半透明を満たす光

モアイ

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 女の子に連れられ、公園についた。
 木が立ち並び、芝生が生え、自然あふれる公園の一つのベンチに女の子に促されるまま、座った。

 女の子が先に座り、それから俺が座ったら、女の子はやっと俺の手首を離した。
 そして、女の子は自分のショルダーバッグに両手を入れるとバッグの中を覗き込みながら、何かを探していた。

 鮮やかな強いオレンジ色の光が俺たちを照らしていて、光に照らされてよく見える女の子はやはり抜群に容姿が整っていた。
 綺麗な夕日の光に照らされた女の子は、神秘的で、より容姿が際立ってるように感じた。
 全身に居心地が悪い羞恥心が突き抜けていって、緊張で心臓が速く脈を打っているのがわかった。
 女の子は白いワイシャツを着ていて、その上からでも体の線が何となくわかり、スタイルが抜群であることがわかる。
 顔も見れなければ、体も見れない。
 まるで芸能人のように容姿が整ってた。
 女の子そのもの全てに顔を向けられず、ベンチを構成している鉄の部分をじっと見つめ、女の子を待った。
 
「あった。はい! 手をこっちに向けて」

 女の子は何かを見つけたのか、小声で呟いた後、俺に向かって怪我した手の平を向けるように、声をかけてきた。
 ドキドキしながら、やっとの思いで女の子に向かって手を差し出しながら、女の子をチラリを見ると、女の子は両手を使って、片方に消毒液を、もう片方でティッシュに消毒液を含ませていた。
 女の子が消毒液を両腿の間に置き、片方の手だけに消毒液を含んだティッシュを持ち、俺にしっかり注目して、俺の手が差し出されるのを待っていた。
 心臓が速く脈を打ち、飛び出てしまいそうだった。

 女の子が俺の手の平を、そっと手を添えるように申し訳程度に掴む。
 消毒液が含んだティッシュが手の平を軽く撫でた。
 傷口に消毒液が鋭く染みた。
 だけど、女の子の手の平を消毒する手つきはとても優しく、温かい心地よさが湧いてきた。
 それから、女の子は俺の両手の消毒をして、ポーチから絆創膏を取り出すと、絆創膏を優しく貼ってくれた。
 これは、しばらく外したくなくなる奴だ。
 こういうのがきっかけで、後に気になってしまう女の子から貼ってもらった絆創膏が何日経っても嬉しくて外せなくなる奴。
 学生時代に青春の一ページとして経験しそうなシュチュエーションが自分に起こっている。
 もう大人だが、学生時代に経験したこともないが。

「気にかけてくれてありがとう。俺の為に時間を使わせちゃってごめんね」

 俺は彼女に感謝と謝罪を伝えた。

 女の子は綺麗な顔で陽だまりのような、とびっきりの綺麗な笑顔を浮かべて俺に言った。

「どういたしまして! なんで? そんなの全然気にしなくていいのに! こちらこそぶつかっちゃってごめんなさい」

 女の子が俺に頭を軽く下げる。
 頭を下げて上げる動きと連動して、栗色の艶やかな髪がサラサラと流れ落ちる。
 俺は彼女のその艶やかな栗色の髪にも目を奪われた。

 「私はサキっていいます。おにーさんの名前は?」

 女の子もといサキは、自分の胸に手を当て、俺に名前を教えてくれた。
 それと同時に俺の名前も尋ねてくる。

 サキ……アメリカではいなさそうな女性名だなと考えながら、俺も自分の名前を名乗った。

「トウマです。よろしく」
「よろしくね!」

 サキは俺をまじまじと見つめて、俺が名乗るのを真剣な表情で聞いてくれた。
 俺の言葉を聞き終わると、うんうんと、綺麗な顔で頷いてから、今度はすぐまた明るく笑顔を浮かべ、俺に握手を求めてきた。
 彼女のコロコロとすぐ変わる表情や仕草に小動物のような愛らしさを感じた。
 笑顔が反則級に可愛らしく、大きく胸を打つ。
 彼女の白く綺麗な手にも緊張しながら何とか握手を交わした。

「もしかしてだけど、おにーさんって日本人ですか?」

 サキがいきなり質問をしてきた。

「うん、そうだよ。何でわかったの? すごいね」

 俺はサキが日本人かと聞いてきたので驚いた。

「だって、私日本人の血が入ってるもん。おばあちゃんが日本人で、日本で暮らしたこともあるんだよ」

 俺はもっと驚いた。
 それは何でかというと、サキが英語ではなく、流暢な日本語でペラペラと話しかけてきたからだ。

「えっ! まじか」

 俺は、サキの告白にただただ、驚くことしかできず、その先の言葉が浮かばなかった。

「マジ」
 
 サキが日本語でマジ、と少し体を揺らしながら誇らしげに笑った。
 その姿が最高に可愛い。

 「私の名前、ここでは珍しいでしょ? それは日本の名前からきてて、漢字で桜と高貴の貴って書いて、桜貴って名付けられたんだ。こっちでは英語表記だけどね。……この名前のせいで変わってるって言われることもある。えへへ。おにーさんの名前の漢字は?」

 サキは思い悩んだ表情を見せたのちに、軽く笑って、一息つくと、俺の名前の漢字を聞いてきた。

「俺は透明の透に、真実の真で、透真だよ。こっちではその名前は確かに苦労するかもね」
「でしょ? そっかそっか、かっこいい漢字だね、教えてくれて、ありがとう! おにーさん」
「そっちこそ、桜貴ってかっこいいね、綺麗だし。こちらこそありがとう」

 それっきり会話が途切れて、しばしの沈黙が走った。
 サキは何か考えている表情をしていた。
 サキが腑に落ちたように小さな声で呟いた。

「おにーさん、日本人なんだ」

 すぐ隣に座る俺は、サキのその呟きがはっきり聞こえた。
 そして、サキは人懐っこさを感じさせるような、とびっきりの明るい笑顔を浮かべながら、はっきりとした物言いで、本日最大の驚くべきことを言った。

「ちょうど良かった。私をおにーさんの家に泊めてくれない?」

 俺はそれを聞いて、体の熱が最高潮に達して、隠しきれない恥ずかしさで、ゆでだこのように赤くなった気がした。

「え? いや、それはちょっと……俺はいいけど、え? ほんとに言ってる?」

 戸惑った。

 彼女は楽しそうに悪戯っぽく笑いながら、

「大真面目だよ」

 と言った。

 *

 結局、サキの強い押しに負けて、サキを家に泊めることになった。
 叔父さんからの好意で貸してもらっているお洒落なガラス張りの一軒家に、サキを連れて帰ってきた。
 サキは、道中すっかり俺に気を許した様子で、表情豊かに楽しく話をしてくれた。

 家の玄関前まで来ると、サキを背にして、自分のポケットから家の鍵を取り出した。

「わぁお。おにーさん超オシャレな家に住んでるんだねぇ」

 サキが後ろの方で、感嘆の言葉を漏らした。

「うん、俺にはもったいない家だけどね。叔父さんの好意で貸してもらってるんだ」

 玄関の鍵穴に鍵を差し込みながら、サキに対して言った。

「そうかな? おにーさんにピッタリだと思うよ。いいね」
「そう言ってくれて、嬉しいよ。まだ引っ越したばかりで物も足りてないけど、さ、上がって」

 優しいお世辞を言ってくれるサキに向き直って、サキを招き入れるように、玄関の扉を手で開けたままに固定して、サキが中に入るのを待った。

「ありがとう、おにーさん。じゃお邪魔しまーす」

 サキが中に入っていく。
 まさか自分の家に女の子が来るなんて、想像もしていなかった事で、夢を見ているようだ。
 しかも、とても綺麗な女の子がだ。

 俺も家の中に入って、玄関の鍵を閉めた。
 鍵を閉めると何故か無駄に緊張する。

 見慣れた玄関だが、見慣れない綺麗な女の子がいて、サキがこっちを見て視線が合うと、整った顔で、すぐとびっきり可愛い笑顔をくれる。
 サキは俺の家の中がどうなっているか、色んなところに目を向けていた。
 
「中の造りもオシャレだね、おにーさんの家すごくいいね」
「うん、俺も引っ越してきてオシャレだなって、感動したよ」

 玄関部分の壁や収納棚は白を基調としていて、天井が高かった。
 空間が広く感じられ、開放感溢れる気持ち良さが、家帰ってからも迎えてくれる。
 床は、大理石なのか、模様の入った黒い石タイルが敷き詰められている。

 家の中を隅々まで眺めているサキに俺は声をかけた。
 
「軽く中を案内するよ、ついてきて」
「うん!」

 サキは俺を見て、すぐ満面の笑みを浮かべると元気よく返事をしてくれた。

 俺は廊下を通って、一階部分のリビングに向かった。
 すぐ後ろにサキがついて来ている気配を感じた。

 リビングに突入する。
 リビング部分も天井が高く作られていて、息苦しさが全くない広々とした快適な空間だった。
 壁は、コンクリートが剥き出しになっている。
 大きなガラス張りの引き窓がついていて、光をたくさん取り込み、明るい空間だった。
 50インチのテレビが壁に取り付けられていて、テレビの前には、三人掛けのソファに、ソファにあった黒い石造りのテーブルが置かれていた。
 俺にはもったいないぐらいオシャレだと思う。
 そして、アメリカならではの大きなアイランドキッチン。
 オーブンや水回り、冷蔵庫は銀色に輝いている。
 他のキッチン部分の色は全て白を基調としており、明るい色ながら、銀と白が入り混じる、クールなキッチンになっている。
 明らかに家の規模と現在の収入が釣り合ってないんだが……。

「すごぉーい!」
 
 サキはまた感動しているようだった。

「自由に使って良いよ。一階は共用スペースって感じで、二階が寝室なんだ。サキが構わなければ、二階に余り部屋があるから、二階で寝泊まりする? 俺の寝室が近いのが気になるなら、そこのソファで寝てもいいよ。あ、それか俺がソファで寝ても良いし」

俺がサキに提案すると、サキは一旦考え込んで、口を開いた。

「うん、二階の余ってる部屋を使わせてもらおうかな。それにおにーさんがわざわざソファで寝る必要なし! なんでそうなるの、私そんなこと気にしないよ!」
「あ、わかった、や、なんか女の子だから、そういうの気にするかなと思って」

 サキはほっぺたを膨らまして少し不機嫌そうな顔になった。
 だけどその姿はとても可愛かった。

「おにーさん、良い人だし、おにーさんが嫌だったら泊めてなんて言わないよ! 私を泊めてくれて、心の底から感謝してる」

 サキは、はっきりと言い切った。

「あ、うん」

 気が利かない俺は、サキの言葉になんと返していいか、わからなくなった。
 嫌いじゃないという言葉に自分を良く思ってくれている気がして、鼓動が高まって、緊張で言葉が浮かばなかったのかもしれない。

「じゃあ、トイレ、浴室と二階の部屋に案内するよ。トイレ、浴室は二個ずつあるから、俺がまだ使ってない方を使って欲しい」

 こんな可愛い女の子には綺麗なトイレと浴室を使って欲しかった。

 「わぁ、ありがとう! おにーさん、私にこんなに親切にしてくれて、本当に優しんだね」

 サキは明るい笑顔で、俺に感謝と褒めの言葉をくれた。

 *
 
 家の紹介が一通り終わって、俺たちはひと段落ついて、リビングに戻ってきた。
 もう陽は落ち、外は暗くなった。
 オシャレな照明がリビングを白く強烈に照らしていた。
 
 「おにーさん、お腹すかない?」

 サキがソファに逆向きに座って、ソファの背もたれにしなだれかかりながら、俺に声をかけてきた。

「あ、そうだね」

 手持ち無沙汰に、携帯で適当にネットサーフィンを続けながら、サキに返事をする。
 ちなみに俺はアイランドキッチンのテーブルに寄りかかるようにして立って過ごしていた。
 ぶっちゃけ、可愛い女の子と一つ屋根の下だと思うと、常に落ち着きがなく、ご飯のことなど全然考えていなかった。

 携帯をテーブルに置き、冷蔵庫を開いて、中に食べれる物がないか、探してみる。

「うわ、なんにもな……」

 冷蔵庫はガラーんと空いていて、使いかけのソーセージや、チーズ、ちょっとした調味料、二人分が満足に食べれる食材がなかった。

「なにもないの?」

 真後ろからサキの声が耳に届いて、ドキっとしながら後ろをチラッと確認した。
 そしたら思ったより近かったので、心臓が大きく跳ね上がった。
 俺のすぐ傍に、冷蔵庫を覗き込む、サキの綺麗に整った顔が至近距離にあった。

「おわっ」

 心の許容量が超えて、つい声を上げながら距離を取った。
 
「え? おにーさんどうしたの? 変な顔。面白いね、ふふっ」

 サキは俺の反応が面白かったのか、俺の謎の行動に笑っていた。

 とにかく、食材がないから、出前をとるか、食材を買いに行くかをしなければならない。

 俺は先ほどの気まずさを感じながら、頬を指で掻いて、サキに言った。
 
「えっと、出前か、買って作って食べるかどっちがいい?」

 それを聞いたサキは、パァァと顔を綻ばせて即答した。

「私がおにーさんに料理作りたいな!」

 それを聞いて思考が止まる。
 底抜けに明るく、好意的に振る舞ってくれるサキに俺はまたドキドキして、たじろいでしまった。
 料理を作ってくれるだって……。
 女の子の手料理は食べたことがない。

 俺は緊張で喉がキュッと締め付けられた感覚のまま、なんとか声を絞り出した。

「わ、わかった。じゃあ、買い物に行こう」
「うん! レッツ、ゴー!」
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