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青は藍より出でて藍より青し

擬宝珠水仙〔2〕

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それから優吾は学校にも行かず、綾瀬の家で舎弟の真似ごとをしている。
もちろんヤクザになるためではない。
綾瀬を観察するためだ。

綾瀬は時々、同じ学校の男子生徒と一緒に帰ってきた。
葉月や組の人間が「高谷さん」と呼んでいるその男は、綾瀬とも、綾瀬がよく連れて歩いている取り巻きとも雰囲気が違った。
綾瀬と似たところはなかったが、やはりどことなく華のある美丈夫だった。
二人が並んで歩いている姿は優吾をうっとりさせた。
対照的な外見の二人の、間に流れる調和がいい。
よく観察すると、綾瀬の表情はいつもと同じ醒めた不機嫌そうな中にも、どこか気を緩めたようなところがある。
あの人を信頼してるんだな、と感じた。

ある日、優吾は思いきって門を出る高谷に話しかけた。
「高谷さん、綾瀬さんとはどういう関係なんですか」
臆することもなく、平然と聞いてくる育ちの良さそうな高校生を訝しげに見て、高谷は「おまえこそ、なんでこんなところにいるんだ」と反対に優吾に聞いた。
誰が見ても、優吾はこの場にそぐわないのだ。
「オレ、あの人を描きたいと思って」
「描く?絵のことか」
高谷は呆れた。
組に舎弟にしてくれと言って来る若い男はきりがないが、そういう男たちは他に生き場所がなく、最後の居場所を死にもの狂いで求めてやってくる。
生い立ちの暗い者、幼い頃から家族の愛情に恵まれなかった者、不器用でどうしても社会に適合できない者、そういう人間ばかりが集まる。

「お坊ちゃんの道楽か。気楽だな」
キツイ言葉とは裏腹に高谷は何がおかしいのか、涼しい目で笑っていた。
そんな理由でヤクザの跡目を追いかけて居候までしている優吾という人間を、おかしく思ったのだ。
同時に綾瀬の側にこんな奴が一人くらいいてもいいような気がした。

「道楽か。父と同じことを言うんだ」
けれど優吾の方はあからさまにがっかりしたような口調で言う。
「反対でもされてるのか」
「うん。だけど僕は真剣なんだよ。道楽なんかじゃない。絵を描くことだけが僕の生きてる証だ。だから、どんなに反対されても、絵を描くことはやめない」
優吾はきっぱりと言った。
なるほど、確かに半端な心がけではないらしい。

「おまえ、なんでまた綾瀬を描こうなんて思ったんだ」
「さあ、なんでだろう。最初は生きて呼吸してるのが不思議なくらい綺麗な人だと思った。でも、見ているとなんて言うか、綺麗なんだけど、張り詰めて、今にも壊れそうで危うい雰囲気があるんだよね。だから、目が離せないんだ。ずっと、見ていたい人って感じ」
高谷は目を細めた。
拙い表現ではあるが、優吾の綾瀬を見る目線は間違ってないような気がした。
優吾ははたしてどんな綾瀬を描くのだろうと、少し興味がわいた。
「まあ、せいぜい頑張れよ」
励まされているように感じた優吾は敬礼をして高谷を見送った。
やはりなにか勘違いしている。

だが優吾の極道見習は長くは続かなかった。
実家に居所がバレて、有島コンツェルン会長、有島眞一郎ありしましんいちろう自らが迎えにきたのだ。
綾瀬と葉月が出迎えて、優吾の父親を客間に通す。
しばらくしてから、優吾も客間に呼ばれた。
父親は苦々しい顔で、優吾を見るなり吐き捨てるように「この馬鹿者が」と言った。

「まったく。世話をかけさせました」
自分の息子とさほど年齢の変わらない綾瀬に慇懃に頭を下げながら、眞一郎は言った。
綾瀬は足を組んで、なにかを考えているような目をしながら自分の指で唇に触る。
綾瀬の癖のひとつだった。
「うちは別に構いませんよ。ただ有島さんのご子息に悪い噂が出るのは困るだろうと思いまして、お返しした方がいいと判断したまでです」
優吾は、大人と対等の口を聞く綾瀬をどこか尊敬するような眼差しで見ていた。

「ところで有島さん、話は変わりますが、確か有島さんの奥様のご実家はカメリアホテルだそうですね。実は、来月、父の還暦祝いの祝賀会を予定してるのですが生憎急な話で会場が押さえられないんです。どうでしょう、有島さんから口添えしていただけませんか」
「カメリアを、ですと?」
「ええ。伝統ある老舗ホテルをお借りできればそれだけで父への贈り物になる」

眞一郎の顔色が変わった。
ヤクザの祝賀会に部屋を貸すことはホテルにとっては大きなマイナスイメージになる。
さすがに優吾もここにきてやっと事情が飲み込めた。
いくら上等な表現を使っても、綾瀬が言っているのは脅迫と一緒だ。
優吾は自ら虎の穴に飛び込んだ自分を、今になってやっと理解した。
「……そうですな。わかりました、なんとかしましょう」
眞一郎は苦虫を噛み潰したような顔で、言った。

有島眞一郎が帰ったあと、優吾は足を踏みならすようにして綾瀬の自室に向かった。
「綾瀬さん、どういうこと!綾瀬さんはオレを、オレを利用したの?」
あからさまに綾瀬の態度を見せつけられても、優吾にはまだ綾瀬をヤクザの跡目という目で見ることは出来ない。
同じ高校生で、他校の上級生でしかなかった。

「利用?のぼせてんじゃねえよ。これからは自分の立場をわきまえて行動するんだな」
「立場なんか関係ない!オレは有島コンツェルンなんか関係ないんだ。継ぐ気もない」
「継ぐ、か。おまえの代になるまで有島コンツェルンがあればいいけどな」
「どういう意味」
「目をつけられたってことだ。おまえの親父さんの会社は隙だらけだぜ」

今こそ、本当の綾瀬がわかったような気がした。
怖い人だ。
与えられた運命を、天が期待する以上に応えている。
そのとき、ドアが開いて高谷が入ってきた。
この人も自分を欺いていたのかと思うと悔しくて優吾は高谷を睨んだ。
睨まれた高谷は事情がわからなくて、説明を求めるように綾瀬を見た。
「有島優吾、長い付き合いになりそうだな。おまえとは」
綾瀬は優吾に向かって嘲笑するように言った。
「関係ない!オレは絶対、自分で選んだ道しか進まないからな!」
そう叫んで、優吾は綾瀬の家を飛び出した。



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