷と綾瀬の二人に出会ってから十年以上過ぎた。
二人の関係は篤郎の知らないところでは変化があったのだろうけど、篤郎の目には最初に出会ったあのときと少しも変らないように見える。

あんなに自然に、そして強く結びついていられる関係が篤郎には羨ましい。
どうやったらそんな相手に出会えるのだろう。
出会うことが出来たとしても、どうして相手がそうだとわかるのか。
自分だけに特別な相手。
そしてその相手にも特別な自分。

高谷と綾瀬の関係を羨むたびに、自分にもそんな相手がいたら、と篤郎は強く思う。
今もそんなことを考えてしまったが、ふと、これではまるで生涯の伴侶を探してるみたいだと思った。
ということは、高谷と綾瀬はそういう関係なのだろうか。
夫婦、みたいな…。

「夫婦、って柄じゃないか」
当り前のことを思ってソファーに腰掛け唸り声を出す。
けれど男女の関係のように、行き着く場所のないあんな関係を、二人はいつまで続けていられるのだろう。

いつのまにか他人の色恋の心配をしてる自分に気づいて篤郎は自分を笑った。
「オレが考えたってしょうがないもんなあ」
声に出して呟き、気を取り直して図面を手に取る。
そう自分が今考えなければいけないのは、新しい店の照明の位置なのだ。


しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

処理中です...