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第十二章
第四話 フェイン事件の真実
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シュヴァルツが突然、レース勝負を行い、勝てば嫁になって欲しいと俺が言っているなど嘯き始めた。
予想外の発言に、一瞬言葉を失ってしまう。
早く否定しなければ。そうしないと、新たなトラブルが発生してしまう。
「ち、ちが――」
「もう、兄さんたら、変な妄想を口走って、他の方のご迷惑になるようなことを言うのはやめてください」
否定しようとした瞬間、ルビーは兄が俺の意思とは別のことを言っていると理解しているようで、笑みを浮かべている。
「いや、俺は本気で」
「じょ・う・だ・ん・ですよね。兄さん」
「は、はい。その通りです」
「ごめんなさい。兄は他人との距離の詰めかたが分からない。残念な方なんです。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。私たちはこれで帰りますので。ここまで案内していただきありがとうございます。さぁ、兄さん。帰りますよ」
「はい」
兄の妄言を謝罪し、ルビーは一度頭を下げるとシュヴァルツを連れて寮の方へと歩いて行く。
げんなりとした表情を見せるシュヴァルツを見るに、妹に手綱を握られているようだなと思った。
「ねぇ、ひとつ聞きたいのだけど?」
ウマのケモノ族の兄妹がこの場を去った後、ルビーの案内役をしていたタマモが声をかけてくる。
「何だ? 何を聞きたい?」
「彼が言っていたあの台詞、本当に嘘なのよね」
訝しむような視線を俺に向け、彼女は真実なのかどうかと問い詰めてきた。
「当たり前だろう。俺があんなことを思っている訳がないじゃないか」
シュヴァルツの発言が嘘であることを伝えると、タマモはホッとしたかのように顔の筋肉を緩めた。
あの一件から数日が過ぎた休日のある日、俺とルーナとタマモは研究所に来ていた。
呼び鈴を鳴らすと扉が開かれ、所長が姿を見せる。
「来たか。中に入れ」
研究所内に入るように促され、俺たちは建物の中に入った。
所長はクリープの行った手術により、一時的に変態となってしまったが、今は元に戻っている。だから俺たちに対してはトゲのある言い方になってしまっている。だが、昔とは違い、今は協力的になってくれているのだ。
「くそう。こうなったのも全てあの女のせいだ。あいつがいなければ、クライアントから研究資金を貰い続けられたと言うのに」
廊下を歩きながら、ブツブツと所長はクリープの悪口を言う。
彼の言葉が耳に入った俺は、ポケットからある容器を取り出し、トリガーを引いて容器の中に入っている液体を霧状にして所長にふっかける。
「おい、ナンバー0721! 何を! うっぷ」
霧状となった液体が所長の体に付いた瞬間、彼は顔色を悪くして頬を膨らませた。そして一目散にトイレに駆け込む。
扉越しに、胃の中にあったものが口から出る音が聞こえてきた。
しばらくすると、やつれた顔で所長がトイレから出てくる。
「ナンバー0721、貴様……俺に何をした」
「クリープの匂いを香水化したものだ」
「ど、どおりで……匂いを嗅いだ瞬間に吐き気を感じた」
この香水は、俺の部屋に散布してくれと言われてクリープから貰ったものだ。
しかし、クリープの匂いを部屋中にさせるつもりはなかったのでしまっていたが、こんなこともあろうかと持って来て正解だったな。
「俺たちに楯突くようなことや発言をすれば、再びかけるからな」
「そ……そんなことをされたら、トイレが俺の部屋になってしまう。わ、分かった。発言や行動には気を付けよう」
どうやら、クリープのことが相当トラウマとなっているようだな。この香水がある以上、所長は俺たちの言いなり状態と言うわけだ。これなら、滞りなく目的を達成することができるだろう。
体調を崩した所長に案内されたのは、研究所の職員の中でもごく一部の人間しか入れない部屋だ。
「お前たちが求めている書類はこれだ」
部屋の奥に所長が向かい、紙の束を俺に手渡してきた。
目を通すと、それは以前俺が資料室にて見つけた書類に酷似していた。だが、内容が更に詳しくなっており、塗り潰されていた場所も読めるようになっていた。
クライアントであるブッヒーの依頼、それは魔王の魂を肉体に移植させるための研究と書かれてある。
「魔王の魂を肉体に移植させるだって!」
俺は思わず声を上げてしまう。
「そうだ。あの男は魔王の魂を肉体に移植させるための研究をするように要求してきた」
魔王の魂を肉体に移植させる? いったいどう言うことだ? 魔王は異世界転生者によって倒されたはずだが。
「クライアントが何をしたいのかさっぱり分からない。だが、面白い研究だと思った。だから俺はナナミにカレンニサキホコルの魂を移植したり、魔王が猛威を振るっていた時代の魔族の幹部の魂を液状化させる実験をしたりした」
所長の言葉にハッとする。
マーヤのことが好きなロリコンじじいのアイビス・ローゼが、注射器を使用した際に性格が豹変したあれは、魂が肉体に入り、アイビスを支配したからなのか。
それならば、フェインが暴走したあの事件も、魂の移植による実験の一種だったと言うことになる。
これでブッヒーがフェインの事件に絡んでいる可能性は高くなった。だけど、まだ決定的な証拠はない。まだこれだけだと机上の空論だと言われるのがオチだ。
もっと、相手が言い逃れできない証拠が必要だ。それに、ブッヒーは魔王の魂を移植させて何を企んでいる? まさか、自分に魔王の魂を入れてこの世界を――。
そんなことが一瞬だけ思い浮かんだが、すぐに首を横に振る。
そんなマイナスなことを考えている場合ではない。仮にそうだとしても、事実を知った俺たちなら、対処できるはずだ。
予想外の発言に、一瞬言葉を失ってしまう。
早く否定しなければ。そうしないと、新たなトラブルが発生してしまう。
「ち、ちが――」
「もう、兄さんたら、変な妄想を口走って、他の方のご迷惑になるようなことを言うのはやめてください」
否定しようとした瞬間、ルビーは兄が俺の意思とは別のことを言っていると理解しているようで、笑みを浮かべている。
「いや、俺は本気で」
「じょ・う・だ・ん・ですよね。兄さん」
「は、はい。その通りです」
「ごめんなさい。兄は他人との距離の詰めかたが分からない。残念な方なんです。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。私たちはこれで帰りますので。ここまで案内していただきありがとうございます。さぁ、兄さん。帰りますよ」
「はい」
兄の妄言を謝罪し、ルビーは一度頭を下げるとシュヴァルツを連れて寮の方へと歩いて行く。
げんなりとした表情を見せるシュヴァルツを見るに、妹に手綱を握られているようだなと思った。
「ねぇ、ひとつ聞きたいのだけど?」
ウマのケモノ族の兄妹がこの場を去った後、ルビーの案内役をしていたタマモが声をかけてくる。
「何だ? 何を聞きたい?」
「彼が言っていたあの台詞、本当に嘘なのよね」
訝しむような視線を俺に向け、彼女は真実なのかどうかと問い詰めてきた。
「当たり前だろう。俺があんなことを思っている訳がないじゃないか」
シュヴァルツの発言が嘘であることを伝えると、タマモはホッとしたかのように顔の筋肉を緩めた。
あの一件から数日が過ぎた休日のある日、俺とルーナとタマモは研究所に来ていた。
呼び鈴を鳴らすと扉が開かれ、所長が姿を見せる。
「来たか。中に入れ」
研究所内に入るように促され、俺たちは建物の中に入った。
所長はクリープの行った手術により、一時的に変態となってしまったが、今は元に戻っている。だから俺たちに対してはトゲのある言い方になってしまっている。だが、昔とは違い、今は協力的になってくれているのだ。
「くそう。こうなったのも全てあの女のせいだ。あいつがいなければ、クライアントから研究資金を貰い続けられたと言うのに」
廊下を歩きながら、ブツブツと所長はクリープの悪口を言う。
彼の言葉が耳に入った俺は、ポケットからある容器を取り出し、トリガーを引いて容器の中に入っている液体を霧状にして所長にふっかける。
「おい、ナンバー0721! 何を! うっぷ」
霧状となった液体が所長の体に付いた瞬間、彼は顔色を悪くして頬を膨らませた。そして一目散にトイレに駆け込む。
扉越しに、胃の中にあったものが口から出る音が聞こえてきた。
しばらくすると、やつれた顔で所長がトイレから出てくる。
「ナンバー0721、貴様……俺に何をした」
「クリープの匂いを香水化したものだ」
「ど、どおりで……匂いを嗅いだ瞬間に吐き気を感じた」
この香水は、俺の部屋に散布してくれと言われてクリープから貰ったものだ。
しかし、クリープの匂いを部屋中にさせるつもりはなかったのでしまっていたが、こんなこともあろうかと持って来て正解だったな。
「俺たちに楯突くようなことや発言をすれば、再びかけるからな」
「そ……そんなことをされたら、トイレが俺の部屋になってしまう。わ、分かった。発言や行動には気を付けよう」
どうやら、クリープのことが相当トラウマとなっているようだな。この香水がある以上、所長は俺たちの言いなり状態と言うわけだ。これなら、滞りなく目的を達成することができるだろう。
体調を崩した所長に案内されたのは、研究所の職員の中でもごく一部の人間しか入れない部屋だ。
「お前たちが求めている書類はこれだ」
部屋の奥に所長が向かい、紙の束を俺に手渡してきた。
目を通すと、それは以前俺が資料室にて見つけた書類に酷似していた。だが、内容が更に詳しくなっており、塗り潰されていた場所も読めるようになっていた。
クライアントであるブッヒーの依頼、それは魔王の魂を肉体に移植させるための研究と書かれてある。
「魔王の魂を肉体に移植させるだって!」
俺は思わず声を上げてしまう。
「そうだ。あの男は魔王の魂を肉体に移植させるための研究をするように要求してきた」
魔王の魂を肉体に移植させる? いったいどう言うことだ? 魔王は異世界転生者によって倒されたはずだが。
「クライアントが何をしたいのかさっぱり分からない。だが、面白い研究だと思った。だから俺はナナミにカレンニサキホコルの魂を移植したり、魔王が猛威を振るっていた時代の魔族の幹部の魂を液状化させる実験をしたりした」
所長の言葉にハッとする。
マーヤのことが好きなロリコンじじいのアイビス・ローゼが、注射器を使用した際に性格が豹変したあれは、魂が肉体に入り、アイビスを支配したからなのか。
それならば、フェインが暴走したあの事件も、魂の移植による実験の一種だったと言うことになる。
これでブッヒーがフェインの事件に絡んでいる可能性は高くなった。だけど、まだ決定的な証拠はない。まだこれだけだと机上の空論だと言われるのがオチだ。
もっと、相手が言い逃れできない証拠が必要だ。それに、ブッヒーは魔王の魂を移植させて何を企んでいる? まさか、自分に魔王の魂を入れてこの世界を――。
そんなことが一瞬だけ思い浮かんだが、すぐに首を横に振る。
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