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第二章

第五話 負けた魚華

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 偶然にも魚華ウオッカと出会ってしまった。彼女は俺との勝負を申し込む。そう思っていたが、魚華ウオッカは元気がない口調でレースはできないと言って来た。

 あれだけダイワスカーレットとウオッカを競わせたがっていたのに、どうしたのだろうか?

「どういうことなのよ? あれだけあたしとレースをしたがっていたじゃない?」

 魚華ウオッカの反応を見て、大和鮮赤ダイワスカーレットが不思議そうに訊ねる。

「いや、アンタと競ってウオッカを勝たせてやりたいとは思っている。だけど、それはもっと先になった。とある人物からレースを持ちかけられてだな。イライラしていたアタイは、それを受けてしまった。だけど結果は2着で敗れて、その上、ウオッカのデメリットステータス、鼻出血を起こしてしまった。だから肉体を構成する物質の維持が難しい状況になっている」

 大和鮮赤ダイワスカーレットの問いに魚華ウオッカが答える。今ので、彼女の元気がない理由がなんとなく分かった。

 魚華ウオッカは自分の契約している愛馬に自信を持っている。だからあの時、わざわざ二つ名ではなく、真名を明かしたのだ。

 それだけレースに勝つ自信があったのにも関わらず、勝負に負けてしまった。しかもウオッカ特有のデメリットステータスも発動してしまったのであれば、嫌でも落ち込んでしまう。

「来てくれ、アタイの愛馬」

 魚華ウオッカが契約している霊馬を呼び出す。すると、彼女の隣に1頭の馬が姿を現す。

 茶褐色の体に額から鼻に向けて伸びている大陸のような白い模様、そして力強さを感じる目、そして右と左で色の違う足首。この特徴はあのダービー馬のウオッカで間違いなかった。

 しかし彼女の体は、まるで映像の乱れている画面を見ているかのようにブレたりしていて、体が安定していなかった。下手をすれば、今にも消えてしまいそうな感じだ。

「うわー、これは予想以上に酷いわね。確かにレースどころではないわ」

「そう、だから暫くの間は、レースはお預けだ。くそう。こうなるのなら、あの時のレース、断れば良かったぜ」

 がっかりとした感じで肩を落とす魚華ウオッカ。そんな彼女を他所に、クロがウオッカに近付く。

「肉体を構成している物質が、破壊と再生を繰り返しているね。霊馬の肉体は素粒子を集めて物質と化し、その物質を使って肉体を構成している。でも、デメリットステータスの鼻出血状態になることで、内部の粒子に反粒子が発生してしまっている。電気的な性質が正反対の反粒子が内部にあることで、粒子と反粒子が互いに出会ってしまってエネルギーを出して消えてしまっているみたいだよ」

 今にも消えてしまいそうなウオッカの肉体を撫でながら、クロが彼女の状態を口にした。

「化学的なことはアタイには良く分からないが、ウオッカは無事だよな! また元気に走れるようになるよな」

「肉体を構成する元となっている素粒子が生成され続ける限りは、問題ないと思う。鼻出血状態が治れば、反粒子は消えると思うから、多分大丈夫だと思うけれど、最悪消滅してしまうかもしれない。今はできるだけ無理をさせないようにしてあげた方が良い」

「わ、分かった。ウオッカ、ご苦労だったな。もう、現界しなくて良いぞ」

 魚華ウオッカが姿を消すように指示を出すと、ウォッカは俺たちの前から姿を消す。

「鼻出血、これが原因でウオッカは引退することになった。気性が荒いところもあったが、サービス精神があって、強く賢い馬だった。だけどそれが仇となって我慢させてしまい、ドバイで行われたレース中に発症させ、8着。これが引退の決め手となった」

「鼻出血は基本的には短期間で治るけれど、気道や肺胞粘膜の毛細血管の破綻による内因性の鼻出血は習慣性となることもあり、レース中に発症してしまった馬は、競争能力の低下が起きてしまうわ。突然失速してしまう原因となる。当時のウオッカがドバイのレースで8着だったのも、これが原因よね」

 魚華ウオッカに続いて大和鮮赤ダイワスカーレットが鼻出血のことを口にする。

 馬の鼻出血は、人間の鼻血とは違う。最悪競走馬としての人生を奪われてしまう。

「それにしても、ウオッカが負けてしまうとはね。しかも鼻出血のデメリットを発動させてしまうほどの強敵って、いったいどんな馬とレースをしたのよ」

「それは……」

 大和鮮赤ダイワスカーレットの問いに、魚華ウオッカは口をつぐむ。

「いや、言えない。さすがにそれはマナー違反だ。いくらアタイが知っていても、無闇に馬のことを話すことはできない。それは、あいつの真名を明かすことに繋がってしまう」

 大和鮮赤ダイワスカーレットはどうにかして他の騎手の情報を集めようとしているのだろう。でも、意外と魚華ウオッカはその辺は義理堅いようで、彼女の質問を拒絶した。

「ありがとうございます。魚華ウオッカさん。可憐なる貴族さんも、楽して情報を得ようとはしないでくださいね」

「きゃあ!」

 突然背後から女の子の声が聞こえたかと思うと、突然大和鮮赤ダイワスカーレットは短い悲鳴を上げた。

 俺も振り向くと、そこにはこの学園の制服を着用している女の子の姿があった。
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