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9話
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3年という時間の流れは、2人にとって、とても早く、あっという間に過ぎた。
琢も、愛菜も、無我夢中に突き進んだ。
互いが互いを想い、相手の為に、貪欲に変化を求めた。
当時の琢は、迅達に、様々なことを言われたが、立ち止まらず、跳ね除けるように、その道を進んだ。
その努力が、琢を大きく成長させた。
愛菜も、何があろうと崩れなかった。
文哉の代理として、着任したはずが、文哉以上の働きをみせた。
その為、愛菜に反抗する者は居なくなった。
逆に、愛菜を慕い、愛菜を頼った。
その私生活に、口出し出来ない程、愛菜も、大きな成長を遂げた。
その隣に立てるように、同じ歩幅で歩けるように、2人は、とにかく出来る全てをやり遂げた。
そして、愛菜が帰国する日。
琢は、空港に来ていた。
もちろん、愛菜を迎えに来たのだ。
あの頃の琢なら、ソワソワと、忙しなくしていただろう。
だが、今の琢は、とても落ち着いている。
3年前、平日にも関わらず、琢は、学校には行かず、空港に来ていた。
だが、ロビーで搭乗を待つ愛菜には、声を掛けず、メッセージを送り、その背中がゲートを潜って行くのを静かに見送った。
髪が伸び、小麦色に肌が焼けた愛菜が、同じゲートを潜って出て来ると、琢は、口元に笑みを携えた。
その笑みは、イタズラを思い付いた子供のようだった。
「…愛菜」
琢は、静かに、愛菜に近付き、その耳元で、そっと囁く。
振り返った愛菜は、大きく成長した琢を見て、困惑していた。
「…琢?」
まだ疑っている様子の愛菜に、琢は、半笑いを浮かべた。
「そうだよ」
「…ウソ…」
「ウソじゃねぇし」
わざと、昔のような口調になった琢に
、やっと、愛菜も納得したようだった。
だが、大きく見開かれた目は、変わらない。
「本当に…琢なんだね」
「やっと信じてくれた?」
素直に頷く愛菜に向かい、琢が微笑んだ。
どんなに大人の顔つきになっても、その微笑みには、また幼さが残っていた。
愛菜は、やっと、安心したように、昔と変わらない笑みを浮かべた。
「変わっただろ?」
「かなりね。分からなかったよ」
琢は、あれから、姉のアドバイスで、立ててた髪を下ろし、前髪は流し、真っ黒だったのを栗色にして、柔らかい印象になった。
鯉や龍が、プリントされたTシャツから、無地のものに変え、色も派手なものから、落ち着いた色にした。
それだけでも、人に与える印象は、大きく変わり、口調と声色も、優しく大人っぽくなっている。
身長も伸びて、今では、長男の徹と変わらないくらいになった。
「どう?」
「凄く似合ってる」
「でしょ?」
「自分で認めるんだ」
「違う?」
「…違わないよ」
そんな琢を見つめて、愛菜の瞳が、寂しそうに細められた。
その表情に、琢は、困ったように小さく微笑んだ。
「見た目とか、言葉遣いなんて、誰でも変えられるよ。迅先輩や悠貴先輩も変わったし」
「そうなんだ」
「まぁ。色々聞きたいかもしれないけど、移動しながら話そうか」
「そうだね」
琢が、愛菜の荷物を持って、2人は、並んで、駐車場に向かう。
3年前は、ぎこちなかった距離も、今では、ピッタリと寄り添うように並んでる。
琢が、車のキーを取り出すと、愛菜は、驚いた顔をした。
「取ったんだ。免許」
「まぁね。どうぞ」
真新しい車の助手席を開けて、愛菜を乗せると、琢は、荷物を積んで、車を走らせた。
「やっぱり、3年って長いね」
「なんで?」
「色々、変わったから」
「まぁね。でも、俺は、短いって思ったよ?」
「私も。短いって思ったけど…」
「変わらないよ」
信号で止まり、琢が、ハンドルにもたれ掛かり、愛菜を見つめると、その頬が桃色に染まった。
琢の表情は、とても穏やかで、そこには、愛菜への愛おしさが溢れていた。
その雰囲気に、愛菜の頬は、濃く色付いた。
「気持ちまでは、変わらないよ」
「それ…」
琢が、変わらない笑顔を見せると、前に視線を戻して、運転を再開した。
愛菜の頬は、変わらずに薄紅色のまま、外に視線を向け、車内は、無音になった。
「…琢?家、こっちじゃ…」
「ちょっと寄り道しよ」
琢は、ハンドルを回し、車を走らせた。
静かに停車し、外へ出ると、あの思い出の場所が見える。
「ここって…」
あの古い神社は、未だに壊される事なく残っていた。
互いが傷付き、傷付けられた場所。
互いが成長すると決めた場所。
2人にとって、通過点であり、出発点でもある石段は、とても大切な場所だった。
琢が、石段を見つめる愛菜の手を引く。
優しくも力強い手の温もりは、3年前と変わらない。
石段に座って、琢が、隣を叩くと、愛菜は、うつ向きながら、少し離れた所に、ちょこんと座った。
「前は、くっついてたのに」
「いいの」
膝を抱えて、頬を染める愛菜を見てると、琢は、その姿に小さな溜め息をついた。
「俺さ。愛菜、送ってから、家に帰るまで泣いてたんだよね」
視線を上げた愛菜は、驚きを隠せなかった。
琢は、満面の笑みを携えて、くっつくように、愛菜の隣に座り直した。
「あの時さ。仕事だからって言ったけど、本当は、すごく嫌だったんだ。離れたくないって。でも、愛菜が、泣きそうな顔してたから」
「…私、そんな顔してないよ」
「してたよ?目尻下げて、ちょっとウルウルしてた」
「してないもん」
愛菜が頬を膨らませると、琢は、その頬をツンツンと突っついた。
そっぽを向いた愛菜の髪が、目の前で揺れ、琢は、その髪をすくい上げた。
「髪、伸びたね?また切るの?」
「ん~…どうしようかな」
自分の毛先をいじり、愛菜は、横目で琢に視線を向けた。
「どっちも似合ってるけど、今度は、俺と愛菜の時間の中で、伸びて欲しいから、切って欲しいな」
毛先で遊ぶように、指を絡めていた琢に、愛菜は、驚いた顔をした。
「どうして、知ってるの?」
「七瀬さんに聞いた」
愛菜を見送た日。
琢は、まっすぐ七瀬さんの所に行き、愛菜自身から聞いたことを確かめる為に、一から全てを聞いた。
仕事のことも、文哉のことも、愛菜自身のことも、全てを聞いた琢は、その日から、七瀬に頼んで、愛菜の好むものを学んだ。
「文哉って人にも会ったよ」
ニコニコと上機嫌に笑う琢から、愛菜は、視線を反らし、膝を抱える腕で顔を隠した。
「一発、殴った。ってのは、ウソ」
驚きで、顔をあげた愛菜は、頬を膨らまして、ニコニコと笑っている琢の腕を軽く何度も殴った。
「ごめんごめん」
琢が、その手を掴んで、指を絡ませると、愛菜は、そっぽを向いてしまった。
「殴りそうになったけど、先に、七瀬さんが殴ったからやめた」
「七瀬が!?どうして…」
その日。
琢と七瀬が、勉強の息抜きをしていると、文哉が、電話で、当時の愛菜との関係を話してたのを偶然、聞いてしまった。
愛菜にとっては、本気の恋だった。
だが、文哉にとっては、ただの遊びでしかなかった。
琢は、愛菜が、悲しんで苦しんで辛くて、ダメになりそうになると、すぐに別の女性に逃げた文哉を許せなかった。
それは、七瀬も同じだった。
人を救うのが、七瀬や愛菜たちの仕事だが、文哉は、肩書きや響きの良さだけで、その仕事をしていた。
弱ってる人なんて、ちょっと優しくしてやれば、すぐに落ちる。
その言葉が、七瀬の逆鱗に触れた。
「その後のことは、よく覚えてないけど、あの時の七瀬さん、めちゃくちゃ怖かったよ」
「七瀬は!?七瀬は、どうなったの?!」
「健全だよ?」
その騒動が起きる前、喜市が文哉の事を調べていた。
文哉は、結婚してからも、愛菜のように、支えを失い、弱った心の女性に漬け込んで、不倫を重ねていた。
それは、フィールドワーク中も、続いていて、それが相手に、バレてしまったことで慌てて、逃げるように帰国した。
喜市は、それを教授に報告した。
その後、文哉は、辺境の地へ、一人で送り出された。
窮地を救う第一人者。
聞こえは良いが、実際は、ただの島流しだ。
今では、寝る時間もない程、文哉は、働かされている。
そして、七瀬は、お咎め無しとなった。
更に、愛菜が請け負ってた仕事の多くを引き継いでた七瀬は、その正義感と仕事への誇りを買われ、代表代理を任されてしまった。
「今じゃ、昔の愛菜よりも、働き詰めになってるよ。たまに、死にそうな顔してるんだよね」
「そうなんだ…良かった」
心底、安心してる愛菜の様子に、琢は、困ったように、小さく微笑んだが、すぐに元の笑顔に戻った。
「因みに、笹原さんは、別の研究室に移ったよ」
「そっか。移っちゃったんだ…」
「んで、喜市さんと、結婚前提のお付き合いしてるって」
「…うそ…ウソウソウソ!?喜市と?!笹原が!?」
本当に驚く愛菜を見て、琢は、ケタケタと大きな声で笑った。
「笑わないでよ!!」
「ごめん。てか、七瀬さんから聞いてないの?」
琢は、仕事の関係上、七瀬と愛菜が、頻繁に連絡をしていたのを知っていた。
「何も。仕事以外の話になると、はぐらかすんだもん」
「じゃ、俺の事も?」
「琢の話すると、鼻で笑ってた」
それは、七瀬の気遣いだった。
愛菜が帰国し、琢と1番に会うと分かっていて、七瀬は、仕事以外のことは、話さなかった。
自分が代理になったのさえ、話さなかったのは、ただの意地悪だった。
琢のことを鼻で笑ってたのは、愛菜から振られる話題の大半が、そのことだったから。
琢よりも、愛菜の方が惚れ込んでる。
七瀬は、それに対して、笑ってただけだった。
「そっか。大学生です」
「ウソ~!?」
「ホント。教員になろうと思ってさ」
琢が、愛菜の為に目指したのは、高校の教員。
愛菜と離れて、琢は、その為に、必死に勉強をしていた。
そして、無事、教育学部のある大学に合格した。
「あの琢が教員…出来るの?」
「だから、大学行ってるんでしょ?」
「そうだけど…なんか、意外だな。どうして教員に?」
「3年の時の担任が、とりあえず、大学行ってみたら?って」
「それだけ?安易じゃない?」
「それに、なんか、楽しそうじゃない?」
「そんな気楽な」
本当は、そんなに簡単じゃないのを琢も分かっていた。
だが、そのくらいのことをやらなければ、愛菜と並べない。
琢のように、一度でも道を外した者は、それ以上の努力が必要だ。
それでも、琢は、教員を目指した。
愛菜と一緒にいることが許される方法。
それが教員となること。
琢にとって、実現出来るギリギリのラインだった。
それを愛菜が知るのは、まだまだ先になるだろう。
それよりも、琢は、今現在の話をしたかった。
「って事で、愛菜と俺が、付き合っても問題ない?」
「ダメでしょうね」
愛菜が、キッパリ言い切ったが、琢は、諦めようとしなかった。
「でも、離れた時、愛菜、学校の前で待ってたじゃん?」
「それは、琢が、変な誤解したまま離れたから」
「俺、当時16歳。現在19歳。当時の方がヤバくない?」
「それは…」
愛菜が、視線を泳がせ、言い淀むと、琢が追い討ちをかける。
「因みに、愛菜の大学じゃないよ?」
「あ~。学部がないからね」
「別の大学だし。あまり、俺らのこと、知ってる人って、いないと思うんだよね~」
「でも…」
「それに。俺、愛菜を養うくらいの覚悟はしてるよ?」
「だけど…」
琢は、絡ませた手を引っ張り、傾いた愛菜を腕の中に収め、その頭に頬擦りをした。
「七瀬さんに、色んなこと、たくさん聞いたよ。すごく厳しいのも知ってる。でも、俺、やっぱり、愛菜から離れたくないよ」
琢の背中に回された愛菜の手が、服を掴み、その小さな肩が震え始めた。
「…でも…」
「大丈夫。分かってるから。卒業までは、誰にも知られないように、隠れてなきゃないのも、それらしい事も出来ないのも、ちゃんと分かってるよ。でも、俺、本気だから」
真面目な愛菜には、割り切って、琢と付き合うことは出来ない。
3年前までは、2人のことをほとんどの人が知らなかったから、何食わぬ顔で、普通に出歩くことが出来た。
だが、准教授の愛菜は、大学関係者の中には知られている。
その上、琢も大学に通い始めたことで、一気に2人を知る人が増えた。
それでも、琢は、自分の気持ちに嘘をつけない。
どんなに辛く苦しい道のりでも、琢は、愛菜と共に歩みたいのだ。
「俺、もう、子供じゃないから」
もう琢は、あの頃の幼い琢じゃない。
在学中は、互いやりたい事を我慢し、隠れながらも、想い合って耐える。
そして、卒業したら、堂々とすればいい。
やりたい事は、あとで一緒にやればいい。
遠くの国に離れて、3年も想い合えたのだから、なん年でも想い合える。
琢は、ちゃんと状況を理解して、それに対処することを覚え、感情も、しっかりコントロール出来る大人になった。
「一緒になるのは、ちゃんと卒業まで待つよ。でも、気持ちは、出来るなら、今、ちゃんと伝えたいな。無理なら無理で、我慢するけど。考えたいなら、七瀬さんに相談してからでも、いいから」
「…ホントに、大人になったんだね」
「まぁね。でも、本音は、今すぐ言いたい」
琢が、抱き寄せてた腕から、力を抜いて、体を離すと、真剣な目で、愛菜を見下ろした。
「…私、不器用だから…七瀬とか琢みたいに…上手く隠せるか分かんないよ?」
その目を見つめていた愛菜が、視線を反らして、ボソボソと呟くと、琢は、嬉しそうに、満面の笑みを浮かべた。
「その時は、喜んで、お嫁に貰います」
「お兄さん達とか、凄い迷惑掛けるかもよ?」
「その辺は大丈夫。姉さんなんて、早く貰えってうるさいくらいだから」
「気が早すぎる」
「兄さん達も、それくらいソワソワしてる」
「なんか、胸が痛い」
「そうそう。因みに、俺の両親、学生結婚だから」
「…はぁ!?」
琢の両親は、母親の通ってた高校に、父親が採用され、着任した。
その時、互いに一目惚れし、母親が、大学に入学すると同時に結婚した。
「俺も、最近、知ったんだけどね。だから、父さんも、母さんも、その辺は理解あるよ?…愛菜?」
「…絶対、怒られると思って、覚悟したのに…恥ずかしい…」
そう呟き、顔を隠す愛菜を見て、琢は、大声で笑った。
愛菜は、耳まで真っ赤になり、その頬を膨らませた。
「そんなんで、怒るような親だったら、俺ら、不良なんてならないでしょ」
「だって、ご両親の話なんて、今までしなかったじゃん」
「あぁ。そうだね。んじゃ、この際だから。俺の母さんは、愛菜と同じで、片親だったんだ」
琢の母親は、愛菜のように、感情が欠落する事はなかった。
だが、中学になると、親への反発心から、不真面目になった。
「俺らみたいに、不良には、ならなかったらしいけど、それなりに、悪い事もしてたらしい。だから、俺らが、不良になっても、そこまで怒られなかったし、父さんも、母さんとの事があるから、愛菜の事を話しても、口出さなかったらしいよ?」
「らしい?」
「姉さんが喋っちゃったんだ」
琢の父親は、現在、赴任中で、それに母親が、一緒に行ってる為、週末にしか帰って来ない。
最後に、愛菜と出掛けた日。
両親が帰って来て、琢が居ないことに気付いた2人が、姉に聞くと、それまでの経緯も踏まえて、出掛けていることを話した。
その夜、琢は、両親から、色々と聞かれ、自分たちのことを話した。
その時、両親も、自分たちのことを話した。
それから、両親は、琢のやりたい事は、なんでもさせ、姉兄たちも、手伝った。
家族の応援もあり、琢は、着実に歩みを進めている。
だが、琢の本当の願いを叶える為には、愛菜が必要なのだ。
「それで?返事は?」
「返事?」
「卒業までダメか、それとも、今でいいのか」
「えっと…どうしようかな」
「とりあえず、俺の方は、何の問題もないから。悩むなら、七瀬さんに相談してからでも…」
「そうじゃなくて…どう答えればいいかな~って」
「ん~…んじゃ、もう1回。どんな事があっても、俺は、愛菜と離れたくない。俺も、もう、子供じゃないから。俺、本気だから。もし、いいなら、このまま、気持ち言うけどいい?」
愛菜は、頬を真っ赤にして、小さく頷いた。
「んじゃ…」
琢の手が、愛菜の頬を包み込み、至近距離で、見つめ合うように、視線を合わせる。
「愛菜。俺は、愛菜(アンタ)が世界で一番好きだ。俺と付き合って欲しい」
琢は、わざと高校の時に使ってた口調と声色になり、愛菜は、目を見開いた。
潤んだ愛菜の瞳から、ツーっと涙が流れ、琢の手を濡らした。
「…私なんかで…良ければ…」
愛菜の声が震え、琢は、小さく鼻で溜め息をつくと、声色だけを戻し、口調は、そのままに呟いた
「なんかじゃねぇよ。俺は、愛菜がいいんだ」
琢の顔が近付き、愛菜の唇にキスを落とした。
琢のキスは、どこで、どうやって覚えたのかと疑う程、甘く、優しかった。
だが、その疑問さえ、愛菜の頭には、浮かばなかった。
長いようで、短い時間を過ごし、2人は、手を繋いで、また至近距離で見つめ合った。
「愛菜は?」
「…私も…私も琢(キミ)が好き…」
琢の内心は、飛び跳ねる程、喜びに満ちていた。
だが、それを隠した。
愛菜の恥ずかしがる顔や状況を考えた結果、それを外で表現することはしない。
「ありがと。俺さ。もっと頑張るから。隣に居てね?」
愛菜は、嬉しそうに笑い、何度も頷いた。
その笑顔に、琢も、嬉しそうに笑い、流れる涙を指で拭いた。
「あと、今、アパートで一人暮らししてるんだけど。来る?」
「遠いの?」
「そんなに遠くない」
「なんで一人暮らし?」
「愛菜の為」
恋人らしいことが出来ない。
一人暮らしの愛菜の家なら、構わないかもしれない。
だが、それでは、愛菜の負担が増えてしまう。
何より、大学生の琢と社会人の愛菜では、生活リズムが違う。
少しでも、長く一緒に居られる方法がないかと、琢は悩んだ。
そんな時、それならと、琢の両親が、一人暮らしをすすめた。
互いの部屋や家なら、恋人らしく、一緒に居れる。
一人暮らしだとしても、友だちと遊ぶ時は、実家に連れて帰ればいいだけで、一人暮らしだと、琢が、言わない限り、そこは、2人だけの空間になる。
実際、両親も、同じようにしていたことがあり、経験者2人は、それを楽しそうに語っていた。
その為、琢も同じように、アパートを借り、一人暮らしを始めた。
「それくらい、愛菜もしたいでしょ?」
「それは…そう…だけど…」
「それじゃ、さっそく、家でお祝いしない?」
「お祝い?」
「愛菜が帰って来たから、ご苦労様会。もちろん、七瀬さんも一緒。だと思う」
「だと思うって」
「さっきも言ったけど、七瀬さん忙しいから。行けたら行きますって感じなんだよね。喜市さんは、大丈夫って言ってたから、確実に来ると思うけど」
「なら、行く」
「んじゃ、行こうか」
琢が、手を差し出すと、ちょっと迷いながらも、愛菜は、その手を繋ぎ、車まで、ほんの数メートルの道を並んで歩いた。
「愛菜」
琢は、シートベルトを閉めながら、顔を上げた愛菜の唇に、触れるだけのキスをした。
一瞬の小さなキス。
それでも、愛菜の頬は、真っ赤に染まる。
「もう!!」
降り下ろされた愛菜の手を握り、指を絡めるように繋ぐと、見えないようにして、琢は、片手で運転をした。
「ねぇ。もし、結婚前提のお付き合いって言ったら、愛菜は、お嫁に来てくれる?」
「ん~…どうしようかな」
「来てよ。じゃないと、俺、姉さんに殺されちゃう」
「なんで?」
「家族の中で、女性って、姉さんと母さんしかいないから。義理でも、姉とか妹が欲しいんだって」
「って言われても、上手くやれるかな」
「大丈夫。俺とやってこれたから、二人とも上手くやれるよ」
「じゃ~…30越えてるけど」
「ありがと」
手を離すと、愛菜は、寂しそうに眉尻を下げた。
そんな愛菜に、琢は、信号で止まると、ポケットに隠していた指輪を左の薬指に、そっとはめた。
そして、自分の薬指にも、同じ指輪をして見せた。
「…ありがと」
互いの左の薬指に、ペアリングを着けると、そこから、繋がっているように感じる。
「愛してる」
3年前のあの日。
愛菜の家の前で、琢が、倒れてたのは、偶然じゃなく必然で、2人は、互いの為に、出会わなければいけなかったのだろう。
それが、2人の運命。
ー完ー
琢も、愛菜も、無我夢中に突き進んだ。
互いが互いを想い、相手の為に、貪欲に変化を求めた。
当時の琢は、迅達に、様々なことを言われたが、立ち止まらず、跳ね除けるように、その道を進んだ。
その努力が、琢を大きく成長させた。
愛菜も、何があろうと崩れなかった。
文哉の代理として、着任したはずが、文哉以上の働きをみせた。
その為、愛菜に反抗する者は居なくなった。
逆に、愛菜を慕い、愛菜を頼った。
その私生活に、口出し出来ない程、愛菜も、大きな成長を遂げた。
その隣に立てるように、同じ歩幅で歩けるように、2人は、とにかく出来る全てをやり遂げた。
そして、愛菜が帰国する日。
琢は、空港に来ていた。
もちろん、愛菜を迎えに来たのだ。
あの頃の琢なら、ソワソワと、忙しなくしていただろう。
だが、今の琢は、とても落ち着いている。
3年前、平日にも関わらず、琢は、学校には行かず、空港に来ていた。
だが、ロビーで搭乗を待つ愛菜には、声を掛けず、メッセージを送り、その背中がゲートを潜って行くのを静かに見送った。
髪が伸び、小麦色に肌が焼けた愛菜が、同じゲートを潜って出て来ると、琢は、口元に笑みを携えた。
その笑みは、イタズラを思い付いた子供のようだった。
「…愛菜」
琢は、静かに、愛菜に近付き、その耳元で、そっと囁く。
振り返った愛菜は、大きく成長した琢を見て、困惑していた。
「…琢?」
まだ疑っている様子の愛菜に、琢は、半笑いを浮かべた。
「そうだよ」
「…ウソ…」
「ウソじゃねぇし」
わざと、昔のような口調になった琢に
、やっと、愛菜も納得したようだった。
だが、大きく見開かれた目は、変わらない。
「本当に…琢なんだね」
「やっと信じてくれた?」
素直に頷く愛菜に向かい、琢が微笑んだ。
どんなに大人の顔つきになっても、その微笑みには、また幼さが残っていた。
愛菜は、やっと、安心したように、昔と変わらない笑みを浮かべた。
「変わっただろ?」
「かなりね。分からなかったよ」
琢は、あれから、姉のアドバイスで、立ててた髪を下ろし、前髪は流し、真っ黒だったのを栗色にして、柔らかい印象になった。
鯉や龍が、プリントされたTシャツから、無地のものに変え、色も派手なものから、落ち着いた色にした。
それだけでも、人に与える印象は、大きく変わり、口調と声色も、優しく大人っぽくなっている。
身長も伸びて、今では、長男の徹と変わらないくらいになった。
「どう?」
「凄く似合ってる」
「でしょ?」
「自分で認めるんだ」
「違う?」
「…違わないよ」
そんな琢を見つめて、愛菜の瞳が、寂しそうに細められた。
その表情に、琢は、困ったように小さく微笑んだ。
「見た目とか、言葉遣いなんて、誰でも変えられるよ。迅先輩や悠貴先輩も変わったし」
「そうなんだ」
「まぁ。色々聞きたいかもしれないけど、移動しながら話そうか」
「そうだね」
琢が、愛菜の荷物を持って、2人は、並んで、駐車場に向かう。
3年前は、ぎこちなかった距離も、今では、ピッタリと寄り添うように並んでる。
琢が、車のキーを取り出すと、愛菜は、驚いた顔をした。
「取ったんだ。免許」
「まぁね。どうぞ」
真新しい車の助手席を開けて、愛菜を乗せると、琢は、荷物を積んで、車を走らせた。
「やっぱり、3年って長いね」
「なんで?」
「色々、変わったから」
「まぁね。でも、俺は、短いって思ったよ?」
「私も。短いって思ったけど…」
「変わらないよ」
信号で止まり、琢が、ハンドルにもたれ掛かり、愛菜を見つめると、その頬が桃色に染まった。
琢の表情は、とても穏やかで、そこには、愛菜への愛おしさが溢れていた。
その雰囲気に、愛菜の頬は、濃く色付いた。
「気持ちまでは、変わらないよ」
「それ…」
琢が、変わらない笑顔を見せると、前に視線を戻して、運転を再開した。
愛菜の頬は、変わらずに薄紅色のまま、外に視線を向け、車内は、無音になった。
「…琢?家、こっちじゃ…」
「ちょっと寄り道しよ」
琢は、ハンドルを回し、車を走らせた。
静かに停車し、外へ出ると、あの思い出の場所が見える。
「ここって…」
あの古い神社は、未だに壊される事なく残っていた。
互いが傷付き、傷付けられた場所。
互いが成長すると決めた場所。
2人にとって、通過点であり、出発点でもある石段は、とても大切な場所だった。
琢が、石段を見つめる愛菜の手を引く。
優しくも力強い手の温もりは、3年前と変わらない。
石段に座って、琢が、隣を叩くと、愛菜は、うつ向きながら、少し離れた所に、ちょこんと座った。
「前は、くっついてたのに」
「いいの」
膝を抱えて、頬を染める愛菜を見てると、琢は、その姿に小さな溜め息をついた。
「俺さ。愛菜、送ってから、家に帰るまで泣いてたんだよね」
視線を上げた愛菜は、驚きを隠せなかった。
琢は、満面の笑みを携えて、くっつくように、愛菜の隣に座り直した。
「あの時さ。仕事だからって言ったけど、本当は、すごく嫌だったんだ。離れたくないって。でも、愛菜が、泣きそうな顔してたから」
「…私、そんな顔してないよ」
「してたよ?目尻下げて、ちょっとウルウルしてた」
「してないもん」
愛菜が頬を膨らませると、琢は、その頬をツンツンと突っついた。
そっぽを向いた愛菜の髪が、目の前で揺れ、琢は、その髪をすくい上げた。
「髪、伸びたね?また切るの?」
「ん~…どうしようかな」
自分の毛先をいじり、愛菜は、横目で琢に視線を向けた。
「どっちも似合ってるけど、今度は、俺と愛菜の時間の中で、伸びて欲しいから、切って欲しいな」
毛先で遊ぶように、指を絡めていた琢に、愛菜は、驚いた顔をした。
「どうして、知ってるの?」
「七瀬さんに聞いた」
愛菜を見送た日。
琢は、まっすぐ七瀬さんの所に行き、愛菜自身から聞いたことを確かめる為に、一から全てを聞いた。
仕事のことも、文哉のことも、愛菜自身のことも、全てを聞いた琢は、その日から、七瀬に頼んで、愛菜の好むものを学んだ。
「文哉って人にも会ったよ」
ニコニコと上機嫌に笑う琢から、愛菜は、視線を反らし、膝を抱える腕で顔を隠した。
「一発、殴った。ってのは、ウソ」
驚きで、顔をあげた愛菜は、頬を膨らまして、ニコニコと笑っている琢の腕を軽く何度も殴った。
「ごめんごめん」
琢が、その手を掴んで、指を絡ませると、愛菜は、そっぽを向いてしまった。
「殴りそうになったけど、先に、七瀬さんが殴ったからやめた」
「七瀬が!?どうして…」
その日。
琢と七瀬が、勉強の息抜きをしていると、文哉が、電話で、当時の愛菜との関係を話してたのを偶然、聞いてしまった。
愛菜にとっては、本気の恋だった。
だが、文哉にとっては、ただの遊びでしかなかった。
琢は、愛菜が、悲しんで苦しんで辛くて、ダメになりそうになると、すぐに別の女性に逃げた文哉を許せなかった。
それは、七瀬も同じだった。
人を救うのが、七瀬や愛菜たちの仕事だが、文哉は、肩書きや響きの良さだけで、その仕事をしていた。
弱ってる人なんて、ちょっと優しくしてやれば、すぐに落ちる。
その言葉が、七瀬の逆鱗に触れた。
「その後のことは、よく覚えてないけど、あの時の七瀬さん、めちゃくちゃ怖かったよ」
「七瀬は!?七瀬は、どうなったの?!」
「健全だよ?」
その騒動が起きる前、喜市が文哉の事を調べていた。
文哉は、結婚してからも、愛菜のように、支えを失い、弱った心の女性に漬け込んで、不倫を重ねていた。
それは、フィールドワーク中も、続いていて、それが相手に、バレてしまったことで慌てて、逃げるように帰国した。
喜市は、それを教授に報告した。
その後、文哉は、辺境の地へ、一人で送り出された。
窮地を救う第一人者。
聞こえは良いが、実際は、ただの島流しだ。
今では、寝る時間もない程、文哉は、働かされている。
そして、七瀬は、お咎め無しとなった。
更に、愛菜が請け負ってた仕事の多くを引き継いでた七瀬は、その正義感と仕事への誇りを買われ、代表代理を任されてしまった。
「今じゃ、昔の愛菜よりも、働き詰めになってるよ。たまに、死にそうな顔してるんだよね」
「そうなんだ…良かった」
心底、安心してる愛菜の様子に、琢は、困ったように、小さく微笑んだが、すぐに元の笑顔に戻った。
「因みに、笹原さんは、別の研究室に移ったよ」
「そっか。移っちゃったんだ…」
「んで、喜市さんと、結婚前提のお付き合いしてるって」
「…うそ…ウソウソウソ!?喜市と?!笹原が!?」
本当に驚く愛菜を見て、琢は、ケタケタと大きな声で笑った。
「笑わないでよ!!」
「ごめん。てか、七瀬さんから聞いてないの?」
琢は、仕事の関係上、七瀬と愛菜が、頻繁に連絡をしていたのを知っていた。
「何も。仕事以外の話になると、はぐらかすんだもん」
「じゃ、俺の事も?」
「琢の話すると、鼻で笑ってた」
それは、七瀬の気遣いだった。
愛菜が帰国し、琢と1番に会うと分かっていて、七瀬は、仕事以外のことは、話さなかった。
自分が代理になったのさえ、話さなかったのは、ただの意地悪だった。
琢のことを鼻で笑ってたのは、愛菜から振られる話題の大半が、そのことだったから。
琢よりも、愛菜の方が惚れ込んでる。
七瀬は、それに対して、笑ってただけだった。
「そっか。大学生です」
「ウソ~!?」
「ホント。教員になろうと思ってさ」
琢が、愛菜の為に目指したのは、高校の教員。
愛菜と離れて、琢は、その為に、必死に勉強をしていた。
そして、無事、教育学部のある大学に合格した。
「あの琢が教員…出来るの?」
「だから、大学行ってるんでしょ?」
「そうだけど…なんか、意外だな。どうして教員に?」
「3年の時の担任が、とりあえず、大学行ってみたら?って」
「それだけ?安易じゃない?」
「それに、なんか、楽しそうじゃない?」
「そんな気楽な」
本当は、そんなに簡単じゃないのを琢も分かっていた。
だが、そのくらいのことをやらなければ、愛菜と並べない。
琢のように、一度でも道を外した者は、それ以上の努力が必要だ。
それでも、琢は、教員を目指した。
愛菜と一緒にいることが許される方法。
それが教員となること。
琢にとって、実現出来るギリギリのラインだった。
それを愛菜が知るのは、まだまだ先になるだろう。
それよりも、琢は、今現在の話をしたかった。
「って事で、愛菜と俺が、付き合っても問題ない?」
「ダメでしょうね」
愛菜が、キッパリ言い切ったが、琢は、諦めようとしなかった。
「でも、離れた時、愛菜、学校の前で待ってたじゃん?」
「それは、琢が、変な誤解したまま離れたから」
「俺、当時16歳。現在19歳。当時の方がヤバくない?」
「それは…」
愛菜が、視線を泳がせ、言い淀むと、琢が追い討ちをかける。
「因みに、愛菜の大学じゃないよ?」
「あ~。学部がないからね」
「別の大学だし。あまり、俺らのこと、知ってる人って、いないと思うんだよね~」
「でも…」
「それに。俺、愛菜を養うくらいの覚悟はしてるよ?」
「だけど…」
琢は、絡ませた手を引っ張り、傾いた愛菜を腕の中に収め、その頭に頬擦りをした。
「七瀬さんに、色んなこと、たくさん聞いたよ。すごく厳しいのも知ってる。でも、俺、やっぱり、愛菜から離れたくないよ」
琢の背中に回された愛菜の手が、服を掴み、その小さな肩が震え始めた。
「…でも…」
「大丈夫。分かってるから。卒業までは、誰にも知られないように、隠れてなきゃないのも、それらしい事も出来ないのも、ちゃんと分かってるよ。でも、俺、本気だから」
真面目な愛菜には、割り切って、琢と付き合うことは出来ない。
3年前までは、2人のことをほとんどの人が知らなかったから、何食わぬ顔で、普通に出歩くことが出来た。
だが、准教授の愛菜は、大学関係者の中には知られている。
その上、琢も大学に通い始めたことで、一気に2人を知る人が増えた。
それでも、琢は、自分の気持ちに嘘をつけない。
どんなに辛く苦しい道のりでも、琢は、愛菜と共に歩みたいのだ。
「俺、もう、子供じゃないから」
もう琢は、あの頃の幼い琢じゃない。
在学中は、互いやりたい事を我慢し、隠れながらも、想い合って耐える。
そして、卒業したら、堂々とすればいい。
やりたい事は、あとで一緒にやればいい。
遠くの国に離れて、3年も想い合えたのだから、なん年でも想い合える。
琢は、ちゃんと状況を理解して、それに対処することを覚え、感情も、しっかりコントロール出来る大人になった。
「一緒になるのは、ちゃんと卒業まで待つよ。でも、気持ちは、出来るなら、今、ちゃんと伝えたいな。無理なら無理で、我慢するけど。考えたいなら、七瀬さんに相談してからでも、いいから」
「…ホントに、大人になったんだね」
「まぁね。でも、本音は、今すぐ言いたい」
琢が、抱き寄せてた腕から、力を抜いて、体を離すと、真剣な目で、愛菜を見下ろした。
「…私、不器用だから…七瀬とか琢みたいに…上手く隠せるか分かんないよ?」
その目を見つめていた愛菜が、視線を反らして、ボソボソと呟くと、琢は、嬉しそうに、満面の笑みを浮かべた。
「その時は、喜んで、お嫁に貰います」
「お兄さん達とか、凄い迷惑掛けるかもよ?」
「その辺は大丈夫。姉さんなんて、早く貰えってうるさいくらいだから」
「気が早すぎる」
「兄さん達も、それくらいソワソワしてる」
「なんか、胸が痛い」
「そうそう。因みに、俺の両親、学生結婚だから」
「…はぁ!?」
琢の両親は、母親の通ってた高校に、父親が採用され、着任した。
その時、互いに一目惚れし、母親が、大学に入学すると同時に結婚した。
「俺も、最近、知ったんだけどね。だから、父さんも、母さんも、その辺は理解あるよ?…愛菜?」
「…絶対、怒られると思って、覚悟したのに…恥ずかしい…」
そう呟き、顔を隠す愛菜を見て、琢は、大声で笑った。
愛菜は、耳まで真っ赤になり、その頬を膨らませた。
「そんなんで、怒るような親だったら、俺ら、不良なんてならないでしょ」
「だって、ご両親の話なんて、今までしなかったじゃん」
「あぁ。そうだね。んじゃ、この際だから。俺の母さんは、愛菜と同じで、片親だったんだ」
琢の母親は、愛菜のように、感情が欠落する事はなかった。
だが、中学になると、親への反発心から、不真面目になった。
「俺らみたいに、不良には、ならなかったらしいけど、それなりに、悪い事もしてたらしい。だから、俺らが、不良になっても、そこまで怒られなかったし、父さんも、母さんとの事があるから、愛菜の事を話しても、口出さなかったらしいよ?」
「らしい?」
「姉さんが喋っちゃったんだ」
琢の父親は、現在、赴任中で、それに母親が、一緒に行ってる為、週末にしか帰って来ない。
最後に、愛菜と出掛けた日。
両親が帰って来て、琢が居ないことに気付いた2人が、姉に聞くと、それまでの経緯も踏まえて、出掛けていることを話した。
その夜、琢は、両親から、色々と聞かれ、自分たちのことを話した。
その時、両親も、自分たちのことを話した。
それから、両親は、琢のやりたい事は、なんでもさせ、姉兄たちも、手伝った。
家族の応援もあり、琢は、着実に歩みを進めている。
だが、琢の本当の願いを叶える為には、愛菜が必要なのだ。
「それで?返事は?」
「返事?」
「卒業までダメか、それとも、今でいいのか」
「えっと…どうしようかな」
「とりあえず、俺の方は、何の問題もないから。悩むなら、七瀬さんに相談してからでも…」
「そうじゃなくて…どう答えればいいかな~って」
「ん~…んじゃ、もう1回。どんな事があっても、俺は、愛菜と離れたくない。俺も、もう、子供じゃないから。俺、本気だから。もし、いいなら、このまま、気持ち言うけどいい?」
愛菜は、頬を真っ赤にして、小さく頷いた。
「んじゃ…」
琢の手が、愛菜の頬を包み込み、至近距離で、見つめ合うように、視線を合わせる。
「愛菜。俺は、愛菜(アンタ)が世界で一番好きだ。俺と付き合って欲しい」
琢は、わざと高校の時に使ってた口調と声色になり、愛菜は、目を見開いた。
潤んだ愛菜の瞳から、ツーっと涙が流れ、琢の手を濡らした。
「…私なんかで…良ければ…」
愛菜の声が震え、琢は、小さく鼻で溜め息をつくと、声色だけを戻し、口調は、そのままに呟いた
「なんかじゃねぇよ。俺は、愛菜がいいんだ」
琢の顔が近付き、愛菜の唇にキスを落とした。
琢のキスは、どこで、どうやって覚えたのかと疑う程、甘く、優しかった。
だが、その疑問さえ、愛菜の頭には、浮かばなかった。
長いようで、短い時間を過ごし、2人は、手を繋いで、また至近距離で見つめ合った。
「愛菜は?」
「…私も…私も琢(キミ)が好き…」
琢の内心は、飛び跳ねる程、喜びに満ちていた。
だが、それを隠した。
愛菜の恥ずかしがる顔や状況を考えた結果、それを外で表現することはしない。
「ありがと。俺さ。もっと頑張るから。隣に居てね?」
愛菜は、嬉しそうに笑い、何度も頷いた。
その笑顔に、琢も、嬉しそうに笑い、流れる涙を指で拭いた。
「あと、今、アパートで一人暮らししてるんだけど。来る?」
「遠いの?」
「そんなに遠くない」
「なんで一人暮らし?」
「愛菜の為」
恋人らしいことが出来ない。
一人暮らしの愛菜の家なら、構わないかもしれない。
だが、それでは、愛菜の負担が増えてしまう。
何より、大学生の琢と社会人の愛菜では、生活リズムが違う。
少しでも、長く一緒に居られる方法がないかと、琢は悩んだ。
そんな時、それならと、琢の両親が、一人暮らしをすすめた。
互いの部屋や家なら、恋人らしく、一緒に居れる。
一人暮らしだとしても、友だちと遊ぶ時は、実家に連れて帰ればいいだけで、一人暮らしだと、琢が、言わない限り、そこは、2人だけの空間になる。
実際、両親も、同じようにしていたことがあり、経験者2人は、それを楽しそうに語っていた。
その為、琢も同じように、アパートを借り、一人暮らしを始めた。
「それくらい、愛菜もしたいでしょ?」
「それは…そう…だけど…」
「それじゃ、さっそく、家でお祝いしない?」
「お祝い?」
「愛菜が帰って来たから、ご苦労様会。もちろん、七瀬さんも一緒。だと思う」
「だと思うって」
「さっきも言ったけど、七瀬さん忙しいから。行けたら行きますって感じなんだよね。喜市さんは、大丈夫って言ってたから、確実に来ると思うけど」
「なら、行く」
「んじゃ、行こうか」
琢が、手を差し出すと、ちょっと迷いながらも、愛菜は、その手を繋ぎ、車まで、ほんの数メートルの道を並んで歩いた。
「愛菜」
琢は、シートベルトを閉めながら、顔を上げた愛菜の唇に、触れるだけのキスをした。
一瞬の小さなキス。
それでも、愛菜の頬は、真っ赤に染まる。
「もう!!」
降り下ろされた愛菜の手を握り、指を絡めるように繋ぐと、見えないようにして、琢は、片手で運転をした。
「ねぇ。もし、結婚前提のお付き合いって言ったら、愛菜は、お嫁に来てくれる?」
「ん~…どうしようかな」
「来てよ。じゃないと、俺、姉さんに殺されちゃう」
「なんで?」
「家族の中で、女性って、姉さんと母さんしかいないから。義理でも、姉とか妹が欲しいんだって」
「って言われても、上手くやれるかな」
「大丈夫。俺とやってこれたから、二人とも上手くやれるよ」
「じゃ~…30越えてるけど」
「ありがと」
手を離すと、愛菜は、寂しそうに眉尻を下げた。
そんな愛菜に、琢は、信号で止まると、ポケットに隠していた指輪を左の薬指に、そっとはめた。
そして、自分の薬指にも、同じ指輪をして見せた。
「…ありがと」
互いの左の薬指に、ペアリングを着けると、そこから、繋がっているように感じる。
「愛してる」
3年前のあの日。
愛菜の家の前で、琢が、倒れてたのは、偶然じゃなく必然で、2人は、互いの為に、出会わなければいけなかったのだろう。
それが、2人の運命。
ー完ー
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