上 下
9 / 9

9話

しおりを挟む
3年という時間の流れは、2人にとって、とても早く、あっという間に過ぎた。
琢も、愛菜も、無我夢中に突き進んだ。
互いが互いを想い、相手の為に、貪欲に変化を求めた。
当時の琢は、迅達に、様々なことを言われたが、立ち止まらず、跳ね除けるように、その道を進んだ。
その努力が、琢を大きく成長させた。
愛菜も、何があろうと崩れなかった。
文哉の代理として、着任したはずが、文哉以上の働きをみせた。
その為、愛菜に反抗する者は居なくなった。
逆に、愛菜を慕い、愛菜を頼った。
その私生活に、口出し出来ない程、愛菜も、大きな成長を遂げた。
その隣に立てるように、同じ歩幅で歩けるように、2人は、とにかく出来る全てをやり遂げた。
そして、愛菜が帰国する日。
琢は、空港に来ていた。
もちろん、愛菜を迎えに来たのだ。
あの頃の琢なら、ソワソワと、忙しなくしていただろう。
だが、今の琢は、とても落ち着いている。
3年前、平日にも関わらず、琢は、学校には行かず、空港に来ていた。
だが、ロビーで搭乗を待つ愛菜には、声を掛けず、メッセージを送り、その背中がゲートを潜って行くのを静かに見送った。
髪が伸び、小麦色に肌が焼けた愛菜が、同じゲートを潜って出て来ると、琢は、口元に笑みを携えた。
その笑みは、イタズラを思い付いた子供のようだった。

「…愛菜」

琢は、静かに、愛菜に近付き、その耳元で、そっと囁く。
振り返った愛菜は、大きく成長した琢を見て、困惑していた。

「…琢?」

まだ疑っている様子の愛菜に、琢は、半笑いを浮かべた。

「そうだよ」

「…ウソ…」

「ウソじゃねぇし」

わざと、昔のような口調になった琢に
、やっと、愛菜も納得したようだった。
だが、大きく見開かれた目は、変わらない。

「本当に…琢なんだね」

「やっと信じてくれた?」

素直に頷く愛菜に向かい、琢が微笑んだ。
どんなに大人の顔つきになっても、その微笑みには、また幼さが残っていた。
愛菜は、やっと、安心したように、昔と変わらない笑みを浮かべた。

「変わっただろ?」

「かなりね。分からなかったよ」

琢は、あれから、姉のアドバイスで、立ててた髪を下ろし、前髪は流し、真っ黒だったのを栗色にして、柔らかい印象になった。
鯉や龍が、プリントされたTシャツから、無地のものに変え、色も派手なものから、落ち着いた色にした。
それだけでも、人に与える印象は、大きく変わり、口調と声色も、優しく大人っぽくなっている。
身長も伸びて、今では、長男の徹と変わらないくらいになった。

「どう?」

「凄く似合ってる」

「でしょ?」

「自分で認めるんだ」

「違う?」

「…違わないよ」

そんな琢を見つめて、愛菜の瞳が、寂しそうに細められた。
その表情に、琢は、困ったように小さく微笑んだ。

「見た目とか、言葉遣いなんて、誰でも変えられるよ。迅先輩や悠貴先輩も変わったし」

「そうなんだ」

「まぁ。色々聞きたいかもしれないけど、移動しながら話そうか」

「そうだね」

琢が、愛菜の荷物を持って、2人は、並んで、駐車場に向かう。
3年前は、ぎこちなかった距離も、今では、ピッタリと寄り添うように並んでる。
琢が、車のキーを取り出すと、愛菜は、驚いた顔をした。

「取ったんだ。免許」

「まぁね。どうぞ」

真新しい車の助手席を開けて、愛菜を乗せると、琢は、荷物を積んで、車を走らせた。

「やっぱり、3年って長いね」

「なんで?」

「色々、変わったから」

「まぁね。でも、俺は、短いって思ったよ?」

「私も。短いって思ったけど…」

「変わらないよ」

信号で止まり、琢が、ハンドルにもたれ掛かり、愛菜を見つめると、その頬が桃色に染まった。
琢の表情は、とても穏やかで、そこには、愛菜への愛おしさが溢れていた。
その雰囲気に、愛菜の頬は、濃く色付いた。

「気持ちまでは、変わらないよ」

「それ…」

琢が、変わらない笑顔を見せると、前に視線を戻して、運転を再開した。
愛菜の頬は、変わらずに薄紅色のまま、外に視線を向け、車内は、無音になった。

「…琢?家、こっちじゃ…」

「ちょっと寄り道しよ」

琢は、ハンドルを回し、車を走らせた。
静かに停車し、外へ出ると、あの思い出の場所が見える。

「ここって…」

あの古い神社は、未だに壊される事なく残っていた。
互いが傷付き、傷付けられた場所。
互いが成長すると決めた場所。
2人にとって、通過点であり、出発点でもある石段は、とても大切な場所だった。
琢が、石段を見つめる愛菜の手を引く。
優しくも力強い手の温もりは、3年前と変わらない。
石段に座って、琢が、隣を叩くと、愛菜は、うつ向きながら、少し離れた所に、ちょこんと座った。

「前は、くっついてたのに」

「いいの」

膝を抱えて、頬を染める愛菜を見てると、琢は、その姿に小さな溜め息をついた。

「俺さ。愛菜、送ってから、家に帰るまで泣いてたんだよね」

視線を上げた愛菜は、驚きを隠せなかった。
琢は、満面の笑みを携えて、くっつくように、愛菜の隣に座り直した。

「あの時さ。仕事だからって言ったけど、本当は、すごく嫌だったんだ。離れたくないって。でも、愛菜が、泣きそうな顔してたから」

「…私、そんな顔してないよ」

「してたよ?目尻下げて、ちょっとウルウルしてた」

「してないもん」

愛菜が頬を膨らませると、琢は、その頬をツンツンと突っついた。
そっぽを向いた愛菜の髪が、目の前で揺れ、琢は、その髪をすくい上げた。

「髪、伸びたね?また切るの?」

「ん~…どうしようかな」

自分の毛先をいじり、愛菜は、横目で琢に視線を向けた。

「どっちも似合ってるけど、今度は、俺と愛菜の時間の中で、伸びて欲しいから、切って欲しいな」

毛先で遊ぶように、指を絡めていた琢に、愛菜は、驚いた顔をした。

「どうして、知ってるの?」

「七瀬さんに聞いた」

愛菜を見送た日。
琢は、まっすぐ七瀬さんの所に行き、愛菜自身から聞いたことを確かめる為に、一から全てを聞いた。
仕事のことも、文哉のことも、愛菜自身のことも、全てを聞いた琢は、その日から、七瀬に頼んで、愛菜の好むものを学んだ。

「文哉って人にも会ったよ」

ニコニコと上機嫌に笑う琢から、愛菜は、視線を反らし、膝を抱える腕で顔を隠した。

「一発、殴った。ってのは、ウソ」

驚きで、顔をあげた愛菜は、頬を膨らまして、ニコニコと笑っている琢の腕を軽く何度も殴った。

「ごめんごめん」

琢が、その手を掴んで、指を絡ませると、愛菜は、そっぽを向いてしまった。

「殴りそうになったけど、先に、七瀬さんが殴ったからやめた」

「七瀬が!?どうして…」

その日。
琢と七瀬が、勉強の息抜きをしていると、文哉が、電話で、当時の愛菜との関係を話してたのを偶然、聞いてしまった。
愛菜にとっては、本気の恋だった。
だが、文哉にとっては、ただの遊びでしかなかった。
琢は、愛菜が、悲しんで苦しんで辛くて、ダメになりそうになると、すぐに別の女性に逃げた文哉を許せなかった。
それは、七瀬も同じだった。
人を救うのが、七瀬や愛菜たちの仕事だが、文哉は、肩書きや響きの良さだけで、その仕事をしていた。
弱ってる人なんて、ちょっと優しくしてやれば、すぐに落ちる。
その言葉が、七瀬の逆鱗に触れた。

「その後のことは、よく覚えてないけど、あの時の七瀬さん、めちゃくちゃ怖かったよ」

「七瀬は!?七瀬は、どうなったの?!」

「健全だよ?」

その騒動が起きる前、喜市が文哉の事を調べていた。
文哉は、結婚してからも、愛菜のように、支えを失い、弱った心の女性に漬け込んで、不倫を重ねていた。
それは、フィールドワーク中も、続いていて、それが相手に、バレてしまったことで慌てて、逃げるように帰国した。
喜市は、それを教授に報告した。
その後、文哉は、辺境の地へ、一人で送り出された。
窮地を救う第一人者。
聞こえは良いが、実際は、ただの島流しだ。
今では、寝る時間もない程、文哉は、働かされている。
そして、七瀬は、お咎め無しとなった。
更に、愛菜が請け負ってた仕事の多くを引き継いでた七瀬は、その正義感と仕事への誇りを買われ、代表代理を任されてしまった。

「今じゃ、昔の愛菜よりも、働き詰めになってるよ。たまに、死にそうな顔してるんだよね」

「そうなんだ…良かった」

心底、安心してる愛菜の様子に、琢は、困ったように、小さく微笑んだが、すぐに元の笑顔に戻った。

「因みに、笹原さんは、別の研究室に移ったよ」

「そっか。移っちゃったんだ…」

「んで、喜市さんと、結婚前提のお付き合いしてるって」

「…うそ…ウソウソウソ!?喜市と?!笹原が!?」

本当に驚く愛菜を見て、琢は、ケタケタと大きな声で笑った。

「笑わないでよ!!」

「ごめん。てか、七瀬さんから聞いてないの?」

琢は、仕事の関係上、七瀬と愛菜が、頻繁に連絡をしていたのを知っていた。

「何も。仕事以外の話になると、はぐらかすんだもん」

「じゃ、俺の事も?」

「琢の話すると、鼻で笑ってた」

それは、七瀬の気遣いだった。
愛菜が帰国し、琢と1番に会うと分かっていて、七瀬は、仕事以外のことは、話さなかった。
自分が代理になったのさえ、話さなかったのは、ただの意地悪だった。
琢のことを鼻で笑ってたのは、愛菜から振られる話題の大半が、そのことだったから。
琢よりも、愛菜の方が惚れ込んでる。
七瀬は、それに対して、笑ってただけだった。

「そっか。大学生です」

「ウソ~!?」

「ホント。教員になろうと思ってさ」

琢が、愛菜の為に目指したのは、高校の教員。
愛菜と離れて、琢は、その為に、必死に勉強をしていた。
そして、無事、教育学部のある大学に合格した。

「あの琢が教員…出来るの?」

「だから、大学行ってるんでしょ?」

「そうだけど…なんか、意外だな。どうして教員に?」

「3年の時の担任が、とりあえず、大学行ってみたら?って」

「それだけ?安易じゃない?」

「それに、なんか、楽しそうじゃない?」

「そんな気楽な」

本当は、そんなに簡単じゃないのを琢も分かっていた。
だが、そのくらいのことをやらなければ、愛菜と並べない。
琢のように、一度でも道を外した者は、それ以上の努力が必要だ。
それでも、琢は、教員を目指した。
愛菜と一緒にいることが許される方法。
それが教員となること。
琢にとって、実現出来るギリギリのラインだった。
それを愛菜が知るのは、まだまだ先になるだろう。
それよりも、琢は、今現在の話をしたかった。

「って事で、愛菜と俺が、付き合っても問題ない?」

「ダメでしょうね」

愛菜が、キッパリ言い切ったが、琢は、諦めようとしなかった。

「でも、離れた時、愛菜、学校の前で待ってたじゃん?」

「それは、琢が、変な誤解したまま離れたから」

「俺、当時16歳。現在19歳。当時の方がヤバくない?」

「それは…」

愛菜が、視線を泳がせ、言い淀むと、琢が追い討ちをかける。

「因みに、愛菜の大学じゃないよ?」

「あ~。学部がないからね」

「別の大学だし。あまり、俺らのこと、知ってる人って、いないと思うんだよね~」

「でも…」

「それに。俺、愛菜を養うくらいの覚悟はしてるよ?」

「だけど…」

琢は、絡ませた手を引っ張り、傾いた愛菜を腕の中に収め、その頭に頬擦りをした。

「七瀬さんに、色んなこと、たくさん聞いたよ。すごく厳しいのも知ってる。でも、俺、やっぱり、愛菜から離れたくないよ」

琢の背中に回された愛菜の手が、服を掴み、その小さな肩が震え始めた。

「…でも…」

「大丈夫。分かってるから。卒業までは、誰にも知られないように、隠れてなきゃないのも、それらしい事も出来ないのも、ちゃんと分かってるよ。でも、俺、本気だから」

真面目な愛菜には、割り切って、琢と付き合うことは出来ない。
3年前までは、2人のことをほとんどの人が知らなかったから、何食わぬ顔で、普通に出歩くことが出来た。
だが、准教授の愛菜は、大学関係者の中には知られている。
その上、琢も大学に通い始めたことで、一気に2人を知る人が増えた。
それでも、琢は、自分の気持ちに嘘をつけない。
どんなに辛く苦しい道のりでも、琢は、愛菜と共に歩みたいのだ。

「俺、もう、子供じゃないから」

もう琢は、あの頃の幼い琢じゃない。
在学中は、互いやりたい事を我慢し、隠れながらも、想い合って耐える。
そして、卒業したら、堂々とすればいい。
やりたい事は、あとで一緒にやればいい。
遠くの国に離れて、3年も想い合えたのだから、なん年でも想い合える。
琢は、ちゃんと状況を理解して、それに対処することを覚え、感情も、しっかりコントロール出来る大人になった。

「一緒になるのは、ちゃんと卒業まで待つよ。でも、気持ちは、出来るなら、今、ちゃんと伝えたいな。無理なら無理で、我慢するけど。考えたいなら、七瀬さんに相談してからでも、いいから」

「…ホントに、大人になったんだね」

「まぁね。でも、本音は、今すぐ言いたい」

琢が、抱き寄せてた腕から、力を抜いて、体を離すと、真剣な目で、愛菜を見下ろした。

「…私、不器用だから…七瀬とか琢みたいに…上手く隠せるか分かんないよ?」

その目を見つめていた愛菜が、視線を反らして、ボソボソと呟くと、琢は、嬉しそうに、満面の笑みを浮かべた。

「その時は、喜んで、お嫁に貰います」

「お兄さん達とか、凄い迷惑掛けるかもよ?」

「その辺は大丈夫。姉さんなんて、早く貰えってうるさいくらいだから」

「気が早すぎる」

「兄さん達も、それくらいソワソワしてる」

「なんか、胸が痛い」

「そうそう。因みに、俺の両親、学生結婚だから」

「…はぁ!?」

琢の両親は、母親の通ってた高校に、父親が採用され、着任した。
その時、互いに一目惚れし、母親が、大学に入学すると同時に結婚した。

「俺も、最近、知ったんだけどね。だから、父さんも、母さんも、その辺は理解あるよ?…愛菜?」

「…絶対、怒られると思って、覚悟したのに…恥ずかしい…」

そう呟き、顔を隠す愛菜を見て、琢は、大声で笑った。
愛菜は、耳まで真っ赤になり、その頬を膨らませた。

「そんなんで、怒るような親だったら、俺ら、不良なんてならないでしょ」

「だって、ご両親の話なんて、今までしなかったじゃん」

「あぁ。そうだね。んじゃ、この際だから。俺の母さんは、愛菜と同じで、片親だったんだ」

琢の母親は、愛菜のように、感情が欠落する事はなかった。
だが、中学になると、親への反発心から、不真面目になった。

「俺らみたいに、不良には、ならなかったらしいけど、それなりに、悪い事もしてたらしい。だから、俺らが、不良になっても、そこまで怒られなかったし、父さんも、母さんとの事があるから、愛菜の事を話しても、口出さなかったらしいよ?」

「らしい?」

「姉さんが喋っちゃったんだ」

琢の父親は、現在、赴任中で、それに母親が、一緒に行ってる為、週末にしか帰って来ない。
最後に、愛菜と出掛けた日。
両親が帰って来て、琢が居ないことに気付いた2人が、姉に聞くと、それまでの経緯も踏まえて、出掛けていることを話した。
その夜、琢は、両親から、色々と聞かれ、自分たちのことを話した。
その時、両親も、自分たちのことを話した。
それから、両親は、琢のやりたい事は、なんでもさせ、姉兄たちも、手伝った。
家族の応援もあり、琢は、着実に歩みを進めている。
だが、琢の本当の願いを叶える為には、愛菜が必要なのだ。

「それで?返事は?」

「返事?」

「卒業までダメか、それとも、今でいいのか」

「えっと…どうしようかな」

「とりあえず、俺の方は、何の問題もないから。悩むなら、七瀬さんに相談してからでも…」

「そうじゃなくて…どう答えればいいかな~って」

「ん~…んじゃ、もう1回。どんな事があっても、俺は、愛菜と離れたくない。俺も、もう、子供じゃないから。俺、本気だから。もし、いいなら、このまま、気持ち言うけどいい?」

愛菜は、頬を真っ赤にして、小さく頷いた。

「んじゃ…」

琢の手が、愛菜の頬を包み込み、至近距離で、見つめ合うように、視線を合わせる。

「愛菜。俺は、愛菜(アンタ)が世界で一番好きだ。俺と付き合って欲しい」

琢は、わざと高校の時に使ってた口調と声色になり、愛菜は、目を見開いた。
潤んだ愛菜の瞳から、ツーっと涙が流れ、琢の手を濡らした。

「…私なんかで…良ければ…」

愛菜の声が震え、琢は、小さく鼻で溜め息をつくと、声色だけを戻し、口調は、そのままに呟いた

「なんかじゃねぇよ。俺は、愛菜がいいんだ」

琢の顔が近付き、愛菜の唇にキスを落とした。
琢のキスは、どこで、どうやって覚えたのかと疑う程、甘く、優しかった。
だが、その疑問さえ、愛菜の頭には、浮かばなかった。
長いようで、短い時間を過ごし、2人は、手を繋いで、また至近距離で見つめ合った。

「愛菜は?」

「…私も…私も琢(キミ)が好き…」

琢の内心は、飛び跳ねる程、喜びに満ちていた。
だが、それを隠した。
愛菜の恥ずかしがる顔や状況を考えた結果、それを外で表現することはしない。

「ありがと。俺さ。もっと頑張るから。隣に居てね?」

愛菜は、嬉しそうに笑い、何度も頷いた。
その笑顔に、琢も、嬉しそうに笑い、流れる涙を指で拭いた。

「あと、今、アパートで一人暮らししてるんだけど。来る?」

「遠いの?」

「そんなに遠くない」

「なんで一人暮らし?」

「愛菜の為」

恋人らしいことが出来ない。
一人暮らしの愛菜の家なら、構わないかもしれない。
だが、それでは、愛菜の負担が増えてしまう。
何より、大学生の琢と社会人の愛菜では、生活リズムが違う。
少しでも、長く一緒に居られる方法がないかと、琢は悩んだ。
そんな時、それならと、琢の両親が、一人暮らしをすすめた。
互いの部屋や家なら、恋人らしく、一緒に居れる。
一人暮らしだとしても、友だちと遊ぶ時は、実家に連れて帰ればいいだけで、一人暮らしだと、琢が、言わない限り、そこは、2人だけの空間になる。
実際、両親も、同じようにしていたことがあり、経験者2人は、それを楽しそうに語っていた。
その為、琢も同じように、アパートを借り、一人暮らしを始めた。

「それくらい、愛菜もしたいでしょ?」

「それは…そう…だけど…」

「それじゃ、さっそく、家でお祝いしない?」

「お祝い?」

「愛菜が帰って来たから、ご苦労様会。もちろん、七瀬さんも一緒。だと思う」

「だと思うって」

「さっきも言ったけど、七瀬さん忙しいから。行けたら行きますって感じなんだよね。喜市さんは、大丈夫って言ってたから、確実に来ると思うけど」

「なら、行く」

「んじゃ、行こうか」

琢が、手を差し出すと、ちょっと迷いながらも、愛菜は、その手を繋ぎ、車まで、ほんの数メートルの道を並んで歩いた。

「愛菜」

琢は、シートベルトを閉めながら、顔を上げた愛菜の唇に、触れるだけのキスをした。
一瞬の小さなキス。
それでも、愛菜の頬は、真っ赤に染まる。

「もう!!」

降り下ろされた愛菜の手を握り、指を絡めるように繋ぐと、見えないようにして、琢は、片手で運転をした。

「ねぇ。もし、結婚前提のお付き合いって言ったら、愛菜は、お嫁に来てくれる?」

「ん~…どうしようかな」

「来てよ。じゃないと、俺、姉さんに殺されちゃう」

「なんで?」

「家族の中で、女性って、姉さんと母さんしかいないから。義理でも、姉とか妹が欲しいんだって」

「って言われても、上手くやれるかな」

「大丈夫。俺とやってこれたから、二人とも上手くやれるよ」

「じゃ~…30越えてるけど」

「ありがと」

手を離すと、愛菜は、寂しそうに眉尻を下げた。
そんな愛菜に、琢は、信号で止まると、ポケットに隠していた指輪を左の薬指に、そっとはめた。
そして、自分の薬指にも、同じ指輪をして見せた。

「…ありがと」

互いの左の薬指に、ペアリングを着けると、そこから、繋がっているように感じる。

「愛してる」

3年前のあの日。
愛菜の家の前で、琢が、倒れてたのは、偶然じゃなく必然で、2人は、互いの為に、出会わなければいけなかったのだろう。
それが、2人の運命。

ー完ー
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

振られた私

詩織
恋愛
告白をして振られた。 そして再会。 毎日が気まづい。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

この一番幸せなときに

茜琉ぴーたん
恋愛
 子育てをひと段落させた百合子、ふと家族団欒の時に口から溢れた言葉に自分でも驚いてしまい…。 (全6話) *挿絵は、原画をAI出力し編集したものです。キャラクターを想像しやすくするイメージカットという感じです。*印は挿絵ありのお話です。

うららかな恋日和とありまして~結婚から始まる年の差恋愛~

神原オホカミ【書籍発売中】
恋愛
結婚したのは14歳年上の、名前も知らない人でした――。 コールセンターで働く万葉(かずは)は、苗字が原因でクレームになってしまうことが多い。やり手の後輩に、成績で抜かれてしまうことにも悩む日々。 息抜きに週二回通う居酒屋で、飲み友達の十四歳年上男性、通称〈 師匠 〉に愚痴っているうちに、ノリで結婚してしまう。しかしこの師匠、なかなかに天然ジゴロな食えないイケオジ。 手出しはして来ないのに、そこはかとなく女心をくすぐられるうちに、万葉はどんどん気になってしまい――。 食えないしたたかな年上男子と、仕事一筋の恋愛下手な年下女子の、結婚から始まる恋愛ストーリーです。 ◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。 ◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。 ◆大変申し訳ありませんが不定期更新です。また、予告なく非公開にすることがあります。 ◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。 ◆アルファポリスさん/エブリスタさん/カクヨムさん/なろうさんで掲載してます。

隠れ御曹司の愛に絡めとられて

海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた―― 彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。 古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。 仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!? チャラい男はお断り! けれども彼の作る料理はどれも絶品で…… 超大手商社 秘書課勤務 野村 亜矢(のむら あや) 29歳 特技:迷子   × 飲食店勤務(ホスト?) 名も知らぬ男 24歳 特技:家事? 「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて もう逃げられない――

地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!

めーぷる
恋愛
 見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。  秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。  呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――  地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。  ちょっとだけ三角関係もあるかも? ・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。 ・毎日11時に投稿予定です。 ・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。 ・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

処理中です...