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第3話 夢が覚めない

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 僕が豚の異形の助言に従って部屋を出ると、そこは狭い廊下だった。僕はドアの前で胸に手を当て、ほっと一息ついた。

 助かったぁ。あの重厚な空気感にさらされ続けてたら、絶対ぺちゃんこになる。本当にあの豚顔の発言はナイスプレーだ。

 このまま床に座り込みたいがそういうことは自分の部屋に着いてからでも遅くないと思い、僕は足を前に繰り出した。しかし、それと同時にこういう考えが浮かぶ。

 あれ、自室ってどこ?

 僕は焦る焦る。このドアの向こうに戻るのは絶対に嫌だが、ドアの前で立ちつくしてこの異形達を迎えるのも気が引ける。仕方なく、僕はあまりの出来の良くない頭をこねくり回して、問題の解決を図り始めた。

 まぁ、空から幸運が突然降ってくることなんてありえないからな……とりあえずこの廊下を進むか。

 そう決めた僕は足枷が付いたように感じる足を一歩一歩前に運ばせた。
 真っ直ぐに続く廊下は、薄汚れているうえに寂寥感が降り積もっていた。図々しいけど僕はここでは陛下、つまりこの国の王なのだろうが、ここは王が歩くような廊下ではない。そもそも、誰だってこんな黄泉比良坂みたいな生きた心地のしない道は通らないだろう。確実に恐怖が迫っているのにそれが何かわからない、まるで名作ホラー小説の主人公が持つような気持ちが僕の心を支配している。いや、ホラー小説というよりもディストピア小説か。
 ほどなくして、十字路に着くと、右手に数体の異形があせくせと移動しているのが見えた。

 気が乗らないけど僕の部屋がどこか聞くか。

 僕は右折し、往来する異形の中の一体に話しかける。
「あのぉ……いや! 聞きたいことがあるんだが」
 そこには目が六つもあるグロテスクな異形もいたが、僕が話しかけた異形は比較的顔立ちがヨーロッパの女性に近い。
「は、はい! なんんでしょう」
 その異形は何かに怯えるように言った。
 
 僕の体は体格も大きくて、威圧感のある筆髭も生えてるし、白色の軍服とマントという派手な格好をしてるけど、他の奴らに比べたらまともだと思うけどなぁ……。

「ときに、君は私の部屋を知っているかな?」
 さっきの爬虫類の異形に倣ったような芝居がかった動作と、国王という肩書きに態度で僕は聞いた。すると、異形は怯えた表情からぽかんとした顔になるが、それを直ぐに取り消して、僕の背後を指差す。
「あ、あの、あちらの通路を真っ直ぐ進んだら陛下の部屋に着くかと……」
 そんな異形の姿を見た僕は、やっぱりか、と思った。だって、突然王様が自分の部屋の場所を聞いてくるなんて不自然だからな。恥ずかしい。僕は「そうか、ありがとう」と笑いながらその異形に言った。そして、後ろに体ごと振り向く。
 その際、異形が驚嘆の表情を作ったが、僕は一刻も早く部屋に行きたかったので、特に気にしなかった。
 ずんずんと言われた通りの方向に進んで行くと、とても重そうなドアにぶつかった。僕はドアノブに手をかけようとしたが、ドアノブは無かった。しかし、そのままドアを触ると、目の前からドアが消えた。
「えぇ!」
 僕は驚きのあまり声を上げ、一瞬でその行動を後悔する。誰かがやってくるかも、と思ったからだ。だから、僕はそそくさと自室に入った。
 自室に入り、後ろを見ると次はドアが現れた。
「なにこれ……逆に怖いんだけど」
 僕は言った。

 部屋はこれまた王のものとは思ないほどわびしく、家具なんてクローゼット、机、椅子、ベッドしかない。僕は目の前にあるクローゼットにため息をつきながら近づく。そして、声を荒げる。
「夢覚めねええええ! 早く元の世界に帰してよ! いや、なんで? これ、一国の王様として異世界転生? 異世界転移? したっていう夢でしょ⁈ それなのに、物凄い現実感と異世界転移したとは思えない絶望感。ラノベ好きだけどさぁ、あれはフィクションだからいいんだよ! 本当に起きないでよ!」
 そこまで言って、僕は一旦深呼吸し、再び口を開く。
「やっぱり本当に異世界に来たのかな? だったら、チート能力の一つや二つよこせよ! この体ってあの異形達の王様らしいけど強いのか? 実感は全くないけど……。うーん、痛そうだけど、このクローゼットを蹴ってみるか」
 僕はそう言い、「おらっ!」という掛け声と共にクローゼットを蹴り上げた。すると、クローゼットに軍靴がめり込み、そのままバキバキッと下から避けていった。
「ひゅいっ!」
 僕はそのことに目を点にして驚いた。そして慌てて足を離す。すると、背後から「あっ、貴重なクローゼットを……」とか弱い声が聞こえてくる。僕は「誰⁈」と言って背後を振り向いた。
 そこにはタキシードに身を包んだ少女がいた。少女とはいっても、頭に獣耳と腰に尻尾が生えている。そういった今までの異形とは違う可愛らしい容姿に僕は安堵する。しかし、今の言葉を聞かれていたのでは? という考えが頭をよぎると、再び焦りだす。
「あ、いや、あの、ごほん! 一体いつから聞いていたのかね?」
 僕はくさい演技で王様っぽい言動を演じ、聞いた。
「さ、最初からいました」
 獣少女は言った。

う、噓でしょ。絶対頭おかしいと思われたじゃん……いや、待てよ、もしかしたらこれはチャンスなのでは? 異世界に来てしまった僕はこの世界をまるで理解していない。だから、意味も分からず右往左往するより、協力者を作って、この世界を知って、元の世界に帰る方法を模索した方が合理的だよな。まぁ、元の世界はそんなに魅力的じゃないけどさ、この終末感もりもりの世界に比べたらましかな。それはともかく、あの化け物たちには絶対に僕のことは明かさない、明かしたら殺されそう……。

 僕はこの獣少女に自分に起きている一切合切を語った。意外にも、獣少女―いや、カタリナさんは、僕の話をすんなりと受け入れたが、それと同時に肩を落とした。どうやら「黙っていれば陛下そのものですけど、喋ってしまうと一気に威厳が消えたので……たしかに、最近の陛下は錯乱していましたが、それでも尊敬できる、私達に夢を見せ、それに導き、本当にこの帝国と国民を世界の主役にしてくれた素晴らしいお方です!」とのことらしい。ちなみに僕の名前は第8代イシュメール・ブランデンという、中学生の時の僕がくしゃみを飛ばしそうな名前だ。

「へぇ~、それでカタリナさんは?」
「陛下のお姿で私に敬称なんて使わないでください! 不敬ですよ!」
 カタリナさ、は頬を膨らませながら言った。か、かわいい。
「あっ、はい。わかりました、気を付けます……」
「その言葉づかいで、陛下のお姿というのは少し複雑です。それで、私は陛下の秘書を勤めています」
 カタリナは僕をにらみながら言った。彼女からすれば、僕は尊敬する人の体を乗っ取った怨敵だからそれも仕方ない。しかし、その事実はうまく使えると思う。
「そっか、僕の秘書なのかn」
「言葉遣いをもっと固くしてください!」
 カタリナはむすっとして食い気味に言った。
「あぁ、あ、ごほん。私には一つ考えがある。仮に私が元の世界に戻れたら、カタリナが敬愛する本当の王が戻ってくるのでは?」
 私の言葉にカタリナは目を輝かせ、手を組んで答える。
「なるほど! それなら本当の陛下が返ってくるかもしれませんね!」
「そう言うと思ったよ、だからこそ私は君と協力したい」
 僕は言った。それに対して、カタリナは「はい! 喜んで!」と言いながら僕に近付いて、握手を求めてきたので僕は応えた。すると瞬間、カタリナは僕から手を放し、顔を赤らめながら「はわわわわ、陛下の手に触れるなんて、私は……」と言った。とても複雑だ。

 その後、僕はこの世界についての話を聞いた。しかし、僕が元々持っている知識では対応出来ない部分がかなりあったので、分かることは少なかった。ともかく、僕が理解できたことは、主に魔族で構成されたこの大イリオス帝国は魔族が最も優秀な民族であるというイリオス主義の下、6年前に大戦争を始めた。4年間は戦争を優位に進めたものの、同盟国―1国しかない―の失態や動員計画、経済政策の失敗、さらに超大国ハーデス連邦と神聖ヨルシカ皇国の参戦を招いた結果、同盟国は民族消滅の危機に追い込まれ降伏し、大イリオス帝国は国家存亡の危機にあっている。
 しかし、カタリナは「これは全て陛下の計画の内で、首都に敵を誘い込み、その後メメント・モリ陣営の主力を大包囲し殲滅、そのままメメント・モリ陣営の盟主国ハーデス連邦の首都を陥落させ、全交戦国と和平を結ぶらしいのです」と笑顔で言った。そんな計画は、僕にはさっきの部屋に充満している空気感のせいで魔王の嘘にしか思えない。だけど、魔王を心の底から尊敬しているカタリナにそんなことは言えなかった。
 そして僕が返答に困ってる頃、部屋の中に鐘の異形―クレープス陸軍元帥―が入って来て言った。
「陛下、準備が整いました」


同時刻、大イリオス帝国の崩壊した王宮にて


 フリードリヒ閣下は冷酷な笑みで月を眺められている。また夜が明ければ、あの空からハーデス連邦の竜騎地上掃討兵による炎や魔弾が雨のように降ってくるというのに、何を考えておられるのだろうか。
「閣下、それほどまでに、魔皇イシュメールの精神を殺して別の精神を彼の身体に移したことが嬉しいですか?」
 私は閣下にゆっくりと話しかけた。
「当たり前だよ、君。無事に大本営では話が講和に向かっている。国土は荒廃したが、この国に思想は残せたよ」
 閣下はそこで話を切り、手のひらを月に向け、月光を遮った。
「陛下、これからはあなたが創ったイリオス主義のお手並み拝見と行きますよ」
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