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大魔導士は怒る

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 魔物達の群れがローデシアへと移動する光景は、人間達が脅威を感じるに十分である。それを眺めながら馬で駆けるアラギウスは、騎兵達が魔物達の集団に突っ込んだ瞬間を目撃した。

 ゴブリンの群れが、騎兵の突撃で蹴散らされた。

 魔物達には、戦う意志などなかったが、人間達は問答無用で襲いかかったのである。

(子供達まで!)

 アラギウスは地に倒れた子供達の数に驚く。そして、視線を転じた先に、コボルトの群れへと狙いを変えた騎兵達を映した。

(ハイランド)

 アラギウスはコボルトの群れが懸命に逃げている光景も視認すると同時に、コボルト達の群れを守るように、オーク達がついに武器を構え隊列を組み始めたと察して、馬首を巡らし騎兵達へと向かった。

「待て! ハイランドの騎兵よ! 我はアラギウス・ファウス!」

 叫んだ彼は、魔物達と騎兵達の間に馬をすすめる。

 ハイランド騎兵の集団は、先日のマイルズが率いる部隊ではなかった。

(騎兵の数は一〇〇……オークが一〇〇、コボルトが二〇〇……ハイランドの騎兵相手にまず間違いなく勝てないだろうな……)

 アラギウスは素早く思案し、魔物達の不利とみた。そして双方の動きを止めるように、馬を嘶かせ、自らもまた叫んだ。

「止まれ! 騎士達よ! オークよ! コボルトも動くな! アラギウス・ファウスが預かる!」

 彼の声に、ハイランド騎兵達がざわめいた。

「アラギウス・ファウス!?」
「アラギウス様だと!?」

 一人の騎士が馬を進め、アラギウスと向かい合った。

 その騎士は、冑を脱いで顔をさらした。

 アラギウスは、弟子の一人であったと思い出す。

「ヨハン・フラレンス! ひさしいな。君の隊か?」
「おひさしぶりです、先生……はい、我が騎士隊です……先生は追放されたと聞きました。リーフ王国は終わったと我が国では噂しておりますよ」
「ははは……裏切り者だとされてしまったようだ。身の覚えのない罪を着せられた。ところで、なぜ魔物達を追っているのか? 彼らには戦う意志はない。しかし君らは一方的に攻撃をした。ただ追うだけなら俺も見過ごすが、これは許せん」
「商人連合からの要請で……追い払うだけでなく駆逐してほしいとなりまして……先生はこんなところで何をしているのです?」
「俺は、魔物達を救おうと思ってお前達の前に立っている」

 ヨハンは目を丸くして、後ろの騎士達を見た。

 彼らも同じ反応である。

 緊張が緩和された状況となったが、それはアラギウスと騎士達の長であるヨハンが顔見知りであり、信頼関係があったからこそで、そうではない場合、問答無用で戦闘となる確率が高いだろう。

 実際、遅れて到着した別のハイランド騎兵集団が、停止している仲間を見て、手柄を横取りできるとばかりに突撃を企む。

「ヨハン殿! 手柄は頂く!」
「待て! マイルズ殿!」

(この前の田舎者か)

 アラギウスはオーク達が迎撃しようと武器を構えるのを見て叫んだ。

「俺が預かると言っただろう!」

 その迫力に、オーク達がビクりと動きを止めた。

 大魔導士は、迫る騎兵集団に向かって遠慮しないと決めた。

大地の怒りマーヴェ戦神ヴェルムの咆哮、我の敵は汝の敵である。我の求めに応じよ」

 アラギウスの呪文詠唱により、彼が示す大地に金色の輝きが発生した。それは円陣となり、二層、三層と立体化した直後、迫る騎兵の目の前で具現化する。

「ゴーレム!」

 ヨハンが声を出した。

 騎兵達が、その巨体にぶつかり、つぎつぎと倒れていく。避けようとした者達は、ゴーレムの太い腕に薙ぎ払われ、化け物をすり抜けることすらできなかった。

 ここで大魔導士は、ゴーレムに「去れ」と命じ、巨人は地中へと消えていく。

 アラギウスは倒れた者達を睥睨した後、ヨハンへと視線を転じて口を開いた。

「運が悪いと死んでいるかもしれん。だが、そちらは先ほど、ゴブリンを殺した。お互い様だ」
「せ……先生……どうして魔物を?」
「俺はリーフ王国を追放された者。今は、ミューレゲイトと共にローデシアに魔物の居場所をつくっている」

 ヨハンが声を失う。

 彼の背後で、ハイランドの騎士達がざわめいた。

「うそだろ……」
「大魔導士が敵?」
「やばいだろ……」

 アラギウスは「去れ」と短く言い、ヨハンを見て言葉を続ける。

「ヨハン、俺がすることは人にとっても良いことだ。それを信じよと、ハイランドのレイ陛下に伝えてもらおうか……レイ陛下ならば、聞く耳があるだろう」
「……承知しました。先生?」
「なんだ?」
「本当に裏切っていないのですね?」
「あの時はな……しかし、今は見ようによっては裏切っているかもしれない。ははは! お前達、ローデシアに行くのだろ? 案内しよう」

 アラギウスの声に、オークやコボルト達から歓声があがる。

 彼らを見送る騎兵一個中隊は停止したままである。

「ヨハン様」

 ヨハンは、部下に声をかけられて右方向を見る。

 部下が魔物達を指し示して問うた。

「見逃すのですか?」
「死にたいか?」
「いえ……」
「我らが束になって彼一人に勝てぬよ……強さの次元が違う」

 ヨハンは、事実を教えた。



-Arahghys Ghauht-



 ゴズの大迷宮を魔物達が通過できるので、山脈越えに時間と物資を浪費することがなくなり、アラギウスが保護した魔物達は苦労なくローデシアに入ることができた。

 アラギウスは、迷宮を管理するアルビルに、自分以外の人間は通すなと依頼した。

『任せて。脅かして追い返すから』
「頼む。殺さないように」
『大丈夫だよ。僕、えらい?』
「すごくえらいぞ!」
『ぐふふふふふ』
「ただし、聖女がやって来た時はこれを使って俺に知らせたら隠れろ」

 アラギウスが『これ』というのは、会話人形である。使い方はすでに教えてあり、アルビルがこの人形に話したい相手を伝えることで、人形が媒体となり、離れている二人が会話をすることができる魔法具だった。血塗れの赤ん坊という不気味な姿をした人形だが、非常に貴重で有効なものである。

『聖女はどうやって見分ける?』
「みたらわかる。魔力がオーラになっているはずだ。お前なら、俺のオーラがわかるな?」
『うん。バカでかいから邪龍か魔竜かと思って追いかけたんだ、最初は』
「俺と色が違う。聖女たちは白いはずだ」
『はーい。白いオーラの人が来たら、アラギウスに教えるね』
「頼んだ」

 ゴズの迷宮西側出口からファウスの街まで約一日。これは大人のアラギウスが徒歩で移動した場合なので、子供や老人、病人が混じる移民希望の魔物達では一日半から二日という距離だ。道中、迷わないように道標が等間隔で立てられているのは、グンナルのアイデアだった。

 ファウスの町に、魔物達よりも早く入ったアラギウスは、馬に乗ったまま魔王府建物へと入り、玄関で馬を停めて中に入る。執務室に飛び込むと、魔王が羊皮紙にペンを走らせていた。

「あれ? 早いな! うまくいったか!?」
「ちがう。問題が発生した」
「問題? ああ、忘れてた。おかえりなさい、アラギウス」
「ただいま、ミューレゲイト……いや、急ぐのだ。オーギュスタ様も同席してもらう」

 こうして、会議室に慌ただしく首脳三人が集まる。

「聖女が調査だと?」

 ミューレゲイトの困惑に、アラギウスは頷いて、考えを述べる。

「おそらくだが、魔物達の大移動が派手なのだ。実際、ハイランドの騎兵達が魔物達を追っているところに遭遇した。ゴブリンたちを助けられなかった……」
「まさか、戦ったのか?」

 魔王の問いに、アラギウスは謝罪する。

「申し訳ない。ハイランドの騎兵を蹴散らして、オークとコボルトの群れを救った」

 ミューレゲイトがだまり、オーギュスタが笑う。

「あはーはっはっは! いいね! 大魔導士が人間様を蹴散らしたなんて最高じゃないの! 最高! さい……」

 彼女は魔王に首を掴まれて黙った。

「静かにしないとひねり折るよ?」
「やれるものならやってみなさいよ、ケツデカ」
「ケ……ハイエルフのくせに下品なやつ!」
「やめてくれ」

 魔王とハイエルフの喧嘩をとめたアラギウスは、オーギュスタの言う通りだと苦笑するしかない。

「敵対してしまう可能性が出た。だがハイランドのレイ王は話がわかる御仁だし、遣いを頼んだのは元弟子だ。決定ではない。それよりも急ぎなのは、聖女が部隊を率いてローデシアの調査にくる。これをどう対応するかだが、案がある」
「聞こう」

 ミューレゲイトがオーギュスタから手を離し、ハイエルフはわざと咳をした。それを横目にアラギウスが説明する。

「大聖女エリーネ自らやって来る。俺は話し合いの相手にはならない。彼女は俺を追放した本人だ……ミューレゲイトも無理だ。魔王だから……そこで、オーギュスタ様に頼みたいのですよ」
「いいけど、一晩、添い寝してもらえる?」
「そ……添い寝?」

 アラギウスが狼狽え、オーギュスタが微笑みながら魔王をチラリと見る。ミューレゲイトはわなわなと震えていた。

 ハイエルフは、魔王をからかうために、アラギウスをからかったのだと笑ってみせた。

「アハハハ! 反応がおもしろいのよ。真面目にする。話して」
「……貴女であれば、三賢人の一人であるし、魔物や魔族とは違い、精霊だ。それも格の高いハイエルフだから、貴女がここから先へ入ることは許可しないと言ってもらえれば、聖女は貴女の意向を無視してローデシアに入ることはできないだろうと……」
「そうかしら?」
「聖女は精霊の力を具現化した魔法、精霊術の使い手だ。精霊を怒らせるのを嫌います」
「だといいけど……聖女が来たことはどうやって知るの?」
「迷宮に近寄ったら、アルビルが教えてくれる。会話人形を使って」
「あんた、あんな高価なものを魔人にあげちゃうからもったいないと思っていたけど、門番的な役割をさせたかったのね?」
「そうです……で、どうです? ミューレゲイト、どうだろうか?」

 魔王は頷く。

「わらわがお前の案に反対するわけがない。オーギュスタ、頼んだ」
「いいわよ。添い寝してくれる?」

 流し目をつくったオーギュスタに、ミューレゲイトとアラギウスは呆れた。

 その日の夜。

 大樹の家に、オーギュスタが訪ねて来ると、二人と酒を飲み、アラギウスとミューレゲイトに挟まれて寝たのである。
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