10 / 99
青は藍より出でて藍より青し
季節が変わるとき〔1〕
しおりを挟む葉月の父親、相川雄二は桐生捷三の右腕で、自身では相川組という組を構えていた。
葉月は父親がヤクザの親分だったことに不満を持ったことはない。
外では武道派で知られた相川も、家ではただの子煩悩な父親だった。
葉月は子供の頃から父親を尊敬していたし、父親が命を張って守っている代紋を、やがては自分も守る男になるのだと信じて疑わなかった。
けれど父親の方は、早くから葉月に別の資質があることを見抜いていたのか、おまえは堅気として生きろと言って、葉月を大学に行かせた。
ヤクザはオレ一代で十分だ。
それが父親の口癖だった。
葉月が有名私立大学の法学部に合格したことを喜んで、好きだった冷酒を一人手酌で飲んでいた姿を今も葉月は思い出す。
父親が狙撃されて死亡したのは、それから間もなくのことだった。
相川組は、若頭の坂東が継いだ。
葉月と、葉月の母親に学費や生活の心配は必要なかったが、桐生が後ろ盾を申し出て、以来、葉月は桐生の家に居候している。
「尚紀の話し相手になってやってくれ」
桐生にそう頼まれて承諾したのは、父親の仇を、桐生が取ってくれたことが大きい。
葉月が桐生の屋敷に来たとき、綾瀬は中学生だった。
はっとするほど顔立ちの美しい、無口で大人びた少年だった。
けれど葉月は綾瀬を一目見て、彼が生まれてきた場所を間違っていないと感じた。
綾瀬には、凡人とは違う、人を惹きつける魅力があった。
この人はいづれ人の上に立ち、支配し、崇められ、君臨する人だと、葉月はごく自然にそう理解した。
ところが綾瀬自身は、自分の宿命を拒んでいた。
背負わされた荷が重過ぎるのだろうかと、葉月は思った。
そうではなく、綾瀬は、自分に流れる血を憎悪しているようだった。
綾瀬自身がどんなに拒んでも、抗えない極道の血を。
華奢な身体に大きなストレスを抱えた綾瀬は、パニック症候群という病気をかかえていた。
興奮すると突然呼吸が出来なくなる。
精神科の医者には、精神の自殺行為だと言われた。
桐生の屋敷にいる人間は、綾瀬を興奮させないように腫れ物を扱うように彼に接した。
けれど綾瀬のそれは、内面から津波のように起きるもので、誰にもどうしようもなかった。
葉月は父親がヤクザの親分だったことに不満を持ったことはない。
外では武道派で知られた相川も、家ではただの子煩悩な父親だった。
葉月は子供の頃から父親を尊敬していたし、父親が命を張って守っている代紋を、やがては自分も守る男になるのだと信じて疑わなかった。
けれど父親の方は、早くから葉月に別の資質があることを見抜いていたのか、おまえは堅気として生きろと言って、葉月を大学に行かせた。
ヤクザはオレ一代で十分だ。
それが父親の口癖だった。
葉月が有名私立大学の法学部に合格したことを喜んで、好きだった冷酒を一人手酌で飲んでいた姿を今も葉月は思い出す。
父親が狙撃されて死亡したのは、それから間もなくのことだった。
相川組は、若頭の坂東が継いだ。
葉月と、葉月の母親に学費や生活の心配は必要なかったが、桐生が後ろ盾を申し出て、以来、葉月は桐生の家に居候している。
「尚紀の話し相手になってやってくれ」
桐生にそう頼まれて承諾したのは、父親の仇を、桐生が取ってくれたことが大きい。
葉月が桐生の屋敷に来たとき、綾瀬は中学生だった。
はっとするほど顔立ちの美しい、無口で大人びた少年だった。
けれど葉月は綾瀬を一目見て、彼が生まれてきた場所を間違っていないと感じた。
綾瀬には、凡人とは違う、人を惹きつける魅力があった。
この人はいづれ人の上に立ち、支配し、崇められ、君臨する人だと、葉月はごく自然にそう理解した。
ところが綾瀬自身は、自分の宿命を拒んでいた。
背負わされた荷が重過ぎるのだろうかと、葉月は思った。
そうではなく、綾瀬は、自分に流れる血を憎悪しているようだった。
綾瀬自身がどんなに拒んでも、抗えない極道の血を。
華奢な身体に大きなストレスを抱えた綾瀬は、パニック症候群という病気をかかえていた。
興奮すると突然呼吸が出来なくなる。
精神科の医者には、精神の自殺行為だと言われた。
桐生の屋敷にいる人間は、綾瀬を興奮させないように腫れ物を扱うように彼に接した。
けれど綾瀬のそれは、内面から津波のように起きるもので、誰にもどうしようもなかった。
0
お気に入りに追加
157
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
エスポワールで会いましょう
茉莉花 香乃
BL
迷子癖がある主人公が、入学式の日に早速迷子になってしまった。それを助けてくれたのは背が高いイケメンさんだった。一目惚れしてしまったけれど、噂ではその人には好きな人がいるらしい。
じれじれ
ハッピーエンド
1ページの文字数少ないです
初投稿作品になります
2015年に他サイトにて公開しています
黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる