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第四章

第十四話 倍率の歪み

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 大和鮮赤ダイワスカーレットに付き合って欲しいと言われたその日の放課後、俺は彼女と一緒に学園の競技場の観客席ホームストレッチに座っていた。

 俺に紹介したい人がいるって言っていたけれど、いったい誰なのだろうか?

『観客席からレースを見るの、初めて! どんなドラマが見られるのかワクワク!』

 俺の肩に後ろ足を乗せ、頭に前足を乗せているハルウララが興奮気味で言葉を連ねる。

「そんなところに居たら、後の席の人の邪魔になるだろう」

『はーい。帝王の膝の上に座るのも、これはこれで悪くないね』

 膝の上に座ったハルウララが、嬉しそうに声を発した。

 レースの開催を待っていると、大和鮮赤ダイワスカーレットの隣に生徒が座る。しかし彼女は何も反応を示さなかった。

 どうやら観客席ではないようだな。そうなると、騎手の紹介なのだろうか。

 胸ポケットからタブレットを取り出し、この時間に開催されるレースを確かめる。

 もう直ぐ始まるレースは、 G IIスプリングステークス。中央競馬場で行われる1800メートルの中距離戦だ。そして今回の出走馬は16頭。

 その16頭の名前を確認していると、ある馬の名前に目が止まった。

 ダイワメジャー。ダイワスカーレットの種違いの兄だ。

 もしかして、彼女が紹介したいと言うのは、この名馬に騎乗する騎手なのだろうか。

「この倍率オッズ、納得がいかないわよ。どうしてダイワメジャーが5番人気で、スマートストリームが1番人気なのよ。今回の倍率オッズ、歪み過ぎじゃない」

 推し馬の人気順に納得がいかないのか、大和鮮赤ダイワスカーレットが不機嫌そうに言葉を漏らす。

「まぁ、賭け事をしている以上、ある程度は儲けを出さないといけないから、多少の確率操作はあるだろうよ」

 競馬には、倍率オッズの歪みと言うものが存在する。その歪みは、人が多く集まる人気のレースほど、大きくなることがある。

 例えば、霊馬競馬の番組やネットの記事で『この馬が最近来ている。今回のレースでもきっと勝つ!』などが言われたり、書かれたりしていたとしよう。そしたら、馬や騎手の実力を把握していない人が噂を聞き付け、その馬に関係する馬券を購入してしまう。

 すると自然と倍率オッズが下がって人気が上がってしまうのだ。

 そうして実際にレースが始まると、1番人気であるにも関わらず負けてしまい、馬券がただの紙切れになってしまう。

 これが倍率オッズの歪みによる競馬界の闇だ。

 まぁ、実力通りに1番人気が1着になるケースもあるから、他人の言うことは参考程度にとどめ、最終的には自分が調べた知識で最終決断をするのが良い。それが勝っても負けても、納得できる解決策だ。

 競馬にはジンクスなどもあり、そのジンクス通りになることもある。

 それに、倍率オッズの歪みがあると、逆に当たった時の払戻金が高くなるので、上手い具合に利用すると、大金が手に入ったりもするのだ。だから一概に倍率オッズの歪みも悪く言うことはできない。

 さて、せっかく観戦に来たことだし、俺も今回のレースで何かかけてみようかな。

『帝王、せっかくなら賭けようよ。フンコロガシをしてみない?』

「フンコロガシ? ああ、複勝転がしのことな」

 複勝転がしとは、複勝のみを購入してどんどん所持金を増やす戦法だ。

 複勝は、3着までに入る馬を当てる馬券だ。払い戻しは倍率オッズの約80パーセントの払い戻しになる代わりに、3着以内に入ればお金が返って来る。

 例えば、俺が前々回走った弥生賞を参考にした場合、安定の3着はナイスネイチャだ。あの時の倍率オッズは3.3倍。80パーセントの払い戻しで簡単に計算した場合、ナイスネイチャに複勝で1000ポイントで購入した場合は(1000×3.3)―20パーセント=2640ポイントの払い戻しとなる。1000ポイントが倍以上のポイントとなって返ってくるのだ。そしてその軍資金を元に、次のレースで再び3着以内に入る馬の馬券を購入して、少しずつ所持金を増やしていく。

 これが複勝転がしと言われる戦法だ。

 絶対に3着以内に入ると言う自信のある馬が居た場合は、安定の複勝を勝ってチャレンジしてみるのも良いだろうな。

 でも、3着以内に入らなければ複勝転がしは失敗することになる。だから馬や騎手の見極めが重要となってくる。

 さて、どの馬の馬券を買うか。

 もしかしたら、このレース後にダイワスカーレットは席を外すかもしれない。そうなると、複勝転がしをする意味はあまりないかもしれないな。

「悪いが、複勝転がしはまた今度だ」

『えー、なんでさ』

 ハルウララの言葉を無視して、俺はタブレットの画面を凝視する。

 一攫千金を狙うなら、3連単か。でも、3連単を当てるのは難しい。なら、両方の効果を持つ応援馬券の方が良いだろうか。

 どの馬券を購入するのか悩んでいると、いつの間にかタブレットには『このレースの馬券販売は終了しました』と言う表示が現れる。

 悩みまくった挙句、時間に間に合わずに馬券を購入できないで終わる。馬券を購入している競馬ファンには、1回くらいはおそらく経験したことがあるだろう、あるあるを体験してしまった。

 しまった。悩みすぎたか。だいたいこう言うのって、買い逃した馬券が当たることが多いんだよな。

 一応、心の中では、ダイワメジャーの単勝ってことにするか。

 レースの出走時間となったようで、馬と騎手たちが次々とゲート入りを始める。

『さぁ、全ての馬がゲート入りを済ませました。スプリンングステークス、まもなく開始です』

 中山の言葉が終わった瞬間、ゲートが開き、一斉に馬たちが走る。しかし、その後すぐに、俺は目を大きく見開く出来事を目撃してしまう。

『ゲートが開きました。みんな一斉に……おっと! ここでダイワメジャーの騎手が落馬だ! 騎手を落としたまま、ダイワメジャーが突っ走る!』

 騎手の落馬を目の当たりにした観客たちからは、どよめきの声が漏れていた。

 横に座っている大和鮮赤ダイワスカーレットに顔を向けると、彼女は立ち上がっており、動揺しているのか、体が震えていた。

「うそでしょう。どうして兄さんが落馬なんて」
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