上 下
53 / 99
狭き門より入れ

3.花火

しおりを挟む
ロスは晴天が続いた。
日々を、綾瀬は高谷とマイケルと一緒に、ときには優吾も加わって釣りをしたりショッピングをしたりして過ごした。
そのどれもが、日本では決して出来ないことだった。

川で釣りをするのははじめてだと言う綾瀬は、餌にする虫を触ることが出来ず、「綾瀬さんにも怖いものがあったの!」と優吾にからかわれた。
釣りは意外なことに綾瀬の性に合ったらしい。
ただし、やはり素手で魚を触れず、釣れる度に高谷を呼ぶので、そのたびに高谷は自分の棹を放り出して綾瀬のもとに走り、釣り針から魚を取ってやらなければならなかった。

水飛沫を浴びながら笑う顔は、無邪気な子供のようだった。
こんな綾瀬は、誰も知らない。
多分、綾瀬自身でさえ。

川の中の綾瀬と高谷の姿を、優吾は河原から惚けたような表情かおで眺めていた。
シーンズの裾を膝の上まで折り曲げ、脛を出して裸足で川の中に立っている。
腕を引っ張り合って、お互いを転ばせて濡らそうとはしゃいでいる。
恋人同士がイチャイチャしているのとまるで変わらない。
けれどそれは、綾瀬と高谷なのだ。
21歳の頃には夜の街を支配しているようにも見えた二人は、いま、日差しの下で笑顔を向けあっている。

理由もなく、優吾の胸は熱くなった。
「人も変わる」と、昔、葉月に言われたことを思い出す。
二人を見ていると、変わったというより、もともとそんな一面も、持っていたのだと思える。
いつのまにか人は、自分に与えられた役割を、求められるままに演じているだけなのかもしれない。
日本を離れて、やっと綾瀬はあんなふうに笑えることが出来たのだろう。
バカンス、と綾瀬は言ったが、本当に綾瀬にとってはこの旅は人生のバカンスなのかもしれない。
日本に戻れば二度と、見ているほうが幸せになるような、穏やかで満ち足りたあんな表情かおは見せてくれないだろう。

「ねえ、ユウゴ、アヤセは日本に帰るの?」
二人を観察していた優吾の手を、小さな手が握る。
「帰るよ。彼は日本に大事なお仕事があるからね」
そう答えると、大きな目が不安そうな色を浮かべた。
「アヤセ、パパのこと連れていっちゃう?」
優吾は少年の直感のような不安にはっとする。
屈んで、優しい目を少年に向けた。
「心配しなくていいよ。さあ、パパからお魚を貰っておいで。一緒に料理しよう」
「うん」


***



優吾が日本から取り寄せたという花火を持って来て、庭でそれに興じた。
「こうやって線香花火なんかやってると、ここが外国だなんて思えなくなってくるね」
小さな炎を見つめながら、優吾が言った。
「花火なんか、日本でもしたことない」
ロスに来てからの綾瀬は饒舌だと優吾は思う。
以前なら口にしなかった些細なことも口にする。
けど、それを言ったらまた無口な綾瀬に戻ってしまいそうなので、黙ってる。
そういえば、服装や髪型のせいだろうが、年齢も最後に日本で会った2年前よりずっと若く見えた。

清竜会は綾瀬が台頭してきてからは、除々にシノギを株や土地取引を中心とするように軌道修正しているようだった。
桐生の屋敷にいると、株価や地価の話が飛び交って証券会社か不動産屋にいるようだった。
方針転換というよりは、刑法の改正などによって生き残る道がそこにしかないだけのようだ。
綾瀬は情勢を的確に判断した。

「ねえ、綾瀬さん。僕たちがまだ出会ったばかりの頃、綾瀬さん、僕に言ったよね。おまえとは長い付き合いになりそうだ、って。あれ、本当だったね」
綾瀬は苦笑した。
優吾にああ言ったのとは、全然違う意味での付き合いになった。
「おまえは利用できる人材だったのに、期待ハズレもいいとこだ」
「親父も今じゃ諦めて、必死で後継者を育ててるよ」
「有島コンツュルンにとってはその方が正解だったな。おまえに経営は無理だ」
「ああ!そこが清竜会の狙いだったんでしょう」
「そういうことだ」
ヒドイ、と喚いて優吾は綾瀬を羽交い締めする。
優吾が綾瀬を苛めてると勘違いしたマイケルが、驚いて優吾の足にしがみついて、止めた。
「アヤセを苛めると、パパが怒るよ!ユウゴ」
優吾と綾瀬は顔を見合わせて笑った。

「マイケル、さあ花火の続きをしよう」
優吾は花火の袋の中の大きな筒のものを選んで火をつけ、マイケルは手に持ってする花火を選んで綾瀬に火をつけてもらった。
庭に、白い煙がたちこめた。
花火の匂いには郷愁がある。
さすがの優吾も日本が恋しい、と思った。
「綾瀬さん、いつ日本に戻るの?」
そう聞いたとき、冷蔵庫に飲み物を取りに行った高谷が戻ってきて、綾瀬に電話がかかってきたと伝える。
返事をして、部屋の中に行く後ろ姿を優吾と高谷で見送った。

「篤郎からだった」
「篤郎君?」
「さっき、ロスに着いたそうだ」
篤郎が大学を中退して、清竜会に入ったことを高谷は知らなかった。
優吾は自分の知っている範囲の話をした。
「だからもう、5年くらいかな。すっかり、板についちゃってんだよね、それが」

優吾が篤郎と知り合ったのは、高谷の見舞いに通っていたときだった。
あのときは飄々としてつかみどころがなく、軽い奴だと内心で思っていたが、組に入ってからは見る見るうちに逞しくなった。

「あいつは、オレたちに係わりあい過ぎたのかもな」
そうは言っても、高谷は苦笑しているだけだった。
篤郎に対して同情や、巻きこんで悪いという気持ちはないらしい。
「羨ましい?」
「なにが」
「綾瀬さんの側にいる、篤郎君が」
「バーカ」
電話を終えた綾瀬が戻ってきて、優吾と高谷の顔を交互に見た。
「明日、戻ることにした」
「そうか」
休暇はいつか終るものだ。
それがどんなに長くても短くても。

「終っちゃったよ」
マイケルの小さな手から最後の光の粒が落ちた。
大人たちは、その光りの残骸をぼんやりと見つめた。

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

秋良のシェアハウス。(ワケあり)

日向 ずい
BL
物語内容 俺は...大学1年生の神代 秋良(かみしろ あきら)。新しく住むところ...それは...男ばかりのシェアハウス!?5人暮らしのその家は...まるで地獄!プライバシーの欠けらも無い...。だが、俺はそこで禁断の恋に落ちる事となる...。 登場人物 ・神代 秋良(かみしろ あきら) 18歳 大学1年生。 この物語の主人公で、これからシェアハウスをする事となる。(シェアハウスは、両親からの願い。) ・阿久津 龍(あくつ りゅう) 21歳 大学3年生。 秋良と同じ大学に通う学生。 結構しっかりもので、お兄ちゃん見たいな存在。(兄みたいなのは、彼の過去に秘密があるみたいだが...。) ・水樹 虎太郎(みずき こたろう) 17歳 高校2年生。 すごく人懐っこい...。毎晩、誰かの布団で眠りにつく。シェアハウスしている仲間には、苦笑いされるほど...。容姿性格ともに可愛いから、男女ともにモテるが...腹黒い...。(それは、彼の過去に問題があるみたい...。) ・榛名 青波(はるな あおば) 29歳 社会人。 新しく入った秋良に何故か敵意むき出し...。どうやら榛名には、ある秘密があるみたいで...それがきっかけで秋良と仲良くなる...みたいだが…? ・加来 鈴斗(かく すずと) 34歳 社会人 既婚者。 シェアハウスのメンバーで最年長。完璧社会人で、大人の余裕をかましてくるが、何故か婚約相手の女性とは、別居しているようで...。その事は、シェアハウスの人にあんまり話さないようだ...。

処理中です...