上 下
108 / 191
第十二章

第一話 ガーベラは逃げ出した

しおりを挟む
「ガーベラ!」

 ワイバーンの背に乗っていた女性は、ミラーカの元仲間であるガーベラだった。

「あなたはシロウ! どうしてこんなところにいるのですか」

 乗っていたワイバーンから降りると、彼女は構えた。

 ガーベラの反応を見る限り、俺たちがダラスの近くに来ていたことを知らなかったようだな。

 偶然であったとしても、こんなところで彼女と会えたのは絶好の機会だ。

「ガーベラ、緑色の透き通った球体をお前は持っているか?」

「緑色の球体? ああ、これのことですか?」

 クロエの家に伝わる家宝を持っていないかと尋ねると、ガーベラは懐から二つの玉を取り出した。一つは緑色をしていたが、もう一つは青い色をしていた。

「それは、私のお父さんが大事にしていたもの!」

 球体を見て、家に伝わる家宝だと気付いたクロエが声を上げる。

「もう一つはもしかして! ワタクシの家に伝わる家宝ではないですの!」

 続いて意外にもマリーが反応をした。

「御明察だよ。一つはオルウィン家の人々に催眠をかけた際に、ブラドから受け取ったもの。そしてもう一つはエルフのお嬢さんの家から奪ったものだ」

「それはお父さんが大事にしていたもの。返して!」

「返しなさい! 貴族の家宝を奪うだなんて犯罪ですわよ!」

 クロエが矢を放ち、マリーが鞭で攻撃する。だが、ガーベラは飛んで来る矢と鞭を掴んで回避した。

「私は魔族ですよ。下等種族の人間やエルフから物を奪うのは当たり前です。それにいつまでも、これを人間の所有物のままにしておく訳にはいきません」

 ガーベラは二つの玉を懐にしまうと、パチンと指を離した。その瞬間、俺たちの影が立体となり、同じように構える。

「あなたたちの相手をしている暇はありません。早く最後の一つを見つけなければなりませんので。シャドー、後は頼みます。ヒール」

 墜落させられたワイバーンにガーベラが回復魔法をかける。そして彼女は跨り、空に上った。

「お父さんの大事なものを返して!」

 クロエが矢を放ち、もう一度ワイバーンを墜落させようとした。だが、クロエの影から生み出されたシャドーが、同じように黒い矢を放つ。

 クロエの矢は、シャドーの攻撃に阻まれて当たることはなかった。

 上空にいるワイバーンは北の方角に飛び去って行く。

 くそう。せっかくのチャンスを逃してしまった。追いかけたいところだけど、まずは俺の影を倒さないといけない。

「早くこの魔物を倒しますわよ」

「そうだね。早く倒して追いかけないと」

「影とは言え、まさか自分と戦う日が来るとは思ってもいなかったね」

「わたしはまだ戦闘経験がないのに、どうやって倒せば良いのですか!」

『ワン、ワン、ワン』

「ファイヤーボール」

 仲間たちの声が耳に入る中、俺は呪文を唱えて目の前のシャドーに攻撃する。しかし、こちらの攻撃に合わせて相手も同じ魔法を使い、相殺してきた。

 俺の影だけあって、能力は同じか。これは倒すのに時間がかかりそうだな。

 一旦攻撃を止めて思考を巡らせる。

 これはもはや心理戦だ。いかにして自分の裏を描いて相手にダメージを与えることができるのかが鍵となる。

「ウォーターポンプと見せかけてのファイヤーボール」

 もう一度火球を生み出し、直ぐに放つ。

 おそらく、魔物は俺の魔法の言葉を聞いて同じ行動をとったはず。フェイントをかければ、咄嗟に反応して変えてくるのはムリだ。

 当然水と炎では水のほうが有利だが、冷却効果を上回る熱量にすれば、俺の魔法が負けることはない。

 そう思っていたが、俺の影はフェイントに引っかかることはなかった。同じファイヤーボールを放ち、先ほどと同じように相殺に持ち込む。

 いくらなんでも、あのフェイントに追いつくことはできないはず。そうなると、前提が間違っていることになるな。

 俺の言葉を聞いてから反応していないとなると、いったい何で判断している?

「とにかく色々と試してみるしかないな、トライ&エラーだ」

 他のみんなは大丈夫だろうか?

 心配になり仲間たちをチラリと見る。

「さすがワタクシですわね。ここまで強いとは思いもしませんでしたわ」

「何度も、何度も弾かれる! もう良い加減にしてよ!」

「私がスライムを出すと、相手も影のスライムを出してくるなんてね。マネをされるとなんだかイライラしてくるよ」

「えーと、どうしてわたしのシャドーは攻撃してこないのでしょうか? もしかして眠っておりますの?」

『フシャー!』

 マリーとクロエはお互いを攻撃し合い、ミラーカはスライム対決をしている。そしてキャッツはお互い威嚇し合っているが、エリーザのシャドーだけは何もしていなかった。

 もしかして!

 この光景を見て、俺はある仮定を考えた。

 目の前にいるシャドーは、元々俺の影だ。そして影である以上は、足とつながっている。つながっていると言うことは、もしかしたら思考までが共有されている可能性があるよな。

 今だって、俺が考えごとをして隙を作っている。攻撃をするのであれば絶好の機会だ。なのにそれをしないのは、俺が攻撃をする意思がないからのはず。

「マリーとクロエは攻撃を止めてくれ。ミラーカはスライムをしまう。キャッツは威嚇するな。エリーザはなんでも良いからシャドーに攻撃をしてくれ」

「え、それはどういうことなのです!」

「攻撃を止めたらやられちゃうよ」

「きっとシロウには何かの考えがあるのだろう。私は指示に従うさ」

『…………』

「えーと、とにかく殴ってみますね? えーい」

 マリーとクロエは攻撃を止め、ミラーカはスライムを仕舞い、キャトは威嚇を止めた。そしてエリーザが両目をつぶりながら拳を前に出す。

 しかし、目を瞑っているせいで標的に当てることができずに、お互いが通り過ぎて行った。

「やっぱりそうだ! こいつらはただの時間稼ぎだ。俺たちが倒そうとすれば同じ攻撃をするし、何もしなければ様子を見るだけだ」

「なるほど、私たちはまんまとガーベラの策にはまってしまったと言うわけか」

「でも、このシャドーはどうしましょう? シロウさん」

「対処方法は今思いついた。ストロングウインド」

 上空に強い風を発生させる。すると雲の動きが早くなり、俺たちの真上に雲が来る。

 雲の影で俺たちの影ができなくなると、シャドーたちは消えた。

「ガーベラは北の方角に逃げて行った。あっち方面の依頼を中心に受けよう。そうすれば、いつかガーベラに行き着くはずだ」

「そうですわね。ガーベラはシロウを恐れて逃げて行きましたもの。追いかければ済む話ですものね」

「シロウさんの言う通りだね。もし、ガーベラが強ければ、ここで私たちを倒すもの。逃げたと言うことは、自分が弱いことを証言しているようなものだね」

「時間稼ぎだなんてせこいことをしているのがその証拠だ」

「そう考えれば全然悔しくないですわね。むしろ、今度こそ捕まえてやるという意思が強くなってきますわ」

『ワン、ワン、ワン』

 彼女たちの態度を見てホッとした。俺は全然精神的敗北は感じてはいなかった。だけど彼女たちは違う。だからあえてガーベラは逃げたと言ったけれど、上手く士気を下げずに済んでよかったよ。

 俺たちは討伐の報告をしに、一度ギルドに帰る。
しおりを挟む
感想 40

あなたにおすすめの小説

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!

仁徳
ファンタジー
あらすじ リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。 彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。 ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。 途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。 ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。 彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。 リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。 一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。 そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。 これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

最強の男ギルドから引退勧告を受ける

たぬまる
ファンタジー
 ハンターギルド最強の男ブラウンが突如の引退勧告を受け  あっさり辞めてしまう  最強の男を失ったギルドは?切欠を作った者は?  結末は?  

処理中です...