上 下
103 / 149
第七章

第一話 復活の大和主流

しおりを挟む
 ~大和主流ダイワメジャー視点~





 俺はスプリングステークスで愛馬のダイワメジャーと共にターフの上を駆ける予定だった。

 しかしゲートが開いたと同時に、ダイワメジャーが尻尾を掴まれた。そのことに驚いた彼は暴れてしまい、乗っていた俺は振り落とされてしまった。

 意識を失ってしまったが、幸運なことに命に別状はなかった。

 競馬は一歩間違えれば命を失うスポーツでもあるから、落馬だけはしないようにしなければならない。

「兄さん、退院おめでとう!」

 妹の大和鮮赤ダイワスカーレットが笑みを向けて花束を渡してくれた。俺の退院を心待ちにしてくれていたのが伝わってくる。

「ありがとう。それにしても豪華だな。結構な金額だったのではないのか?」

「桜花賞で優勝したから、それなりのポイントを持っているのよ。それにあたしだけがお金を出した訳ではないわ。友達も自分のポイントを使ってくれたのよ。兄さんが知っているのは、東海帝王トウカイテイオウくらいかな?」

「そうか。今度会った時に、礼を言わなければな」

「それなら、あたしが代わりに言っておいてあげるわ。同じクラスだし」

「いや、直接言わないと意味がない。それに、彼に聞きたいことがあるしな」

「聞きたいこと?」

 妹が小首を傾げて問いかけてきた。

「いや、大したことではない」

  そこまで重大なことではないと妹に嘯く。だが、本当はとても大事なことだ。

 彼には妹を大切にすると約束をしてくれたからな。

 妹とどこまで関係を深めているのか。もう既にキスをしているのかなどだ。さすがに子を作る行為などはしてはいないと思うが、その辺りも知りたい。

 さすがにこんなことは妹には聞けないからな。男同士なら、ちょっとした下ネタ話をしても問題ないだろう。

 病院を出て俺たちは学園へと戻る。

「俺は生徒会に行って、退院したことを報告してくる」

「分かった。生徒会も大変よね。仲間の退院にも駆けつけられないなんて」

「まぁ、それだけ忙しいんだ。俺の退院の迎えに来られなくとも不思議ではない。お前も生徒会のメンバーに入れば分かるさ」

「生徒会は遠慮しておくわ。兄さんの忙しさが話を聞いただけで伝わってくるから」

「そうか。それじゃ、俺はこっちだから」

 妹と別れ、校舎へと入って行く。そして階段を登り、3階にある生徒会室へと向かった。

 扉の前に立ち、一度扉をノックする。

「どうぞ」

 扉越しに入室の許可を出す女性の声が聞こえ、扉を開けた。

大和主流ダイワメジャー、ただいま戻りました」

 帰還したことを告げ、生徒会室を見渡す。

 生徒会長の机には、肩にかかるセミロングの黒髪の女性が座っていた。

「生徒会長だけですか? 他の生徒会のメンバーは?」

「今は生徒会の仕事で出払っていますわ」

 生徒会長は座っている椅子から立ち上がり、こちらに向かって歩いてくる。その姿は優雅であり、育ちの良い令嬢を思わせる歩き方だった。

 彼女は制服のスカートを摘むと、貴族令嬢の挨拶のように、少しだけ持ち上げて片足を後に下げ、軽く頭を下げる。

大和主流ダイワメジャー、あなたの帰還をお待ちしていましたわ」

「ご心配をおかけしました。すぐに仕事にかかります。俺はまず、何をすれば?」

「あなたは退院したばかりですので、仕事は明日からで良いです。今日は体を休めてください」

「いや、ですが」

「これは命令です。このワタクシ、生徒会長である貴婦人ジェンティルドンナに逆らうつもりですの?」

 生徒会長が向ける視線を感じた瞬間、背筋が一気に寒くなるのを感じた。

 史上4頭目の牝馬三冠を成し遂げた偉業を持つ霊馬と契約しているだけのことはある。これ以上、彼女の機嫌を損なうのは避けた方が賢明だろうな。

「わ、わかりました。生徒会長のお心遣いに感謝致します」

「それでよろしいのです。素直な子は大好きですよ」

 良くない意味で、心臓の鼓動が早鐘を打つ中、俺は彼女に頭を下げて生徒会室から出て行く。

 ふぅ、貴婦人ジェンティルドンナ生徒会長、機嫌が悪かったな。それだけ生徒会の仕事が大変なのだろう。明日は気合を入れて仕事に取り組まなければならなさそうだ。

「あれ~そこに居るのは大和主流ダイワメジャーじゃないか? 退院したんだね?」

 廊下を歩いて学生寮に戻ろうとしていると、1人の男が声をかけてきた。

 茶髪の男には、風紀委員の腕章が付いている。

周滝音アグネスタキオンか。俺に声をかけるなんて珍しいな」

「久しぶりに顔を見たんだ。声くらいはかけるよ。いやー君が退院してくれて本当に良かった。君が入院している間は、大和鮮赤ダイワスカーレットちゃんが学園と病院を往復しないといけなかったからね。娘が心配する姿は、見ていて心を痛めたよ」

「何が娘だ。妹は俺たちの両親の子どもだぞ」

 こいつは本当に昔から変わっていないな。競走馬の血縁関係を理由に、妹と親子関係を築こうとしていやがる。

「毎回言っていると思うが、アグネスタキオンとは種違いの子どもであるダイワメジャーと同じ名前を持つ君とは、親子関係になるつもりはないからね」

「そんなの俺もお断りだ。想像しただけで気持ち悪い。俺が居ない間に、妹にちょっかい出していないよな」

「そんなことする訳がないじゃないか! 大切な娘に嫌われるようなことはしない。初めて会ったときに、興奮して抱きしめようとしたことはあったのだけど」

「既にちょっかいを出しているじゃないか!」

 思わず声を上げてしまった。だが、妹からは被害を受けたと聞かされてはいない。恐らくこいつのスキンシップは失敗したのだろう。

「その時もあの子に邪魔をされてね。蹴り飛ばされてしまったよ。あの時は本当に痛かった」

 あの子と言われ、俺の脳内には東海帝王トウカイテイオウが思い浮かんだ。

 ちゃんと俺との約束を守ってくれているようだな。彼が妹の側に居て守ってくれているのであれば、こいつを見張る必要はなさそうだ。

「言っておくが、妹には彼氏が居る」

「え?」

 妹には彼氏が居ることを告げると、周滝音アグネスタキオンはその場で固まり、一時的に動きを止めた。

「ど、どこのどいつだ! そんな馬の骨とも分からないやつ! お父さんは許さないからな!」

「誰がお父さんだ! 妹の恋愛に、お前の許可は要らない! それに、少なくとも俺は認めている」

「君が認めても、僕は認めないからな! こうしては居られない。早くその馬の骨を見つけ出して、大和鮮赤ダイワスカーレットちゃんに金輪際近付かないようにボコらないと!」

 東海帝王トウカイテイオウを探しに、周滝音アグネスタキオンは走り去ってしまった。

 彼には迷惑をかけてしまったな。いや、俺は名前を出してはいない。きっと彼に辿り着くまでには時間がかかるだろう。今すぐに対策を取る必要はないはず。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜

仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。 森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。 その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。 これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語 今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ! 競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。 まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。

ワイルド・ソルジャー

アサシン工房
SF
時は199X年。世界各地で戦争が行われ、終戦を迎えようとしていた。 世界は荒廃し、辺りは無法者で溢れかえっていた。 主人公のマティアス・マッカーサーは、かつては裕福な家庭で育ったが、戦争に巻き込まれて両親と弟を失い、その後傭兵となって生きてきた。 旅の途中、人間離れした強さを持つ大柄な軍人ハンニバル・クルーガーにスカウトされ、マティアスは軍人として活動することになる。 ハンニバルと共に任務をこなしていくうちに、冷徹で利己主義だったマティアスは利害を超えた友情を覚えていく。 世紀末の荒廃したアメリカを舞台にしたバトルファンタジー。 他の小説サイトにも投稿しています。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

サクラ・アンダーソンの不思議な体験

廣瀬純一
SF
女性のサクラ・アンダーソンが男性のコウイチ・アンダーソンに変わるまでの不思議な話

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

未来への転送

廣瀬純一
SF
未来に転送された男女の体が入れ替わる話

処理中です...