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火のないところに煙をたてられる
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「ユウさん、やられた! また放火だ」
夕方、食堂でウェイターのバイトをしていると、マッチョ(兄)――宿屋のご主人が駆け込んできた。
「火は?」
「ユウさんの消火器のおかげですぐ消し止められた。洗濯屋が受付の机にリネン類を置いてちょっと席をはずした隙に、火を点けられたってよ」
僕の防火管理者レベルが上がり、使える消火器と消火栓の数が増えたから、客商売の店に消火器を一本ずつ配っていたのだ。ちなみに消火栓は、学校や病院などに設置してある。
消火器が役に立ったのは嬉しいが、宿屋、パン屋に続いてこれで放火は三度目、由々しき事態だ。
「ユウさん、店はもういいから、防火管理者の仕事に行ってきてくれよ」
マッチョ(弟)――店長のお言葉に甘えて、僕はカフェエプロンを取って外へ向かった。ターシャさんが厨房から心配そうな顔で見送ってくれる。
宿屋のご主人と一緒に洗濯屋さんへ出向く。火は机が少し焦げたのと、預かっていた洗濯物が焼けた程度で済んでいた。が、燃えやすいリネン類があげる炎はかなり激しかったらしく、僕が教えたとおりに消火器で勇ましく火を消したおかみさんは、今になって震えて椅子から立ち上がれないでいた。
「なんでこんな酷いことされたんだろう。今まで悪いことなんかせず真面目に生きてきたってのにさぁ」
涙声で言うおかみさんの背中を、配達から帰ってきた亭主がさすって励ましている。善良な人にとって、見知らぬ人からの悪意は意味不明だし恐怖でしかないだろう。
「おかみさんは何も悪くないですよ。放火犯ってのは、火事や慌てふためく人を見るのが好きな愉快犯が多いんです。そんな奴を野放しにしないためにも、詳しい状況を教えてもらえませんか」
ぽつりぽつりとおかみさんが話した内容をまとめると、「机にシーツを出したままで奥の部屋へ行った」「五分ほどで戻ったが、そのときには炎が三十センチほどの高さになっていた」「部屋の中に火の気はなかった」「犯人の姿は見ていない」ということだ。
「火事の直前でなくても、怪しい人影は見ませんでしたか」
「特には……あ!」
おかみさんが、入り口横の窓を指差して言う。
「あたしが消火器で火を消したあと、あの窓から誰かがこっちを覗いていたんですよ。火事に気づいた人かと思ったけど、だったら助けに入って来るとか、『大丈夫ですか』の一言くらいあってもいいのに、そのまま立ち去ったんです」
もしや、犯人が火事の様子を見て楽しんでいたのかも。
「その人の特徴は? 男ですか、女ですか」
僕が訊ねても、おかみさんも一瞬のことでよく覚えていないという。
「あの窓に頭が見えていたから、そんなに背は高くないと思う。あと……そう! そうだわ、頭が黒かった!」
それは黒髪、つまりマレビトだったということだろうか。
この村には、僕以外のマレビトは住んでいないはずだ。といっても街道に近いから、旅人が通りかかった可能性もある。
僕が考え込んでいると、洗濯屋の亭主が僕の方を凝視していた。僕の、髪を。
(え? もしかして僕、放火魔の疑いかけられてる? 確かに僕は黒髪で、小柄な方だけど)
亭主の視線に気づいた宿屋のご主人が、「ユウさんはその時間、食堂で働いていたから違うぞ」とフォローしてくれる。
「いや、わしだってそう思いますよ。でも、産まれたときからこの村に住んでて、放火なんて今までなかったのに、マレビトさんが現れてからもう三件も起こってるもんだから……」
宿屋の亭主が言い淀んだところに、外から様子を伺っていた野次馬たちが入ってきた。その先頭に立つ若い男が、やたらじろじろと僕を見ながら言う。
「もしかして火事は、そこのマレビトさんの自作自演じゃないのぉ?」
僕は頭から血の気が引いて、思わずよろめきそうになった。ショックで言い返せない僕に対して、若い男が畳みかけてくる。
「自分でほどほどの火事を起こして、ヒーローよろしく消火に駆けつけ、周りから感謝される。うまい筋書きを考えたよなぁ。この村に取り入るのも簡単ってワケ」
言われっぱなしの僕に変わって、宿屋のご主人が言い返してくれる。
「テオ、いくら何でも言い過ぎだ! ユウさんに謝れ」
「えー、俺は純粋な推理を披露しただけなのにぃ、なんで謝らなきゃいけないんですかー」
このテオって男、整った顔立ちでイケメンの部類に入るんだろうけど、人を馬鹿にしたようなしゃべり方に加えて、わざとムカつく表情を作って煽ってくるのが、すごく腹が立つ。
「じゃ、じゃあ、放火犯を捕まえたら僕への疑いは解いてくれるんですね?」
僕が言うとテオはまた、洋画に出てくる小悪党みたいないやらしい表情で笑った。
「捕まえられたらねー。でも、捕まえられなかったら、この村から出て行ってくださーい!」
テオの煽りに、僕の堪忍袋の緒も限界だった。思わず怒鳴ろうとしたそのとき、僕の前に銀髪の少女が割って入る。
「そうやって人を陥れることでしか自分が上に立てないような、器の小さな人って哀れですね、テオ」
ターシャさん!? なんかいつもとキャラが違う!
普段は感情豊かだけれど、透き通る白い肌に銀髪碧眼と、容姿はまさにクールビューティー。そんな彼女がマイナス百度の視線プラス敬語で嫌味とか言っちゃったら、どこの氷の女王様ですかってくらい迫力あるんですけど!?
さすがのテオも真顔に戻って慌て出す。
「ターシャ、違うんだ! 君はこいつに騙されている。火事は全部自作自演で……」
「食堂のボヤは私の失火ですので! 宿屋放火事件のときも、出火したときユウ様は私と一緒に部屋にいましたから!」
「宿屋の部屋で一緒に!? ……マレビト、この卑怯者!」
僕を殴ろうとするテオの前に、ターシャさんが立ち塞がる。
「卑怯なのはあなたです! 食堂の常連さんから聞きましたよ。あちこちで、ユウ様が自作自演の放火魔だとにおわせるようなことを言って回っているそうですね」
なるほど、デマの出所はテオだったのか。……さては、ターシャさんに気があるから僕に嫉妬したとか?
少し気を取り直した僕は、テオへの反発心も手伝い、思わず啖呵を切った。
「自作自演かどうか証明してやるよ。放火犯は僕が捕まえてみせる。……防火管理者の名にかけて!」
夕方、食堂でウェイターのバイトをしていると、マッチョ(兄)――宿屋のご主人が駆け込んできた。
「火は?」
「ユウさんの消火器のおかげですぐ消し止められた。洗濯屋が受付の机にリネン類を置いてちょっと席をはずした隙に、火を点けられたってよ」
僕の防火管理者レベルが上がり、使える消火器と消火栓の数が増えたから、客商売の店に消火器を一本ずつ配っていたのだ。ちなみに消火栓は、学校や病院などに設置してある。
消火器が役に立ったのは嬉しいが、宿屋、パン屋に続いてこれで放火は三度目、由々しき事態だ。
「ユウさん、店はもういいから、防火管理者の仕事に行ってきてくれよ」
マッチョ(弟)――店長のお言葉に甘えて、僕はカフェエプロンを取って外へ向かった。ターシャさんが厨房から心配そうな顔で見送ってくれる。
宿屋のご主人と一緒に洗濯屋さんへ出向く。火は机が少し焦げたのと、預かっていた洗濯物が焼けた程度で済んでいた。が、燃えやすいリネン類があげる炎はかなり激しかったらしく、僕が教えたとおりに消火器で勇ましく火を消したおかみさんは、今になって震えて椅子から立ち上がれないでいた。
「なんでこんな酷いことされたんだろう。今まで悪いことなんかせず真面目に生きてきたってのにさぁ」
涙声で言うおかみさんの背中を、配達から帰ってきた亭主がさすって励ましている。善良な人にとって、見知らぬ人からの悪意は意味不明だし恐怖でしかないだろう。
「おかみさんは何も悪くないですよ。放火犯ってのは、火事や慌てふためく人を見るのが好きな愉快犯が多いんです。そんな奴を野放しにしないためにも、詳しい状況を教えてもらえませんか」
ぽつりぽつりとおかみさんが話した内容をまとめると、「机にシーツを出したままで奥の部屋へ行った」「五分ほどで戻ったが、そのときには炎が三十センチほどの高さになっていた」「部屋の中に火の気はなかった」「犯人の姿は見ていない」ということだ。
「火事の直前でなくても、怪しい人影は見ませんでしたか」
「特には……あ!」
おかみさんが、入り口横の窓を指差して言う。
「あたしが消火器で火を消したあと、あの窓から誰かがこっちを覗いていたんですよ。火事に気づいた人かと思ったけど、だったら助けに入って来るとか、『大丈夫ですか』の一言くらいあってもいいのに、そのまま立ち去ったんです」
もしや、犯人が火事の様子を見て楽しんでいたのかも。
「その人の特徴は? 男ですか、女ですか」
僕が訊ねても、おかみさんも一瞬のことでよく覚えていないという。
「あの窓に頭が見えていたから、そんなに背は高くないと思う。あと……そう! そうだわ、頭が黒かった!」
それは黒髪、つまりマレビトだったということだろうか。
この村には、僕以外のマレビトは住んでいないはずだ。といっても街道に近いから、旅人が通りかかった可能性もある。
僕が考え込んでいると、洗濯屋の亭主が僕の方を凝視していた。僕の、髪を。
(え? もしかして僕、放火魔の疑いかけられてる? 確かに僕は黒髪で、小柄な方だけど)
亭主の視線に気づいた宿屋のご主人が、「ユウさんはその時間、食堂で働いていたから違うぞ」とフォローしてくれる。
「いや、わしだってそう思いますよ。でも、産まれたときからこの村に住んでて、放火なんて今までなかったのに、マレビトさんが現れてからもう三件も起こってるもんだから……」
宿屋の亭主が言い淀んだところに、外から様子を伺っていた野次馬たちが入ってきた。その先頭に立つ若い男が、やたらじろじろと僕を見ながら言う。
「もしかして火事は、そこのマレビトさんの自作自演じゃないのぉ?」
僕は頭から血の気が引いて、思わずよろめきそうになった。ショックで言い返せない僕に対して、若い男が畳みかけてくる。
「自分でほどほどの火事を起こして、ヒーローよろしく消火に駆けつけ、周りから感謝される。うまい筋書きを考えたよなぁ。この村に取り入るのも簡単ってワケ」
言われっぱなしの僕に変わって、宿屋のご主人が言い返してくれる。
「テオ、いくら何でも言い過ぎだ! ユウさんに謝れ」
「えー、俺は純粋な推理を披露しただけなのにぃ、なんで謝らなきゃいけないんですかー」
このテオって男、整った顔立ちでイケメンの部類に入るんだろうけど、人を馬鹿にしたようなしゃべり方に加えて、わざとムカつく表情を作って煽ってくるのが、すごく腹が立つ。
「じゃ、じゃあ、放火犯を捕まえたら僕への疑いは解いてくれるんですね?」
僕が言うとテオはまた、洋画に出てくる小悪党みたいないやらしい表情で笑った。
「捕まえられたらねー。でも、捕まえられなかったら、この村から出て行ってくださーい!」
テオの煽りに、僕の堪忍袋の緒も限界だった。思わず怒鳴ろうとしたそのとき、僕の前に銀髪の少女が割って入る。
「そうやって人を陥れることでしか自分が上に立てないような、器の小さな人って哀れですね、テオ」
ターシャさん!? なんかいつもとキャラが違う!
普段は感情豊かだけれど、透き通る白い肌に銀髪碧眼と、容姿はまさにクールビューティー。そんな彼女がマイナス百度の視線プラス敬語で嫌味とか言っちゃったら、どこの氷の女王様ですかってくらい迫力あるんですけど!?
さすがのテオも真顔に戻って慌て出す。
「ターシャ、違うんだ! 君はこいつに騙されている。火事は全部自作自演で……」
「食堂のボヤは私の失火ですので! 宿屋放火事件のときも、出火したときユウ様は私と一緒に部屋にいましたから!」
「宿屋の部屋で一緒に!? ……マレビト、この卑怯者!」
僕を殴ろうとするテオの前に、ターシャさんが立ち塞がる。
「卑怯なのはあなたです! 食堂の常連さんから聞きましたよ。あちこちで、ユウ様が自作自演の放火魔だとにおわせるようなことを言って回っているそうですね」
なるほど、デマの出所はテオだったのか。……さては、ターシャさんに気があるから僕に嫉妬したとか?
少し気を取り直した僕は、テオへの反発心も手伝い、思わず啖呵を切った。
「自作自演かどうか証明してやるよ。放火犯は僕が捕まえてみせる。……防火管理者の名にかけて!」
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