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31 ヒーロー

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 俺としては何としても二人同時に相手にしたかった。

 三人入り乱れながらの方が俺の攻撃も当たりやすいと思ったからだ。鮫島と言う男は長身を生かして距離を取るタイプだとしたら一分間の間、一度も俺の攻撃が当たらないことも充分考えられる。

 鮫島を倒せたとしても、桜井は警戒してしまうだろう。そしてもし桜井に慎重になられると、素人の俺の攻撃など全て避けられた挙句に俺は確実に倒されてしまうだろう。

 俺がベンチに座る三人から離れるべく斜めに歩くと、鮫島もゆっくりと俺に向き合う様に斜めに動き出した。

 お互い正面に向き合ったところで俺は鮫島の顔をまじまじと見た。
 桜井が俺を素人と言ったが鮫島に油断しているような余裕の表情は見えなかった。プロならではの考えでどんな相手にも油断しないと言うことか。

 俺は一分間の業を発動させ鮫島のすぐ横を全力で駆け抜けた。
 鮫島が何かを言いながら俺の左肩か左わき腹を殴った、が業の盾に守られている俺は気にも留めずにそのまま一気に駆け抜け一息で石田会長の目の前まで辿り着いた。

 俺が石田の顔面目掛けて殴りかかると、哀れな石田老人は信じられないという驚愕の顔で凍り付き一言小さく「うそっ」と呟いた。このじいさん自分が殴られるなどとは夢にも思わなかったのだろう。

 俺の思った通り、桜井は会長を守るべく素早く、俺に近づきタックルをした。俺は桜井に倒されながらも桜井の背中に矛の地獄をたたき込んだ。
「ぐうぅっああ! 」
 桜井は大きく悲鳴を上げた。
 俺は素早く起き上がると悲痛な叫び声と痛みで硬直する桜井の髪を掴んで引き起こすと頑丈そうな顎をもう一度地獄と天国で殴った。

 気絶する桜井を地面に押し付けて会長を見た。信じられないという表情の会長と目があったが会長は俺の後ろに視線を移した。

 会長の目線で鮫島が俺の背後まで追いついて来たのが分かった。
「貴様っ! 」
 鮫島は俺の肩に手を掛けるとそのまま引き倒そうとした。

 俺は肩に僅かな感覚を感じたまま振り向きざま興奮状態の鮫島の顎目掛けて殴った。鮫島は腕で防御せずに顎を逸らし俺の拳を避けようとした。流石はプロ。

 俺の矛は空を切ったが辛うじて奴の顎を、ほんの微かに、ほんの少しだけ掠ることが出来た。
 ニメートル級の大男が膝から崩れ落ちる様子はなんとも爽快であった。俺の力じゃないんだけれども。目が覚めた時には恐怖で一杯だろう。

 後ろでベンチに座る三人から歓声が沸き起こった。
 俺は振り返って片手を挙げ彼らの歓声に応えた。
「やっと一対一のサシで勝負出来ますね、会長!  」
 目の前で絶望の表情を浮かべる会長に、俺は笑顔で言った。

 会長が眼を大きく見開き挙動不審に小刻みに震えながらコートの中をまさぐり出す姿はかなりヤバめではある。
「ヤァー」
 両目を瞑《つぶ》り、子供じみた雄たけびと共に、俺の腰上辺りに何かを押し当てた。
「バリバリバリバリバリバリ」
 押し当てられた俺の腰上辺りからは物凄い電気音がした。

 会長はまだ目を瞑りながら一生懸命に押し当てている。俺はそれを取り上げて観察した。電気髭剃りか? いや、初めて実物を見るがこれはスタンガンだ。

 俺にスタンガンを取り上げられた会長は震えながら地面にへたり込んでガックリ肩を落としている。
「これスタンガンってヤツですか? 」
 俺が見下ろしながら会長に聞くと、会長はビクッとなってから頷いた。

「こ、降参する。今更ダメじゃろうか? 」
 会長の清々しいくらいの命乞いに笑い出しそうになった。
「まあ、自分だけ無傷ってのもあの二人にね、悪いんじゃないですか? 」
 俺は気絶して地面に転がっている二人を顎で指した。
「そこの温室でフェロカクタス種のサボテンにダイブでもして来たらどうですか? 」
 俺の無敵時間はもうとっくに終わっている。もう気絶や痛みと恐怖だけを与えることはできないが、意地悪で少し追い込んでみた。
 一層小さくなった会長は更に小さな声で懇願した。
「痛いのはチョット、ワシもう歳じゃから」
 会長の弱音に声を上げて笑いそうになった。

 段々面白くなってきたがこの辺でからかう事をやめにした。心の拠り所である桜井と鮫島を失ったこの状況なら石田会長も素直に俺たちに従うだろう。

「いいでしょう。場所を変えて話し合いましょうか」
 俺はニッコリ言った。
「いやあ、話の分かる若者で良かったよ」
 会長がホッとしたように落ち着きを取り戻した。あんたが聞く耳持たなかっただけだろうがと思ったがそれは言わないでおいた。

 里香ちゃんたち三人が駆け寄って来た。みんなの笑顔を確認して張りつめていた緊張感から解放された。
「いやー、かっこよかったよぉー、ハルイチくん」
 夏目が嬉しそうに言う。こいつに言われてもちっとも嬉しくは無い。
 大体こういう暴力的な事は女性は好きではない筈なのだ。だから俺の株が下がらないようあまり彼女たちに見せたくはなかったのだが。
「ハハハ、別にかっこよくはないだろう」
 俺は言った後、何か良い言い訳はないかと彼女たちを見ながら考えた。

「本当にかっこよかったよ」
 里香ちゃんが少し照れた表情で言った。俺の魂は天国に昇った。照れた顔もやはり綺麗だ。

 里香ちゃんの言ったことに対して俺は何も返事出来なかった。ただただ照れて、照れて嬉しくてニヤつきが収まらないので下を向くしかなかった。ヒーローってこんな晴れやかで気持ちの良い感じなのかなと思った。

 会長が「何だこいつは」と言いたげな表情で俺を見上げている。会長と目が合い、凄く冷静な気持ちに戻ることが出来た。

 空を見上げると雲の一つ無い青空だった。まだヒーロー気分の覚めない俺は「空が青いな」と危うく言いそうになった。

 石田会長が現れてからの時間は長く感じられたが、明るい空を見てほとんど時間は経っていない事に気がついた。
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