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裏同心という仕事
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瑶太達は帝都ネグロテイアの中でも黒鐘家が治めている、大和族居住区という場所で暮らしている。
大和族というのはわかりやすく言うと、瑶太が生きていたかつての世界の日本人のような見た目をした人達のことだ。
名前もみんな日本人風もしくは華人風の人が多い。
他にもネグロテイアを帝都とするグリンデルバルト帝国には白肌亜族や白肌族が住んでいる。
それぞれの民族が帝都を分割して居住区を形成して暮らしているのだが近年は居住区同士の明確な境目は無くなっているし、お互いの居住区を自由に行き来して商売なども出来るようになっている。
先の魔族ハインと戦った事件も実は大和族居住区で起こったものだった。
帝都ネグロテイア大和族居住区「京」四条木辻大路というのが瑶太の住む大まかな住所である。
見た目は江戸時代末期の武士の屋敷といった所。
正門から入っていくと入口は木の引き戸となっておりガラリと開けると右手には炊事場がある。
左手は壁になっており、正面には脱いだ靴を置いておく大きな石がある。
そこから1段上がって居間や寝室がある。
畳がしかれているのは寝室ののみで他は板の間となっている。
縁側からは池に泳ぐ立派な錦鯉が見えて、ししおどしが刻むなんとも言えないリズムが羽崎邸を包んでいる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
ハイン魔族の1件から2日経った日。
瑶太は四条木辻大路の自宅の縁側で日の光を浴びて、少しうたた寝をしていた。
縁側とは日本家屋に見られる特徴的な造りで建物の縁から張り出して設けられた通路のことで、和風のベランダと考えてくれればいい。
瑶太達は滅魔を行う滅魔士であるのだが彼らの任務は以前から決まっているものではなく、前触れもなしに、黒鐘滅魔隊本隊から「任務。出撃されたし」と朝でも夜でも突然に始まるものなので毎日夜に行う巡回以外は基本滅魔士達は家で任務を待ちつつも暮らしている。
瑶太は基本毎日日中は夜の巡回のせいで寝不足だ。
今日もまたその例外ではなく、朝6時に一旦起きたのに朝9時頃の今、またこうしてうたた寝をしている。
ポカポカとしていてついつい眠ってしまったらしい。
あぐらをかき、右足を立てて右腕をその右足の膝の下に巻き付けてその右手には滅魔専用の魔払いの模様が刀身に施された滅魔刀を握りしめている。
いつ何時に任務が命じられるのか分からないし、魔族に襲われるかもしれないから睡眠の際であろうと瑶太は刀を常に身から離さないようにしている。
台所からは包丁の心地よいリズムの音が聞こえてくる。
羽崎班の瑶太以外の班員のアストレアと瑶太の妻の雛が朝ごはんの用意をしていた。
「薬味のネギは切れたし、もうご飯をよそうだけだねっ。アストレアさん」
「そうね。私がよそうから雛は瑶太をよんできてくれる?なんだか瑶太の気配が薄くなってきているからまた寝ているんじゃないかしら?」
「さすが札使いだねっ。気配でそんなことが分かるなんて·····」
「フフっ。まあ当然よ。瑶太の事ぐらい分かって」
「あ、なんか聞き捨てならない事言った!」
「まあまあ。早く起こしてきてあげなさい。もう準備できたし」
雛は少しムムムと顔をしかめていたがすぐにトコトコ走って瑶太を起こしに行った。
瑶太は漫画のような鼻ちょうちんを大きくしたり小さくしたりしている。
明らかに寝入っている様に見える。
雛はあぐらをかく様にして寝入っている瑶太を愛情たっぷりに起こすべく陽太に飛びついた。
が、瑶太の肩に飛びついた雛の手が触れようとしたその時、瑶太はもとより立てていた右足に力をいれて横向きに大きく跳躍しながら抜刀し元々自分が座って寝ていた飛びつく先を失った雛が「むぎゅう」と倒れている場所に切っ先を向けた。
そして左手を刀の峰に添えて室内での切り合いの中では最強と言われている「臥竜突」の構えを即座につくった。
「痛たたたた」
と言いながら立ち上がった雛は瑶太の方を見た。
「なんだ·····雛か。魔族が侵入してきたのかと思ったぞ」
すぐに自分に飛びついてきた者が魔族ではないとわかると瑶太は刀をおさめた。
「なんでお兄ちゃんはいつまで経っても雛の気配が分からないのかな?」
「いや、これはその·····。僕達は仕事上命狙われること多いし、他人を守るのが仕事な以上自分の命は絶対守んないといけないし·····」
「それはそうだけど·····お兄ちゃんは自分のお嫁さんに向かってよく刃物を突きつけるこの状態をどう思っているのかなって雛は思うの」
「そりゃ、僕だって自分の可愛いお嫁さんに刀なんて向けたくはないよ。でも、僕が警戒を怠ったせいで雛やアストレアが魔族に殺されるなんてことになるより絶対にマシだ。僕は羽崎班の班長を務めている剣士。剣士は直接的な攻撃力がない巫女を守るのは僕達滅魔士の決まり事じゃないか」
「可愛い」と瑶太が言った時、雛の顔が染まった。
「お兄ちゃんが私の事思ってくれてるのは·····嬉しい·····よ」
「なあ雛。僕はこのくだり何回もしてきている気がするんだけど?僕が反射的に滅魔刀を抜いた事なんて何度もあるし」
「べ、別にお兄ちゃんに「可愛いお嫁さん」とか「雛の事大事に思ってる」って言われたいからじゃ·····ないんだか·····ら」
「で、なんの用事だったんだ?僕に飛びついてきたって事はなんかあるんだろ?」
雛のツンデレのツン部分を華麗にスルーして瑶太が言った。
雛は不服そうに
「·····もう。用事は·····ね、お兄ちゃんにお願いしたいことがあって·····」
と言った。
「何?」
雛はモジモジとしながら
「あのね、お兄ちゃん。雛達は結婚してもう3年にもなるよね?」
「ああ。そうだな」
(もしや結婚記念日うんぬんのおねだりだろうか?おかしいな、2年前も1年前もそんなこと言ってなかったのに)
と瑶太。
「雛はもう17歳でお兄ちゃんは20歳だよね?」
「そうだけど、それがどうかしたのか?」
雛は恥ずかしがりながらも瑶太の目をまっすぐと見て
「雛ね、雛ね、そろそろお兄ちゃんとの子供が欲しいのっ」
「雛ちゃん?今なんて言ったの?」
瑶太の瞬きが一切止まった。
「お兄ちゃんとの子供が欲しいの」
「そんな瞳輝かせて夢見る少女みたいにお願いされても·····」
雛は肯定的な回答をしない瑶太を見て、
「お兄ちゃん·····雛との子供欲しくないんだっ·····だからこの頃夜も相手してくれないんだっ!」
「ちょっつっ!夜の相手なんてしてねえだろが!一緒の布団で寝てるけど毎日堪えてますう!!」
「でも、お兄ちゃん夜にひっそり起きて、雛の横でなんかゴソゴソしてるじゃんっ!」
「み、見てたのか?あれは夜の相手でもなんでもないでしょが!あれは、ほらあれだよ。滅魔刀の手入れしてたんだよっ!!!」
瑶太の目は飛び出そうなぐらい開かれて血走っている。
「·····嘘です。お兄ちゃんは嘘つきです。雛の寝顔の可愛さにたまらなくなって横でシちゃったんです。きっとそうです」
(まあ寝るのって同じ布団でさ、寝間着は浴衣なんだよ?寝てたらはだけるし、健康的な20歳男性の僕には限界があるよな)と瑶太。大正解のようである。
「雛って純粋無垢に見えて結構そういうの知ってるのな。で、本当の用事は?」
「そうやっていつも相手にしてくらいんだから·····お兄ちゃんはっ。·····ご飯ができました。お兄ちゃんは食べたいですか?それとも食べたくないですか?」
「そりゃ、もちろん食べたいです。腹減ったし」
「なら、「雛ちゃん可愛い!天使!アストレアなんで比べ物にならないっ!」って言ってください。そうしたら食べさせてあげますっ!」
「なんでだ。朝ごはんはいつもの中の間でとるんだろ?勝手に行きます」
「あ~っ!ダメです!」
と雛が両手をめいっぱい上げて、歩き出す瑶太を止めた。
「それ以上歩くようなら、雛、お兄ちゃんにまた、飛びついちゃいますよ?いいんですか?」
「ああ。いいぞ。はやく朝ごはん食べよう」
適当にあしらって瑶太は中の間へと足を進める。
その背中に「えいっ」と雛が飛びついた。
「このままおんぶして連れて行ってやる」
「やっぱり下ろしてください。これじゃまるで雛が·····子供みたいですっ」
「雛は子供じゃないか。未成年だし」
「うるさいお兄ちゃんですっ」
雛が首を締めてくるが構わず瑶太は中の間まで行った。
そこはさすが黒鐘滅魔隊の、地獄と言われている入隊試験をトップでパスした瑶太である。
首を締められる程度の事は大したことではない。
雛を背負いながら瑶太は中の間に着いた。
襖を開けるともう食事の用意も済んでおり、待ちくたびれたという表情でアストレアが座っている。
「済まないな、アストレア。ちょっと雛のせいで大分遅くなってしまった」
「いえ、いいんですよ。仲のいい夫婦で。それで、なんで瑶太は雛をおんぶしているのですか?」
「話せば長くなるし、朝ごはんを頂いても良いだろうか」
そう言い、瑶太は雛を背負ったまま座って 食事を始めた。
羽崎班の食事は一汁三菜が基本となっていて常に栄養をバランスよく採れるようにと配慮されている。
今日の朝ごはんもご飯と味噌汁と焼き魚と菜の花のおひたしである。
「相変わらず美味しい。ありがとな、雛、アストレア」
「礼されるほどの事でもないですよ。瑶太が厨房に立つと大惨事になるから私たちがしている迄のことですし」
「あ、その味噌汁の上のネギね、雛が切ったんだよ!お兄ちゃんっ。美味しい?」
(ネギにうまいも不味いもない)そんな農家さんにとても失礼なことを思いつつも瑶太、
「ああ。おいしいよ。こんなネギを食べたのは初めてだ。ところで雛ちゃん?いつまで僕におんぶされているのかな?朝ごはん食べにくいんですけどっ」
「そうでしょ。美味しいでしょ。雛が切ったから当然ですっ。おんぶは·····もう雛はお兄ちゃんから離れませんっ」
と瑶太の背中にギュウーっと強く雛は抱きつく。
「もう離れないって、それじゃどうやって雛はご飯を食べるんだ?」
ズズズっと味噌汁をすすりながら瑶太が言った。
「お兄ちゃんが食べさせてくれれば良いんですっ!」
「却下。僕は眠いからご飯食べたら寝る」
「えぇ~。食べさせてくれないと、雛、餓死しちゃいますよ?」
アストレアがさっきからニヤニヤしながらこっちを見ている。
(僕ら夫婦はいつもこんな感じなのでアストレアがいなかったら食事すらままならなかっただろうな)と瑶太。
彼はアストレアに感謝している。
「もう、食事ぐらい自分で採れよな。子供ですか?雛は5歳児ですか?」
「雛17歳だもんっ。子供じゃないもんっ」
見た目は小学生でも通るのだが·····。
「なら自分で食事できるな?」
「当たり前ですっ。見ててくださいっ。お兄ちゃん!」
「はいはい」
雛はやっと瑶太の背中から離れて食事をし始めた。
ちょうどその時、戸を叩く音がした。
「私が行ってきます」
「ありがとう。アストレア」
アストレアが応対して、家に上がってもらった初老の、袴を綺麗に着た人は瑶太の顔なじみだった。
「よう。瑶太、雛。久しぶりだな」
「「榊さんっ」」
2人の弾んだ声が被った。
「お久しぶりです。僕たちが滅魔隊に入隊した時以来ですか·····」
「そうだな。2人とも元気そうで何よりだ」
この客人、榊吉宗は、転生して屋敷にフラリと現れた瑶太たちを養ってくれた人である。
2人にとっては父代わりとなっている。
この人のお陰で、瑶太達は現在独立してやっていけている。
「聞いたぞ。羽崎班はなかなか優秀なようだな」
「榊さん。お陰様で、ここまで来れました」
「お前たちの力だ。儂に礼を言うな」
「突然どうされたのですか?前触れもなく現れるなんて、榊さんらしくない」
榊老人の眉がピクリと動いた。
「瑶太。今日は折り入って頼みがあって参った。黒鐘滅魔隊の剣士であるお前に」
瑶太は今までの眠そうな顔が嘘のように真剣な顔になって
「どうされましたか」
「まあ、奥で話そう」
「雛とアストレアはご飯の続きをしていてくれ。」
瑶太は滅魔刀を持って立ち上がり奥の部屋に榊老人と共に消えていった。
「裏同心の仕事だね·····」
雛が、そう言った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
翌日。まだ太陽も登っていない時間に瑶太は滅魔刀を腰に指して家を出た。
行き先は七条土御門大路だった。
大和族というのはわかりやすく言うと、瑶太が生きていたかつての世界の日本人のような見た目をした人達のことだ。
名前もみんな日本人風もしくは華人風の人が多い。
他にもネグロテイアを帝都とするグリンデルバルト帝国には白肌亜族や白肌族が住んでいる。
それぞれの民族が帝都を分割して居住区を形成して暮らしているのだが近年は居住区同士の明確な境目は無くなっているし、お互いの居住区を自由に行き来して商売なども出来るようになっている。
先の魔族ハインと戦った事件も実は大和族居住区で起こったものだった。
帝都ネグロテイア大和族居住区「京」四条木辻大路というのが瑶太の住む大まかな住所である。
見た目は江戸時代末期の武士の屋敷といった所。
正門から入っていくと入口は木の引き戸となっておりガラリと開けると右手には炊事場がある。
左手は壁になっており、正面には脱いだ靴を置いておく大きな石がある。
そこから1段上がって居間や寝室がある。
畳がしかれているのは寝室ののみで他は板の間となっている。
縁側からは池に泳ぐ立派な錦鯉が見えて、ししおどしが刻むなんとも言えないリズムが羽崎邸を包んでいる。
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ハイン魔族の1件から2日経った日。
瑶太は四条木辻大路の自宅の縁側で日の光を浴びて、少しうたた寝をしていた。
縁側とは日本家屋に見られる特徴的な造りで建物の縁から張り出して設けられた通路のことで、和風のベランダと考えてくれればいい。
瑶太達は滅魔を行う滅魔士であるのだが彼らの任務は以前から決まっているものではなく、前触れもなしに、黒鐘滅魔隊本隊から「任務。出撃されたし」と朝でも夜でも突然に始まるものなので毎日夜に行う巡回以外は基本滅魔士達は家で任務を待ちつつも暮らしている。
瑶太は基本毎日日中は夜の巡回のせいで寝不足だ。
今日もまたその例外ではなく、朝6時に一旦起きたのに朝9時頃の今、またこうしてうたた寝をしている。
ポカポカとしていてついつい眠ってしまったらしい。
あぐらをかき、右足を立てて右腕をその右足の膝の下に巻き付けてその右手には滅魔専用の魔払いの模様が刀身に施された滅魔刀を握りしめている。
いつ何時に任務が命じられるのか分からないし、魔族に襲われるかもしれないから睡眠の際であろうと瑶太は刀を常に身から離さないようにしている。
台所からは包丁の心地よいリズムの音が聞こえてくる。
羽崎班の瑶太以外の班員のアストレアと瑶太の妻の雛が朝ごはんの用意をしていた。
「薬味のネギは切れたし、もうご飯をよそうだけだねっ。アストレアさん」
「そうね。私がよそうから雛は瑶太をよんできてくれる?なんだか瑶太の気配が薄くなってきているからまた寝ているんじゃないかしら?」
「さすが札使いだねっ。気配でそんなことが分かるなんて·····」
「フフっ。まあ当然よ。瑶太の事ぐらい分かって」
「あ、なんか聞き捨てならない事言った!」
「まあまあ。早く起こしてきてあげなさい。もう準備できたし」
雛は少しムムムと顔をしかめていたがすぐにトコトコ走って瑶太を起こしに行った。
瑶太は漫画のような鼻ちょうちんを大きくしたり小さくしたりしている。
明らかに寝入っている様に見える。
雛はあぐらをかく様にして寝入っている瑶太を愛情たっぷりに起こすべく陽太に飛びついた。
が、瑶太の肩に飛びついた雛の手が触れようとしたその時、瑶太はもとより立てていた右足に力をいれて横向きに大きく跳躍しながら抜刀し元々自分が座って寝ていた飛びつく先を失った雛が「むぎゅう」と倒れている場所に切っ先を向けた。
そして左手を刀の峰に添えて室内での切り合いの中では最強と言われている「臥竜突」の構えを即座につくった。
「痛たたたた」
と言いながら立ち上がった雛は瑶太の方を見た。
「なんだ·····雛か。魔族が侵入してきたのかと思ったぞ」
すぐに自分に飛びついてきた者が魔族ではないとわかると瑶太は刀をおさめた。
「なんでお兄ちゃんはいつまで経っても雛の気配が分からないのかな?」
「いや、これはその·····。僕達は仕事上命狙われること多いし、他人を守るのが仕事な以上自分の命は絶対守んないといけないし·····」
「それはそうだけど·····お兄ちゃんは自分のお嫁さんに向かってよく刃物を突きつけるこの状態をどう思っているのかなって雛は思うの」
「そりゃ、僕だって自分の可愛いお嫁さんに刀なんて向けたくはないよ。でも、僕が警戒を怠ったせいで雛やアストレアが魔族に殺されるなんてことになるより絶対にマシだ。僕は羽崎班の班長を務めている剣士。剣士は直接的な攻撃力がない巫女を守るのは僕達滅魔士の決まり事じゃないか」
「可愛い」と瑶太が言った時、雛の顔が染まった。
「お兄ちゃんが私の事思ってくれてるのは·····嬉しい·····よ」
「なあ雛。僕はこのくだり何回もしてきている気がするんだけど?僕が反射的に滅魔刀を抜いた事なんて何度もあるし」
「べ、別にお兄ちゃんに「可愛いお嫁さん」とか「雛の事大事に思ってる」って言われたいからじゃ·····ないんだか·····ら」
「で、なんの用事だったんだ?僕に飛びついてきたって事はなんかあるんだろ?」
雛のツンデレのツン部分を華麗にスルーして瑶太が言った。
雛は不服そうに
「·····もう。用事は·····ね、お兄ちゃんにお願いしたいことがあって·····」
と言った。
「何?」
雛はモジモジとしながら
「あのね、お兄ちゃん。雛達は結婚してもう3年にもなるよね?」
「ああ。そうだな」
(もしや結婚記念日うんぬんのおねだりだろうか?おかしいな、2年前も1年前もそんなこと言ってなかったのに)
と瑶太。
「雛はもう17歳でお兄ちゃんは20歳だよね?」
「そうだけど、それがどうかしたのか?」
雛は恥ずかしがりながらも瑶太の目をまっすぐと見て
「雛ね、雛ね、そろそろお兄ちゃんとの子供が欲しいのっ」
「雛ちゃん?今なんて言ったの?」
瑶太の瞬きが一切止まった。
「お兄ちゃんとの子供が欲しいの」
「そんな瞳輝かせて夢見る少女みたいにお願いされても·····」
雛は肯定的な回答をしない瑶太を見て、
「お兄ちゃん·····雛との子供欲しくないんだっ·····だからこの頃夜も相手してくれないんだっ!」
「ちょっつっ!夜の相手なんてしてねえだろが!一緒の布団で寝てるけど毎日堪えてますう!!」
「でも、お兄ちゃん夜にひっそり起きて、雛の横でなんかゴソゴソしてるじゃんっ!」
「み、見てたのか?あれは夜の相手でもなんでもないでしょが!あれは、ほらあれだよ。滅魔刀の手入れしてたんだよっ!!!」
瑶太の目は飛び出そうなぐらい開かれて血走っている。
「·····嘘です。お兄ちゃんは嘘つきです。雛の寝顔の可愛さにたまらなくなって横でシちゃったんです。きっとそうです」
(まあ寝るのって同じ布団でさ、寝間着は浴衣なんだよ?寝てたらはだけるし、健康的な20歳男性の僕には限界があるよな)と瑶太。大正解のようである。
「雛って純粋無垢に見えて結構そういうの知ってるのな。で、本当の用事は?」
「そうやっていつも相手にしてくらいんだから·····お兄ちゃんはっ。·····ご飯ができました。お兄ちゃんは食べたいですか?それとも食べたくないですか?」
「そりゃ、もちろん食べたいです。腹減ったし」
「なら、「雛ちゃん可愛い!天使!アストレアなんで比べ物にならないっ!」って言ってください。そうしたら食べさせてあげますっ!」
「なんでだ。朝ごはんはいつもの中の間でとるんだろ?勝手に行きます」
「あ~っ!ダメです!」
と雛が両手をめいっぱい上げて、歩き出す瑶太を止めた。
「それ以上歩くようなら、雛、お兄ちゃんにまた、飛びついちゃいますよ?いいんですか?」
「ああ。いいぞ。はやく朝ごはん食べよう」
適当にあしらって瑶太は中の間へと足を進める。
その背中に「えいっ」と雛が飛びついた。
「このままおんぶして連れて行ってやる」
「やっぱり下ろしてください。これじゃまるで雛が·····子供みたいですっ」
「雛は子供じゃないか。未成年だし」
「うるさいお兄ちゃんですっ」
雛が首を締めてくるが構わず瑶太は中の間まで行った。
そこはさすが黒鐘滅魔隊の、地獄と言われている入隊試験をトップでパスした瑶太である。
首を締められる程度の事は大したことではない。
雛を背負いながら瑶太は中の間に着いた。
襖を開けるともう食事の用意も済んでおり、待ちくたびれたという表情でアストレアが座っている。
「済まないな、アストレア。ちょっと雛のせいで大分遅くなってしまった」
「いえ、いいんですよ。仲のいい夫婦で。それで、なんで瑶太は雛をおんぶしているのですか?」
「話せば長くなるし、朝ごはんを頂いても良いだろうか」
そう言い、瑶太は雛を背負ったまま座って 食事を始めた。
羽崎班の食事は一汁三菜が基本となっていて常に栄養をバランスよく採れるようにと配慮されている。
今日の朝ごはんもご飯と味噌汁と焼き魚と菜の花のおひたしである。
「相変わらず美味しい。ありがとな、雛、アストレア」
「礼されるほどの事でもないですよ。瑶太が厨房に立つと大惨事になるから私たちがしている迄のことですし」
「あ、その味噌汁の上のネギね、雛が切ったんだよ!お兄ちゃんっ。美味しい?」
(ネギにうまいも不味いもない)そんな農家さんにとても失礼なことを思いつつも瑶太、
「ああ。おいしいよ。こんなネギを食べたのは初めてだ。ところで雛ちゃん?いつまで僕におんぶされているのかな?朝ごはん食べにくいんですけどっ」
「そうでしょ。美味しいでしょ。雛が切ったから当然ですっ。おんぶは·····もう雛はお兄ちゃんから離れませんっ」
と瑶太の背中にギュウーっと強く雛は抱きつく。
「もう離れないって、それじゃどうやって雛はご飯を食べるんだ?」
ズズズっと味噌汁をすすりながら瑶太が言った。
「お兄ちゃんが食べさせてくれれば良いんですっ!」
「却下。僕は眠いからご飯食べたら寝る」
「えぇ~。食べさせてくれないと、雛、餓死しちゃいますよ?」
アストレアがさっきからニヤニヤしながらこっちを見ている。
(僕ら夫婦はいつもこんな感じなのでアストレアがいなかったら食事すらままならなかっただろうな)と瑶太。
彼はアストレアに感謝している。
「もう、食事ぐらい自分で採れよな。子供ですか?雛は5歳児ですか?」
「雛17歳だもんっ。子供じゃないもんっ」
見た目は小学生でも通るのだが·····。
「なら自分で食事できるな?」
「当たり前ですっ。見ててくださいっ。お兄ちゃん!」
「はいはい」
雛はやっと瑶太の背中から離れて食事をし始めた。
ちょうどその時、戸を叩く音がした。
「私が行ってきます」
「ありがとう。アストレア」
アストレアが応対して、家に上がってもらった初老の、袴を綺麗に着た人は瑶太の顔なじみだった。
「よう。瑶太、雛。久しぶりだな」
「「榊さんっ」」
2人の弾んだ声が被った。
「お久しぶりです。僕たちが滅魔隊に入隊した時以来ですか·····」
「そうだな。2人とも元気そうで何よりだ」
この客人、榊吉宗は、転生して屋敷にフラリと現れた瑶太たちを養ってくれた人である。
2人にとっては父代わりとなっている。
この人のお陰で、瑶太達は現在独立してやっていけている。
「聞いたぞ。羽崎班はなかなか優秀なようだな」
「榊さん。お陰様で、ここまで来れました」
「お前たちの力だ。儂に礼を言うな」
「突然どうされたのですか?前触れもなく現れるなんて、榊さんらしくない」
榊老人の眉がピクリと動いた。
「瑶太。今日は折り入って頼みがあって参った。黒鐘滅魔隊の剣士であるお前に」
瑶太は今までの眠そうな顔が嘘のように真剣な顔になって
「どうされましたか」
「まあ、奥で話そう」
「雛とアストレアはご飯の続きをしていてくれ。」
瑶太は滅魔刀を持って立ち上がり奥の部屋に榊老人と共に消えていった。
「裏同心の仕事だね·····」
雛が、そう言った。
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翌日。まだ太陽も登っていない時間に瑶太は滅魔刀を腰に指して家を出た。
行き先は七条土御門大路だった。
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ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・
目覚めると、真っ白な世界。
目の前には神々しい人。
地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・
短編→長編に変更しました。
R4.6.20 完結しました。
長らくお読みいただき、ありがとうございました。
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