お妃さま誕生物語

すみれ

文字の大きさ
上 下
78 / 96
番外編 妃

王妃リデル

しおりを挟む
リデルがその報を受けたのは昼もかなり過ぎた頃だった。

「ガサフィ陛下、戦場で傷を負われ後方にて治療中、傷は深く前線復帰はすぐには無理の模様。」

ガサフィとリデルが結婚して2年、子供はまだいない。
リデルはショックが大きいようだが、
「大臣達が緊急会議を開いています。」
その言葉を聞くと、リデルはマクレンジー帝国から付いてきた侍女二人を連れて大臣達が会議しているであろう執務室に急ぐ。
侍女のアマナはリデルと同い年で軍隊から上がって来た。
侍女ジェインは側近ポールの娘でリデルより3歳上である。

前触れもなく扉が開いて驚いたのは大臣達だ、話していた言葉を途中で止めようとする。
「後宮に10人。」
止め切れなかった言葉がリデルの耳に入る。
「未だに後宮を作ろうと言っているのですか、この大事に。」
「大事だからこそです、陛下のお子が必要なのです。」
「陛下のお子は私が産む子だけです。」
結婚して2年になるのに子供ができないと責め立てられているようである。
ガサフィが若いリデルの身体を思い、避妊しているのだが、それを言う必要はリデルにはない。
「陛下は後宮に行くことはありません、それを分かって言っているのですね。」
リデルが目配せすると侍女が寄り添う、まるで守るかのように。
「陛下がお怪我を負われたことは連絡がいっているでしょう。
その大事に子供のことより、することがありはずです。
陛下が復帰されるまで、王妃の私が指揮を取ります。」
ここで大臣達に指揮権を与えてはならない事だけは、リデルにもわかった。
ガサフィの負傷がわかれば、併合された人民の中には独立しようと蜂起するものが出てくる可能性さえある。
大臣達が一斉に立ち上がり、そのうちの数名がリデルの元に来て礼をする。

「しばらく情報収集をします、解散。」
女神のごとくの頬笑みでリデルが笑い、大臣の一人に言葉をかける。
「グレード卿、よく知らせてくれました。」
当然の事です、我が女神、と大臣は礼をする。
たくさんの国を急激に併合してきた極東首長国はガサフィの力があればこそ統一ができている。
ガサフィがいなくなれば、その後釜あとがまを狙うのがたくさんいるのだ、そこにはリデルという褒賞が付いてくる。
ガサフィを亡き者にしたいのは手の内にたくさんいる、特に併合された国の者たちに。
ガサフィに後宮を勧めるのは世継ぎの為ばかりではない、ガサフィの眼をリデルかららす為でもある。

戦場に行く前にガサフィは国内の事は親衛隊に任せてある、それを快く思っていない大臣が多いのだ。
リデルは親衛隊の隊長である、宰相アブラム・ディケンズを呼んだ。
「はい、すでにスコット・アスドロに連絡が付いております。
スコット、陛下共に傷を負ったようですが、生存を確認しております。
陛下の背後、自国兵からの発砲でありました、それらはスコットが処理した模様です。」
「陛下の負傷は緘口令かんこうれいを出して、漏らさないように。
今回のことで罠をかけるわ、誰がガサフィを裏切っているのか。
戦場の兵士に指示した者が必ずいるはず。」
アブラムは膝を折り、リデルに礼を取る。
「我が女神のお心のままに。」

リデルは直ぐに王妃の名の元に会議の招集をかけた。
会議には意見など言わず、大臣達に微笑みかけて座っている。
リデルには政治の事もわからないし、武術の心得もない。
だが、母親同様、自分を狙っている者はわかるのだ。
シーリアが言っている変態センサーである。
母親の美貌を引き継いで生まれたリデルである、ガサフィがいても狙うやからは多いのだ。
何故にガサフィを裏切る?
国が欲しい、ガサフィに恨みがある、リデルが欲しい。
全部手に入れるには、ガサフィを殺してしまえばいいのだ、戦場という死に近い場所ならできる。
リデルには裏切り者をみきる能力はないが、容疑のある者全てを拘束する権力はある。
容疑の確定はガサフィが戻ってきてすればいいのだ、リデルはこれ以上の情報漏えいの可能性をふさぐのだ。
親衛隊には拷問などせず、ガサフィが戻るまで丁寧に扱うように指示して容疑者の名前を伝えた。
無実のものも多いだろうが、リデルが感知する全てが容疑になる。
今は、ガサフィのいない極東首長国を守る事が先決である。
ここで人民蜂起などさせるわけにいかないのだ。
誘導する可能性のある者をとりあえず拘束するしかリデルにはできない。
「陛下から注視するよう指示のあった者が全員含まれています。」
さすがでございます、というアブラムにリデルはただの感よ、とは恥ずかしくって言えない。


「アブラム、馬をだして、私が戦場に出ます。」
「王妃様、それだけはいけません。危険すぎます!」
どんなに止められようとリデルは退かない。
「我が軍は陛下が負傷され、ましてや自国軍内での裏切り。スコットも負傷しているなら指揮系統が乱れているはず。
敵軍もそれはわかるでしょう。
今の陛下に危険を増やす事はできない。
私しか取りまとめられる者はいません、私の容姿しかね。」
「王妃様、どうか、どうか前線には出ませんように、親衛隊の精練チームを付けます、離れないでください。」
我が女神に栄光あれ、と祈りだすアブラム。



リデルは砂漠の地に嫁いで馬術を身に付けた。
リデルの馬が砂煙をあげて駆け抜ける。
その両横には侍女二人の乗る馬、さらに守るように親衛隊が馬を駆っている。
2中夜、馬を替えながら休みなく駆け、戦場を見下ろす高台に着いた。
リデルは結っていた髪をほどき、銀の髪をなびかし、親衛隊に指示を出した。
「ここは私がよく見えるでしょう、私が注目されるよう大きな音をたててください。」
ピーーー!!
誰が持っていたのか、たて笛が大きな音で吹かれた。
それは戦場の中にも響き渡り、人々の視線が集まる。
侍女二人を両脇に控え、リデルが銀の髪をたなびかす。

太陽の光の元で立つ姿は豊穣の女神降臨。

極東首長国軍からは大きな歓声があがり、士気が盛り上がったようだ。
そのまま優位に進軍し相手国は撤退を始めた。

その情報は女神と共にガサフィに伝えられた。
「ガサフィ!!」
女神はガサフィにすがりついて泣いている。
「リデル、よく頑張ったな、怖かったな。」
傷の身体をベッドから起こして、ガサフィがリデルを抱きしめる。
ガサフィは肩を銃で撃たれたのと、胸から腰にかけて刀傷が走っていた。
生き延びれたのは咄嗟に致命傷とならないように避けたからだ。
隣のベッドで寝ているスコットの方が重傷であった。
ガサフィをかばった傷を負いながら、裏切り者3人を切り捨てたのだ。

「リデル?」
「2昼夜馬で駆け通しでしたから。」
親衛隊から声がでる。
リデルはガサフィに抱きついて寝ていた、ガサフィを見て安心したのだろう。
リデルを自分のベッドに寝かし、侍女にも睡眠を取るように指示してガサフィはベッドを降りた。
「お前達はまだいけるな?」
ガサフィは親衛隊に声をかける。
「もちろんです!」

ガサフィは傷を固く固定し親衛隊と共に前線に出た。
勢いを増した極東首長国軍は撤退する敵軍を追い、王都を落とした。


ガサフィが王宮に戻る頃にはアブラムによって首謀者のあぶり出しが終えていた。
リデルが更迭こうてつを指示した中にいたのだ。


「早く王宮でお風呂に入りたい、戦場では無理だったんだもの。」
ガサフィに笑いかけるリデルは美しい。
「バラ湯にすればいい、俺の勝利の女神、美しき王妃。」

俺の美しいリデル、愛しい伴侶、心強い相棒、勝利の女神。

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。 私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。 やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。 そう自由……自由になるはずだったのに…… ※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です ※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません ※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

(完結)だったら、そちらと結婚したらいいでしょう?

青空一夏
恋愛
エレノアは美しく気高い公爵令嬢。彼女が婚約者に選んだのは、誰もが驚く相手――冴えない平民のデラノだった。太っていて吹き出物だらけ、クラスメイトにバカにされるような彼だったが、エレノアはそんなデラノに同情し、彼を変えようと決意する。 エレノアの尽力により、デラノは見違えるほど格好良く変身し、学園の女子たちから憧れの存在となる。彼女の用意した特別な食事や、励ましの言葉に支えられ、自信をつけたデラノ。しかし、彼の心は次第に傲慢に変わっていく・・・・・・ エレノアの献身を忘れ、身分の差にあぐらをかきはじめるデラノ。そんな彼に待っていたのは・・・・・・ ※異世界、ゆるふわ設定。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

処理中です...