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第八章

第十二話 物理的に記憶を消すのみ

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 ~ルーナ視点~





「うーん、朝か? いつの間に寝ていたのだろうか?」

 目が覚めたワタシは、いつの間にか酔い潰れていたようで、降り注ぐ太陽光から朝になっていたことに気付く。

「いたたた。頭痛がする。さすがに飲み過ぎたか。まさかこのワタシが二日酔いになるとは」

 心の中でため息を吐く。昨日は実家から連絡があり、その内容が最悪だった。つい、感情が乱れてしまい、久しぶりに酒を飲んで忘れようとしていた。

 けれど、酒を飲んでいた間の記憶は完全に消えているが、酒を飲む前の記憶は残っている。

「はぁー、どうして都合良く忘れさせてくれないのだろうか」

 楽しい記憶は忘れるが、嫌な記憶は残り続ける。それは生き物の防衛本能によるものだ。何かの過ちを犯した場合、同じことを繰り返さないために、自身の身を守ろうとして、嫌な記憶は教訓として残り続ける。

「二日酔いの状態だが、今日も仕事がある。しっかりと学園の運営に力を入れなければ……うん? 何か掴んでいるな? って、これは手首じゃないか! いたたたた」

 誰かの手首を掴んでいることに驚き、声を上げてしまった。しかし、声を上げたことで脳を刺激してしまったことにより、頭痛が発生してしまう。

 今は刺激になるようなことは避けた方が良さそうだ。ひとまず誰の手首を掴んでいるのか確認しなければ。

 視線を下に向ける。

 まさか、手首だけがあり、その先は何もないとか言う、ホラー展開なんてことは起きないよな?

 更に視線を下げると、黒髪の男の子が床に寝ており、彼の腕を掴んでいることを知る。

 シャ、シャシャ、シャカール! どうしてお前がワタシの部屋で寝ている!

 床に寝ているのが魔の森で拾った教え子だと知り、心臓の鼓動が早鐘を打つ。それと同時に頭痛がぶり返してきた。

 頭が痛い中、どうして彼がいるのか必死になって記憶を辿る。しかし、どんなに頑張って思い出そうとしても、酒を飲んでいる間の記憶は欠如しており、空白となっていた。

 どうして彼がいるのかは不明だが、それを知っているのはシャカール自身だ。

 ここは彼から聞くべきだろう。

「シャカール、おい、シャカール。起きろ。朝だぞ」

「うーん、まだ眠い、お願いだから後五分寝かせくれ。クリープ」

 声をかけると、シャカールは仰向けから側臥位そくがいに体勢を変え、横向きになる。

 どうやらワタシをクリープと間違えているようだ。つまり、彼は普段からクループに起こされる習慣を過ごしており、彼女は今のような寝顔をほぼ毎日見ていると言うことになる。

 少しだけ羨ましいような気がするが、ワタシは大人だ。こんなことで軽い嫉妬をするほど、精神年齢は幼くはない。

「このワタシが起こしてやっていると言うのに、目覚めないとは、肝が据わっているではないか」

 どうやって彼を起こそうかと思考を巡らせていると、ふっと良いアイディアを思い付く。

 さすがワタシだ。二日酔いで頭が痛いが、脳の回転は早いようだ。

 シャカールの耳元に口を近づけ、そっと囁く。

「早く目を覚さないと悪戯しちゃうぞ。フ~」

 呟いた後、小さく息を吹きかける。すると、生暖かい息吹が彼の耳を通して鼓膜に触れたようで、違和感を検知したようだ。

 半覚醒中の脳が完全に覚醒したようで、シャカールは目を見開く。そして状態を起こすと、直ぐに息を吹きかけた耳を両手で覆う。

「な、なんだ! 一体何が起きた」

「やっと起きたようだな。この寝坊助。もう朝だぞ」

 声をかけると、シャカールは大きく見開いた目でワタシの方を見る。

「ルーナ……そうだった。俺はルーナに捕まって、ここで一泊をすることになったんだった」

 ワタシがシャカールを捕まえた? その結果、彼がこの部屋で寝泊まりをすることになった? 全然記憶に残っていない。

「目が覚めたのなら、話してくれないか? 実は、酒を飲んでいる間の記憶がないのだよ」

 正直に答えると、シャカールは小さく息を吐く。そして何故かワタシから視線を逸らした。

「なんだ? その目の逸らし方は? 何か後めたいことでもあるのか?」

「いや、後めたいことはない。ただ、この話をすれば、ルーナはきっと後悔することになると思ってだな」

「ワタシが後悔するだと!」

 彼の話を聞けばワタシが後悔するだと! それほどのことをワタシはやらかしたと言うのか?

 いや、シャカールのことだ。普段ワタシがオモチャとして弄っていることを根に持っているはずだ。きっと反撃とばかりに、ありもしないことを言う可能性がある。

「とにかく話してみろ。お前が何を言おうと動揺したりはしないはずだ」

「分かった。ルーナがそこまで言うのなら話してやる。お前は酒を飲んでいる最中に、リピートバードを使ってマーヤの店に注文をしてきた」

 彼はワタシの机の上を指差す。机には注文したと思われるツマミが置かれていた。

 あの料理を机に持って来た覚えはない。つまり、彼は今のところ本当のことを言っている。

「そしてお前はリピートバードにこう言った『酒のつまみになりそうなものを適当に持って来てくれ。あ、オマケのサインはシャカ~ル?のサインが良いよぉ。ちゃんと『愛するルーナお姉様へ』とメッセージも添えてね♡キャハハハ!』」

 少々テレがあるのか、シャカールは恥ずかしそうにしながらワタシが言ったと思われる言葉を口にした。

 このワタシがそんな間抜け丸出しの言葉を言っただと!

「そんなの嘘に決まっている! このワタシがそんなおめでたい頭をしたパリピのような発言をするはずがない!」

「俺だって、聞いた時は耳を疑ったさ。まさか、ルーナが酒に呑まれると、こんな風に変わってしまうなんて。俺だって信じたくはない……でも、事実なんだ。お前のメッセージを受け取ったリピートバードが、他の言葉で上書きされていなければ、履歴として残っているはずだ」

 落ち込んだように肩を落とすシャカール。彼の姿を見て、もしや本当のことなのだろうかと思ってしまう。

 いや、確かに真実味のある話だが、彼の作り話の可能性もある、シャカールは人を騙すのも得意だ。だから、ワタシを騙そうとして仕返しをしている可能性もまだ残っている。

「その後、料理を持って来た俺を見て、自分のことをお姉ちゃんと言ったり、俺に酒を注がせた挙句に熱くなったと言って、服を脱ぎ始めたりした。それを証明するのが、今のお前の状態だ」

 指を向けられ視線を下に向ける。するとシャツのボタンが全て外された状態となっており、左右に分かれ、ブラが丸見えの状態となっていた。

「きゃああああああぁぁぁぁぁぁ!」

 今の自分が半裸の状態であることを知り、思わず悲鳴を上げる。少女のように叫んだのは何年振りだろうか。

 直ぐにソファーの上にある毛布で体を覆い、彼を睨む。

「ワタシは信じない。信じないからな。このワタシが、無敗の三冠王コレクターと呼ばれ、多くの種族から尊敬の眼差しを集めたこのワタシがそんなことをするはずがない」

「お前からしたらそう思いたいと思う気持ちは良く分かる。俺がお前の立場なら、同じように考えるさ。でも、証拠がある。これを覚えているか?」

 シャカールがポケットから何かを取り出す。

「それは、前にワタシがシャカールに上げた録音機」

「そう、その通りだ。これには昨日のお前のセリフが全て録音されている」

 シャカールが録音機を操作すると、録音された言葉が次々に再生されていく。

『シャカ~ル~! お姉ちゃん会いたかったぞ!』

『別に良いじゃないか。姉弟きょうだいのスキンシップなんだし、これくらい許されるよぉ』

『誰が弟だ! 良い加減にしないか!』

『ムッ! そんなことを言うなんて、反抗期か? お姉ちゃん悲しいぞ。えーん、えん』

『やったー! さすがお姉ちゃんのシャカールだ! お姉ちゃんは嬉しいぞ!』

『ありがろう。シャカ~ル。お姉ちゃん。体がほれってきらよ』

『おい! ルーナ! 何をやっているんだ! やめろ!』

『な~に? シャカ~ル? まさか。お姉ちゃんの下着姿が見られないの? 別に構わないじゃないかきょうらいだし。ちゃんとこっちを見なさい』

 次々と流れるワタシとシャカールの会話に一気に羞恥心が込み上げて来る。

「これを作ったお前なら分かるよな。この録音機に編集能力はないことくらい。つまり、この録音機に収録されている音声は、昨日起きた出来事が事実であると言う証明になる」

 録音の証拠を出され、ワタシは一気に羞恥心が込み上げてきた。

 もう、酒は飲み過ぎない。

「シャカール。頼む昨日の出来事は忘れてくれ」

 忘れるように懇願し、頭を下げる。

「そうは言われても、あれだけインパクトのある出来事は、簡単には忘れられないって」

 簡単には忘れられないと言われ、ワタシは絶望に叩き落とされる。

 そうだよな。都合の良いように記憶が自分で消せれたのなら苦労はしない。つまり、自分ではなく、他人から記憶を消すようにすれば良いと言うことだ。

「ストーンハンマー」

 小声で呟き、魔法を発動させる。すると空中に石でできたハンマーが現れ、ワタシの手に収まる。

「ま、待て! ルーナ! いくら記憶を無くしたいからと言って、物理的による記憶消去に頼るのは良くない。それにここは学園だ。学園内での魔法は御法度だろうが!」

「そんなこと関係ない。ワタシはこの学園のトップだ。つまり、校則などいくらでも変えられる。この瞬間だけは、ワタシだけが魔法の使用はOKだ!」

「そんな無茶苦茶な!」

 悲鳴を上げながら逃げ惑うシャカールに、何度もハンマーを振り下ろす。しかし彼の頭部に命中させるは難しい。しばらくの間、ワタシとシャカールの追いかけっこは続くのであった。
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