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15話

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あれからすぐ、適当な木箱を崩して、甲板の応急処置として打ち付けた。
創成の魔物となったクウは、全てを凍り付かせる力と、傷を癒す力を手に入れ、フォングたちとも話せるようになった。
クウは、自らが、命を生み出す事が出来なくなり、半永久的に、生き続けるようなってしまった。
だが、クウが蘇った事で、フォングは、泣いて喜んだ。
シエラは、水を操る力を持っている事は、予想していたが、死を操る力も持っていた事をあとから知って、苦笑いしか出来なかった。
アモスが放った火の玉や、コアトルの雷撃で、船体の所々に焦げが残る。
甲板の先端に、胡座をかいて座り、空を見ていると、周りに、コアトルたちも、集まっていた。
誰も何も言わずに、ただ空を見上げているだけだった。
その中には、クウもいた。
フォングが、仕事を終えて、静かに隣に座った。

「三日後には、着くって」

「そう」

「これで、目的が果たせるんだね」

「うん」

「パセナがある大陸に、アックスたちを降ろしたら、すぐに、出港するんだって。もう。やんなっちゃう」

「そう」

一生懸命に、話し掛けようとするフォングには、悪いと思ったが、今は、何も考えられなかった。
それを見て、フォングは、黙ってしまった。
辺りが静かになり、空を覆う雲が、一層、厚くなり、甲板の小さなランタンに光が灯った。
風と共に雲が流れる。
そんな景色をただ見つめていると、不意にフォングが話し始めた。

「私ね。この船に乗った理由は、もう、男の人に関わりたくなかったの」

突然、話し出したフォングの横顔に、視線を移した。
フォングは、ただ空を見つめている。
少し考えてから、また空を見上げると、それを横目で、確認してから、フォングも空へと視線を戻して、淡々と語り始めた。

「私の両親は、何処にでもいる極普通の両親だったの。でも、どんな幸せな家庭でも、終わりは、必ずあるんだなって思った。父は、商人で、色んな町や村に行ってて、あまり、家に帰って来なかった。それが、母は、淋しかったんだと思うんだ。ある日、買い物に出た母さんが、帰らなかったの。風の噂で、近所に住んでた若い男と、村から出て行ったと聞いたの。そしたら、父さんが変わっちゃった。私を見る度に、母さんを思い出すらしくて、よく殴られたの。それでも、最初は、帰って来てくれたの。それだけは、嬉しくてさ。父さんが、帰って来るのを楽しみにしてた。でも、私が、大きくなると、父さんが、帰って来る頻度が減って、私が、十七になったら、父さんも、帰って来なくなった。まぁ、もう自分で、何でも出来るようになってたから、良かったんだけどね。それから、生活する為に、村の酒場で働いたの。そこで、私は、愛する人に出会えたと思った。色々話もした。もちろん、私の両親の事も話した。それでも、あの人は、側にいると言ってくれた。嬉しかった。この人と添い遂げる。そう思って、その人と同棲をする事になったの。でも…間違い…だった」

フォングは、視線を甲板の床に落として、両腕で膝を抱え、口元を隠した。
そんなフォングの横顔に、視線を移した。

「同棲すると、それまで、優しかった人は、私を殴ったり、蹴り飛ばしたり…時には、物を投げられたり…時々帰って来なかったたり…しばらくして…同棲していた家に…女の人を連れて来たの…最初は耐えてたけど…その女の人から…その人は…奥さんも…子供もいた…遊びだって聞かされてから…逃げるようにして…その家から出たの…また、酒場で働く日々に…戻ったら…その人…怖い顔で…酒場に…来て…私の…私の事を…」

「殺そうとした?」

段々、声が小さくなるフォングの声を遮ると、フォングは、静かに頷いた。

「その時の傷?」

自分のうなじを指差すと、フォングは、焦ったように、自分のうなじに、片手で触れた。
しばらく、足の間に置いた両手を見下ろして、空に視線を上げた。

「誰か、助けてくれた?」

フォングは、片手をうなじに置いたまま、嬉しそうに微笑んだ。

「その時、たまたま、村に来ていたフーリとエル様が、助けてくれたの」

「そっか。良かったね」

こちらを見たフォングに、顔を向けて、優しく微笑んだ。

「助けてもらえて、良かったね」

フォングは、頬を桃色に染めて、照れたように笑った。

「うん」

微かに聞こえるくらいに、返事をして、うなじを隠していた手を取って、肩にもたれ掛かってきた。
一瞬、肩をビクッと動かしたら、フォングは、クスクスと笑った。

「最初に出会えたのが、アックスだったら、よかったな」

フォングの重みに、少し、安心感を覚えて、しばらく、そのままでいた。

「あ~もしもしぃ?そこのお二人さん」

急に後ろから、声を掛けられ、フォングと一緒に驚いて、体を離した。

「そうゆう事は、部屋でやって下さる?」

「すみません」

「ごめんなさい」

仁王立ちをして、見下ろすエルに、フォングと一緒に謝った。

「まったく」

エルが、背中を向けて、船内の方に向かって、去って行くのを見送りながら、フォングと視線を合わせ、照れたようにして、フォングが微笑むのに、歯を見せて笑った。

「ひぇっくしゅん!!」

また、空を見上げていると、アモスが盛大なくしゃみをし、苦笑いして、立ち上がった。

「そろそろ、中に入ろうか」

「そうだね」

差し出した手を見つめてから、フォングは、その手に手を重ね、立ち上がった。
一瞬、動きを止めて、見つめ合い、微笑み合ってから、その手を離して、船内に向かって、甲板を並んで、横切って歩く。
周りには、皆がいる。
それを更に、周りで、多くの船員たちが、見守っていた。
さっきまでの苦しみが、少しずつ、解けていくようだった。
フォングと、いつもと同じように、食事をし、食べ終えた食器をトレーを乗せて、持って部屋を出る。
フォングと二人で片付け、部屋に戻り、ドアを開けると、コアトルたちは、椅子に座ったまま、こちらに振り返った。

「座れ」

コアトルの向かいに座った。

「ちゃんと主君に、話せばならない事がある」

真剣な顔付きのコアトルたちに、頷いて見せた。

「アンタは、人の記憶から消えている」

意味を理解出来ずに、首を傾げると、アモスは、静かに目を伏せた。

「我らの力を使う代償として、他人の記憶から、お主の記憶が消えてしまうのだ」

「それって…」

「お前といた時間が、欠落すると言う事だ」

「そんな…」

両手で顔を覆うと、それまで黙っていたクウが、首を傾げた。

「悲しい?」

静かに頷くと、コアトルが、申し訳なさそうに目を伏せた。

「当たり前だ。誰だって、自分の事を忘れられたら…」

「そうじゃないんだ」

片手で、額を押さえた。

「人の記憶を欠落させてしまう事が、哀しいんだ」

一瞬、無音になり、皆に笑われた。

「主君らしい」

「お前は、何処までお人好しなのだ」

小馬鹿にしたようなコアトルとゼン、他の三人にも、いつまでも笑われ、その日は、拗ねて寝た。
アモスたちに、人の記憶から消える事を話されてから、無意識の内に、人と一緒にいるのを避けた。
だが、フォングとの食事だけは、続けていた。
そんな風に過ごして、二日が経ち、明日には、パセナがある大陸に着く。
その日も、いつものように、食事をした後、フォングと食器を片付けてから、部屋に戻った。
薬を作ろうと、椅子を引くと、椅子の足に何か当たった。
それは、フォングが身に付けていた懐中時計だった。
時間を確認した時に、鎖が切れてしまったのだろう。
また部屋を出ようと振り返ると、コアトルが肩に乗った。

「何処へ行くのだ?」

「フォングに、これを届けて来る」

懐中時計を見せると、コアトルは、懐中時計を足で掴んだ。

「我が行ってきてやる。お前は、ゆっくりしていろ」

飛んで行く後ろを追って、ドアを開けると、コアトルは、廊下を飛んで行った。
フォングは、自分の部屋に向かいながら、その胸に引っ掛かる何かに、戸惑っていた。
苦しくて、哀しくて、辛くて、胸の奥に靄がかかったように晴れない。
重い足取りで、自分の部屋のドアを開けたフォングの視界に入ったのは、ベットに足を組んで座るエル、その傍らに立っているフーリの姿だった。

「ずいぶん、遅いじゃない」

「…ごめんなさい」

床に視線を落として、素直に謝るフォングの表情は、暗く、辛そうだった。
それを見たフーリとエルは、ため息をついた。

「彼が、好きなのね」

「え?」

顔を上げたフォングに、フーリは、優しく微笑んだ。

「胸が苦しいんじゃない?」

静かに頷くフォングに、立ち上がったエルが近付いた。

「フォング。好きにしていいのよ?」

エルの顔を見る事が出来たフォングは、何も言えず、視線を反らした。

「私たちは海賊。なら、自由に生きなきゃ」

「海賊である前に、私たちは、人間でもあるわ」

立ち尽くすフォングに、フーリも近付いた。

「私たちが居たい場所。側に居たい人。決めるのは、私たち自身なのだから。だから、その苦しみが癒える」

「その方法は、その人自身しか、分からない事よ?」

優しく語りかける二人は、誇らしげで、嬉しそうだった。
フーリに、優しく手を握られ、エルも、逆の手を優しく握った。
両手から感じる二人の体温に、フォングは、訳も分からず、涙が流れた。

「私…アックスと…一緒に…いたい…皆と…一緒に…いたいよぉ~うっく…ひっく…ふあああーーーーー」

シャクリあげながら、フォングは、声を上げて、大粒の涙を流し、泣き出した。
エルが抱き寄せ、フーリが頭を撫でた。
しばらくの間、エルの胸で、フォングは、泣きじゃくった。
泣きながら、声をつまらせながら、ありったけの気持ちを口にした。

「わたっ私っはっ、みんっ皆と、いっいたいっなくて…」

「落ち着いてからでいいのよ。急がないから」

エルとフーリは、フォングが、泣き止むまで、そのまま待っていた。
落ち着き始めたフォングを座らせ、フーリとエルも挟むように座った。
子供のように泣いたフォングの目元は、赤くなっている。
フーリとエルが擦る背中に、暖かさを感じながら、フォングは、静かに話した。

「私は、皆と一緒にいたい。でも、明日には、アックスたちは、船を降りちゃう。クウちゃんと遊んでいると、楽しいし、コアトルやゼンの話は、面白くて。アモスやシエラは、よくケンカしてるけど、二人とも優しくて。アックスといると、なんだか、分からないけど、気持ちが楽になって。アックスたちと、いるのは、楽しい。でも、船の皆とも、一緒にいたい。船の仕事は、遣り甲斐があるし。フーリのお菓子は、美味しいし…皆と離れたくない…私は…私は…どうしたらいいか…分からないっよぉ~ふっううう…」

また、泣き出しそうなフォングの背中に、二人で触れた。

「ひっく…うぅ~…ふっく…ふう…」

「まだ時間はあるよ」

エルの顔を見ていると、頭に優しく触れるフーリも、エルの言葉を続けた。

「そうよ。だから、いっぱい、悩んで、後悔しないようにね」

大粒の涙が、フォングの頬を沢山伝い落ちて、彼女の服や手を濡らした。
その時、誰かがドアをノックした。
泣き崩れているフォングには、それに応える事も、ドアを開ける事も出来なかった。
代わりに、フーリがドアを開けると、そこには、コアトルがいた。
コアトルは、何も言わずに中に入ると、フォングに向かって飛んで行く。

「忘れ物だ」

フォングの目の前で、小さな翼を羽ばたかせて、その場に飛んでいた。
すす泣きながら、首を傾げ、手を差し出すと、置かれたのは、鎖が切れた小さな懐中時計だった。
部屋で、時間を確認した時に、鎖が切れて落としたのだろう。

「あっありがっありがとっ」

太ももに乗って、コアトルは、フォングを見上げた。

「こんな時にすまん。だが、ついでに話をさせて欲しいのだが、聞いてくれるか?」

フォングが、小さく頷くと、コアトルは、申し訳なさそうに視線を下げた。

「アックスは、人々の記憶から消えているのだ」

フォングは、それを理解する事が、出来なかった。

「それって…なんっなん…でっ」

コアトルは、小さな体を更に、小さくした。

「我らの力を使えば使う程、その代償として、他人の記憶から、我らと縁を結んだ相手は、消えてしまうのだ」

「それをアックスは、知ってるの?」

聞いたエルを見て、コアトルは頷いた。

「二日前に話した」

「坊やは?」

コアトルは、フォングをしっかりと見つめた。

「納得していた。我らが、創成の魔物となるのに、多くを差し出したのに、その力を使うのに、何もないと言う事はないと思っていたのだろう。それでも、奴は、現実を受け止め、前に進もうとしている。奴に、苦しみを与えてる我が、こんな事を言うのは、無責任かもしれん。だが、もしも…もしも、お前がいいのであれば、奴を…アックスを支えてやって欲しいのだ。頼む」

コアトルは、フォングに頭を下げた。
それをただ、黙って三人は、見つめていた。
頭を下げていたコアトルの頭に手を置いて、さっきまで泣いていたフォングの涙は、すっかり止まっていた。
それでも、フォングは、苦しそうに顔を歪めた。

「少し…考えさせて」

コアトルは、顔を見れなかった。

「もちろんだ」

コアトルは、フォングの手から逃れるように、少し体をずらし、翼を羽ばたかせて飛んだ。
ドアに近付き、フーリが開けると、廊下に出て、すぐに、向きを変えた。

「奴の目の前にいれば、奴を忘れる事はない。ゆっくり考えてくれ」

コアトルは、飛んで行ってしまった。
ドアを締めてから、三人は、黙っていた。
それから、何かを思い立ったフォングは、ベットから立ち上がり、机に歩み寄り、椅子に座った
引き出しから、ペンチと細い鎖を取り出した。
ペンチで懐中時計の切れた鎖を外し、同じような、小さな鎖を器用に付ける。
それが終わると、懐中時計の裏に、小さなナイフの先で、何かを彫り始めた。
フーリとエルが、後ろからフォングの手元を覗き込んだ。

「永遠の愛…ね」

フォングは、“Eternal love”と懐中時計の裏に掘った。

「よし…」

そう呟いていたフォングは、足早に部屋を出て行った。
その後ろ姿を見つめて、フーリとエルは、ニッコリ笑って部屋から出た。
ドアを締めてから、フォングが急いで、向かっているだろう場所に、二人も並んで歩いた。
落ちていたフォングの懐中時計をコアトルが、届ける為に、部屋を出て行ってから、薬草を潰しながら、今まで、出会った人たちの事を考えていた。
出会った人たちの記憶に、一部ではあるが、欠落させてしまうのが悲しい。
ゼンとコアトルに、また馬鹿にされたと思って、ふて寝してしまったが、後から思い出すと、皆の顔付きは、とても優しかった。
不意に、すり粉木を動かしていた手を止め、ベットを見ると、アモスたちが、寝息を発てていた。

「まただ」

彼らは、人の事などお構い無しだ。
ため息をつくと、ドアをノックする音が響き、ドアに歩み寄って、開けるとコアトルが、中に入ってきた。

「おかえり。ちゃんと渡せた?」

「大丈夫だ」

そう答えたコアトルの様子が、変に感じた。

「何かあった?」

「いや。何もない。おやすみ」

枕元に、小さくなったコアトルから、寝息が聞こえたのは、すぐで、鼻からため息をついて、椅子に座ると、また、薬草を潰した。
部屋の中に、ゴリゴリと、音が響く中、ノックした音が響いた。

「はい」

また、ドアに歩み寄り、開けると、そこには、フォングが立っていた。
驚きで、体を少し後ろに反らした。

「どうしたの?」

そのまま、床を見つめているフォングの様子が、おかしいのに気付き、顔を覗き込もうと屈んだ。
その時、肩を掴んだフォングに、押されるようにして後退した。

「ちょ!!フォング!?待って!!待って!!うわ!!」

フォングが、突き飛ばすと、後ろ手で、ドアを締めた。

「っと。え…え?え?ちょ!!ちょっと!!ちょっと!!フォング!?ちょっと!!どしだあおわっ!!」

足を後ろに出して、転ばないように、耐えたが、また肩を掴んだフォングに押される。
倒れないように、後ろへ歩き、ベットの所まで進むと、仰向けになるようにして、ベットに押し倒された。

「まった!!待った!!マッタ!!一体どうした!?何した!?無理!!待って!!ちょっと待って!!フォ…ング…?」

見上げたフォングの顔は、今まで泣いていたのが分かる程、目元が赤くなり、うっすらと涙が溜まっていた。
フォングが覆いかぶさり、肩に顔を埋めた。
しばらくして、恐る恐るフォングに、声を掛けてみた。

「あの~フォングさん?そろそろ、離れてもらえませ…」

「許されるならば、アナタを愛したい」

フォングの言葉に、驚きと焦りで、早口になった。

「ちょ!!ちょっと!!そうゆう事はお互いをもっと知ってからの事であって、まだ出会ってそんなに時間が経った訳じゃないし、愛されたいとか愛したいとかはまだまだ先の話であって、仮にも俺らがそんな仲になったら、エルやフーリが何て言うか、そもそもそれは相手に言ってする事じゃなくて…」

「すけべ」

「な!!先に言ったのはそっちだから!!」

「勘違い」

「勘違いって…こっこんな格好で言われたら、そう思うでしょうが」

「バカ」

「どうして、そうなるかな」

「私の事、嫌い?」

「そうじゃない…けど」

「好き?」

「嫌いじゃないなら、好きって安易なんじゃ」

「じゃ、嫌いなんだ」

「だから!!」

「私は好き」

この体制で、好きと囁かれれば、誰でも自分の事じゃないのかと、錯覚してしまう。
無理矢理、起き上がろうとしたが、フォングが、全身に力を入れてて起き上がれない。

「アックス…好きよ」

耳元で囁かれ、思考が完全に停止した。

「好き…大好き…アックス…大好きよ」

肩から手を離し、ベットに手を着き、上半身を起こしたフォングが、艶やかに見えた。

「私も一緒に生きたい。アックスの側にいたい」

フォングの瞳から、涙が零れ落ちた。

「アナタを…消したくない」

じっと見つめると、フォングの顔が歪んだ。

「消したくない…消えないで…私の想いを…消さないで…」

次々に、流れ落ちる涙と言葉たちは、フォングの悲痛な心の叫びのように聞こえた。
両腕を伸ばし、フォングの頬を包むように触れ、親指で涙を拭う。

「コアトルから聞いたの…アックスから離れたら、アックスといた時間が…消えてしまうって…私は…私は…アックスが好き…だから…好きだから…消えて欲しくない…消して欲しくないの!!」

この行動が、フォングの荒れた心を更に、掻き乱した。
フォングは、ずり落ちるようにして、床に座り、膝に額を着けた。

「一緒にいたい…アックスを忘れたくない…一緒に生きたい…アックスを…愛して…いたいの…だから…だからお願い…私も一緒に…一緒に行かせて」

上半身を起こして見下ろすと、フォングの肩は、微かに揺れていた。
その足元には、涙が染みて濡れている。

「お願い…お願い…お願い…」

何度も呟くフォングの顔は、悲痛に歪み、苦しみに唇を噛み、悲しみに目元を赤くしている。
そんなフォングの頭に触れ、優しく撫でた。
そして、顔を上げたフォングに、優しく微笑んだ。

「ごめん」

その言葉を聞いたフォングが、抱き付こうとしてきたが、その肩に手を置いて止める。

「ちょっと待って。最後まで聞いて?」

また、床に腰を下ろしたフォングの肩に、手を置いたまま、その瞳を見つめた。

「俺、こうゆうの慣れてないんだ。正直苦手。俺を想ってくれる人が、俺の事で、泣くのを見たくないし、俺の事で、苦しんで欲しくない。他人の記憶を欠落させてしまう方が、俺は、正直哀しい。それでも、その人たちが、幸せになれば、それでいいと思ってたんだ。でも…」

片手は、そのまま肩に置いて、もう一方の片手で、優しくフォングの頭を撫でた。

「フォングが、それで悲しむなら、俺は、その悲しみを取り除きたいとも思う。一緒にいて悲しみが、取り除けるなら、一緒にいるよ」

頭を撫でていた手を止めて、更に目を細めて笑うと、手からすり抜けて、フォングに抱き付かれ、その反動で、また後ろに倒れた。

「ちょ!!」

「有難う…アックス…好きよ」

仰向けに寝転んだまま、抱き付くフォングの背中に腕を回した。

「アックス…」

顔だけを上げたフォングの顔が、少しずつ近付いてくる。

「あ~待って。それはまだ…」

「だらしない奴だ」

その声がした方に、視線を向けると、コアトルが、こっちを見ていた。

「主君。そろそろ、腹を決めたらどうだ」

「無理だよ。兄ちゃんは、こうゆうの苦手だもん」

「とんだ腰抜けだ」

「これでも、成長した方だ」

周りを見ると全員、顔を上げて、今の様子を見ていた。

「おお起きてたの?」

「あれだけ騒げば、アモスでも起きる」

「だったら、助けろーーーーー!!」

フォングの腕の中から、手を伸ばして、捕まえようとすると、皆は、一気に逃げ出した。
ベットから飛び降り、走ってドアの方に向かうと、ドアが開き、フーリとエルが立っていた。

「フォングを泣かしたら、許さないわよ?」

「ごゆっくり」

アモスたちが、外に出ると、フーリが、ドアを締めようとした。

「待って!!待って!!だめ!!だめ!!行かないでぇ~!!」

その叫びも空しく、ドアは、パタンと音を発てて、締まってしまった。
全身の力を抜くと、フォングは、起き上がって隣に座った。

「そんなに、私と一緒がイヤなんだ」

「違う!!」

「じゃ、なんでダメなの?」

「それは…その…二人っきりになるのが…ちょっと…」

「やっぱり、私の事、嫌いなんだ」

「またそれ。だから、違うってば」

「じゃ、二人っきりでもいいじゃん」

「もう勘弁して下さい」

ベットの上で、土下座するように、座って頭を下げると、フォングが笑った。
その様子で、肩から力が抜けると、フォングの手が伸びてきて、その腕が首に回された。
そのまま、引っ張られるようにして倒れ、フォングを押し倒したような形になった。
焦るのを見て、フォングは、また笑った。
ため息をつくと、一気に、フォングの顔が近付き、頬に柔らかい物が触れた。
それがフォングの唇だと知ったのは、頬をすり寄せられた時だった。
フォングは、頬をすり寄せるのと、反対側に力を入れ、そのまま横に倒れた。

「もう!!いい加減にしてくれよ~」

「いいじゃん。泣かした罰だ」

「俺のせいじゃないし」

「アックスが、優しくするからだよ」

「優しくしたから、俺のせいって…」

「その優しさは、罪なのです」

「んな訳…」

「大アリです」

笑い合っていると、無意識の内に、フォングを抱き寄せていた。
いつの間にか、二人で深い眠りに落ちた。
次の日の朝は、窓から降り注ぐ、太陽の光の眩しさに、目を覚ました。
目を開けると、フォングの寝顔が目の前に現れ驚いて、服を着ている事を確認した。
寝相で乱れた以外、何も変化はない。
一線は越えていないのを確認して、それまで止めていた息を吐き出した。

「何もなってないよ?」

「受け流したか」

「そんな度胸あるわけないだろう」

「なんとも腑抜けだ」

首を持ち上げて、フォングの向こう側を見ると、ベットの枠に、アモスたちが、一列に並ぶようにして、こっちを見ていた。

「またかよ。もう、好きにして」

「本当?」

いつの間にか、起きてたいたフォングが、腕を引き寄せた。
その腕を下敷きにされ、上半身を起こしたフォングは、、頬杖を着き、頬に触れてきた。

「うそ!!ウソ!!嘘!!やめて!!朝からやめて!!」

「何焦ってんの?ジョーダンに決まってるじゃん」

頬から手を離し、顔を枕に埋めながらも、腕をしっかりと抱えてるフォングは、いたずらっ子のような、笑みを浮かべてた。

「冗談に聞こえないから。てか、腕離して?」

「なんで?」

「いや…その…当たってるから…」

「何が?」

「だから、その…あの…柔らかい…のが…」

「柔らかい何?」

「とにかく避けて!!」

「アックスは、お前の柔らかい胸が当たっていると言いたいのだ」

「アックスのすけべ~」

「そんな事も言えんのか」

「腰抜けの腑抜けには、一生、言えないだろうな」

「兄ちゃんは、いつになったら、大人になるのかな?」

「さぁな。主君なら、ずっと大人になれないかもしれない」

「どうでもいいから助けてくれぇーーーー!!」

顔を赤くして叫ぶと、コアトルたちは、フォングの体を押し付けるように、その背中に乗った。
さっきよりも、腕に感じる柔らかい感覚に、血が沸騰したように、顔が熱くなった。
茹でタコのように、真っ赤になっていく。
その状態から解放されたのは、朝食になる少し前だった。
フォングと一緒に、クウとアモスが、食事を貰いに部屋から出て行くのをベットに座って見送った。
ドアが完全に締まるのを確認し、ベットに両腕を広げて、仰向けに寝転んだ。
盛大なため息をつくと、残っていた三人が集まった。

「朝から、ため息をつくな」

コアトルに、ゼンが返した。

「まぁ、そう言うな」

「あれだけ騒げば、ため息もつきたくなる」

「慣れれば、疲れなくなるだろう」

起き上がって、ベットに座った。

「あれは無理」

それにコアトルは、呆れたように首を振った。

「無理と言うな」

両膝に両腕を着いて、そこに上半身の体重を掛ける。

「手も繋いだ事ないのに、どうやって慣れんだよ」

一瞬、黙ってから三人は、大声を上げて笑った。

「ハハハ…そんな事もないのか…アハハハ…」

「アハハハ…確かに…お前は…バカだ…フハハハ…」

「ククク…バカは…さすがに…言い過ぎだ…ククク…」

この話題でバカにされるのには、もう慣れた。

「何笑ってるの?」

その時、フォングたちが、トレーを持って帰って来た。

「それが…コイツ…」

「わぁーーー!!シエラ!!余計な事言うな!!」

シエラを追いかけようと、後ろに上半身だけを向けて、手を伸ばしてる間に、コアトルとゼンが、さっきの話をしていた。
それを聞いたフォングは、優しく微笑んだ。

「ゆっくり、慣れればいいじゃん。これからは、私が一緒にいるんだから」

驚いたのは、本当に一瞬だった。
次の瞬間には、フォングに微笑みを返していた。
それを皆も優しく微笑んでいた。
和やかな雰囲気の中、皆で食事をし、食べ終えた後、フォングと食器を片付けに部屋を出た。

「フォング」

「なに?」

フォングに、手を差し出す。

「皆に挨拶しておいで」

フォングの表情からは、不安の色が漂い、少しでも安心させようと、優しく微笑んだ。

「待ってるから」

フォングは、嬉しそうに微笑んで、走って行き、一人で食器を片付けて、部屋に戻り、荷物の整理をした。
整理が終わり、荷物を持って甲板に出る。
船の先端に行って、胡座をかいて、また空を見上げた。
パセナがある大陸に、近付くにつれて、鉛色の雲が少なくなっている。
今まで見たことがない太陽が、今は、頭上高く、雲の隙間から眩しい光を放ち、顔を出している。

「懐かしい光だ」

昔は、何処にいても、平等に降り注いでいた。
それを失ったのは、人間が便利さを追ってしまったからだ。

「あったけぇ」

太陽から降り注がれる光は、暖かい事を知り、また一つ、自然の偉大さを知った。
こんな大切なモノを奪われたら、誰でも怒ってしまうだろう。
暖かな光の中で、微睡んでいると、見張りをしていた船員の声が聞こえた。

「陸地だーーーー!!」

立ち上がり、海を見ると、青々とした大地が見えた。
ある程度まで、船は、近付いたが、それ以上、何があるか分からない為、小舟で大陸に向かうしかなかった。
海は、波が穏やかで、漕ぐのも苦にならない。
小舟が、用意されている、船体の横へと移動した。

「何…これ」

そこには、小型船があった。

「私ら、全員からの快気祝いよ」

「いやいやいや。運転出来ないから」

手を胸ので小さく振ると、小型船の操舵室から、フォングが顔を出した。

「私が、舵取りしま~す」

呆然と立ち尽くしていると、後ろからフーリに声を掛けられた。

「大丈夫だから行きなさい。坊や」

「最後くらい、普通に呼んで欲しかったな」

頬をポリポリと掻き、小型船に乗り込んで、エルたちの船が、見えなくなるまで手を振った。
上陸してみると、そこには、見た事ない世界が広がっていた。
空は青く澄み渡り、大地には、青々とした木々や草花が、爽やかな風に揺られ、本来の姿の動物たちが、駆け回っていた。
その景色に、言葉が出ない。

「行くぞ」

アモスの頭にコアトルが乗り、シエラの体にゼンが巻き付き、優しく微笑んでいたが、その場に立ち尽くしていた。

「どうした?」

アモスに聞かれ、フォングと顔を見合わせた。

「パセナの場所が、分からないんだ」

「パセナは、森を抜けてすぐだ」

ゼンに教えてもらい、場所が分かっても、踏み出せない。
この豊かな自然の中に、人間が、足を踏み入れていいのだろうか。
この自然に受け入れてもらえるだろうか。

「いいんだよ」

隣に並んだクウを見下ろした。

「人も、動物も、皆、同じ生き物。だから、何も心配しなくていいんだよ」

「我らが、選んだ人間だ。皆、ちゃんと受け入れてくれる。大丈夫だ」

コアトルは、優しく微笑んだ。

「我らが、一緒にいるではないか」

旅に出た時、背中を押してくれた言葉。
その言葉を聞くと、不思議と前に進めた。
ゆっくりと歩き出し、森の中に入ると、木々の隙間から、太陽の光が降り注いでいた。
森の中にいても、明るいことで、いつの間にか、早足になっていたらしい。

「ハァハァ…ちょ…と…待って」

息が上がり、肩で呼吸をしているフォングに、初めて気付いた。
それは、アモスたちも同じだった。
フォングに歩調を合わせ、ゆっくりと歩いた。
時折、茂みから、ウサギや鹿が、顔を覗かせて、こっちを見ていた。
その可愛さに、フォングも、次第に歩調を早めた。
森の中を進むと、視界が拓け、小高い丘のような場所にたどり着いた。
目の前に広がるのは、青い空、白い雲、緑の山々、透き通る小川、動物、果実が実った木。

「…すごい…」

「…綺麗ね…」

コアトルが、肩に乗った。

「大地は尊い」

二人で、コアトルに、視線を向けた。
コアトルの言葉をアモスが続けた。

「壊れてしまっても、長い年月をかけて、また再生する」

「でも、私たちがいた大陸は違ったよ?」

「それは違う」

ゼンに、首を傾げて見せると、シエラが、優しく微笑んだ。

「自然の再生は、ゆっくりなんだ。だから、分からないだけなんだよ」

また景色に視線を戻した。

「こんなになるまで、どれくらいの時間が、必要なんだろう?」

「百年かもしれない。千年かもしれない。それは、どのくらいの力が、大地に宿っていたかで決まる」

「ここは、どれくらいの力が、あったのかな?」

「それは、我らにも分からない。だが、今、こうして見ている大地も、お前たちがいた大地も、全て同じ大地だ。いつかは、きっと、お前たちがいた大地も、この大地のように、蘇る日が、必ず、来るはずだ」

フォングと見つめ合って、頷き合った。

「下に行ってみるか」

辺りを見渡し、緩やかな坂を見付けて、ゆっくりと坂を降る。

「…また、旅に出ようか。目的も行き先も、決めずに」

その呟きに、皆は、優しく微笑みを返してくれた。

「ところで、あの話は、どうなったのだ?」

「何の話?」

首を傾げると、コアトルは、真剣な顔をした。

「国を創る話だ」

「え~イヤだよ」

「なんでだ。せっかく、こんなにもいい場所を見付けたと言うのに」

「だって、せっかく、ここまで美しく、再生した大地を汚したくないじゃん」

坂を降りきって、小川に近付き、その小川に微笑みかける。
フォングも、一緒になって、小川を覗き込んだ。

「そうだよね。こんなに、いい場所なんだから、二人だけで暮らしたいよね」

「いやいや。コアトルたちも一緒だから」

「我らの事は、気にするな」

「ここは、怖いのがいないから平気だよ」

「何、言ってんだよ。暮らすなら、皆で一緒だろう」

「猫は気ままに。自分の場所は、自分で探すから」

「我とクウは、元々、森の中で暮らしていたからな。窮屈な部屋の中よりも、雄大な大地がいい。な?」

「うん」

「でも、雨風がしのげて、暖かい家の中の方がいいだろう?」

「それなら、木の幹に巣穴を作ればいいから、大丈夫だ」

「コアトルとゼンは、そうもいかないだろ?」

「別に大丈夫だ」

「クウの所に、世話になる」

「ちょっと!!なんでそうなんだよ!!皆して酷いから!!」

「酷いのは、アックスだよ。私と一緒がイヤだからって、そんな露骨に…」

「違う!!違うから!!本当に違うから!!ね?」

「なんでもそうだが、ムキになれば、なる程、怪しくなるのだぞ」

「お願いします。一緒に暮らして下さい」

アモスたちに向かって、土下座をするように、頭を下げると、隣にいたフォングに頭を軽く叩かれた。

「おバカちゃん」

「ごめんなさい」

頭を擦りながら謝ると、フォングもアモスたちも笑った。
それを見ていた周りの動物たちも、笑っているようだった。
その日は、皆で野宿をした。
フォングが、フーリに持たされた食材を使って料理を作る。
皆で食べている時、周りに、動物たちが集まって来て、彼らにも、料理を振る舞った。
その恩返しのように、彼らは、寝ている周りに集まり、一緒に眠りに落ちていた。
朝は、太陽の光で目が覚め、小川の水で顔を洗い、朝食の用意をして、皆を起こす。
昨日と同じように、周りに動物たちが集まった。
どんなに平和であっても、野宿を毎日繰り返すのは、さすがに苦しかった。
釣りでもしようと、フーリから貰った竿を持って、海の方に向かった。
釣りができそうな、場所を適当に探して座り、糸を垂らす。
じっと、竿の先を見つめながら、不意に、フォングとクウたちが、食事が終わってから、何処かに行ったのを思い出した。
その時、竿がしなった。
力を入れて、引き上げると真っ青な魚が釣れた。
それを布の上に置こうと、振り返ると、瓶を持ったアモスが座っていた。

「何してんの?」

「魚は、これに海水を入れてから入れろ」

「よく、そんなの見付けたね」

「フォングに持たされたのだ。他にも色々あったぞ」

「何処に?」

「船だ」

瓶に海水を入れて、魚を入れると、魚は、フワフワと浮くように、瓶の中心に留まっていた。
それを持って、アモスと海岸沿いを歩く。
しばらく進むと、小型船を降りた場所に着いた。
近くの木に、長いロープで、しっかりと結び付けられた小型船の前には、色々な物が山になって置かれていた。
それに近付くと、小型船の中から荷物を出しているフォングを見付けた。

「どうしたの?これ」

荷物の山を指差すと、フォングは、嬉しそうに笑った。

「フーリやエル様がくれたんだよ。それと、パセナの事を少しだけど調べて、何にもない場所みたいだったから、必要そうなのを持って来たんだ」

ノコギリやカンナ、金槌など、日曜大工に使いそうな物を見せて、ニッコリ笑うフォングに、イヤな予感がした。

「んで?どうしろと」

「決まってるじゃん。ずっと野宿は、イヤだから。お家、作って?」

「無理!!」

「また。何故、お前は、やる前から無理だと決め付けるのだ」

荷物の山から、顔を出したコアトルを睨んだ。

「無茶言うなよ!!大体、作り方なんか知らないし」

「我が教えよう」

コアトルと同じように、荷物の山から顔を出したゼンが降りて来て、腕の巻き付いた。

「まずは、木が必要だな」

「木って…まさか、切り倒すの?」

「当たり前だろう?木を切らずして、どうやって木を集めるの?」

小型船の中から出てきたシエラに、激しく首を振った。

「だめだ!!せっかく、ここまで戻ったのに、切り倒すなんて…」

「そうも言ってられないだろう」 

「でも…」

「それは、可哀想なんだよ」

クウが、森の中から出てきた。

「そんな風に、自然を大切にするのは、とってもいい事だけど、だからって、このままにしてたら、木や動物たちは、誰の為にもなれずに死んじゃうんだよ?それは、可哀想なんだよ」

足元を見下ろして、黙ったままでいると、コアトルが肩に乗った。

「自分の為に、その命をくれた事を感謝すればいいのだ。感謝して、その想いをちゃんと、その大地に返せばいい。だから、ちゃんと、お前が、皆の為になる事をしてやれ」

目を閉じると、声が聞こえた。

―生キテ―

―生キテクレ―

―生キルンダ―

その声に、気持ちの整理が出来た。
目を開けると、フォングを見た。

「はい」

優しく微笑んで、道具を差し出すフォングから、道具を受け取り、コアトルとゼンを連れて、森の中に入る。
しばらく歩き、ちょうどいい木を見付けて、斧を使って切り倒した。
慣れない事をして、かなり疲れていると、コアトルは、頭に乗った。

「一本じゃ足りんぞ」

「うそ~」

「早くすれば、その分、早く出来る。頑張るのだ」

ゼンに励まされて、その日一日で、必要な分の木を切り倒した。
コアトルとゼンも、人形になって、一緒に、その木を運んでくれる。
その日は、それで終わったが、次の日からは、本格的に家を作り始めた。
木を板状にしたり、柱にする木にヤスリを掛けたりするのに、数日が掛かってしまった。
下準備が終わり、ゼンに釘を使わない作り方を教えられて、板と板、柱と柱を組み合わせる為に、凹凸を作るのだが、それがまた難しかった。
ピッタリ合わなければならない為に、少しずつ、ノミで削る。
かなりの神経を使って、凹凸を作り、やっと組み立てに入ると、皆も人形になって、手伝ってくれた。
フォングも、出来る限りの手伝いをしてくれる。
初めて作り上げた家を俺とフォングは、並んで見つめた。

「出来た」

「お疲れさま」

隣で優しく微笑むフォングに、同じように優しく微笑みを返した。

「これから、もっと大変だぞ」

「皆がいれば大丈夫。頑張れるよ」

それから、小川で汗を洗い流している間に、フォングは、食材を探しに行った。
スッキリして、改めて家を見上げていると、フォングが、走って戻って来た。
その手には、何も持っていない。
首を傾げると、手を引かれ、フォングは、来た道を戻った。

「フォング?」

呼びかけるのを無視して、フォングは、そのまま走った。
急な坂を息を切らせながら、登った先には、海に、太陽が沈む瞬間だった。

「すげぇ」

「本当だね」

「よく、見付けたね」

「エヘヘ」

並んで、その景色を見つめ、完全に沈んでから、どちらともなく、手を繋いで戻った。
家具が、まだ、出来ていなかった為に、いつもと同じように、外で食事をした。
それから、寝る為に家に入ったが、寝れずにいた。
外に出て、適当な場所に、胡座をかいて座り、空を見上げた。
そこには、大きな月と星空が広がっていた。

「寝れないの?」

そこにフォングが、やって来て、隣に座った。

「何かね」

「私も」

並んで、月を見上げる。
そよ風が、二人の髪を撫でるように、吹き抜け、月だけが、雲に隠れて、星が光輝いていた。

「何か、出来ないかな」

「何かって何?」

「アックスが、忘れられないように」

「さぁ。出来たとしても、大変だと思うな」

「それでも、皆がいれば、頑張れるよ」

「そうだな…」

またそよ風が吹いた。
その中に、甘い香りが混じっていた。

「なんだろう?」

「行ってみよう」

香りがした方に、歩くと、小さな林を抜けて、広い場所に出た。

「ここ…だよね?」

「だと思うけど」

周りを見渡しても、そこに何があるか分からない。
しばらくすると、今度は、少し強めの風が吹き、雲が流れて、月が顔を出した。
月明かりが、辺りを照らす。

「わぁ~」

「すげぇ」

そこには、一面に見た事のない花が、咲き乱れてた。
夜風に揺れる花畑の中には、枯れたように、茶色く変色している物もあった。
それを見つめていたフォングが、突然、手を繋いで、花畑に連なって歩いて行くと、向き直って微笑んだ。
その微笑みを見つめ、同じように微笑んだ。
暫く、花畑の中で香りを感じてから、二人で、月明かりを頼りに、手を繋いで戻り、それぞれの部屋で眠りに落ちた。
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