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第八章

第十一話 控え室にて

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 不機嫌になったハルウララに引っ張られる形で、俺は控え室へと向かう。

 扉を開けると、どうやら他校の生徒たちも来ているようだった。

「おはようございます。私は観光大使と申します。北海道苫小牧の観光大使を務めております。苫小牧をどうかよろしくお願いします」

 扉を開けて中に入るなり、観光大使が今回の出走する馬に騎乗する騎手たちに挨拶を交わしながら、苫小牧の宣伝をする声が耳に入ってくる。

 さすがと言うべきか、隙があればいつでもどこでも苫小牧をPRしてくるな。

「おや、あなたは以前お会いしましたね。どうですか? 私が作ったパンフレットの方は? お気に召したでしょうか?」

 部屋の中に入ってきた俺に気付いたようで、観光大使が近付く。

「ああ、良かったと思う。友達とも話して、今度行く遊びに行くことになった」

 苫小牧に行くことになったことを告げると、彼は満面の笑みを浮かべる。

「それは良かった。苫小牧はとても良いところですので、ぜひお越しください。それでは、私は他の方に苫小牧の良さを伝えに行きますので」

 軽く一例をすると、観光大使は俺から離れ、別の騎手へと向かっていく。

 うーん、積極性があって頑張っているイメージがあるから、悪いやつではないのだろうけれど、若干パワハラ気味なような気がするんだよな。

 観光パワーハラスメント、略してカンハラ。

 しばらく残りの騎手が来るのを待ちつつ、観光大使の様子を見る。すると、彼は部屋へと訪れた騎手に挨拶をして苫小牧のPRを始め、ドン引きされていた。

「それでは、時間となりましたので、皆様騎乗する馬の顕現をお願いします」

 解説担当の虎石が霊馬の顕現を促すと、俺はハルウララに視線を向ける。すると、ぬいぐるみの中から彼女が飛び出した。

 俺や虎石は慣れているので、特に驚くことはないが、突然ぬいぐるみの中から霊馬が現れると言う光景は新鮮だったらしく、ほかの騎手たちは驚き、響めく。

「今回出走する霊馬は、ハルウララ、ホッコータルマエ、エスポワールシチー、シャア、ベストウォリアー、ハッピースプリント、ミッキーヘネシー、フリオーソ、タガノビューティー、ソルテ、タマモストロング、ストロングブラッド、ゴールドドリームですね。では、厩務員きゅうむいんの皆さん、お願いします」

 虎石が扉に向けて声をかける。すると、厩務員の人たちがやってきた。いつものように、厩務員を担当してくれているクロが俺の前にやってくる。

「それじゃ、ハルウララを連れて行くわね」

「ああ、今回も良い感じで歩かせてくれ」

 ハルウララをクロに任せると、次々と馬たちがこの場から出て行く。

「まさか、あなたが奇跡の名馬、いえ、東海帝王トウカイテイオウだったとは思っていませんでした」

 全ての馬が部屋から出て行くと、観光大使が俺に近付いてくる。

「いや、ハルウララのヌイグルミが常にいたから察せるだろう? 俺はてっきり、知っていて敢えて知らないような振りをしていたのかと思っていた」

「いえ、純粋に気付かなかったです。私はてっきり、ハルウララが大好きで推しにしている方なのかと。心の中でハルウララオタクと呼んでいました」

 彼の言葉に苦笑いを浮かべる。

 誰がハルウララオタクだ。

「それにしても、あなたは運が悪いですね。勝率0パーセントの枠での出走だなんて。これで、あなたは負け、お父上の経営する学園へと転校することになるでしょう」

「確かに、3枠の馬は勝てないと言うジンクスは強力だろう。だけど、それは普通の競馬の話であって、霊馬競馬には通用しない可能性だってある。それを、今回のレースで証明してやる」

 まだ勝負が始まってすらいないのに負けだと決めつけられ、俺は対抗心から言葉で反撃する。

「ほう、それは楽しみですね。ですが、私にも負けられない理由があるのですよ。私は私の目的のために、全力で今回のレースを勝ちに行かせてもらいます。因みに私のホッコータルマエは、生前優勝した時と同じ6枠からの出走です。それでは、良いレースになることを期待しておりますよ」

 観光大使が手を差し伸ばしてきた。なので、俺も手を伸ばして彼の手を握り、握手を交わす。

 その後時間が経過し、ハルウララに騎乗する時間となったので、彼女の待つ下見所パドックへと向かった。

 夜の時間の開催設定と言うだけあって、パドックの頭上の空は暗闇が再現されてあった。月明かりと照明の光がパドック内を照らしている。

「クロ、ハルウララの調子はどうだ?」

「うん、悪くはないとは思うのだけど、なんか身体に力が入っていると言うか、緊張しているみたいで、動きが固いかな?」

『き、緊張なんてし、していないよ! ただ3枠のジンクスのことを考えたら、どう走るのかを私なりに考えていただけだから』

 ハルウララが緊張しているなんて珍しい。彼女は強がってはいるが、声や立ち振る舞いからしても、緊張しているのが伝わってくる。

 やっぱり、勝率0パーセントと言われている中で、優勝を勝ち取らないといけない。平常心を保とうとしても、やっぱり心の片隅には、そのことが残ってしまっているのだろう。

 プレッシャーを感じているのは俺も同じだ。だけど、ここで俺が弱気になってしまえば、それがハルウララにも伝わって、最高の走りをさせてあげることができなくなるだろう。

「安心しろ。お前には俺が付いている。そして俺にはお前が付いているんだ。俺たちが協力し合えば、ジンクスなんて言うのは、きっと打ち破れるはず」

 強がってしまっているが、こうでもしないと、ハルウララの緊張をほぐしてあげることはできないだろう。

 俺はハルウララの背に騎乗する。

「さぁ、行こう。絶対に優勝を勝ち取るぞ」
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