薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜

仁徳

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第七章

第十一話 シャカールの鬼畜特訓(後編)

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「もう許してください!」

 アイリンが悲鳴に近い声音で声を上げる中、俺は彼女が引っ張っている岩の上に乗って眺めていた。

「ダメだ。この岩を動かせられるようにならないと、お前は走者として一皮剥けることはない。根性で頑張れ!」

「もう無理です! 全然進歩しているようには見えませんよ! やるだけ無駄なんです! そんなにわたしを虐めて楽しいのですか!」

 頑張れと応援するも、アイリンの口から出る言葉は限界だの、無理だと泣き言ばかりだ。

 泣き言ばかり言うアイリンに、思わずため息を吐きそうになる。

 本当にこいつはバカだな。いつになったら気付いてくれる。

 普通にやれば、俺ですらこんな大岩を引っ張ることは不可能だ。だけど、魔法で肉体を強化してやれば引っ張ることを可能にする。

 そもそも、俺は一言もこの訓練中は魔法禁止だと言ってはいない。頭を働かせて閃きやすくなることを期待していたが、やっぱり人生は思うようにいかないものだ。

 でも、さすがに何か手を打たないと、このままではアイリンの心が折れてしまう。何の成果も出ないまま訓練を続ければ、トレーニングを嫌がって逃げ出してしまうかもしれない。

 彼女を大会で優勝できるくらいまで叩き上げなければ、俺はルーナからフェインを陰から操っていたやつの情報を得ることができなくなる。

「仕方がない。少しだけ手伝ってやるか……グラビティーマイナス」

 重力の魔法を岩に使い、岩が受ける重力をこの星の半分にした。

 これで岩は軽くなる。少しはやる気も出て来るだろう。

「あれ? 急に岩が動くようになった?」

「やればできるじゃないか。そのまま前進し続けろ。50メートル引っ張ったら、休憩に入る」

 岩を引っ張り終えれば休憩に入ると伝えた途端、岩を引き摺る速度が上がった。

 岩が動くようになったことで自信をつけ、さらに休憩と言う餌を用意したことで、彼女は失いつつあったやる気を取り戻せたみたいだ。

 まるで大好物のニンジンを目の前にぶら下げられた馬だな。

 その後、アイリンが目的地まで岩を引き摺ることに成功した。岩から飛び降りて彼女の様子を窺うと、額から大量の汗を流し、顔が赤くなっていた。

 これは多めに休憩を取った方が言いかもしれないな。

「今から10分の休憩に入る。次の特訓に入るまで、全力で身体を休めておけよ」

「たったの10分ですか! それにまだやるのですか!」

「当たり前だろう。お前にはまだまだ強くなってもらわないといけないからな」

 それから10分が経過し、休憩を終えると次の特訓に移る。

「それじゃ、次のメニューだ。アイリンもエルフである以上、弓は得意な方だよな」

「ええ、一応エルフの端くれなので、わたしも魔法弓なら扱えます」

 俺の問いに答えると、アイリンは両手を前に出す。すると光の粒子が集まり、弓と矢の形を作り出すと、実体化した。

「へぇ、魔法で弓と矢を作り出せるのか」

「はい。これなら失敗しても矢を紛失させないですし、魔力を消費する代わりに矢の代金が浮くので、お財布にとても優しいです。材料も必要ないし、ゴミにもならないので、エコにも繋がります」

 自身が生み出した魔法弓を見せびらかしながら、アイリンはドヤ顔で説明をしてくる。

 誰もそこまで説明しろとは言ってはいないのだがな。

「次はその矢でターゲットに命中させれば、クリアだ」

「何だ。そんなの簡単じゃないですか。どんどん難易度が上がっていたので、さっきの大岩よりも難しいものが来るものだとばかり思っていました」

 彼女の中では、さっきよりも簡単な特訓メニューだと思い込んでいるようだ。アイリンはホッとしたように笑みを浮かべている。だが、それは大いなる勘違いだ。

「それで、そのターゲットはどこですか? 鳥ですか? それとも害獣ですか?」

「矢を当てるべき対象はこの俺だ」

 親指を自身に突きつけ、俺を狙うように伝える。

「え? シャカールトレーナーをですか?」

「そうだ。これまでの訓練で俺に対する鬱憤が溜まっているだろう? それを晴らすチャンスをくれてやる。俺に矢を命中させれば、今日の特訓は終了だ。ただし条件として、立ち止まった状態で矢を放つのは禁止だ。最初のトレーニングで使った腕輪をもう一度使う。今度は立ち止まった時に電流が流れるようにする」

「立ち止まらないで射つなんて無理ですよ! シャカールトレーナーは弓を射ったことがないからそんな言葉が出るかもしれませんけれど、矢を放つにはかなりの集中力で必要になるのですよ。少しの気の乱れが生じたら、それだけで標的を外してしまうのですから」

 弓を扱ったことのある者だけが分かることを、アイリンは口に出して反論してきた。

 そんなことは俺にだってわかっている。一応知識としては、どれだけ難しいことなのかは熟知しているつもりだ。

「そんなことは俺だって分かっている。だけど、レースでは相手を妨害する際に、走りながら攻撃をするしかない。大丈夫だ。お前ならできる。俺はアイリンに期待しているからな」

「わたしを期待しているのですか?」

「ああ……あ、そうだ。もし、俺に矢を当てることができたら、俺がルーナに掛け合って、購買で一番人気のハチミーを用意してもらうように伝えておく」

「ハチミーを奢ってくれるのですか!」

 ハチミーを奢る。そう口に出しただけで、アイリンは目を輝かせる。

 ハチミーとは、ハチミツドリンクの略であり、おそらくこの学園の全校生徒の好物でもある。あまりの人気のために、入荷したら数分で売り切れになってしまうほどだ。あまりの人気のために、学園生活を送る間に1回飲むことができればかなり運が良いと言われている幻のドリンクでもある。

「分かりました。わたし、全力でシャカールトレーナーを打ち抜きますね」

「やる気が出たな。それじゃ、さっき設定を変えたから、またこの腕輪を付けてくれ。今度は勝手に設定を変えるなよ」

「そんなことは分かっていますよ。いくら何でも、わたしはそこまでバカじゃありません」

 いや、一般的な知力を持っていたら、最初に設定を変えることすらしないものなのだが。

 苦笑いを浮かべつつ、アイリンに腕輪を渡すと彼女は右腕に嵌める。

「それじゃ、俺が合図を出したら始めるぞ。この前と同じで、コインが芝に落ちらだからな」

 俺たちは一度砂上ダートから芝に戻り、アイリンからある程度距離を開ける。

 そしてコインを放ち、芝の上に落下した瞬間、俺は駆け出そうとする。だが、その瞬間アイリンも走って距離を詰め、瞬く間に矢を放った。

 彼女の放った矢は俺の右頬を掠め、軽く当たったようで痛みを感じた。

 物凄い集中力だ。ハチミーの効果、恐るべし。

 こうして俺は、彼女の攻撃を避けまくった。だが、その全てがギリギリで躱せるほどであり、何とか直撃を免れている。でも、少しでも気を抜けば当たることは明白なほどの鋭い一撃だった。

 気合いを入れてもらうつもりだったのに、予想以上の効力を発揮させてしまった。

 少しだけ後悔する俺だった。
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