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第七章
第十話 アグネスタキオンの想い
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~満八反喫茶店視点~
愛馬のマンハッタンカフェが厩務員に連れていかれた後、私は気になったグループに接触することにした。
「さっきは私のマンハッタンカフェが話に割り込んでごめんなさいね」
「うおっ、こんなに美しい女性から声をかけられるとは思わなかったから、びっくりした!」
私が声をかけると、世紀末に出てきそうなイメージの大男、確か叢林衣嚢だったわね。彼が驚き、私の容姿について褒めてくれる。
「そんなに褒めても、私の親が経営しているお店の割引券しか出せないよ」
容姿のことを褒めてもらい、気分良くした私は、ポケットの中に入れていたお店のチラシと一緒に割引券を彼に渡す。
いくら綺麗な容姿を保つために日々美容に気を付けて努力をしていても、褒められることで、その努力が無駄ではなかったことを実感するから嬉しいよね。
「いーな、いーな、僕も割引券が欲しい。もらったら、レース後に飲みに行くのに。大気釈迦流の奢りで」
「どうしてお前なんかに飲み物代を出さないといけない。自分の金でいけ」
受け渡した割引券を見て、アグネスタキオンの契約者の男が物欲しそうな目で私のことを見てきた。
まぁ、お店に来てくれると言うのなら、割引券をあげても良いかな。
仕方がないと思い、ポケットから2人分のチラシと割引券を取り出すと彼らに渡した。
「俺も貰って良いのか?」
「だって、この人があなたのお金で飲みに来るって言ったもの。言質取ったから、必ず来なさいよ」
「やった! 大気釈迦流《エアシャカール》の奢りだ! せっかくだから高いものを注文しよう!」
「チッ、分かった。万が一、今回のレースでお前が優勝するようなことになれば、好きなものを飲ませてやる。だが、それが実現する可能性は限りなく低いがな」
その後、軽いやり取りをして時間が過ぎていくのを待つ。
~アグネスタキオン視点~
下見所に辿り着くと、僕は厩務員に誘導される形で何周も歩かされる。
ここには多くの生徒が集まり、今回出走する競走馬の様子を見て当日の様子が好調なのか不調なのかを見極める。
それにしても、ジャングルポケットからの視線が痛い。そんなに僕がわざと名前を間違えて遊んでいたのが気に入らないのだろうか?
「おい、今日のレース、どの馬が勝つと思う?」
「長距離適性で考えれば、マンハッタンカフェが可能性は高いんじゃないのか? 負けたとは言え、あの凱旋門賞に出走経験がある訳だし」
「俺はジャングルポケットだな。東京優駿優勝のダービー馬だし、世界中の馬が集まる国際戦のジャパンカップも勝ったからな。でも、白い俊雷の異名を持つタマモクロスも捨てがたい」
「おい、スピードシンボリの太腿を見ろよ。張りがあって、走りそうじゃないか? あのシンボリルドルフの祖父だし、人気も高い」
「アグネスタキオンは?」
「ああ、4戦全勝、その走りは神話級とも言われているが、皐月賞の後に故障して長距離は不明だからな。ピンとこない。おそらくワンチャン5着以内できるくらいじゃないの? 三連単の3番目にすら候補になれないと思うぜ」
歩き回る内に様々な人の話声が耳に入ってくる。
みんな人気馬の話をしており、僕の話題が出ても馬券を買う価値がないと言う声が殆どだ。
しばらく歩き続けると時間になったようで、騎乗する周滝音がやってきた。
「今日はよろしくね。多分優勝はできないだろうけれど、5着以内できるようにがんばろうか。程々にがんばろう」
こいつも優勝を狙ってはいないのか。これは終わったな。騎手がやる気がなければ、いくら僕が頑張ったところで良い結果は残せないだろう。
周滝音が鞍上に乗ると鹿毛の馬がこちらにやって来る。
『おやおや、誰かは思えば、ジャングルポニー君ではないか?』
『誰がジャングルポニーだ! 俺の名前はジャングルポケットだと言っているだろうが!』
『すまない。君はどうやら『ポ』に拘りを持っているようだから、『ポ』さえ合って入れば後はなんでも良いのかと思ったよ。ジャングルポニーテール君』
『泣かす! 絶対にお前に勝って泣かせてみせる! そして俺様の名前を正確に言わせてみせるからな! 俺様は皐月賞で負けて以来、お前を超えることを目標にしてきたんだ! 生前は勝ち逃げされたからな! 霊馬となった今、お前を超えていることを証明してみせる! 本当にもう、お前が羨ましいぜ。全戦戦勝で優勝して神話級なんて言われているのだからな』
不機嫌な感じで宣戦布告とも取れるような発言をした後、ジャングルポケットはこの場から離れて芝へと向かっていく。
まったく、熱すぎる牡馬だな。
彼は僕のことを目標にしてくれている。その事実は正直嬉しい。彼はあんなことを言ってはいたが、羨ましい? それはこっちのセリフだよ。君たちのような頑丈な体が羨ましい。
僕は馬主や調教師に騎手、そしてファンの期待に応えるために走り続けた。だって、僕が1着を取ればみんなが喜んでくれる。みんなが笑顔になってくれるんだ。
だからみんなを笑顔にするために生前は1着を取り続けた。
弥生賞の後、足に違和感を覚えた。走っていても普段とどこか違うように思った。
これは故障の前兆かもしれない。だけど、僕は歩みを止める訳にはいかない。僕は、みんなの期待に応える必要があるんだ。
世間は僕がクラシック三冠を達成することを期待している。だから、皐月賞でも、走って1着を取ってみせる。
そして皐月賞当日、僕は2着のダンツフレームと1馬身と2分の1の差で皐月賞を優勝することができた。
世間は僕の1強とし、クラシック三冠を達成することを望んだ。また僕が勝ったことで、みんなを笑顔にすることができた。次は東京優駿だ。
しかしこの時、僕の足は既に故障していた。屈腱炎だ。
屈腱炎は競走馬にとって癌のようなもの。治療から数ヶ月から数年が必要となり、治ったとしても患部の強度が元に戻るのは稀だ。奇跡が起きない限り、前のような走りをすることはできない。仮にレースに復帰したとしても、再発する可能性が高く、競走馬の能力を著しく低下させてしまう。
足の痛みに負けてたまるか。僕は東京優駿に出走するために、故障していることを隠した。だけど放牧されたある日、バレてしまった。
関係者たちは協議した結果、東京優駿出走を断念。菊花賞を視野に療養する日々を送っていたが、レースに復帰できる見込みが立たずに、結果的にはそのまま引退をすると言う形になった。
もし、僕が丈夫な体だったのなら、僕は三冠を取って競馬史に残るような偉大な存在となっていたかもしれない。
競馬において『たられば』は禁止だ。いくら想像したところで、起きてしまった過去は変えられない。だけど、霊馬となった今は別だ。
僕は三冠を取る素質があったのかが知りたい。この春の三冠の最初のレースである天皇賞・春に勝って、長距離にも適正があることを証明してみせる。
愛馬のマンハッタンカフェが厩務員に連れていかれた後、私は気になったグループに接触することにした。
「さっきは私のマンハッタンカフェが話に割り込んでごめんなさいね」
「うおっ、こんなに美しい女性から声をかけられるとは思わなかったから、びっくりした!」
私が声をかけると、世紀末に出てきそうなイメージの大男、確か叢林衣嚢だったわね。彼が驚き、私の容姿について褒めてくれる。
「そんなに褒めても、私の親が経営しているお店の割引券しか出せないよ」
容姿のことを褒めてもらい、気分良くした私は、ポケットの中に入れていたお店のチラシと一緒に割引券を彼に渡す。
いくら綺麗な容姿を保つために日々美容に気を付けて努力をしていても、褒められることで、その努力が無駄ではなかったことを実感するから嬉しいよね。
「いーな、いーな、僕も割引券が欲しい。もらったら、レース後に飲みに行くのに。大気釈迦流の奢りで」
「どうしてお前なんかに飲み物代を出さないといけない。自分の金でいけ」
受け渡した割引券を見て、アグネスタキオンの契約者の男が物欲しそうな目で私のことを見てきた。
まぁ、お店に来てくれると言うのなら、割引券をあげても良いかな。
仕方がないと思い、ポケットから2人分のチラシと割引券を取り出すと彼らに渡した。
「俺も貰って良いのか?」
「だって、この人があなたのお金で飲みに来るって言ったもの。言質取ったから、必ず来なさいよ」
「やった! 大気釈迦流《エアシャカール》の奢りだ! せっかくだから高いものを注文しよう!」
「チッ、分かった。万が一、今回のレースでお前が優勝するようなことになれば、好きなものを飲ませてやる。だが、それが実現する可能性は限りなく低いがな」
その後、軽いやり取りをして時間が過ぎていくのを待つ。
~アグネスタキオン視点~
下見所に辿り着くと、僕は厩務員に誘導される形で何周も歩かされる。
ここには多くの生徒が集まり、今回出走する競走馬の様子を見て当日の様子が好調なのか不調なのかを見極める。
それにしても、ジャングルポケットからの視線が痛い。そんなに僕がわざと名前を間違えて遊んでいたのが気に入らないのだろうか?
「おい、今日のレース、どの馬が勝つと思う?」
「長距離適性で考えれば、マンハッタンカフェが可能性は高いんじゃないのか? 負けたとは言え、あの凱旋門賞に出走経験がある訳だし」
「俺はジャングルポケットだな。東京優駿優勝のダービー馬だし、世界中の馬が集まる国際戦のジャパンカップも勝ったからな。でも、白い俊雷の異名を持つタマモクロスも捨てがたい」
「おい、スピードシンボリの太腿を見ろよ。張りがあって、走りそうじゃないか? あのシンボリルドルフの祖父だし、人気も高い」
「アグネスタキオンは?」
「ああ、4戦全勝、その走りは神話級とも言われているが、皐月賞の後に故障して長距離は不明だからな。ピンとこない。おそらくワンチャン5着以内できるくらいじゃないの? 三連単の3番目にすら候補になれないと思うぜ」
歩き回る内に様々な人の話声が耳に入ってくる。
みんな人気馬の話をしており、僕の話題が出ても馬券を買う価値がないと言う声が殆どだ。
しばらく歩き続けると時間になったようで、騎乗する周滝音がやってきた。
「今日はよろしくね。多分優勝はできないだろうけれど、5着以内できるようにがんばろうか。程々にがんばろう」
こいつも優勝を狙ってはいないのか。これは終わったな。騎手がやる気がなければ、いくら僕が頑張ったところで良い結果は残せないだろう。
周滝音が鞍上に乗ると鹿毛の馬がこちらにやって来る。
『おやおや、誰かは思えば、ジャングルポニー君ではないか?』
『誰がジャングルポニーだ! 俺の名前はジャングルポケットだと言っているだろうが!』
『すまない。君はどうやら『ポ』に拘りを持っているようだから、『ポ』さえ合って入れば後はなんでも良いのかと思ったよ。ジャングルポニーテール君』
『泣かす! 絶対にお前に勝って泣かせてみせる! そして俺様の名前を正確に言わせてみせるからな! 俺様は皐月賞で負けて以来、お前を超えることを目標にしてきたんだ! 生前は勝ち逃げされたからな! 霊馬となった今、お前を超えていることを証明してみせる! 本当にもう、お前が羨ましいぜ。全戦戦勝で優勝して神話級なんて言われているのだからな』
不機嫌な感じで宣戦布告とも取れるような発言をした後、ジャングルポケットはこの場から離れて芝へと向かっていく。
まったく、熱すぎる牡馬だな。
彼は僕のことを目標にしてくれている。その事実は正直嬉しい。彼はあんなことを言ってはいたが、羨ましい? それはこっちのセリフだよ。君たちのような頑丈な体が羨ましい。
僕は馬主や調教師に騎手、そしてファンの期待に応えるために走り続けた。だって、僕が1着を取ればみんなが喜んでくれる。みんなが笑顔になってくれるんだ。
だからみんなを笑顔にするために生前は1着を取り続けた。
弥生賞の後、足に違和感を覚えた。走っていても普段とどこか違うように思った。
これは故障の前兆かもしれない。だけど、僕は歩みを止める訳にはいかない。僕は、みんなの期待に応える必要があるんだ。
世間は僕がクラシック三冠を達成することを期待している。だから、皐月賞でも、走って1着を取ってみせる。
そして皐月賞当日、僕は2着のダンツフレームと1馬身と2分の1の差で皐月賞を優勝することができた。
世間は僕の1強とし、クラシック三冠を達成することを望んだ。また僕が勝ったことで、みんなを笑顔にすることができた。次は東京優駿だ。
しかしこの時、僕の足は既に故障していた。屈腱炎だ。
屈腱炎は競走馬にとって癌のようなもの。治療から数ヶ月から数年が必要となり、治ったとしても患部の強度が元に戻るのは稀だ。奇跡が起きない限り、前のような走りをすることはできない。仮にレースに復帰したとしても、再発する可能性が高く、競走馬の能力を著しく低下させてしまう。
足の痛みに負けてたまるか。僕は東京優駿に出走するために、故障していることを隠した。だけど放牧されたある日、バレてしまった。
関係者たちは協議した結果、東京優駿出走を断念。菊花賞を視野に療養する日々を送っていたが、レースに復帰できる見込みが立たずに、結果的にはそのまま引退をすると言う形になった。
もし、僕が丈夫な体だったのなら、僕は三冠を取って競馬史に残るような偉大な存在となっていたかもしれない。
競馬において『たられば』は禁止だ。いくら想像したところで、起きてしまった過去は変えられない。だけど、霊馬となった今は別だ。
僕は三冠を取る素質があったのかが知りたい。この春の三冠の最初のレースである天皇賞・春に勝って、長距離にも適正があることを証明してみせる。
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