異世界転移して魔王になったけど、既に国が崩壊しかけてるんですが

BIG・MASYU

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第8話 内政? いや僕には無理だろ、常識的に考えて…②

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 カタリナはフリードリヒなる名前を僕に挙げた。カタリナの人を見る目というのはあまり信頼できないけど(だって、こんな魔皇に心酔してるからな)、折角なのでフリードリヒとやらにこの件について話してみようと思う。そして、あわよくば自分の正体を明かして、この世界を脱出するための味方につけたい。大臣の位を持ってるくらいなのだから何か知っているかもしれないし。まぁ、元の世界に帰ったらそれはそれで大変だけど。

 というわけで、フリードリヒに話すことをしっかり纏めた後、カタリナにそいつを呼び寄せてもらった。

 それから程なくして、一人きりになったこの部屋にドアノックの音が響き渡る。恐らく、カタリナがフリードリヒを連れてきたのだ。
 まるで僕が呼び出すことを予期していたような早さで来たなと感じたが都合がいいことに変わりはない。
 そして、ドアが開き、フリードリヒと思われる異形だけが部屋に入ってきた。直後、僕はカタリナがいないことを不思議に思……えれなかった。
「なっ…………」
 僕の思考は停止した。自分が存在している空間だけ世界から切り離されたような感覚に陥り、さっきまで心地よかった鳥のさえずりは場違いな雑音と化した。

 このニタニタと笑みを浮かべている異形フリードリヒの容姿が僕の記憶からなくなることは、たとえ異星人から脳改造手術を受けたって、たとえ恋人が目の前で惨殺されるようなトラウマを背負ったって、たとえ『1984年』の世界で思想犯として101号室に送られたって、消えることはないだろう。

 バイオハザードの気持ち悪いクリーチャーのような外見ではない、というか、ぱっと見眉目秀麗な美男子だ。しかし、その顔には蠱毒を生成する呪術師のような狂気さと野獣のような底知れぬ恐ろしさが備わっている。

「お久しぶりです、陛下。ここ最近はご気分が優れなかったようで」
 うん、無理。こんな奴に正体を明かすとか絶対にありえない。大体、フリードリヒの鋭い碧眼であれば、僕の正体なんて簡単に見破りそう。
「あ、あぁ、うん、いや、はい、そうでs、その通りだ」
 僕はめちゃくちゃどもりながら言った。
「ふふっ、なるほど、やはり。……さて、今日は一体どのような要件で私を?」
 フリードリヒは言った。
「えぇ、うん、そ、そう、話があるんだ」

 落ち着けえええ、落ち着くんだ僕。大丈夫、会話するだけだって、別に大したことじゃない。ほらっ、さっきまで心のノートに書き留めていたことを口に出すだけだよ? いくぞ! うおおおっ、駄目だあああ。表情筋がっががが。イルシールやシャネルにはなんとか対応できたのに何故だっ! 坊やだからさ。why⁈
 
 そういう風に、僕が脳内で一人芝居を講演している間、この部屋は静寂そのものだった。僕がフリードリヒを呼びつけたのに僕は何も話さない、というこの構図は万人が激昂するに値するものだけど、フリードリヒは笑みを浮かべるだけで何も言わない。つまり、客観的にみて、優れた人格を持つ異形だ。しかし、返ってそこが恐ろしい点でもある。
 僕は深呼吸を繰り返し、ようやくまともに喋れるような精神状態を獲得した。
 そして、唇を震わせながらも口を開く。
「フリードリヒ、き、急な呼び出しです、まない……」
 僕はうっかり呼び捨てにしてしまったことを喋りながら後悔した。
「いえいえ、陛下の御下命なのですから。それで一体何事でしょうか?」
 しかし、フリードリヒは特に気にしていない。当たり前といえば当たり前だ。
「実はな……一旦、現場から退こう、と思ってな」
 僕は言葉を濁しながら言った。
 これに対して、フリードリヒは。そして、顎に手を当てながら口を開ける。
「なるほど、すべて理解しました」
 その言葉に僕は息をのみ、ある衝動に駆られる、もちろんそれは5W1Hの質問の全てをフリードリヒにぶつけたいというものだ。
 僕は訝しげにフリードリヒを見つめた。すると、フリードリヒは話を続け始める、それも長いと言ったらありやしないものを。

「この6年間の大戦の末、心身ともに困憊されたのですか。それならば、ここ一年間の行動の一切合切にも納得がいきます。そして、遂にご自身の職務執行能力に疑問符が浮かぶようになったと。……正直に申し上げて、陛下のような尊大な方は三千世界をくまなく探しても見つけられません。それに準ずる者もそうです。しかし、私は全身全霊をかけて陛下の代役を務めてみせましょう。そうなると、私は宰相ですが……もう一人、私と同等の権限を持つものが欲しいですね。さすれば、帝国特命大臣制を復活させ、陛下の代理となる宰相と同じ権限を与えましょう。つまり、双頭政治状態です。そして議会の承認はいらないかと。現在は実質的に機能不全状態ですので。あぁ、ちなみに陛下が元の状態に戻したいのであればいつでも申し付けください。それで話を戻しますが――」

 とまぁ、フリードリヒは早口言葉の代表的な存在『じゅげむ』に匹敵するような言葉を並べていたので、僕は途中で聞くのを諦めていた。そんな異世界の落語家は最後に「質問と頼み事がそれぞれ一つずつあります。よろしいですか?」と言ってやっと口を閉じる。
 恐怖という感情が薄まっていた(それでも雀の涙ほどだけど)僕はそれに構わないと答えた。
「それではまず、陛下は何をされるのでしょうか?」

 ふふん、この質問は僕の予想範囲だ。答えは一つ、旅に出るというものだ。やっぱり、折角異世界に来たんだから色々楽しみたいし、魔法とか使ってみたいからなぁ。いやだって、いくらこの魔皇イシュメール・ブランデンが頭のおかしい奴とは言え、魔皇だよ、魔皇。これはもうチーレムしながらフィクションのような生活をし、元の世界に戻る方法を探すの一択でしょ!

「外に出て様々な所を視察しようと思っている」
 僕は自分の考えとは全く違うことを真顔で言った。
「なるほど……」
 フリードリヒはそう言いながら、
「それともう一つ、実は帝国特命大臣に推薦したい者がいまして」
 帝国特命大臣がなんたるかを僕は知らないが、フリードリヒの言葉に出てくるのだからそれなりに重要な役職だろうと推測する。
「誰だ?」
「……申し上げにくいですが、陛下がよくご存じのあの元宰相です」
 フリードリヒは言った。

 そうか、陛下がよくご存じの、と来たか。さて、元宰相とは一体誰のことかな?

「お、おぉ、なるほど、あいつだ……な?」
 僕は頬を引きつらせながら言った。
「えぇ、そいつです」
 それに対し、フリードリヒは名前を答えてくれなかった。
「たしか、あのレ……」
 なので、僕は適当にラ行から攻めた。
「アルフレート、」
 しかし、当然の如く間違っている。
「そ、そうだぞ。アルフレート・マ……」
 そして、僕はアルフレートと言い直して、マ行から攻めた。
「ヒンデンブルクのことですね」
 勿論、これも違う。
「うむ、アルフレート・ヒンデンブルクのことだな! ちゃんと、わかってたぞ!」
 僕は無駄にでかい声でそう言った。まったく、とんだ茶番劇だよ。
 それはさておき、フリードリヒが「申し上げにくいですが」と前置きしたことが僕は気になったが、前置きした理由を聞くのは気が引ける。なのでこう言うほかない。
「ヒンデンブルクを推薦したいのか、まぁ、別に構わん」
「なるほど……、それはありがたいです」
 フリードリヒは言った。そして、驚きの事実を続ける。
「では、陛下、よろしくお願いしますね。ヒンデンブルクが拘束されてる零型氷結式地下牢には陛下しか入れないのですから」

 あらら、僕はいつの間にか地雷を踏んでいたようだ。
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