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第七章

第十四話 ジャングルポケットの思い

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 ~ジャングルポケット視点~





『先頭はダイワメジャーが逃げる展開のまま、間も無く第1コーナーを曲がろうとしております』

 実況者の声が耳に入る中、俺はアグネスタキオンを後方から見ていた。

 さて、いつ仕掛けて来る? 俺様はいつでも良いぜ。どのタイミングでも食らい付き、最後は差し切って勝利してみせる。

 ライバル視しているアグネスタキオンをマークしつつ、仕掛けどころを考える。

 絶対にあの時のように負けてたまるか。






回想シーン

『――そしてようやくジャングルポケットが、中段から徐々に徐々に、中段の後方から徐々に徐々に上がっていく。600の標識を通過』

 面白くなってきたぜ。これがG Iの舞台か。これまで競ってきた奴らよりも強いじゃないか。まだ全力に入る段階ではないとはいえ、この俺様をたぎらせるのだからな。

『第3コーナーのカーブ、後は後方グループとなりますが、ダービーレグノ行くか。さぁ、先団が固まった。固まった。ゴーっと一団、早くもシャワーパーティ先頭か。400を通過、アグネスタキオンはその内をついている。第4コーナーカーブから直線に向きました』

 最終コーナー来たああああああああぁぁぁぁぁぁぁ! これからが俺様の力の見せ所だ!

 最終直線に入り、俺様は全力でターフをかける。

 GI馬の称号は誰にも渡さない。俺様のものだ!

『外に回りました。アグネスタキオン、アグネスタキオン先頭か。そしてジャングルポケットきた、ジャングルポケットきた。200の標識を通過、坂を登ってくる』

 退け退け! 邪魔だ邪魔だ! ジャングルポケット様のお通りだ! 道を開けろ!

 先頭を走る競走馬たちを追い抜き、全力で駆け抜ける。ここに居る強敵たちを倒し、俺様が皐月賞馬だ!

 全力で走り、ダンツフレームに追い付いた。こいつを追い抜き、後はアグネスタキオンを追い抜くだけ。

 アグネスタキオン! この時を待っていた! ラジオたんぱ杯3歳ステークスの借りをここで返させてもらう!

 俺様は2戦目まで無敗だった。2戦とも5番人気であったのにも関わらず、1着を取った。だが、3戦目のラジオたんぱ杯3歳ステークスは、3番人気にまで上り詰めた。だが、2着になった。そう、この俺様が初めて敗北の味を噛み締めることになったのだ。2馬身半も差を付けられ、負けた。

 その後この悔しさをバネにして調教に励み、共同通信杯では1番人気に応え、2番手のプレジオと2馬身差をつけて1着を取った。

 2着と2馬身差を付けて勝った。今の俺様ならアグネスタキオンを超えているはず。

 負けたことで更に強く、速くなったこの俺様を見せつけてやる!

『アグネスタキオン抜けている! アグネスタキオン抜けている! 2馬身のリード。ジャングルポケットとダンツフレームが懸命に追う』

 嘘だろう。いったいどんな馬体をすれば、あんなに早く走れるんだ。この俺様が全力で走っていると言うのに、追い付けないだと。

 悔しさを噛み締めていたそんな時、隣を並走していたダンツフレームまでが速度を上げ、俺様の前に出やがった。

『ダンツフレーム2番手に上がったが、アグネスだ! アグネスだ! アグネスタキオンゴールイン! ダンツフレーム2番手、ジャングルポケット3番手』

 ゴール板を駆け抜け、徐々に速度を落としていく。

 負けた。この俺様が……くそう。俺様は……まだあいつには届いていないのかよ。

 悔しかった。次こそは勝ってみせる。俺様をここまで熱くさせるアグネスタキオン。お前に次こそ勝って、俺様が上だってことを証明してみせる。

 東京優駿日本ダービーでお前を越えたことを証明してみせるからな!

 アグネスタキオンに2敗した悔しさをバネに、俺様は更に調教を頑張った。全てはアグネスタキオンに勝つためだ。

 どうやら世間では、アグネスタキオンが東京優駿日本ダービーでも勝つだろうと予想しているらしいが、次のレースではこの俺様が勝つ。

 そして東京優駿日本ダービー当日、アグネスタキオンは下見所パドックに姿をみせることはなかった。

 アグネスタキオンのやつ、遅刻か? もう下見所パドックの時間が始まっているぞ。

 最初は遅刻しているだけだと思った。だってやつは、皐月賞を1着でゴールして、東京優駿日本ダービー出走優先権1番を獲得したんだ。そんなやつがこの場にいないなんてあり得ない。

 俺はアグネスタキオンのリベンジに闘志を燃やしていた。けれど時間が経過するごとに不安が募りだす。

 くそう。どうしてアグネスタキオンがいない。このままでは、レースに出られないぞ。この機会を逃したら、菊花賞までお預けになるじゃないか。

「今回の東京優駿日本ダービー残念だな。アグネスタキオンが不在になるなんて」

「でも故障ケガなんだから仕方がないじゃないか。競走馬にとって故障ケガは付きもの、あれだけの走りをしたんだ。仕方がないと思って諦めるしかない」

 下見所パドックを訪れた観客たちの会話が耳に入ってきた。

 アグネスタキオンが故障ケガだって! 嘘だろう!

「屈腱炎って言う話しじゃないか。次いつ復帰できるか分からない。最悪の場合、このまま引退ってなるだろうな。奇跡が起きない限り、アグネスタキオンの走りを見ることはもうできない」

 アグネスタキオンが走れない? 嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 心の中で叫び声を上げる。

 俺様はあいつを目標としてここまで来たんだ。俺の2敗は全てあいつだ。だからアグネスタキオンに勝つことを目標として、これまで頑張ってきたと言うのに。

 その後、俺様は東京優駿日本ダービーに出走し、前走で負けたダンツフレームも破って1番人気に応えて1着でゴールした。

 ダービーは競馬に関わる人々の夢、ダービーは最高の栄誉であり、胸を張って喜ぶべきことだ。関係者たちはみんな喜び、中には涙を流す者までいた。

 俺様も喜んだ。だけど、心の奥底から喜ぶことはできなかった。アグネスタキオンがいなかったから、勝てたのではないのかと考えてしまう俺様がいる。

 心にポッカリと穴が空いた感じになった。その影響か、札幌記念では1番人気であったのにも関わらず3着、菊花賞も1番人気だったのに4着という結果になった。

 どうにかジャパンカップでは優勝することができたが、その後連敗続きで引退となった。






 もし、アグネスタキオンがいたら、俺様はダービー馬になってはいなかったかもしれない。

 だけど、あいつへの熱は冷めることはなかった。きっと負けていたレースは勝っていたかもしれない。もしかしたらアグネスタキオンに勝つと言う未来があったのかもしれない。

 だから今度こそこのレースでお前に勝って、俺様はお前を越えたことを証明してみせる。

『アグネスタキオン! 絶対にお前を越えてやるうううううううぅぅぅぅぅぅぅぅ!』

 京都競馬場を駆け抜けながら、俺様は吠えた。
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