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三代目の結婚
2.伴侶
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清竜会が新宿に事務所を構えてからは、桐生の屋敷は来客を持て成すか式事のとき以外は使わなくなった。
事務所は3階建てのビルで、外見はごく普通の会社と変わりないが、中に入ると少し様子が違う。
1階には若い者が警備代わりに陣取り、2階、3階に繋がる階段にも見張りの人間が立つ。
監視カメラの数も半端じゃない。
2階のフロアでは株の売買に使う端末が置かれ、オペレーターがキーボードを叩き電話がけたましく鳴り響いてはいても、このビルの中はやはり普通の世界とは違っている。
現に予定にない高谷の訪問だけで若い者たちの間には緊張が走った。
高谷は何事か異変があったのかと問いかけてくる者に、苦笑しながら「近くまで来たんで寄っただけだ」と返答し、3階の一番奥にある社長室を訪ねた。
社長室には綾瀬と篤郎の二人がいた。
「高谷さん、いいところに来てくれたよ。これ見て」
階下の緊張とはほど遠いのんびりした表情の篤郎が、テーブルに広げていた図面を指して言った。
「なんだよ、これ」
「麻布に新しいクラブを作るんだよ。ちょっとアダルトで高級な店をね。その図面」
「へえ、すげえ規模だな」
「でしょ」
得意そうに言う篤郎に、綾瀬が高谷を見て笑いながら言う。
「こいつの趣味丸出しの店だ。女の面接も自分でするって言ってるから、半年も、もたねえだろうな。税金対策だと思えばいい」
「ちょっと、ひどい言い草じゃない!オレの女の子の趣味なんか知らないくせにさあ。それになんだよ、税金対策って。うちがいつそんなもん払ったのさ」
「それは言えてるな」
高谷が笑いながら頷く。
「まあ見ててよ、この店を成功させて新宿にもう1つ、でっかい自社ビルを立ててやるよ。綾瀬の部屋にはアメリカ映画のマフィアのボスの部屋みたいなジャグジー付きのバスをつけてやる。新宿を見下ろしながら風呂に浸かって、いい気分にさせてやるから」
外では篤郎は綾瀬のことは三代目と呼ぶ。
有能な秘書を完璧に装っているが、綾瀬と二人きりのときや高谷を加えた三人のときなどはつい昔の癖が出て気安くなる。
口調も、まるで学生の頃と変わりがない。
綾瀬もそれを許してるし、どうも喜んでいるような節もある。
そして高谷も綾瀬の寛いだ表情を見られるこんな場面が好きだ。
「楽しみなことだな。で、高谷。おまえはなんの用だ」
「別に用事はない」
若松から逃げてきた、とは本当のことでも言えない。
綾瀬は高谷の突飛な行動に呆れたような顔を見せる。
今では組の中での高谷の地位はそれなりに高いし配下の人間も大勢いる。
片腕と言っても昔のように綾瀬について歩くことは少なくなり、高谷には高谷の仕事がある。
気紛れに出歩けられるような立場ではなかったが、高谷は基本的なところが変らない。
綾瀬はふっと表情を和らげて高谷の顔を眺め、それから篤郎に聞いた。
「篤郎、今日のオレの予定は」
「えっと、ちょっと待って」
傍らに置いてあったノートパソコンのキーボードを叩きながら「今夜は特別ないけど」と篤郎は答えた。
「そうか」
そう言うと立ち上がった綾瀬は高谷に声をかけて一緒に部屋を出ていく。
「ちょっと!綾瀬、どこ行くの」
「今日はあがりだ。あとはおまえの好きにしろ」
「オレも連れてってよ」
「野暮だな、おまえ。邪魔すんな」
ドアを閉めながら微笑してそう言った綾瀬に、篤郎は目を丸くする。
すっかりドアが閉まってから一人で頬を赤くしながらボヤいた。
「もう、堂々としすぎだよ」
篤郎が、高谷と綾瀬の二人に出会ってから十年以上過ぎた。
二人の関係は篤郎の知らないところでは変化があったのだろうけど、篤郎の目には最初に出会ったあのときと少しも変らないように見える。
あんなに自然に、そして強く結びついていられる関係が篤郎には羨ましい。
どうやったらそんな相手に出会えるのだろう。
出会うことが出来たとしても、どうして相手がそうだとわかるのか。
自分だけに特別な相手。
そしてその相手にも特別な自分。
高谷と綾瀬の関係を羨むたびに、自分にもそんな相手がいたら、と篤郎は強く思う。
今もそんなことを考えてしまったが、ふと、これではまるで生涯の伴侶を探してるみたいだと思った。
ということは、高谷と綾瀬はそういう関係なのだろうか。
夫婦、みたいな…。
「夫婦、って柄じゃないか」
当り前のことを思ってソファーに腰掛け唸り声を出す。
けれど男女の関係のように、行き着く場所のないあんな関係を、二人はいつまで続けていられるのだろう。
いつのまにか他人の色恋の心配をしてる自分に気づいて篤郎は自分を笑った。
「オレが考えたってしょうがないもんなあ」
声に出して呟き、気を取り直して図面を手に取る。
そう自分が今考えなければいけないのは、新しい店の照明の位置なのだ。
事務所は3階建てのビルで、外見はごく普通の会社と変わりないが、中に入ると少し様子が違う。
1階には若い者が警備代わりに陣取り、2階、3階に繋がる階段にも見張りの人間が立つ。
監視カメラの数も半端じゃない。
2階のフロアでは株の売買に使う端末が置かれ、オペレーターがキーボードを叩き電話がけたましく鳴り響いてはいても、このビルの中はやはり普通の世界とは違っている。
現に予定にない高谷の訪問だけで若い者たちの間には緊張が走った。
高谷は何事か異変があったのかと問いかけてくる者に、苦笑しながら「近くまで来たんで寄っただけだ」と返答し、3階の一番奥にある社長室を訪ねた。
社長室には綾瀬と篤郎の二人がいた。
「高谷さん、いいところに来てくれたよ。これ見て」
階下の緊張とはほど遠いのんびりした表情の篤郎が、テーブルに広げていた図面を指して言った。
「なんだよ、これ」
「麻布に新しいクラブを作るんだよ。ちょっとアダルトで高級な店をね。その図面」
「へえ、すげえ規模だな」
「でしょ」
得意そうに言う篤郎に、綾瀬が高谷を見て笑いながら言う。
「こいつの趣味丸出しの店だ。女の面接も自分でするって言ってるから、半年も、もたねえだろうな。税金対策だと思えばいい」
「ちょっと、ひどい言い草じゃない!オレの女の子の趣味なんか知らないくせにさあ。それになんだよ、税金対策って。うちがいつそんなもん払ったのさ」
「それは言えてるな」
高谷が笑いながら頷く。
「まあ見ててよ、この店を成功させて新宿にもう1つ、でっかい自社ビルを立ててやるよ。綾瀬の部屋にはアメリカ映画のマフィアのボスの部屋みたいなジャグジー付きのバスをつけてやる。新宿を見下ろしながら風呂に浸かって、いい気分にさせてやるから」
外では篤郎は綾瀬のことは三代目と呼ぶ。
有能な秘書を完璧に装っているが、綾瀬と二人きりのときや高谷を加えた三人のときなどはつい昔の癖が出て気安くなる。
口調も、まるで学生の頃と変わりがない。
綾瀬もそれを許してるし、どうも喜んでいるような節もある。
そして高谷も綾瀬の寛いだ表情を見られるこんな場面が好きだ。
「楽しみなことだな。で、高谷。おまえはなんの用だ」
「別に用事はない」
若松から逃げてきた、とは本当のことでも言えない。
綾瀬は高谷の突飛な行動に呆れたような顔を見せる。
今では組の中での高谷の地位はそれなりに高いし配下の人間も大勢いる。
片腕と言っても昔のように綾瀬について歩くことは少なくなり、高谷には高谷の仕事がある。
気紛れに出歩けられるような立場ではなかったが、高谷は基本的なところが変らない。
綾瀬はふっと表情を和らげて高谷の顔を眺め、それから篤郎に聞いた。
「篤郎、今日のオレの予定は」
「えっと、ちょっと待って」
傍らに置いてあったノートパソコンのキーボードを叩きながら「今夜は特別ないけど」と篤郎は答えた。
「そうか」
そう言うと立ち上がった綾瀬は高谷に声をかけて一緒に部屋を出ていく。
「ちょっと!綾瀬、どこ行くの」
「今日はあがりだ。あとはおまえの好きにしろ」
「オレも連れてってよ」
「野暮だな、おまえ。邪魔すんな」
ドアを閉めながら微笑してそう言った綾瀬に、篤郎は目を丸くする。
すっかりドアが閉まってから一人で頬を赤くしながらボヤいた。
「もう、堂々としすぎだよ」
篤郎が、高谷と綾瀬の二人に出会ってから十年以上過ぎた。
二人の関係は篤郎の知らないところでは変化があったのだろうけど、篤郎の目には最初に出会ったあのときと少しも変らないように見える。
あんなに自然に、そして強く結びついていられる関係が篤郎には羨ましい。
どうやったらそんな相手に出会えるのだろう。
出会うことが出来たとしても、どうして相手がそうだとわかるのか。
自分だけに特別な相手。
そしてその相手にも特別な自分。
高谷と綾瀬の関係を羨むたびに、自分にもそんな相手がいたら、と篤郎は強く思う。
今もそんなことを考えてしまったが、ふと、これではまるで生涯の伴侶を探してるみたいだと思った。
ということは、高谷と綾瀬はそういう関係なのだろうか。
夫婦、みたいな…。
「夫婦、って柄じゃないか」
当り前のことを思ってソファーに腰掛け唸り声を出す。
けれど男女の関係のように、行き着く場所のないあんな関係を、二人はいつまで続けていられるのだろう。
いつのまにか他人の色恋の心配をしてる自分に気づいて篤郎は自分を笑った。
「オレが考えたってしょうがないもんなあ」
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