【R18】逃げ出した花嫁と銀の伯爵

星彼方

文字の大きさ
上 下
52 / 82
第4章 いざ、ソランスターへ

52話 手にした証拠⑴

しおりを挟む
 翌日、予定通り馬車に乗ってフィゲンズに向かった。エドガーは昨日のことには触れず、レインリットの隣に座って手を握っている。力のことについては、とても言い出せる雰囲気ではなかった。

 そうして小一時間くらい進んだところで、エドガーの方からやっと話題を振ってきた。

「フィゲンズの教会の教導師様はどんな人だい?」

「ディーケン教導師様は、三年前に来られたお若い方です。父の葬儀の時にもお会いしたはずなのですが……」

 フィゲンズの教会は、ウェルシュ子爵との婚儀を執り行うはずだった教会である。仕方なくそのことを告げると、エドガーは呆れたように呟いた。

「子爵領の教会ではなく近場で済ませようとは……いや、結婚しなくて済んだのは幸いだが、ウェルシュ子爵とやらも大概な男だな」

「愛人がたくさんおられたそうです。爵位をウィリアム・キーブルに譲渡するとして、私との結婚の利点などあるのでしょうか」

 レインリットは本気でそう思っていた。隣のエドガーや、向かい側のエファが微妙な顔になったが、本人はどこ吹く風だ。

「レインリット、君は自分の価値をもう一度見直すべきだよ」

「伯爵様、私もそう思います。むしろお嬢様は今すぐにでもご自分の価値を見直さねばなりません」

 二人が話している時はなるべく邪魔をしないように口を閉ざしているエファが、饒舌になって会話に参加してくる。珍しいこともあるものだ、とレインリットはのんきに考え、見えてきた教会の屋根を指差した。

「エドガー様、あそこがフィゲンズ・グイ教会です。私たちの旅は、ここから始まりました」

 フィゲンズの町がよく見える高台にあるその教会は、変わらずにレインリットを迎えてくれる。しかし、決死の覚悟で逃げ出したあの時とは、レインリットを取り巻く状況は激変した。

 ――ようやく、ここまでやってきたのね。

 白ばむまで力を込めて握りしめていた手の上に、隣からエファが手を添えてくる。そして、エドガーもその上に手を乗せてきた。

「大丈夫だ、私もいる」

 その言葉に胸が一杯になったレインリットは、静かに頷いた。



 §



 フィゲンズ・グイ教会は、建立から五百年以上経っているという古リングール文化を色濃く残した石造りの建物だった。エファと従僕たちを馬車に待機させ、エドガーとレインリットだけで中に入る。そしてエドガーは、まず天井から差し込む光に目を奪われた。

「中は随分と広いのだな」

「はい、音がよく響くように造られていて、別名『光と音の教会』と呼ばれているのです」

 敬虔な信徒たちが熱心に祈りを捧げており、エドガーは邪魔をしないように囁き声で話す。

「教導師様はあちらの部屋か」

 正面に向かって右奥に扉がある。しかしレインリットは左奥の隅を指し示した。よくよく見ると、石壁の段差の一部から薄っすらと光が漏れている。

「あそこの階段から礼拝堂の裏に回って二階にあがるのです」

「なるほど、一見したらわからないようになっているんだな」

 半螺旋状になった石の階段を昇ると、レインリットが説明したように裏手の居住部があった。窓から外を覗けば、小さな香草園や畑がある。世話役の者たちがせっせと農作業をしている姿も見えた。レインリットはある扉の前に立つと、エドガーを見上げる。

「ここにおられると思います」

「わかった。ディーケン教導師おられますか?」

 すると直ぐに中から応える声がした。

「懺悔ですか、少しお待ちなさい」

「いえ、懺悔ではなく、後見人名簿を見せていただきたいのです」

 エドガーの言葉に扉が開き、中から予想より随分と若い男が出てきた。素性がバレないようにヴェールを被っていたレインリットが、エドガーの手をギュッと握る。どうやら彼がディーケン教導師で間違いないようだ。

「後見人名簿を、ですか」

「はい、私はエドガー・ハーティと言います。実は私は後見人を指定されているのですが、何やら手違いがあったようでして」

「なんと! わかりました、どうぞこちらへ」

 人のよさそうな顔をした教導師が、突き当たりにある部屋の扉を開ける。わずかにかび臭い部屋の中には、古い革表紙の聖書や、貴重な本の数々が並べられていた。教導師はいくつかのランプに火を灯すと、分厚い本を取り出してくる。

「これが後見人名簿です。それで一体、何の手違いがあったのでしょう」

「いえ……私は姪の後見人だったはずなのですが、親戚の一人がそれは違うと言い張りまして。それでこうやって確かめに来たのです」

「おやおや、それは一大事ですね」

 教導師が差し出してきた後見人名簿を受け取ったエドガーは、近くに置いてあった机を借りてめくり始める。レインリットが生まれたのは十八年前。後見人登録をする者はそれほど多くないようで、あっという間に十年ほど前まで遡った。

「彼女が姪御さんですか?」

「え、ええ……私の兄が他界してしまって、彼女の婚姻のための支度金が必要になったんですよ」

 好奇の視線を感じて顔を上げると、教導師がにこやかに微笑んでいた。レインリットも居心地が悪いのか、エドガーの身体を盾にして隠れようとしたのだろう。ヴェールの端がエドガー上着のボタンに引っかかり、半分取れてしまった。慌ててヴェールを被り直すレインリットに、教導師が近づいてきて手伝い始める。

「美しい瞳をしていますね。一度見たら忘れられない宝石の瞳ですか」

「教導師様、あの」

「私は聖職者ですから心配ありませんよ」

 エドガーはさりげなくレインリットを庇いながら、教導師から遠ざける。顔を見られてしまったのは仕方ないが、その賛辞は必要ない。

「ハーティさん、ゆっくりどうぞ。私は礼拝堂におりますので、終わりましたらお知らせください」

「ありがとうございます、教導師様」

「ではまた、美しいお嬢さん」

 教導師がそう言い残して部屋を出ていくと、エドガーはその扉を睨みつけた。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

処理中です...