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第七章

第十話 シャカールの鬼畜特訓(前編)

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 翌日の放課後、俺はルーナとの交換条件を満たすために、アイリンの特訓を試みる。

 ルーナが特別に第1レース場の貸し切りを認めてくれたので、今日は他の生徒を気にすることなく、とことんトレーニングに励むことができる。

「まずはこいつを腕に嵌めてくれ」

 ポケットからトレーニングに使うアイテムを取り出し、アイリンに手渡す。

「腕輪ですか?」

「ああ、こいつには特殊な効果があって、設定した速度よりも早くなったり、遅くなったりすると、微弱の電流が流れるようになっている。それを感知して、一定の速度を走れるようになってもらう」

 腕輪の説明をしていると、アイリンは物珍しそうに腕輪を眺め、その後右腕に嵌める。

「それじゃ、今から軽くウォームアップをするぞ。まずは軽くコース内を1週する。俺も並走してやるから」

「別に並走してもらわなくても良いのですが」

「まぁ、俺がわざわざ隣で走ってやる必要はない。だけどそのアイテムの効果を間近で見ておきたいからな」

「なるほど、分かりました。シャカールトレーナー」

「シャカールトレーナー?」

 また新たな呼び名が生まれたなと思いつつも、同じ言葉を口から出して復唱してしまった。

「はい。一晩考えたのですが、やっぱり、わたしにとってのお師匠様はサクラ様だけなので、シャカールさんをお師匠と呼ぶのは何だか違うような気がするのです。なので、トレーナーと呼びたいのですが……ダメですか?」

 断られたらどうしょうと思っているのか、アイリンは不安そうな表情でこちらを見てくる。

「呼び名くらい、好きに呼べば良い。とにかく走るぞ。時間がもったいない」

「分かっていますよ。それでは、爆進……きゃああああああぁぁぁぁぁぁ!」

 アイリンが芝の上を駆ける。しかし、直ぐに最高速度で走ったために、腕輪に仕掛けていたトラップが発動した。

 体に流れる電流に驚いたようで、アイリンはその場で倒れた。

「さっき俺の言葉を聞いていなかったのか? 設定速度を超えたり遅れたりしたら、電流が流れるようになるって」

「聞いていましたよ。なら、その速度を教えてください」

「それは無理だ。どうせ教えたところで理解できるはずがない」

「そんなぁ!」

「つけこべ言わずに早く起きて走れ! 出ないとこの棒で叩くからな!」

 俺は懐に隠しておいた調教棒を取り出した。転生者のいた世界では、馬を走らせて競わせる競馬と呼ばれるものがあったらしい。そのレースでは、騎手が馬に合図を送るために使われていたらしい。

 棒で叩くと脅せば、アイリンも少しは俺から逃げるためにやる気を出してくれるだろう。

「後5秒以内に立ち上がって走らなければ、こいつでお前の尻を叩くからな。1、2、3、4――」

「変態トレーナー!」

 カウントダウンを始めると、アイリンは俺のことを罵倒しながら立ち上がり、走り始める。しかし、直ぐに最高速度で走ると言う癖が体に染み付いているからか、直ぐに体の中に電流が流れたみたいで、彼女は再び倒れた。

 おかしい。確かに電流を流れるようにはしているが、倒れるまで強くはしていないはず。

「お、女の子を痺れさせて、この後何をするつもりなのですか。変態トレーナー」

「誰が変態だ。とにかく腕輪を外させてもらうからな」

 アイリンの右腕から腕輪を取り外して腕輪を確認する。すると、流れる電流は雷耐性を持つ走者専用の設定になっていた。

 どうして電流が強くなっている? 俺はアイリンに渡す前に、電流をエルフ用にしていたはず? アイテムの故障か? いや、事前に自身で試した時には普通に使えていた。十数分の間に壊れるのはおかしい。

「トレーナー、どうかしたのですか?」

「いや、設定がエルフ用から雷耐性持ちの強力な電流が流れるようになっていたから、故障かと考えていて」

「あ、それはわたしがしました。強い方が良いトレーニングになるかと思い」

「犯人はお前か!」

 そう言えば、俺がアイテムの説明をしていたとき、アイリンは腕輪を眺めていた。あの時にでも、設定を弄られていたのだろう。

「とにかく一旦休憩だ。ダメージを受けた状態で走っても、トレーニング効果は出にくい」

 ため息を吐きそうになりながらも、精神的に疲弊した俺はその場に座る。

「あれ? もう休憩なのですか? シャカールトレーナーって意外とスタミナがないのですね」

「誰のせいだと思っているんだよ」

 しばらく休憩を取った後、俺たちは再び走り込みを開始した。今度はちゃんとエルフ用になっていたようで、少しでも速度が上がると、アイリンは倒れることなく速度を落とすことができた。

 アイリンに必要なのはペース配分だ。大逃げの脚質を武器にしても、まずは今のスタミナで最後まで走りきれるペース配分を体に叩き込ませる必要がある。

 最初は苦戦していたものの、時間が経つに連れて慣れてきたのか、ある程度は一定の速度で走ることができるようになった。

「よし、5分休憩だ。その後次のトレーニングメニューを開始する」

「えー! たった5分だけですか!」

「そうか。そんなに休みたいのか。なら3分にしてあげよう」

「短くなっているじゃないですか! 分かりました。5分間全力で休ませていただきます」

 休むことに全力を尽くすと宣言すると、アイリンは大の字になって芝の上に寝っ転がる。

 その後、あっと言う間に5分間の休憩は終わり、俺は次のトレーニングの準備を始める。

「ロック」

 魔法を発動し、砂上ダートコースの上に巨大な岩の塊を生み出し、その岩に太いロープを括り付ける。

「シャカールトレーナー、何をしているのですか?」

「次の練習メニューの準備だ。次はこの岩を引っ張ってもらう」

 次のトレーニングメニューを説明すると、アイリンの顔色が悪くなる。

「ムリムリムリ、無理ですよ! そんな大岩を引っ張るなんてできません!」

「やる前から決め付けるな! 泣き言はやってから言え! 尻を叩かれたいか!」

「変態トレーナー! 分かりました! やれば良いのでしょうが!」

 調教棒で叩くと脅すと、アイリンが涙目になりながら砂上ダートコースに入る。そしてロープを自身の身体に括り付け、引っ張る準備を始める。

 さて、俺は高みの見物といきますか。

 自身が生み出した岩の上に飛び乗り、岩の上からアイリンを見下ろす。

「せーの! せーの! せーの!」

 声に出しながらアイリンは足に力を入れて前進を試みる。しかし岩は1ミリたりとも動く気配をみせない。

「こんなの無理ですよ! いったい何に影響を受けて、こんな練習メニューを考えたのですか!」

 大岩を引っ張るのは不可能だとアイリンが泣き言を言ってくるが、そんなので俺の心が揺らぐことはない。

 泣き言を言えるだけの元気はあるのだ。まだ彼女は己の限界を超えてはいない。

「まだ始まったばかりだろうが! 泣き言を言うのは早すぎる! 力尽きるまで前進しろ!」

「力尽きたら死んでしまいますよ!」

 アイリンの喚き声が響く中、俺は次のトレーニングメニューを考える。

 この大岩を引っ張るのは確かに困難だ。だけど、これを上手く引っ張ることができれば、パワーとスタミナ、それに根性を鍛えることができるだろう。
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