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魔人

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 アラギウスは閉鎖された鉱山のどこかにゴブリンの子供とダークエルフがいると予想した。

(生きていてくれ)

 彼は光の球を放ち、鉱道の中をくまなく探す。途中、巨大な蟻や蜘蛛といった魔虫が多くなってきた。

 彼は道中、片っ端から虫たちを駆除していく。炎、氷、風、雷、大地を操る魔法を駆使して、圧倒的な力で蹴散らし続けた。

(少しでも数を減らせば、生存確率が高くなる)

 間に合ってくれと祈るように進む彼は、光の球が送ってきた反応に飛びつく。

「右の通路だな!」

 彼は坑道から右方向へと伸びる狭い通路へと突っ込む。さらに細くなった道は、大人の彼では通ることが難しい。だが、その奥に、子供を抱えて守るようにこちらを睨むダークエルフの女がいた。

「助けに来た!」
「アラギウス様!」

 ダークエルフの女が彼に気付き歓喜する。だが直後、彼女は警告を発する。

「とんでもない魔人がいます」
「周囲に探知(サーチ)の魔法をかけている。今は大丈夫。出て来れるか?」

 子供が這い出た後、ダークエルフが身体に擦り傷を作りながらも出て来た。

「君らの名前は?」
「この子はゴル、わたしはラビス。あの、ムグという子供とはぐれてしまい、捜すのを手伝ってくれませんか?」

 アラギウスはラビスだけに聞こえる声量で言う。

「その子はもう……駄目だった」

 彼女が目を見張る。その大きな目から涙が溢れ始めたが、彼女は頭(かぶり)を払うと涙をふいた。

「すみません。大丈夫です」
「行こう。俺が守る」

 アラギウスは先頭に立つと、周囲に光の球を放ち、索敵をしながら上を目指す。降りる時は簡単だったが、よじ登るのは大変で、さらに魔虫が死骸を餌にと集まり始めていて、帰路はとても遭遇率が高まっていた。

 ラビスは魔法を連発するアラギウスを案じる。魔導士が魔法を使う際、精神力と魔力を使って発動しているが、ダークエルフの彼女でも一日にこれだけ連発するのは無理だと思っていた。そして彼女が驚くのは、彼は彼女達を見つけるまでも魔法を使い続けていて、さらに今、行く手を阻む虫たちを全て倒す勢いで魔法攻撃を止めないのだ。

 彼女は、後方から魔人の咆哮を聞いた。

「アラギウス様! あれが追って来ました! 騒ぎに気付いたんです!」
「走れ!」

 アラギウス達は、坑道から地下都市へと移動した。ここまでくると魔虫は追ってこなくなり、頭上ではオーガやオークの声が聞こえてきた。

「君はこの子を連れて先に行け」

 アラギウスの言葉に、ラビスは驚く。

「まさか、魔人と戦うおつもりですか?」
「上まで出て来たら厄介だ。止める」
「おひとりで無茶です!」
「早く行け。君らが逃げ遅れると戦いに集中できない」

 彼女がゴルを抱えて走り、上から聞こえる声に叫び返した。

 直後、アラギウスはすぐ下まで迫った圧力を感じ、跳躍するとともに雷の魔法を放っている。

「雷撃(ライトニング)!」

 ほとばしった稲妻が、地面を突き破って現れた化け物の顔面を砕く。しかし化け物は、顔面を修復しながらよじ登ると、アラギウスに姿をさらした。

「……魔人ね……アンデットデビルか」

 人型の悪魔であるアークデーモンが数百年と生きた後に到達すると言われるアンデットデビルは、魔法や物理の攻撃を全て無効化する化け物だ。周囲に発する悪臭は呪いの効果があり、精神力が乏しいとたちまち戦意を失い動けなくなってしまう。

「そして俺はこいつを倒せない……」

 いかなる攻撃も効かないアンデットデビルを倒す方法を、アラギウスは使えない。この魔人を倒すには、聖女の力が必要だった。

「だから魔導士と聖女はセットで編制すべきだと進言したんだ……よ!」

 アラギウスは光の球をいくつも、同時に爆発させた。

 アンデットデビルは閃光をくらって驚いたようだ。その硬直の隙をつかって、アラギウスは頭上へと跳び、上の層の床部分を掴む。渾身の力でよじ登り、下を見ずに駆け出した。

「アンデットデビルだ! 逃げろ!」

 大きな声で叫んだ彼は、魔王の声を聞いた。

「今いく!」
「来るな!」

 直後、彼女がアラギウスの隣へと頭上の穴から落下してきた。

「魔人とな?」
「来るなと言ったのに」
「お前の危機は、わらわの危機だ」

 アラギウスは苦笑した。過去、勇者たちと一緒に行動していた頃を思い出す。

 アンデットデビルが不気味な姿を二人の前にさらす。分厚い筋肉に覆われた四肢に、頭部から生えたねじ曲がった二本の角、体内には生命は宿しておらず、赤い邪悪な光が内包されており、関節に存在する隙間から不気味な色が外に漏れている。

 化け物が望むのは、絶望の香りを嗅ぐこと。

 そのために魔人は、獲物を追い、いたぶり、わざと生きたまま喰らうと言われていた。

「ミューレゲイト、相手が悪い。俺では倒せない」
「こいつがわらわ達を追って地上に来ては面倒だ。手はないか?」
「封印するには聖女が必要だ」
「他の方法――」

 ミューレゲイトが言葉を止めて左に跳ぶ。彼女が一瞬前までいた空間を、魔人の腕が斬り裂いていた。魔人の爪がいつのまにか鋭く伸びている。そしてそれは、空振りになった後、拳の中におさまっていく。

「骨を変化させている」

 アラギウスは言い、周囲の瓦礫を操作して魔人にぶつけることで時間を稼ぐ。何か手はないかと考えた彼は、これまでどうして地下の坑道に潜んでいたのか、その理由と倒し方を見つけた。

 さきほどの光に反応できなかったのは、それだったのだと気付く。

「ミューレゲイト、倒し方がわかったが、その必要はないかもしれない」
「どうしてだ?」
「この魔人、光が駄目だ」
「……」

 魔王は試しに、光の球を魔法でつくりだした。

 アンデットデビルが脅えるように後退する。

「本当だ……」
「だろう? だから地上には出てこれないぞ」
「わかった……だが、ゴブリンの子供を怖がらせた罪はあるぞ」

 彼女が特大の光球をつくるべく魔力を集中させた時、それは聞こえた。

『ごめん! ごめんなさい! ひさしぶりに虫以外の奴がきたんで戦いたかっただけ!』

 子供のような声が二人の脳内に届いた。

「思念による会話? 古代に失われた話法を使うのか?」

 アラギウスの問いに、アンデットデビルは答える。

『使えるよ。悪かったよ。もう帰るよ……許して』

 アンデットデビルは背を見せ、地中へと去って行こうとしたが、魔王が呼び止めた。

「待て」

 立ち止まった魔人と驚くアラギウス。

「お前、一人ぼっちなのか?」
『虫はいっぱいいるけど……もっと下には別の奴がいるかもしれないけど、行ったことないから、いつも一人だよ』
「寂しくないのか? 寂しいという感覚はあるか?」
『……笑わない?』
「笑ったりしない」
『寂しい』

 魔王はアラギウスを見た。

「仲間にしたい」
「は?」
「わらわは、ぼっちは嫌だ」
「……廃墟のところでずっとぼっちだったからか?」
「……そうだ。おい魔人、名前は?」
『名前? ない』
「では名付けよう。アンデットデビル……アルビルでどうだ?」
『アルビル……素敵な名前』
「わらわはミューレゲイト、こいつはアルギウス、わらわ達は迷宮の西側に国を作ろうと思っている。お前も手伝わないか?」
『……明るいの駄目』
「外にはな、夜というのがある。明るくないのだ」
『本当?』
「本当だ。出口まで来たことはあるか?」
『明るいの苦手だから近づかない』
「ためしに近づいてみろ。外は夜になると暗くなる。それなら、お前も外を歩けるだろう」

 そして、魔王と大魔導士は迷宮西側出入り口へとアルビルを連れて帰る。オーガやオーク達が驚いたが、敵意のないアンデットデビルをみて、それならば戦う必要もないと警戒を解いた。

 夜になり、アルビルは外を歩いた。

『すごい! 頭上に壁がない! 光がいっぱいあるけど僕をいじめる力はない。綺麗だ! 外は綺麗だ!』

 彼は数百年の時を経て、星を見たのだ。

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