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最終章 果たされた約束
73話 重なる想い⑵
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「とても綺麗だ。白のドレスもお揃いの帽子も、よく似合っているよ」
仄かに化粧を施された頬や目、そして瑞々しい唇に、エドガーの心臓が大きく跳ね上がる。繊細な花飾りがついた白い帽子に、黄緑色の珍しいレースがあしらわれた白いドレス。それらは、レインリットの緑色の大きな瞳や垂らされた艶やかな紅い髪を強調し、まるで可憐な白い花の妖精のようだった。
「ありがとうございます……気に入って、いただけましたでしょうか?」
「もちろんだ!」
エドガーはすかさずそう答えた。いつもそらんじていた、陳腐な賛美の言葉などではうまく言い表せないくらいにレインリットは美しい。その髪に指を通すと、するすると手触りのよい感触が指先から伝わってくる。何度かそれを繰り返しながら、エドガーは少しだけ躊躇して、それから静かに語り始めた。
「レインリット、私は君を騙していたわけじゃないんだ」
それだけは違う、とエドガーは目に思いを込めて訴える。何があっても嘘などないことを信じて欲しかった。抱擁を解き、レインリットを一人がけのソファに座らせ、傍に跪くと視線を合わせる。
「私たちが出会ったのは偶然だ、レイン。確かに私はソルダニア帝国陸軍の少佐で、ソランスターの調査を命じられていた。ファーガルのこともあって承諾したが……私はそもそも、君に一目惚れしたんだ」
「エドガー、さま」
「愛している」
エドガーは、レインリットが何か言う前に告げた。今までレインリットからは同じ言葉を返してもらったことはないが、だからと言って諦められるような想いではないのだ。膝に揃えられた手の甲に、エドガーは自分の手のひらを重ねてもう一度告げる。
「レインリット・メアリエール・オフラハーティ、君を愛している。閣下……お父上のために必死だった君も、凛とした貴族たらしめんとする君も、エーレグランツの景色を楽しんでいた君も」
エドガーは、恐る恐るレインリットの手を取ると、指を這わせた。何も言わないが、その緑色の瞳に見え隠れしているのは嫌悪ではないという確信があったから。
「その紅い髪をいつまでも梳いていたい、その緑色の瞳を独り占めしたい、その柔らかな唇に、何度でもキスをしたい」
エドガーの指は髪に触れ、頬に触れ、そして、艶やかな唇を掠める。まさに、蕩けるような熱い眼差しで、レインリットの緑の瞳を捉えた。
「レイン、君は……何故私に会いにきてくれたのか、聞いてもいいか?」
すると、レインリットは一度目を伏せた。拒絶するのか、と思った瞬間、エドガーの臓腑にぞわぞわとした嫌なモノが走る。どす黒くドロドロとした、決して見せられないような負の感情だ。
――駄目だ、嫌だ、嫌だ、拒絶しないでくれ、頼む。
エーレグランツの街屋敷のベランダで、シェーリンク行きの蒸気船の甲板で、ソランスターの屋敷で、お互いの間に確かに宿ったその想いを、間違いだと言わないでくれ、とエドガーは銀色の瞳に想いを乗せる。すると、レインリットはエドガーの手を握ると、その指先に小さくキスをした。
「エドガー様、私……愛していると、言ってもいいのですか?」
それは、レインリットが必死に守ってきたものと相反する想いだった。それに気づいたエドガーは、小刻みに震えるレインリットの身体に両腕を回した。
「言ってくれ、大丈夫だから、何度でも聞きたい」
「愛しています、エドガー様、いつからなんてわかりません、でも、私、その銀色の瞳も髪も、温かい手も、低い声も」
レインリットは、貴族としての義務と責任を重んじていた。それは美徳であったが、同時に枷となるものだ。エドガーが一方的に押し付けてきた好意が、どれだけその心を苦しめてきたのだろう。
「すまない、レイン。でも好きだ、愛してるんだ」
「私も、愛しています……ですが」
「今さら拒否なんてしないでくれ! 約束する、君と結婚できるように、必ず迎えに来る」
エドガーは言葉を切ると、その唇を塞ぐようにキスをした。温もりを分け合うように、甘やかな唇を食む。レインリットの甘い吐息がエドガーの情熱を煽り、いつまでも貪っていたいくらいに酔いしれる。
「待っていてくれ。絶対に君を迎えに来るよ、約束だ」
瞼に、頬に、鼻にキスの雨を降らせ、エドガーはレインリットの頬を両手で包む。柔らかで滑らかな頬は、ふんわりとして熱を持っていた。
「はい……いいえ、エドガー様」
「レインリット?」
「エドガー様、待てません。貴方が約束を守ってくださることは、頭では理解しているのです……ですが私は、確たる証が欲しいのです」
今度はレインリットがエドガーの頬に手を伸ばし、それから同じように、顔中にキスを落としていく。そして、とうとう唇に触れる瞬間
「エドガー様、私の心を、貴方に捧げます」
レインリットが、ソランスターの地に古くからある愛の言葉をエドガーに贈り、そしてゆっくりと唇にキスをしてきた。
仄かに化粧を施された頬や目、そして瑞々しい唇に、エドガーの心臓が大きく跳ね上がる。繊細な花飾りがついた白い帽子に、黄緑色の珍しいレースがあしらわれた白いドレス。それらは、レインリットの緑色の大きな瞳や垂らされた艶やかな紅い髪を強調し、まるで可憐な白い花の妖精のようだった。
「ありがとうございます……気に入って、いただけましたでしょうか?」
「もちろんだ!」
エドガーはすかさずそう答えた。いつもそらんじていた、陳腐な賛美の言葉などではうまく言い表せないくらいにレインリットは美しい。その髪に指を通すと、するすると手触りのよい感触が指先から伝わってくる。何度かそれを繰り返しながら、エドガーは少しだけ躊躇して、それから静かに語り始めた。
「レインリット、私は君を騙していたわけじゃないんだ」
それだけは違う、とエドガーは目に思いを込めて訴える。何があっても嘘などないことを信じて欲しかった。抱擁を解き、レインリットを一人がけのソファに座らせ、傍に跪くと視線を合わせる。
「私たちが出会ったのは偶然だ、レイン。確かに私はソルダニア帝国陸軍の少佐で、ソランスターの調査を命じられていた。ファーガルのこともあって承諾したが……私はそもそも、君に一目惚れしたんだ」
「エドガー、さま」
「愛している」
エドガーは、レインリットが何か言う前に告げた。今までレインリットからは同じ言葉を返してもらったことはないが、だからと言って諦められるような想いではないのだ。膝に揃えられた手の甲に、エドガーは自分の手のひらを重ねてもう一度告げる。
「レインリット・メアリエール・オフラハーティ、君を愛している。閣下……お父上のために必死だった君も、凛とした貴族たらしめんとする君も、エーレグランツの景色を楽しんでいた君も」
エドガーは、恐る恐るレインリットの手を取ると、指を這わせた。何も言わないが、その緑色の瞳に見え隠れしているのは嫌悪ではないという確信があったから。
「その紅い髪をいつまでも梳いていたい、その緑色の瞳を独り占めしたい、その柔らかな唇に、何度でもキスをしたい」
エドガーの指は髪に触れ、頬に触れ、そして、艶やかな唇を掠める。まさに、蕩けるような熱い眼差しで、レインリットの緑の瞳を捉えた。
「レイン、君は……何故私に会いにきてくれたのか、聞いてもいいか?」
すると、レインリットは一度目を伏せた。拒絶するのか、と思った瞬間、エドガーの臓腑にぞわぞわとした嫌なモノが走る。どす黒くドロドロとした、決して見せられないような負の感情だ。
――駄目だ、嫌だ、嫌だ、拒絶しないでくれ、頼む。
エーレグランツの街屋敷のベランダで、シェーリンク行きの蒸気船の甲板で、ソランスターの屋敷で、お互いの間に確かに宿ったその想いを、間違いだと言わないでくれ、とエドガーは銀色の瞳に想いを乗せる。すると、レインリットはエドガーの手を握ると、その指先に小さくキスをした。
「エドガー様、私……愛していると、言ってもいいのですか?」
それは、レインリットが必死に守ってきたものと相反する想いだった。それに気づいたエドガーは、小刻みに震えるレインリットの身体に両腕を回した。
「言ってくれ、大丈夫だから、何度でも聞きたい」
「愛しています、エドガー様、いつからなんてわかりません、でも、私、その銀色の瞳も髪も、温かい手も、低い声も」
レインリットは、貴族としての義務と責任を重んじていた。それは美徳であったが、同時に枷となるものだ。エドガーが一方的に押し付けてきた好意が、どれだけその心を苦しめてきたのだろう。
「すまない、レイン。でも好きだ、愛してるんだ」
「私も、愛しています……ですが」
「今さら拒否なんてしないでくれ! 約束する、君と結婚できるように、必ず迎えに来る」
エドガーは言葉を切ると、その唇を塞ぐようにキスをした。温もりを分け合うように、甘やかな唇を食む。レインリットの甘い吐息がエドガーの情熱を煽り、いつまでも貪っていたいくらいに酔いしれる。
「待っていてくれ。絶対に君を迎えに来るよ、約束だ」
瞼に、頬に、鼻にキスの雨を降らせ、エドガーはレインリットの頬を両手で包む。柔らかで滑らかな頬は、ふんわりとして熱を持っていた。
「はい……いいえ、エドガー様」
「レインリット?」
「エドガー様、待てません。貴方が約束を守ってくださることは、頭では理解しているのです……ですが私は、確たる証が欲しいのです」
今度はレインリットがエドガーの頬に手を伸ばし、それから同じように、顔中にキスを落としていく。そして、とうとう唇に触れる瞬間
「エドガー様、私の心を、貴方に捧げます」
レインリットが、ソランスターの地に古くからある愛の言葉をエドガーに贈り、そしてゆっくりと唇にキスをしてきた。
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