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第十二章

第五話 リュシアンの幼少期

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 エレーヌさんを宥めることに成功した後、俺たちはギルドを出て待ち合わせである町の入り口に向かっていた。

 集合場所に近づくと、セシリオさんの姿が見えた。彼の側には馬車が止まっているので、あれで移動をするのかもしれない。
馬車に思考を巡らせていると、セシリオさんも俺たちに気付いたようで、右手を軽く上げた。

「お、思っていたのよりも早かったな」

「ええ、何とか。それで、天空龍スリシオの居場所の見当が付いているのですか?」

「ああ、ここから北東に進んだ場所に、塔のような岩山がある。そこにいるという目撃情報が、俺の仲間から聞いた」

「え! セシリオさん、仲間がいたのですか! 俺が子供の頃『俺はソロが好きなんだ。誰とも組まない』って言っていたから、てっきりボッチだと思っていました」

 正直に思ったことを言うと、セシリオさんは苦笑いを浮かべる。

「リュシアン、お前。俺のことをそんな風に思っていたのかよ。これでもちゃんと仲間がいるんだぜ。まぁ、とにかく馬車に乗ってくれ」

 馬車に乗るように促され、俺たちは乗り込む。すると扉が閉められた。

 セシリオさんは助手席の方に乗るみたいだな。

「リュシアン王子、あの眼帯の方、セシリオさんと言いましたか。あの方ってどんな人なのですの?」

 窓から外の風景を眺めていると、エリーザ姫が訊ねてくる。

「え? いきなりどうした?」

「だって、リュシアン王子があの人の前では、別人のような態度を取りますので、特別な人なんだろうなっと」

「確かに気になりますね」

リュシアンピグレット良かったら話してよ」

「まぁ、良いけど。別にそんなに特別な理由ではないからな」

 両の瞼を閉じ、過去を思い出す。

「これは俺がまだ十歳だった頃の話だ」





「よし、今日の畑仕事は終わり。次は森の中で薬草採取だな」

 額から流れ出る汗を腕で拭い、耕すのに使っていたくわを家の壁に立てかける。手に付いた土を払い、依頼を受けたおじさんのところに向かう。

「おじさん、畑の耕しが終わったよ」

「リュシアン、ありがとう。助かったよ。この村は年寄りばかりで、若い子がほとんどいないから助かる。はい、これが本日分の謝礼だ」

 おじさんからお金を受け取り、ポケットにしまう。

「ありがとうおじさん。それじゃあ次の依頼に行ってくるね」

 おじさんに礼を言ってから離れると、次の依頼主のおばあさんのところに向かう。

「おばあさん。依頼の確認に来たのだけど、薬草採取であっていたよね」

「ええ、そうだよ。でも、本当に頼んでいいのかい? この辺りは比較的にモンスターが現れないとはいえ、危険なんだよ」

「大丈夫だよ。早くお金を貯めて、本物のハンターさんにお父さんとお母さんの病気を治す薬草を取って来てもらうようにお願いしたいから」

 おばあさんに軽く手を振り、森に向かって行く。

 病気の両親は、一ヶ月ほど前からポイズンリザードと呼ばれるモンスターの吐く毒霧を吸って、体を動かせなくなっている。そのモンスターはどこかに消えてしまったから安全だけど、俺は両親の代わりに家事をしなくてはいけなくなった。

 両親の病気を治す解毒草は、危険なモンスターが多く生息している場所だ。だから、早くたくさんのお金を貯めて、ランクの高いハンターさんに取って来てもらうようにお願いをしないといけない。

 森の中を駆け、おばあさんが欲しがっている薬草の群生地に向かう。

「あった。薬草だ。早く摘んで、次のお願いを聞きに行こう」

 薬草の群生地に近づいたとき、ピンク色の細長いものが薬草を引っこ抜いた。それを見た瞬間、俺は恐怖で動けなくなる。

 紫色の体に大きい目玉、先端がくるりと円を描いている尻尾に、口から出ている長い舌には薬草が巻き付いてあった。

「ポ、ポポ、ポ、ポ、ポ、ポイズンリザード!」

 目の前に両親を苦しめた元凶が現れ、驚く。

 どうしてポイズンリザードがまた来ているんだよ。どこかに行ったんじゃないのかよ。

 再び現れた村の災いを目の当たりにして、怖くて動けなかった。

 そんな中、モンスターは肢体を動かして距離を縮め、眼球をグルリと回す。

 口からは涎が流れていた。

 モンスターの口から涎が出ているのは、お腹が空いている証拠だって、村長が言っていた。きっと俺を食べようとしている。

 ピンク色の舌が俺に飛んで来ると、両の瞼を閉じる。

 ごめん、お父さん、お母さん。俺、先に天国に行くみたいだ。病気を治せなくてごめん。

 両親に謝罪するも、全然痛みを感じなかった。

 目を開けると、そこには知らない男の人がいた。

『ギャオオオオオオオオオオォォォォォォォン』

「君、大丈夫か!」

 モンスターは舌を切断されて悲鳴を上げ、男の人は首を曲げて俺を見る。長い茶髪に眼帯をしているイケメンだった。

「だ、誰ですか?」

「通りすがりのハンターだ。それよりもケガをしていないのなら隠れていろ」

「は、はい」

 男性に隠れるように促され、木の後に隠れると、ひょっこり顔だけを出す。

 彼は腰に帯刀している太刀を抜き、ポイズンリザードとの距離を詰め、間合いに入った瞬間に斬った。

『ギャオオオオオオオオオオォォォォォォォン』

 斬られた箇所から鮮血が噴き出し、ポイズンリザードは悲鳴を上げる。

 か、格好良い!

 気付くと、俺は彼の戦いに見惚れていた。モンスターの攻撃モーションを全て知っているかのように、攻撃を全て躱す男性。

 そしてムダのない動きで次々とポイズンリーザドの肉体を斬っていく。

 すると、モンスターの目が赤くなり、尻尾が膨らんだ。

「危ない! 毒液が飛んで来る!」

 思わず叫ぶと、男性はその場で跳躍し、ポイズンリザードの背に乗った。

「さぁ、トドメだ」

 彼は背中からモンスターの心臓に目がけて太刀を突き刺す。

『ギャオオオオオオオオオオォォォォォォォン』

 その瞬間、ポイズンリザードは悲鳴を上げてその場で倒れ、動かなくなった。

「討伐完了っと。それじゃあ剥ぎ取りを始めるとするか」

 大きなトカゲにナイフを突き刺し、剥ぎ取り作業を始めている彼に、俺はゆっくりと近付いた。

「あ、あのう。助けてくれてありがとうございます。ハンターさん、強いのですね」

「まぁな。これでも一応Sランクだ。だからポイズンリザードなんて敵じゃないさ。君、名前は?」

「リュシアンです」

「リュシアンか。良い名じゃないか。どうしてこんなところに一人でいるんだ?」

 森の中に一人でいる理由を問われ、俺は彼にこれまでの経緯を語った。両親が病気で倒れたこと。解毒草を採取してもらうハンターの報酬を用意するために、村の人のお願いごとを聞いて森に薬草を取りに来たことを話した。

「なるほどな。その年でハンターだなんて凄いじゃないか」

「ハンターだなんてとんでもないですよ。ただ体が不自由なおばあちゃんに代わって、薬草を取りに来ただけなんですから」

 顔を俯かせ、思ったことを口に出す。すると彼は俺の頭の上に手を置いた。

「何を言っているんだ。村の人のためにお願い事を聞いて、報酬をもらっているのだろう? もうリュシアンは立派なハンターだ。きっと大物になるぞ。分かった。なら、未来のハンターのお願い事は俺が聞いてあげよう。必ず解毒草を持って来るから、村で待っていろ」

「ありがとうございます。ハンターさん、お名前は!」

「俺の名はセシリオ・リバス。ただのSランクハンターさ」
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