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第1話 めんどくさい女
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朝、Twitterをチェックしたら、フォロワー数が一人増えていた。
(誰だろ)
満員電車に揺られながら、本間百合子は通勤ラッシュのわずかなスペースでスマートフォンを操作した。
犬をモチーフにしたゆるキャラのアイコンに「ミサりん」というユーザー名が表示される。それを見たとたん、百合子は思わず眉根を寄せた。
(黒部美沙だ。なんで私のアカウントがバレてるのよ!)
昨日の昼休み、あだ名の話題になったときに、同期の溝口茉莉江が「ホンちゃんのアカウントって、 本間を英訳して『リアリー』なんだよね」と、ぽろりと言ってしまった。だからといって普通、たいして仲がいいわけでもない会社関係の人を検索してフォローする?
ミサりんがフォローしている人を確認すると、そのまんまのユーザーネーム「マリエ」を使っている茉莉江もいた。百合子と@ツイートを交わしていたから探し当てられたのだろう。
仲のいい人以外とは、つながりたくないのに。でも、フォローバックしないと角が立つしなぁ。どうしたものかと百合子はため息をつく。
電車が駅に着き、人が吐き出される。結局、律儀にミサりんをフォローした百合子は、重い足取りで会社へと向かった。
黒部美沙は、二週間前からうちの会社に来ている派遣社員だ。
結婚退職する同期で営業事務の茉莉江の後任として、引き継ぎを行っている。新社会人が入って仕事を覚えるまでのつなぎの予定だけれど、本人は正社員登用を狙っているようで、しきりと周りにアピールしている。
昼休みは小会議室が開放されるので、女性社員はそこでお弁当を食べる。同期で固まるのが暗黙の了解だから、黒部美沙は百合子や茉莉江と同席している。彼女は二十九歳で百合子たちは三十二歳と、年齢も近いので抵抗はなかった。
最初は黒部美沙のことを、おとなしくて真面目そうな子だと思っていた。長くて量の多いストレートの黒髪に、化粧っ気のない顔、少しぽっちゃりした体型も、素朴で愛嬌があるように見える。が、少しずつ「あれ?」と思う言動が多くなりだした。
「あたし、結構仕事できるんですよ。前の派遣先でも、社長が『ぜひ正社員に』って言って、派遣元と揉めちゃって」
彼女のそんな言葉を、少し大げさに言ってアピールしているのかな、くらいにしか思わなかったので、「そうなの、デキる女だね~」と相槌を打っていたが、経理である百合子の元に提出される伝票は、何かとミスが多かった。相殺を忘れているので指摘すると、「ああ、アイサツですね」と真顔で言われたこともある。
昼休みのおしゃべりも、黒部美沙の一人語りが多くなり始めた。
百合子は、茉莉江の結婚準備の進捗などに話を振って流れを変えようとするが、その話になると黒部美沙は入ってこず、コップの縁を爪で延々とはじきだす。
「ちょっと変わった子だね」ということで、茉莉江との見解は一致している。
仕事が遅いくせに、誰かに指摘されると小さく舌打ちをしたり、これみよがしにあたふたしたりするらしく、茉莉江も困り顔だった。彼女が退職したあと、新人が入社して引き継ぎが終わるまでの約半年間、黒部美沙と毎日向かい合ってお弁当を食べるのかと思うと、百合子も鬱鬱とした気分にならざるを得なかった。
茉莉江の退職まであと十日。
百合子は、同期の藤井秀一や泉惣太と相談して、送別会を企画した。プレゼントを買い、週末の夜にイタリアンレストランを四名で予約する。同期会だから、黒部美沙には声をかけなかった。
が、恐らく茉莉江と同じフロアの藤井や泉が話しているのを聞いたらしく、夜になってから百合子のTwitterタイムラインが、黒部美沙による悪口ツイートであふれた。
《仲間外れにされた。悔しい》
《正社員だからって、えばりやがって》
自分たちのことを言われているであろう発言に、百合子は苛立ちと面倒臭さから「ああ、もう!」と吐き出した。派遣社員を飲み会に誘わないのは暗黙の了解だし、自分たち四人は大学卒業以来ずっと一緒に働いてきた同期だから、身内だけで茉莉江を祝いたいと思っただけなのに。
面倒を避けるために黒部美沙に言わなかったことが、かえってあだになってしまった。
スマートフォンが振動する。茉莉江からだ。
「ごめん。私が言うのもなんだけど、明日の送別会に黒部さんも呼んでもらっていいかな。レストラン、まだ予約追加できそう?」
時計を確認する。閉店時間十分前だ。
「それは大丈夫と思う。茉莉江、何か言われたの?」
「いや、直接じゃないけど。彼女、仕事遅いから、一緒に残業だったの。トイレに立って戻ってきたら、あの子、うつむいて泣いてるのよ。私に気づいたら、涙を拭ってスマホをしまってたけど。で、仕事終わってからTwitter見たら、あの発言でしょ」
嫌な思いさせてごめん、と百合子が謝ると、茉莉江はいつもの明るい声に戻って「やだな、ホンちゃんのせいじゃないよ」と笑ってくれた。
電話を切り、レストランに一名追加の連絡をする。
黒部美沙を誘わなくてはならないのが腹立たしい。百合子は天井を見上げ、苦々しくつぶやいた。
「かまってちゃん、うざい」
(誰だろ)
満員電車に揺られながら、本間百合子は通勤ラッシュのわずかなスペースでスマートフォンを操作した。
犬をモチーフにしたゆるキャラのアイコンに「ミサりん」というユーザー名が表示される。それを見たとたん、百合子は思わず眉根を寄せた。
(黒部美沙だ。なんで私のアカウントがバレてるのよ!)
昨日の昼休み、あだ名の話題になったときに、同期の溝口茉莉江が「ホンちゃんのアカウントって、 本間を英訳して『リアリー』なんだよね」と、ぽろりと言ってしまった。だからといって普通、たいして仲がいいわけでもない会社関係の人を検索してフォローする?
ミサりんがフォローしている人を確認すると、そのまんまのユーザーネーム「マリエ」を使っている茉莉江もいた。百合子と@ツイートを交わしていたから探し当てられたのだろう。
仲のいい人以外とは、つながりたくないのに。でも、フォローバックしないと角が立つしなぁ。どうしたものかと百合子はため息をつく。
電車が駅に着き、人が吐き出される。結局、律儀にミサりんをフォローした百合子は、重い足取りで会社へと向かった。
黒部美沙は、二週間前からうちの会社に来ている派遣社員だ。
結婚退職する同期で営業事務の茉莉江の後任として、引き継ぎを行っている。新社会人が入って仕事を覚えるまでのつなぎの予定だけれど、本人は正社員登用を狙っているようで、しきりと周りにアピールしている。
昼休みは小会議室が開放されるので、女性社員はそこでお弁当を食べる。同期で固まるのが暗黙の了解だから、黒部美沙は百合子や茉莉江と同席している。彼女は二十九歳で百合子たちは三十二歳と、年齢も近いので抵抗はなかった。
最初は黒部美沙のことを、おとなしくて真面目そうな子だと思っていた。長くて量の多いストレートの黒髪に、化粧っ気のない顔、少しぽっちゃりした体型も、素朴で愛嬌があるように見える。が、少しずつ「あれ?」と思う言動が多くなりだした。
「あたし、結構仕事できるんですよ。前の派遣先でも、社長が『ぜひ正社員に』って言って、派遣元と揉めちゃって」
彼女のそんな言葉を、少し大げさに言ってアピールしているのかな、くらいにしか思わなかったので、「そうなの、デキる女だね~」と相槌を打っていたが、経理である百合子の元に提出される伝票は、何かとミスが多かった。相殺を忘れているので指摘すると、「ああ、アイサツですね」と真顔で言われたこともある。
昼休みのおしゃべりも、黒部美沙の一人語りが多くなり始めた。
百合子は、茉莉江の結婚準備の進捗などに話を振って流れを変えようとするが、その話になると黒部美沙は入ってこず、コップの縁を爪で延々とはじきだす。
「ちょっと変わった子だね」ということで、茉莉江との見解は一致している。
仕事が遅いくせに、誰かに指摘されると小さく舌打ちをしたり、これみよがしにあたふたしたりするらしく、茉莉江も困り顔だった。彼女が退職したあと、新人が入社して引き継ぎが終わるまでの約半年間、黒部美沙と毎日向かい合ってお弁当を食べるのかと思うと、百合子も鬱鬱とした気分にならざるを得なかった。
茉莉江の退職まであと十日。
百合子は、同期の藤井秀一や泉惣太と相談して、送別会を企画した。プレゼントを買い、週末の夜にイタリアンレストランを四名で予約する。同期会だから、黒部美沙には声をかけなかった。
が、恐らく茉莉江と同じフロアの藤井や泉が話しているのを聞いたらしく、夜になってから百合子のTwitterタイムラインが、黒部美沙による悪口ツイートであふれた。
《仲間外れにされた。悔しい》
《正社員だからって、えばりやがって》
自分たちのことを言われているであろう発言に、百合子は苛立ちと面倒臭さから「ああ、もう!」と吐き出した。派遣社員を飲み会に誘わないのは暗黙の了解だし、自分たち四人は大学卒業以来ずっと一緒に働いてきた同期だから、身内だけで茉莉江を祝いたいと思っただけなのに。
面倒を避けるために黒部美沙に言わなかったことが、かえってあだになってしまった。
スマートフォンが振動する。茉莉江からだ。
「ごめん。私が言うのもなんだけど、明日の送別会に黒部さんも呼んでもらっていいかな。レストラン、まだ予約追加できそう?」
時計を確認する。閉店時間十分前だ。
「それは大丈夫と思う。茉莉江、何か言われたの?」
「いや、直接じゃないけど。彼女、仕事遅いから、一緒に残業だったの。トイレに立って戻ってきたら、あの子、うつむいて泣いてるのよ。私に気づいたら、涙を拭ってスマホをしまってたけど。で、仕事終わってからTwitter見たら、あの発言でしょ」
嫌な思いさせてごめん、と百合子が謝ると、茉莉江はいつもの明るい声に戻って「やだな、ホンちゃんのせいじゃないよ」と笑ってくれた。
電話を切り、レストランに一名追加の連絡をする。
黒部美沙を誘わなくてはならないのが腹立たしい。百合子は天井を見上げ、苦々しくつぶやいた。
「かまってちゃん、うざい」
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