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第二章

第十三話 復活の名馬

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 俺は明日屯麻茶无アストンマーチャンに付き合ってくれと告げる。

「付き合う……ですか?」

 彼女は小首を傾げるも、直ぐに柔軟な笑みを浮かべる。

「良いですよ。アストンマーチャンを失って、傷心状態ですから、あなたが私の傷を癒してくださるのでしたら」

「なら、決まりだな」

「ええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 明日屯麻茶无アストンマーチャンが俺に付き合ってくれることを言ってくれた瞬間、後の方から声が聞きえた。振り返ってみると、そこにはクロが驚いた表情で曲がり角から顔だけを出している姿を目撃する。

「クロじゃないか? どうした? そんなところでコソコソして」

「いやー、あはは」

「だから言ったじゃないのよ。あんまり顔を出しすぎたら気付かれるって」

 クロの存在に気付いて声をかける。すると、彼女は苦笑いを浮かべて曲がり角から姿を見せる。

 すると、彼女に続いて大和鮮赤ダイワスカーレット魚華ウオッカが現れ、気まずそうに佇んでいた。

「あー、いや、別に盗み聞きするつもりじゃなかったんだぜ。アタイは普通に声をかけようとしたら、大和鮮赤ダイワスカーレットとクロが隠れると言い出してだな」

 魚華ウオッカの言葉に違和感を覚える。どうして隠れる必要があるのだろうか?

「そうだ。せっかくだから、お前たちも付き合ってくれないか」

「つ、つつ、付き合う! 何言っているのよ! 明日屯麻茶无アストンマーチャンがいるのに、私たちとも付き合うなんて不潔だよ! 二股どころではなく、四股をしようってことなの! 信じられない! 帝王のことを見損なったよ!」

 なぜかクロは興奮状態となり、平然と俺の真名の一部を口にした。そして彼女の言葉を聞き、どうしてあんなに怒っているのかを理解した。

 あー、クロのやつ、恋人関係の付き合うと勘違いしているのだな。でも、困ったな。ここで勘違いだと指摘すると、余計に怒らせることになる。さて、どうしようか。

 どのようにしてクロの羞恥心を上げることなく、彼女に本当のことを告げようかと悩んでいると、明日屯麻茶无アストンマーチャンが一歩前に出た。

「うふふ、クロさんは可愛らしい勘違いをしておられますね。奇跡の名馬さんが仰った付き合うとは、同行と言う意味の付き合うですよ」

「同行の方の付き合う?」

「ええ、でも、奇跡の名馬さんも酷いですよね。後先考えないで勘違いをさせるような言い方をしてしまうなんて。どこかに行きたいのであれば、主語となる場所の名前を言えば良かったですのに」

「そ、そうだよ。帝……奇跡の名馬がバカだから、変な勘違いをしてしまったじゃない。ちゃんと正確に言葉を言わないと、みんなに迷惑をかけることになるのだからね!」

「すまない。以後気を付ける」

 勘違いだと理解したクロから、結局怒られてしまった。しかし、明日屯麻茶无アストンマーチャンの方から話してくれたので、注意程度で済んだようだ。

 彼女には、ちょっとした借りができたな。

「なんだ。そっちの付き合うか。アタイはてっきり、恋人関係の方かと思っていたぜ」

「あなた程度の頭なら、言葉通りに捉えそうよね。もちろん、あたしはどうせそうだろうと思っていたわ」

「何だと! それはアタイの頭がバカだと言いたいのか」

「あら? 意外と察しが良いわね」

 クロの誤解が解けてホッとしていると、大和鮮赤ダイワスカーレット魚華ウオッカが喧嘩腰になり始めた。

「おい、2人共! 喧嘩するくらいなら付いて来てくれ」

 今にも喧嘩を始めそうな雰囲気の2人に声をかけ、俺は明日屯麻茶无アストンマーチャンとクロと一緒にレース場を出て行く。

 そして一度校舎内に戻る。

「それで、私をどこに連れて行くつもりなのですか?」

「それは行ってからのお楽しみだ。着けば分かるからな」

 これから何を行うのか、それは目的地に着けば分かると言うことだけを告げ、俺はある場所へと向かって行く。

 因みに大和鮮赤ダイワスカーレット魚華ウオッカも付いて来ているが、再び喧嘩を始めないか、内心ハラハラしている。

 しばらく歩くと、目的地にたどり着く。だが、その部屋の前には丸善好マルゼンスキー学園長がおり、俺たちに気付くと右手を上げた。

「待っていたわよ。あなたたちのことだから、どうせ此処に来るだろうと思って、鍵は開けておいたわ」

「ここって、霊馬召喚システムの機材が設置されている部屋ですね? もしかして」

「ああ、今からアストンマーチャンの再召喚を行う。きっと君の呼び声に応えてくれるはずだ」

 霊馬召喚でこの世に顕現した馬は、システムによって仮の肉体を得る。だから例え消滅したとしても、肉体が滅びるだけで、精神は残り続ける。

 だから、他の誰かに召喚されない内に再召喚を行えば、彼女の元にアストンマーチャンが帰って来ると思ったのだ。

 丸善好マルゼンスキー学園長が扉を開け、中に入るように促す。なので、先に明日屯麻茶无アストンマーチャンを部屋に入れ、続いて俺も入った。

 部屋の中には魔法陣を模した機材が置かれてあった。

「準備はいいかしら? 今、システムを立ち上げるわね」

 丸善好マルゼンスキー学園長が声をかけ、霊馬召喚システムを操作する。すると、魔法陣が青白く発光を始めた。

「オーケーよ。いつでも始めてちょうだい」

「わ、分かりました。奇跡の名馬さん。ちょっと良いですか?」

 明日屯麻茶无アストンマーチャンに呼ばれ、彼女に近付く。

「どうした?」

「すみません。少しの間で良いので、手を握ってもらっても良いですか?」

「それくらい別に構わないが」

 手を繋ぎたいと言われ、俺は彼女の手を握る。すると、小刻みに震えていることに気付く。

 きっと怖いのだろう。だって、彼女はアストンマーチャンを消滅へと追い遣った。自分を殺したも等しい相手と、もう一度走ろうとは考えないかもしれない。

 そう考えたら、俺だって怖い。

 だから、手を繋ぐくらいで彼女が勇気の一歩を踏み出せるのであれば、お安い御用だ。

 明日屯麻茶无アストンマーチャンを見ると、彼女は目を瞑って深呼吸を始める。そして閉じていた瞼を開けると、引き締めた表情になった。

「行きます!」

 召喚を始めると宣言をすると、彼女は右手を前に出した。

「我が名は明日屯麻茶无アストンマーチャン! この名と同じ名馬、アストンマーチャンよ! 名の縁に従い、我元へ姿を表せ! 顕現せよ! 競馬界の名馬よ!」

 力強い口調で、彼女は叫ぶ。すると、霊馬召喚システムが起動し、馬の姿を模る。

 どうやら召喚自体は成功したようだ。だけどまだ安心はできない。馬の形となっているが、その姿は光の発光体となってシルエットだけとなっている。

 俺の時のように、違う馬が彼女の呼び声に応えることもある。

 光が消え、呼び声に応えた名馬が姿を現す。

 その馬は茶褐色の毛色に額から鼻にまで届く細長い白色の模様に、優しい瞳をしていた。

『私の名前はアストンマーチャン。問いましょう。あなたが私の騎手ですか?』

「うそ……本当に私の所に戻ってくれるなんて」

「良かったな。さぁ、彼女の所に行ってやってくれ」

 俺は明日屯麻茶无アストンマーチャンの背中を軽く押す。すると、彼女は一歩前に踏み出し、そしてアストンマーチャンの所に駆けて行った。そして愛馬の首に腕を回し、抱き締める。

「アストンマーチャンよがったよぉ。もうぎてくれないかと思っていだのに、どうじて呼び声に応えてぐれたのぉ」

 明日屯麻茶无アストンマーチャンは涙を流しながら愛馬に問いかける。

『あら、明日屯麻茶无アストンマーチャンじゃない? どうしてって、当たり前じゃないのよ。私のために奮闘してくれるような素晴らしい騎手は、他にはいないわ』

「よがった! 本当によがった!」

 明日屯麻茶无アストンマーチャンは声を上げ、嬉し涙を流し続けた。

 アストンマーチャンの再召喚が成功したのも、きっと霊馬と騎手との間で固い絆が結ばれていたのだろう。だからこうして名馬の方から彼女の呼び声に応えてくれた。

 この敗北で、きっと彼女たちは強くなる。次に競うことがあれば、苦戦を強いることになるだろうな。
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