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第一章
第六話 スライム討伐 後編
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9階層にいるスライムたちを倒した俺は、10階層につながる階段を下りて行く。
どうやら10階層は一本道のようだ。
「うわああああああぁぁぁぁぁぁ」
「きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁ」
奥に向けて歩いていると、2人分の悲鳴が聞こえてきた。
この声はレオとエリナの声だな。やっぱり赤いバラは、ここのダンジョンにやって来ていた。でも、マリーの声がしない。彼女はこの洞窟にはいないのか?
道なりに真っ直ぐ進む。すると向こう側から、2人組がこちらに向けて走ってきた。
1人は赤い髪をツーブロックにしているイケメン、もう1人は紫色の髪で杖を握っている女だ。
レオとエリナで間違いない。必死に逃げているようで、両腕を全力で振り、目から涙を流している。
「おい、何があった」
2人に声をかけたが、どうやら気づかなかったようだ。無言のまま俺の横を通り過ぎていく。
逃げている様子の2人を見る限り、どうやらスライム討伐には失敗したのだろう。
はっきり言って情けないにもほどがある。俺がパーティーから抜けただけでこのざまとは。
「仕方がない。あいつらの尻拭いをしてやるか。元々スライム討伐は俺の目的だしな」
しばらく歩いていると、扉を発見した。この先に大物がいますよと主張しているように感じられるほど、禍々しい造りだ。
扉に手を置く。
「いやー!」
扉が開いた瞬間に聞こえてきたのは、マリーの悲鳴だった。そして視界の先には、今にも襲われそうになっている彼女がいる。
やれやれ、このままマリーが食べられてしまっては、寝覚めが悪い。助けてやるとするか。
「ライトウォール!」
直ぐに彼女を救出するために、呪文を唱えた。その瞬間、マリーを襲っていたスライムは、球体の光の壁の中に閉じ込められる。
『な、何だと』
閉じ込められたスライムは声を上げる。
これは驚いたな。まさか喋ることができるスライムがいるとは思わなかった。
1歩、また1歩と魔物に近づく。
「そいつを食っても腹を壊すだけだと思うぞ」
『俺を閉じ込めるとは! お前は何者だ!』
「何者って、ただの冒険者だけど?」
『嘘を吐くな! ただの冒険者如きに、スライム界の軍師である俺が、遅れを取るわけがないだろうが!』
光の壁に閉じ込められたスライムは、声を荒げる。
いや、俺は別に事実しか言っていないし、本当に冒険者なのだけど。
そんなことを心の中で呟きつつ、マリーを庇うように前に立つ。そしてチラリと彼女を見る。
「マリーは下がっていろ。こんなザコを相手にしているなんて人生の無駄遣いだ」
『貴様! 俺をザコ扱いしやがって! 俺はどんな相手でも、どんな技でも己のものにするほど頭がいいんだぞ!』
魔物の言葉を聞いた途端に、小さく溜息を吐く。
よくいるんだよな。少し頭がいいだけで、地頭がいいだの、天才だからだと言う連中が。
「あのなぁ、本当に頭がいいやつは、自分のことを頭がいいとは言わないぞ。そんなことを言ってしまっては、逆に小物感が出てしまう」
『舐めやがって! 俺は天才、天才なんだ!』
先ほどの忠告をまったく聞いてはいなかったようだ。スライムは自分のことを天才だと連呼する。
頼むから、それ以上自分の評価を下げるようなことは言わないでくれ。あまりにも哀れすぎる。
スライムが声を荒げると姿を変えていく。人型に形を変えたようだ。
魔物を無視して、懐から2つの瓶を取り出す。そしてどっちを使おうか悩み、吟味した。
『どうだ! お前の防御壁を突破してやったぞ! …………って、こっちを見ろ!』
右にしようか左にしようかと悩んでいると、再びスライムの怒声が聞こえる。
魔物のほうを見ると、やつは身体の一部を剣に変え、光の壁を破壊していた。
『どうだ! お前の防御壁を破壊してやったぞ』
「それがどうしたって言うんだよ。俺の防御壁を突破したぐらいで威張るなよ。頼むからお前に対しての俺の評価を下げないでくれ」
あのスライムを閉じ込めた光の壁は、あくまで時間稼ぎ程度でしかない。破壊されることは前提だったのだ。だからそんなに得意げに言われると、逆に俺のほうが恥ずかしくなる。
もし、俺が彼の立場であったのなら、穴があったら入りたい気分になるだろう。
『俺はマネットライムだ! お前の力も俺のものにしてくれる』
マネットライムと名乗ったスライムが再び形を変える。今度も男だったが、俺の見知った姿に変身した。
「レオか」
魔物は赤いバラ所属の剣士、レオにそっくりになった。
レオになったスライムに注意を払いながら、2つ持っている瓶の内、ひとつを床に置く。そしてもうひとつの瓶の蓋を開け、手を突っ込んだ。
『食らえ、一閃突き!』
スライムはレオの技を放つ。
あの男よりも数倍早かった。
「速いね」
『どうだ! 俺様のスピードに目が追い付けないだろう!』
どうやら俺の言った言葉は、目に見えないほどの速度だと勘違いをさせてしまったようだ。正直、申し訳ない気持ちになる。
本当に伝えたかったことは、あくまでもレオより早いということ。
ジェル状の剣が迫る中、剣の形をしたスライムの身体の一部を握る。その瞬間、握った部分はドロドロになり、地面に落ちる。
『あ……れ? ……溶けてりゅううううううう! 俺の身体が溶けてりゅううううううう!』
まるで腐れ落ちたかのように、ドロドロに地面に落ちた自分の肉体を見て、マネットライムは声を上げる。
『ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁどうして? どうして俺の身体が溶ける! お前、俺の身体に何をしやがった!』
「はぁ? そんなことも分からないのかよ?」
魔物の言葉に、逆に驚かされた。思わず呆れが入り混じった声が出てしまう。
「お前、天才なんだろう! だったらわかるよな! 凡才の俺でも知っていることだぞ!」
『知らないいいいぃぃぃぃ! 何でええええぇぇぇぇ!』
「だから言ったじゃなないか! 俺、忠告したよな! 本当に頭がいいやつは自分で天才なんか言わないって! 自分で天才というのなら、それ相応の覚悟を持ってものごとを言えよ!」
なんてバカなやつなんだ。俺だったら、恥ずかしく死ねるレベルだぞ。
「そもそも、何で自分の身体のことなのに、弱点を知らないんだよ、普通天才なら、その対策のひとつやふたつはしているものだろう。悪い意味で俺の期待を裏切らないでくれよ!」
『いーやー! 俺の身体がああああああぁぁぁぁぁぁ』
ダメだこいつ。全然俺の話を聞いていない。まぁ、自分の肉体が欠損すれば、人間でも正気を失うものだ。
話を聞いているかはわからないが、一応訊かれたのだから、答えてやるぐらいはしてあげようではないか。
「俺が持っているこの瓶は、砂糖が入っている。俺はこれに手を突っ込み、砂糖塗れにした。お前たちスライムの身体は、コロイドと呼ばれる原理でジェル状の肉体を形成している。スライムの肉体に砂糖が身体に触れると、砂糖の粒子が浸透圧によって水分を出し、ドロドロにさせることができる」
マネットライムに説明していると、やつの身体の中に杖があることに気づく。
「あ、お前が杖を持っていたのか」
身体の一部が溶けているスライムに近づこうと、1歩前に出た。
『く、くるな! 死にたくない! じにだくないぃぃ!』
どうやら身体の一部が溶けて戦意を失っているようだ。マネットライムは後退って行く。
しかし、やつの後方は壁しかない。逃げ道など、どこにもないのだ。
『だ、だずげてぇぇ、だずげてぇよ』
ついにスライムは懇願しだした。
まったく、これでは俺が弱い者いじめをしているみたいじゃないか。やつを倒さなければならないが、良心が痛んでしまう。
「はぁ、わかったよ。お前の体内にある杖をくれるなら、見逃さないでもない」
『本当ですか! あげます! あげます! こんな杖いりません!』
スライムの身体から杖が出てくる。こいつを手に入れて、ギルドに帰れば依頼完了だ。
足元に置いていた瓶を拾うと、魔物に近づく。そしてマネットライムの身体から出てきた杖を握った。
『なんてな! このままお前の身体を呑み込んでくれる!』
魔物がジェル状の身体を引き延ばし、俺に覆いかぶさろうとしてきた。
「まったく、騙すのならもっと分かり難いやり方でしてくれよ。降伏したつもりで反撃にでるとか、よくあるパターンじゃないか」
瓶の蓋を開け、中身を全て相手にぶっかける。その瞬間、やつの身体からは勢いよく水分が噴射され、ぐったりとした。
「さて、天才のお前に問題だ。俺が今お前にかけたのは塩だ。どうして塩をかけただけで行動不能になる? 簡潔に述べよ」
魔物に問題を出すが、やつは答えようとはしない。まぁ、砂糖で溶けることも知らなかったし、この問題も解けるわけがないよな。
「お前の身体を構築している成分に、塩分が加えられることで、濃度差が生じてしまう。するとスライムの身体はその差を埋めようとして、水分を放出してしまうんだよ」
ジェル状の身体から核が剥き出しになる。
今の内にトドメを刺すか。
腰に差している短剣を抜き、スライムの核を破壊した。
「これでよし、あとは証拠の割れた核と、杖を持ち帰れば依頼完了だ」
素早く核と杖を回収し、今度はマリーに近づく。
「あ、あなた。ワタクシを騙していたのですか! あんなに強いだなんて聞いていませんでしたわよ!」
「それはそうだよ。俺は無能を演じていたのだから」
「まぁ、今はそんなことはどうでもいいですわ。シロウ、あなたをワタクシのパーティーに戻します。明日からワタクシのために働きなさい」
「いや、断る」
「ええ、そうでしょう。もちろんワタクシのメンバーに戻るというのは、賢明な判断ですわ……って、断る! あなた、何を言っているのか分かっていますの!」
マリーが声を荒げる。
どうやら彼女の頭の中では、俺がパーティーに戻ることになっていたようだ。
「じ、冗談ですわよね。Sランクのパーティーを断るなんて」
「いや、冗談じゃない。本気だ。それにそもそも、マリーたちがSランクになったのだって、俺が陰でサポートしていたからだし。その証拠に、このダンジョンで泣いていたじゃないか」
「泣いていませんわよ! 悲鳴は上げましたけれども」
マネットライムに襲われたことを思い出してしまったのだろう。彼女は頬を赤くすると同時に、目尻に涙を溜める。
「とにかく、ワタクシはあなたを諦めませんからね! 絶対にワタクシのものにしてみせますわ」
宣戦布告をするかのように、マリーは右手人差し指を俺に向けてくる。
まぁ、俺にはそんなことは関係ない。何せ、今日のことは忘れてもらうのだから。
「今からマリーに認識阻害の魔法をかける。今日は洞窟に入って何もなかったと思ってもらうからな」
「ワタクシは絶対に今日のことは忘れませんわ!」
「インピード・レコグニション」
マリーに向けて呪文を唱える。その瞬間、マリーの脳回路に異常を発生させ、混乱させた。そして記憶の一部を書き換える。
「これでよし、だけど念のためにスリープ」
続けて睡眠魔法を唱える。マリーの脳に睡眠物質を増加させて彼女を眠らせた。
「マリーを宿屋に運ぶか。あんな性格だけど、寝顔は可愛いんだよな」
そんなことをポツリと漏らしながら彼女を抱き抱えると、階段へと歩いて行く。
どうやら10階層は一本道のようだ。
「うわああああああぁぁぁぁぁぁ」
「きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁ」
奥に向けて歩いていると、2人分の悲鳴が聞こえてきた。
この声はレオとエリナの声だな。やっぱり赤いバラは、ここのダンジョンにやって来ていた。でも、マリーの声がしない。彼女はこの洞窟にはいないのか?
道なりに真っ直ぐ進む。すると向こう側から、2人組がこちらに向けて走ってきた。
1人は赤い髪をツーブロックにしているイケメン、もう1人は紫色の髪で杖を握っている女だ。
レオとエリナで間違いない。必死に逃げているようで、両腕を全力で振り、目から涙を流している。
「おい、何があった」
2人に声をかけたが、どうやら気づかなかったようだ。無言のまま俺の横を通り過ぎていく。
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はっきり言って情けないにもほどがある。俺がパーティーから抜けただけでこのざまとは。
「仕方がない。あいつらの尻拭いをしてやるか。元々スライム討伐は俺の目的だしな」
しばらく歩いていると、扉を発見した。この先に大物がいますよと主張しているように感じられるほど、禍々しい造りだ。
扉に手を置く。
「いやー!」
扉が開いた瞬間に聞こえてきたのは、マリーの悲鳴だった。そして視界の先には、今にも襲われそうになっている彼女がいる。
やれやれ、このままマリーが食べられてしまっては、寝覚めが悪い。助けてやるとするか。
「ライトウォール!」
直ぐに彼女を救出するために、呪文を唱えた。その瞬間、マリーを襲っていたスライムは、球体の光の壁の中に閉じ込められる。
『な、何だと』
閉じ込められたスライムは声を上げる。
これは驚いたな。まさか喋ることができるスライムがいるとは思わなかった。
1歩、また1歩と魔物に近づく。
「そいつを食っても腹を壊すだけだと思うぞ」
『俺を閉じ込めるとは! お前は何者だ!』
「何者って、ただの冒険者だけど?」
『嘘を吐くな! ただの冒険者如きに、スライム界の軍師である俺が、遅れを取るわけがないだろうが!』
光の壁に閉じ込められたスライムは、声を荒げる。
いや、俺は別に事実しか言っていないし、本当に冒険者なのだけど。
そんなことを心の中で呟きつつ、マリーを庇うように前に立つ。そしてチラリと彼女を見る。
「マリーは下がっていろ。こんなザコを相手にしているなんて人生の無駄遣いだ」
『貴様! 俺をザコ扱いしやがって! 俺はどんな相手でも、どんな技でも己のものにするほど頭がいいんだぞ!』
魔物の言葉を聞いた途端に、小さく溜息を吐く。
よくいるんだよな。少し頭がいいだけで、地頭がいいだの、天才だからだと言う連中が。
「あのなぁ、本当に頭がいいやつは、自分のことを頭がいいとは言わないぞ。そんなことを言ってしまっては、逆に小物感が出てしまう」
『舐めやがって! 俺は天才、天才なんだ!』
先ほどの忠告をまったく聞いてはいなかったようだ。スライムは自分のことを天才だと連呼する。
頼むから、それ以上自分の評価を下げるようなことは言わないでくれ。あまりにも哀れすぎる。
スライムが声を荒げると姿を変えていく。人型に形を変えたようだ。
魔物を無視して、懐から2つの瓶を取り出す。そしてどっちを使おうか悩み、吟味した。
『どうだ! お前の防御壁を突破してやったぞ! …………って、こっちを見ろ!』
右にしようか左にしようかと悩んでいると、再びスライムの怒声が聞こえる。
魔物のほうを見ると、やつは身体の一部を剣に変え、光の壁を破壊していた。
『どうだ! お前の防御壁を破壊してやったぞ』
「それがどうしたって言うんだよ。俺の防御壁を突破したぐらいで威張るなよ。頼むからお前に対しての俺の評価を下げないでくれ」
あのスライムを閉じ込めた光の壁は、あくまで時間稼ぎ程度でしかない。破壊されることは前提だったのだ。だからそんなに得意げに言われると、逆に俺のほうが恥ずかしくなる。
もし、俺が彼の立場であったのなら、穴があったら入りたい気分になるだろう。
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マネットライムと名乗ったスライムが再び形を変える。今度も男だったが、俺の見知った姿に変身した。
「レオか」
魔物は赤いバラ所属の剣士、レオにそっくりになった。
レオになったスライムに注意を払いながら、2つ持っている瓶の内、ひとつを床に置く。そしてもうひとつの瓶の蓋を開け、手を突っ込んだ。
『食らえ、一閃突き!』
スライムはレオの技を放つ。
あの男よりも数倍早かった。
「速いね」
『どうだ! 俺様のスピードに目が追い付けないだろう!』
どうやら俺の言った言葉は、目に見えないほどの速度だと勘違いをさせてしまったようだ。正直、申し訳ない気持ちになる。
本当に伝えたかったことは、あくまでもレオより早いということ。
ジェル状の剣が迫る中、剣の形をしたスライムの身体の一部を握る。その瞬間、握った部分はドロドロになり、地面に落ちる。
『あ……れ? ……溶けてりゅううううううう! 俺の身体が溶けてりゅううううううう!』
まるで腐れ落ちたかのように、ドロドロに地面に落ちた自分の肉体を見て、マネットライムは声を上げる。
『ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁどうして? どうして俺の身体が溶ける! お前、俺の身体に何をしやがった!』
「はぁ? そんなことも分からないのかよ?」
魔物の言葉に、逆に驚かされた。思わず呆れが入り混じった声が出てしまう。
「お前、天才なんだろう! だったらわかるよな! 凡才の俺でも知っていることだぞ!」
『知らないいいいぃぃぃぃ! 何でええええぇぇぇぇ!』
「だから言ったじゃなないか! 俺、忠告したよな! 本当に頭がいいやつは自分で天才なんか言わないって! 自分で天才というのなら、それ相応の覚悟を持ってものごとを言えよ!」
なんてバカなやつなんだ。俺だったら、恥ずかしく死ねるレベルだぞ。
「そもそも、何で自分の身体のことなのに、弱点を知らないんだよ、普通天才なら、その対策のひとつやふたつはしているものだろう。悪い意味で俺の期待を裏切らないでくれよ!」
『いーやー! 俺の身体がああああああぁぁぁぁぁぁ』
ダメだこいつ。全然俺の話を聞いていない。まぁ、自分の肉体が欠損すれば、人間でも正気を失うものだ。
話を聞いているかはわからないが、一応訊かれたのだから、答えてやるぐらいはしてあげようではないか。
「俺が持っているこの瓶は、砂糖が入っている。俺はこれに手を突っ込み、砂糖塗れにした。お前たちスライムの身体は、コロイドと呼ばれる原理でジェル状の肉体を形成している。スライムの肉体に砂糖が身体に触れると、砂糖の粒子が浸透圧によって水分を出し、ドロドロにさせることができる」
マネットライムに説明していると、やつの身体の中に杖があることに気づく。
「あ、お前が杖を持っていたのか」
身体の一部が溶けているスライムに近づこうと、1歩前に出た。
『く、くるな! 死にたくない! じにだくないぃぃ!』
どうやら身体の一部が溶けて戦意を失っているようだ。マネットライムは後退って行く。
しかし、やつの後方は壁しかない。逃げ道など、どこにもないのだ。
『だ、だずげてぇぇ、だずげてぇよ』
ついにスライムは懇願しだした。
まったく、これでは俺が弱い者いじめをしているみたいじゃないか。やつを倒さなければならないが、良心が痛んでしまう。
「はぁ、わかったよ。お前の体内にある杖をくれるなら、見逃さないでもない」
『本当ですか! あげます! あげます! こんな杖いりません!』
スライムの身体から杖が出てくる。こいつを手に入れて、ギルドに帰れば依頼完了だ。
足元に置いていた瓶を拾うと、魔物に近づく。そしてマネットライムの身体から出てきた杖を握った。
『なんてな! このままお前の身体を呑み込んでくれる!』
魔物がジェル状の身体を引き延ばし、俺に覆いかぶさろうとしてきた。
「まったく、騙すのならもっと分かり難いやり方でしてくれよ。降伏したつもりで反撃にでるとか、よくあるパターンじゃないか」
瓶の蓋を開け、中身を全て相手にぶっかける。その瞬間、やつの身体からは勢いよく水分が噴射され、ぐったりとした。
「さて、天才のお前に問題だ。俺が今お前にかけたのは塩だ。どうして塩をかけただけで行動不能になる? 簡潔に述べよ」
魔物に問題を出すが、やつは答えようとはしない。まぁ、砂糖で溶けることも知らなかったし、この問題も解けるわけがないよな。
「お前の身体を構築している成分に、塩分が加えられることで、濃度差が生じてしまう。するとスライムの身体はその差を埋めようとして、水分を放出してしまうんだよ」
ジェル状の身体から核が剥き出しになる。
今の内にトドメを刺すか。
腰に差している短剣を抜き、スライムの核を破壊した。
「これでよし、あとは証拠の割れた核と、杖を持ち帰れば依頼完了だ」
素早く核と杖を回収し、今度はマリーに近づく。
「あ、あなた。ワタクシを騙していたのですか! あんなに強いだなんて聞いていませんでしたわよ!」
「それはそうだよ。俺は無能を演じていたのだから」
「まぁ、今はそんなことはどうでもいいですわ。シロウ、あなたをワタクシのパーティーに戻します。明日からワタクシのために働きなさい」
「いや、断る」
「ええ、そうでしょう。もちろんワタクシのメンバーに戻るというのは、賢明な判断ですわ……って、断る! あなた、何を言っているのか分かっていますの!」
マリーが声を荒げる。
どうやら彼女の頭の中では、俺がパーティーに戻ることになっていたようだ。
「じ、冗談ですわよね。Sランクのパーティーを断るなんて」
「いや、冗談じゃない。本気だ。それにそもそも、マリーたちがSランクになったのだって、俺が陰でサポートしていたからだし。その証拠に、このダンジョンで泣いていたじゃないか」
「泣いていませんわよ! 悲鳴は上げましたけれども」
マネットライムに襲われたことを思い出してしまったのだろう。彼女は頬を赤くすると同時に、目尻に涙を溜める。
「とにかく、ワタクシはあなたを諦めませんからね! 絶対にワタクシのものにしてみせますわ」
宣戦布告をするかのように、マリーは右手人差し指を俺に向けてくる。
まぁ、俺にはそんなことは関係ない。何せ、今日のことは忘れてもらうのだから。
「今からマリーに認識阻害の魔法をかける。今日は洞窟に入って何もなかったと思ってもらうからな」
「ワタクシは絶対に今日のことは忘れませんわ!」
「インピード・レコグニション」
マリーに向けて呪文を唱える。その瞬間、マリーの脳回路に異常を発生させ、混乱させた。そして記憶の一部を書き換える。
「これでよし、だけど念のためにスリープ」
続けて睡眠魔法を唱える。マリーの脳に睡眠物質を増加させて彼女を眠らせた。
「マリーを宿屋に運ぶか。あんな性格だけど、寝顔は可愛いんだよな」
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一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。
そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。
これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!
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成長率マシマシスキルを選んだら無職判定されて追放されました。~スキルマニアに助けられましたが染まらないようにしたいと思います~
m-kawa
ファンタジー
第5回集英社Web小説大賞、奨励賞受賞。書籍化します。
書籍化に伴い、この作品はアルファポリスから削除予定となりますので、あしからずご承知おきください。
【第七部開始】
召喚魔法陣から逃げようとした主人公は、逃げ遅れたせいで召喚に遅刻してしまう。だが他のクラスメイトと違って任意のスキルを選べるようになっていた。しかし選んだ成長率マシマシスキルは自分の得意なものが現れないスキルだったのか、召喚先の国で無職判定をされて追い出されてしまう。
一方で微妙な職業が出てしまい、肩身の狭い思いをしていたヒロインも追い出される主人公の後を追って飛び出してしまった。
だがしかし、追い出された先は平民が住まう街などではなく、危険な魔物が住まう森の中だった!
突如始まったサバイバルに、成長率マシマシスキルは果たして役に立つのか!
魔物に襲われた主人公の運命やいかに!
※小説家になろう様とカクヨム様にも投稿しています。
※カクヨムにて先行公開中
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