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21 桜並木の攻防

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「ところで、いつの間に瞬くんと仲良しになったの? 」
 夏目と別れて直ぐに里香さんが不思議そうに訊いた。
「ハハハ、昨日からかな」
「でも良かった。夏休み前に会った時に、瞬くんに腹を立てたんじゃないかなって思っていて。瞬くんて、なんて言うか……」
「あいつは、怒らせ名人だからね」
「そう、それ! そうなの! 」
 二人で大笑いした。里香さん曰く、夏目 瞬という男は長く付き合っていると凄くいい奴だと解るのだが、ハッキリ物事を言う性格から大抵初対面で大概の人間に嫌われてしまうのだそうだ。
 何とも言えない人をイラつかせてしまう雰囲気を漂わせ、特に初対面の男からは絶対と言っていいほど嫌われるそうだ。

 そんな、怒らせ名人夏目に俺が少しも腹を立てずに接している事が、里香さんにとっては信じられないくらいの驚き、なのだそうだ。実際初対面の時は俺も腸が煮えくり返った思いをしたのだが。
 それから昨日、夏目を空手部の連中から助けた事に関して何故か里香さんからもお礼を言われた。

「そもそもあいつ、なんで空手部の連中なんかと揉めたか知ってる? 」
 俺が訊ねると里香さんは少し困った顔をした後、答えてくれた。
 昨日の空手部員たちと夏目の因縁は夏休みに起こったそうだ。

 里香さんや夏目の通う大和大学と、昨日の空手部の連中の通う神奈関大学との部活や文化サークルの交流会が今年の夏休みに開かれた。そこで里香さんと夏目は天体観測部のメンバーとして出席したそうだ。

 神奈関空手部の主将が交流会で里香さんの事を気に入り、打ち上げの飲み会の席で空手部主将に気に入られた里香さんが、執拗に言い寄られ、一緒にいた夏目名人がガツンと一言ではなく、ボロクソに扱き下ろしたそうだ。

 それまでの空手部員たちの態度は横柄だったらしく、周りのみんなは喜びその場は大いに盛り上がり、大勢の前で罵詈雑言を浴びた空手部主将は激しい羞恥と憤怒で昏倒したそうだ。

 本来ならその場で夏目はボコボコにされてもおかしくはない筈だったが主将の失神でそれどころではなくなったそうだ。
 空手部の主将が里香さんの事を気に入ったという事を、自分で話すのが恥ずかしいのか少し言葉を濁しながら教えてくれた。俺は夏目名人に初めて感心と感謝をした。良く里香さんを守った、良くやったと。

 それから俺達は里香さんのアパートへの通り道である桜並木の川沿いを歩き始めた。この一本道で俺は初めて里香さんに会ったんだなあと感慨深い気持ちになった。
 暫く一本道が続く中、前方に大きな男二人組が歩いて来るのが見えた。先程のくろいタンクトップを着た大男程ではないが、一般の成人男性よりは明らかに大きな二人組だ。まず間違いなくさっきの男の仲間だろう。隣で歩く里香さんに緊張が走るのが分かった。

 彼女をその場に留まらせ、俺独りで二人組の方向に歩いて行った。一人は天国と地獄で気絶を、そしてもう一人には地獄の痛みで身動きでき無くした後、尋問しようと決めた。

 一分間の業を準備して前方の二人組が無関係だった場合、今日一日なにも出来ないで終わってしまう。回数制限の業を使った場合、上手くいけば二回分の矛を使うだけで済むだろう。

 歩きながら色々考えを整理しながらも、二人組の男たちから目を逸らさず観察を続けた。短髪で金髪の一人は不適な笑みを浮かべ俺の事を挑発するような目つきでこちらを見ている。黒髪で長髪のもう一人は俺を威嚇するように睨んでいる。

 二人とも俺より少し背が高い程度だが、中身の方はギッシリ実の詰まった厳つい身体つきをしている。Tシャツの上からでも十分判る程の日々トレーニングをつんだ身体つきは、そこに存在するだけで他人を威圧する。

 二人は俺の少し手前で立ち止まり、長髪マッチョが、金髪に「おいっ」と一声かけた。
 俺も歩くのをやめ立ち止まった。声をかけられた金髪は「はいっ」と返事をしてから俺の目の前にやって来た。
「あのさあ、きみ、悪いんだけど、俺たち、きみの彼女にちょっと用事があって、暫くどっかに行っててくれないかな」
 金髪短髪はニコニコと笑顔で言った。

 更にこの男は俺が断るとは微塵も思ってはいない様子で、余裕たっぷりに俺の顔にグッと金髪頭のデカい顔を近づけてきて「ねっ、お願い」とニヤついた。

 この二人は、こちらが逆らえばいきなり猛獣に変身する事は簡単に予想が出来た。そしてあっという間に俺を血祭りにするつもりだろう。

 俺は予定通り、天国と地獄を目の前の男のわき腹に当て、男が呻き声と共に地面に崩れ落ちる前に、素早く長髪の男に近づき、そして懐に潜りこんだ。
 長髪の男は自分の仲間が倒れる前に、俺が向かって来る事など予想していなかったのか、それとも単純に油断していただけだったのか、男は構えるでもなく、避けるでもなくあっさり、俺の地獄の拳で地面に沈んだ。瞬間、悲痛な叫び声を上げた。
「あーっ!」
 大声で叫んだ後、蹲りながら呻いている長髪を見下ろし、俺は「何が、あーっだよ」と吐き捨てた。俺は盾を一切使わなくて済んだ事に運が良かったと感じていた。

 痛みと恐怖で動けなくなっている長髪男の傍で少し屈み「彼女にどんな用件だ? 」と訊ねた。
 男は俺の言葉が耳に入っていない。まだ呻いたまま蹲っている。
「なあ、おい、俺の話聞いてるか? 」
「ふうううん、ううむうん」
 男はまだ情けない声で呻いている。
「おい、もう、そろそろいいだろ? そこまで痛かったか? 」
 地獄を喰らった事の無い俺は、どのくらいの痛みがあるのか見当もつかず、そしてこいつの執拗な痛がりようを見て段々怖くなってきた。俺ならこんな事、絶対にされたくない。

 永遠に痛がり続ける男を見て途方に暮れたが、面倒になり天国で気絶させてしまおうと考えた。
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