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第九章

第三話 絶対に泣き虫リュシアンに恥を掻かせる

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~ゴッドヒルフ



 俺様ことゴッドヒルフは、食堂から逃げるように飛び出し、とにかく走っていた。

 くそう! くそう! くそう! 泣き虫リュシアンの分際で、俺様に恥を掻かせやがって! 絶対にざまぁしてやる!

 腹の中であの男の悪口を言いつつ走っていたときだ。俺様は建物の角から姿を見せた男とぶつかってしまう。

 俺様がぶつかった形となり、男の方が尻餅をついて転倒する。

「おい何をしているんだ! ちゃんと前を見ろ!」

 尻餅をついた男は突き飛ばされて感情的になったのか、声を荒げた。

「それは俺様のセリフだ。お前の前にいるのは神の化身であるゴッドヒルフ様だぞ。俺様にそのような態度を取るとは万死に値する」

「はぁ? 神の化身? こいつは何を言っているんだ? 頭が可笑しいのか? 医者に診てもらった方がいいぞ」

 尻をさすりながら起き上がる男の言葉に、俺様はカチンときた。

 どうして頭が可笑しいとなる! 俺様は本当のことを言っているんだぞ! 俺様は本当に神の化身なんだ!

「ほう、神の化身に楯突く気か。良かろう。なら、下等生物には俺様自ら天罰を下すとしよう。オラ!」

 俺様は思いっきり男の顔面に拳を叩き込んだ。攻撃を受けた男はバランスを崩してその場で転倒し、仰向けに倒れる。

 そしてすぐに下等生物に馬乗りすると、何度も顔面を殴った。

「オラ! オラ! オラ! 神の化身に楯突いた報いを受けるが良い!」

「ガハッ、グヘッ、ゴホッ! も……もうゆるじて」

「ハハハ! 滑稽だな! まともに喋れないでいる! 力がないくせに、力のあるものに楯突くからこうなるんだ! 二度と俺様をバカにできないように、その体にたっぷりと恐怖を刻み付けてやる!」

 俺様は男が泣き叫ぼうがゆるしを乞おうが関係なく、気が晴れるまで下等生物に制裁を与える。

 ちょうど人通りがほとんどない場所だったからか、男を助ける人物は現れなかった。

「フン! これで神の化身の怖さが分かったか。二度と俺様をバカにするなよ!」

 体中痣だらけとなった男を見下ろす。するとポケットから財布らしきものがはみ出ているのが見えた。

 男のポケットからそれを抜き取ると、長方形の財布だった。開いて中身を確認すると、一万ギル札が十枚、合計十万ギルも入っている。

「ハハハ。お前結構持っているじゃないか。こいつは迷惑料と授業料ということで有り難く頂いておく」

「ぞ、ぞれは! 嫁とのげっこんぎねんびのプレゼント代! だのむ、ぞれだけは勘弁じてぐで!」

「は? 何を言っている? はっきり喋らないから全然聞こえないぞ? 言っておくが、こんな結末になったのは全てお前のせいだからな!」

 そうだ。全てはこの男が悪い。こいつがここを通って俺様にぶつからなければ、俺様が神の化身であることをバカにしなければ、こんなことにはならなかった。

 俺様は何一つ悪くない。寧ろあの男には感謝してもらわなければな。人をバカにすると言うことは、その人のプライドを傷付け、時には牙を剥かれると言うことを教えてやったのだから。

「さて、この金を使って今日は盛大に騒ぐとするか。男を殴ったお陰でストレスも発散できたからな」

「全くつまらない。本当につまらないね。人間の行う悪行とは小規模すぎて見ていて欠伸が出てしまうほどだ」

 気分良く歩いていると、見知らぬ男が声をかけてきた。

 見た目七十代の老人だ。片方だけの眼鏡をかけており、タキシードを着ている。

「なんだ貴様は、俺様に文句を言うつもりか!」

「いや、いや、めっそうもない。神の化身にそのようなことを言うつもりはないよ。ワシは少し話に来ただけだ」

 執事の格好をしているこの男、どうやら俺様のことをちゃんと理解しているようだな。これなら少しは話を聞いてやってもいいだろう。

「ほほう。下等生物にしては中々見所があるではないか。良いだろう。話を聞いてやろうではないか」

「ワハハハハハ! このワシが下等生物! 神の化身は面白いことを言う! まだ二十年も生きていない小僧風情がワシを見下すではないわ!」

 男が声を上げた瞬間、俺様は全身に鳥肌が立ち、指一本動かすことができないような恐怖に襲われる。

 まるでタイガースネークに睨まれたスモガエルだ。

「全く、フェルディナンは聞き分けのいい小僧だが、こやつは神の化身と名乗っておきながら利用するのが難しそうだ。まぁ、捨て駒程度には使えるだろう」

 執事の格好をした男は独り言を漏らしているようだが、内容までは聞こえなかった。

「ワシの名はサウザー。お前と同じでリュシアンを目障りと思っている男だ」

 男は自分の名を名乗り、ニヤリと口角を上げる。

 この男もリュシアンを知っており、あいつをどうにかしたいと思っている。つまりは同じ目標を持った同志と言うわけだ。

「ワシはリュシアンに一泡吹かせる策を持っている。ワシに神の化身の力を貸してはくれないか」

 サウザーと名乗った男が近づくと、不思議なことにまた体を動かすことができた。

 なんだったのだ。さっきの現象は?

「ほう、策か。そいつは気になるな。話せ!」

「全く、ワシの殺気にビビっておったくせに口だけは達者だな」

 男はポケットから透明な球体を取り出すと俺様に見せる。

「この球体を使えば、モンスターを操ることができる。明日開催される大会にリュシアンを誘い、こいつを使って倒せ。そうすればリュシアンは失格となり、お前は優勝して優越感に浸ることができる」

 頭の中でリュシアンがモンスターにボロボロになるまで攻撃を受け、俺様が優勝して多くの下等生物から祝福される光景を想像する。

「良いだろう。お前の策に乗ってやる」

 俺様はニヤリと口角を上げた。

 明日が楽しみだぜ。まずはリュシアンを探し出して大会に参加させないとな。

 サウザーから透明の球体を受け取り、俺様はリュシアンを探すために町の中を彷徨う。
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