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第十一章

第二話 水没林のセイレーン

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~リュシアン視点~



 テレーゼを優しく抱きしめながら、彼女が落ち着くのを待つ。

「ほら、これで涙を拭けよ」

 ポケットからハンカチを取り出し、テレーゼに渡そうとする。

リュシアンピグレット拭いて」

「いや、子どもじゃないのだから自分で拭けよ」

「えへへ」

 どうやら冗談が言えるくらいまでは、元気を取り戻したようだな。まずは一安心だ。

 ハンカチをテレーゼに渡すと、彼女は涙を拭う。

「ありがとうリュシアンピグレット。これ、貰っていい?」

「別に構わないけど?」

「やった!」

 てっきり洗って返すかと思ったが、予想外の言葉だった。

 まぁ、ハンカチくらい高いものではないからな。また買い直せばいいか。

「テレーゼ、君が受け取った依頼書を見せてくれないか」

「良いわよ……はい」

 テレーゼがポーチから依頼書を取り出し、俺に手渡す。

 依頼者はいったい誰なんだ?

 受け取った依頼書に目を通して隅々まで黙読する。だが、どこにも依頼主の名前が書かれてなかった。

 これはおかしい。普通依頼書には、依頼主の名前が書かれてあるものだ。

 もしかしたらこの依頼にはサウザーが絡んでいるかもしれない。一度エレーヌさんから話を聞いた方がいいかもしれないな。

「テレーゼ、一旦ギルドに戻ってエレーヌさんから詳しい話を聞こう。ルーレヌ水没林に向かうのはその後だ」

「分かったわ」

 俺たちは一度ギルドに戻り、ギルドマスター室でエレーヌさんに依頼書のことについて訊ねた。

「え? その依頼書はどのような経緯いきさつで受け取ったかですって?」

「はい。この依頼、どう見ても怪しいです。もしかしたらサウザーのやつが絡んでいるかもしれない」

「依頼主の名前がないのよ。もしかしたら受けない方がいいかも」

 エレーヌさんに訊ねると、彼女は頬に人差し指を当てて小首を傾げる。

「えーとね。わたしが早朝ギルドに来たときに、扉に挟んであったのよ『この依頼をテレーゼさんに渡してください。彼女のファンより』っていうメッセージも添えてあったわ」

「あたしのブタファンが?」

「テレーゼ、何か心当たりはあるか?」

 彼女に訊ねると、テレーゼは胸の前で腕を組み、顔を俯かせる。

「うーん、思い当たらないわね。可能性があるとすればあたしを襲ったあの男だけど、それはリュシアンピグレットが捕まえて憲兵に引き渡してくれたから、その線は無いと思うのよね」

「ああ、あの男か。確かに可能性としては考えられるけど、今も牢屋で拘束されているはず」

 彼女のコンサートを手伝ってケンカした日、テレーゼはファンの男に拉致されたことがあった。だけどまだ釈放されていないはずなので、やっぱり可能性としては低い。

「でも、本当にセイレーンが居るとしたら、ハンターギルドとしては放っておけないのよね」

 エレーヌさんも困っているな。確かに彼女の言うとおり、セイレーンがいるのなら、野放しにしておく訳にもいかない。

「分かりました。念のためにアイテムを多めに準備しておきます。俺もテレーゼに同行したいので、ルーレヌ水没林の他の依頼と交換してもらうことってできますか」

「分かったわ。ちょっと待ってね」

 ギルドマスターが机の引き出しを開けると、中から一枚の依頼書を取り出す。

「リュシアン君には役不足かもしれないけど、光金魚の収納を頼めないかしら?」

「分かりました。それをお引き受けします」

 依頼書を取り替え、俺たちはギルドマスター室を出て行く。

 出発する前にポーチの中身を見て、必要なアイテムが揃っていること確認してから外に出た。





 馬車で移動してルーレヌ水没林の一番エリアに辿り着く。

「遂にルーレヌ水没林に来たわね。それじゃ、始めましょうか」

 目の前でテレーゼがいきなり服を脱ぎ、一瞬ドキッ! としてしまう。

 当然ながら、彼女は中に水着を着込んでいた。

「相変わらず、用意周到だな」

「当たり前でしょう。流石にリュシアンピグレットの前で裸になるのはまだ早い気がするのよ」

 どうして前提条件が俺の前になっているんだ。普通に木の影に隠れて着替えればいいじゃないか。

 そんなことを考えつつも、俺も身に付けている服を脱ぎ、中に着ていた水着を晒す。

 この水着はハンター用に作られた特注品だ。水着に得物を取り付けるホルダーが付いており、水中でも武器を持ち運ぶことができる。

「それで、今回はどんなルートで探索するの?」

「まずは左にある二番ルートに行こうか」

 ルーレヌ水没林は一番エリアにある木を境目に、右に進めば三番エリア、左に進めば二番エリアになっている。

 どちらも水没しているので泳ぐ必要がある。だが、前回シープヴォンの討伐に来た際は、三番エリアに向かった。だけど泳いでいる際に感じた水質からして、セイレーンは好まないかもしれない。

「それじゃあ、泳ぐぞ」

「ええ」

 テレーゼに合図を送り、湖に飛び込む。

 体力を温存するために背泳ぎをしているが、テレーゼは普通にクロールで泳いでいる。そのためどんどん引き離されていく。

リュシアンピグレット遅いわよ!」

「テレーゼがクロールで泳いでいるからだろう。後でバテても知らないぞ」

「大丈夫よ! あたしを誰だと思っているのよ。セイレーンの血を半分持つ半人半魔よ。泳ぎは大得意なんだから」

 テレーゼとの距離がだんだん離れていく。

 さすがにセイレーンを目撃したとしても、一人で無茶をすることはないだろう。

 俺は俺のペースで泳がせてもらう。

 隣の四番エリアに向けて泳ぐと、手に何かが当たった。体を反転させて水中に浮かぶと、赤い髪を内巻きモテロングにしている女の子の背中が視界に入る。

 あれ? いつの間にかテレーゼに追いついたのか? いや、時間的にもあの後すぐに彼女が立ち止まったと考えるべきだ。

「テレーゼ。どうした?」

リュシアンピグレット、あれを見て」

 テレーゼが指差し、彼女の背後から前方を見る。そこには巨大な人魚がいた。

 だが、その容姿はおとぎ話に出てくるような美しい姿ではない。上半身は人を模っているが、皮膚は鱗に覆われ歯は魚のように尖っている。そして青白く、手には水掻きがついていた。

 セイレーンがいた。依頼主の存在は不明のままだが、依頼内容に間違いはない。

「テレーゼ、どうする?」

「まずは近付きましょう。もし、あたしが対話をすることができれば、事情を話してここから出て行ってもらうように説得してみる」

「分かった」

 俺たちはセイレーンに近付く。

 巨大な人魚との距離が五メートル付近まで縮めたその時、隣のエリアから猛スピードで接近して来るモンスターがいた。

 上半身は青白い皮膚に鱗が覆っている人形ひとがたで、下半身は魚のモンスターだ。

「セイレーンがもう一体現れた!」
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