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第2章 惹かれ合う二人

29話 妖精と呼ばれた令嬢⑶

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 エドガーが言った『幸運の妖精』という言葉に、レインリットは聞き覚えがなかった。兄からは『いたずら妖精』とばかり言われていたので、違和感しかない。それは一体誰のことなのか、と疑問に思う。もう一つ、『妖精』と呼ばれる所以はあったが、それを兄が口外することは思えなかった。

「あの、それは本当に兄が言っていたのですか?」

 レインリットの戸惑いが伝わったのか、エドガーもきょとんとした顔になる。

「ファーガルはこのチャームのことを教えてくれた時、『幸運の妖精がくれたお守り』と言っていたが。彼の話にはその妖精が度々出てきて、紅い髪に緑色の瞳をしたとても可愛い妖精だと」

「わ、私は、聞いたことがなくて……いつも『いたずら妖精』とばかり言われていましたので。私は、子供の頃はとてもお転婆だったのです」

 兄が自分のことをそんな風に話していたのは意外だった。ほんの小さな頃は一緒になって遊んでいてくれた兄は、レインリットが十を数える頃になると「もう少し淑女らしくなりなさい」とお小言が多くなっていったのに。するとエドガーは何かを思い出したように手を打ち、意味ありげな顔で彼女を見た。

「そういえば、ドレス姿で雪まみれになったり、その冷えた身体で後ろから飛びついてきたりと、すばしっこい妖精だったとも言っていたような」

「それは! お兄様が背負ってくださったからで、好きで飛びついたわけではありません」

 エドガーの目は弓なりになると、真っ赤になって頬を膨らませているレインリットを見て吹き出した。

「少々活発だと言っていたのは……そうか、だから君は木に登っていたんだね」

「それは忘れてください! エドガー様は、一体兄からどんな話を聞かされたのですか。もう、お兄様ったら……」

 レインリットはそのまま押し黙った。その兄に、もう会えないことを思い出したのだ。もう一度手のひらに目を落とし、妖精のチャームを撫でる。

「エドガー様は本当に、兄とお知り合いだったのですね」

「ああ、ファーガルは最高の戦友だった。まさか君が、彼の妹だったなんて」

 エドガーの感極まったような声音に、レインリットの脳裏に浮かぶ兄の姿は涙で滲んでよく見えなかった。



 §



 偶然というには出来すぎた奇跡に、エドガーの心臓は痛いほど鳴り響く。潤んだ目でチャームを大事そうに撫でるレインリットを、思わず抱きしめて慰めたくなる手を抑えた。

「ファーガルは馬の扱いがとても巧みだったから、それがきっかけで仲良くなったんだ」

 重装騎兵として、乗馬の技術は命に関わる大事なものだ。ファーガルの手綱捌きや馬との意思の疎通方法の巧みさには目を見張るものがあり、同じく乗馬を得意としていたエドガーとすぐに意気投合した。

「そうだったのですね。兄は昔から乗馬が得意で、海軍ではなく陸軍を選んだくらいなのです。海軍には騎馬部隊はありませんから」

「それは彼から聞いたことがあるよ。ソランスター伯の称号を受け継ぐ者は海軍をまとめなければならないが、自分は船酔いするから向いていないと。お父君の反対を押し切ったのだったね?」

「はい。それで、戦争に……」

 エドガーは、ファーガルが「半ば仲違いをして出兵してきたことを悔いている」と言っていたことを思い出した。二つ年下の彼を、エドガーは兄のような立場から諭したこともある。正義感に溢れ、馬を可愛がり、戦場でも人懐こい笑顔を見せていた彼。そんな根が優しい彼が溺愛していた『幸運の妖精』が今、一人必死で家を守ろうと足掻いている。エドガーは益々、レインリットを助け、そして守りたくなった。

「でもどうして、このチャームをエドガー様が持っておられるのですか?」

 目の縁が赤くなり、泣き笑いのような顔でエドガーを見上げてきたレインリットの頬を、エドガーはほぼ無意識のうちに撫でる。その柔らかな感触を手袋越しに感じながら、エドガーの心はあの戦場へと飛んでいく。

「突撃の時、ファーガルが忘れていったんだよ。私が彼の天幕に戻った時には、彼の私物はほとんど何もなかったんだ。このチャームが唯一、故郷に繋がるものだった」

 エドガーは、ティルケット砦の野営地の酷い有り様をありありと思い出した。

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