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第1章 逃げ出した花嫁
12話 小さな嘘の綻び⑷
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レイウォルド伯爵を外に待たせたままではいられない。レインリットとエファは急いで宿の部屋に戻り、少ない荷物をまとめていった。
「お嬢様、なんだって、なんだって伯爵様などとお知り合いになられたのですかっ?!」
部屋に戻るなり、エファは一気にまくし立てる。
「お帰りがいやに遅いと思って心配しておりましたのに、一体どこで、何をなされたのです? ああ、こんなことになるとわかっていたなら私もご一緒するべきでした」
「落ち着いてエファ。伯爵様にはあの事は話してないから。親戚のマクマーンを探してくださるのよ?」
「だからこそ、怪しいではありませんか! 旦那様ではあるまいに、爵位をお持ちの方が下々の者に親切にするなど!」
「エファも聞いたでしょう? 伯爵様が望まれているのは、シャナス公国のお話よ」
「たったそれだけのことで屋敷に滞在を許されるなんて、私は聞いたことがございません!」
確かにエファのその心配も頷ける。怪しい身なりの女性二人を屋敷に招くなど、何かよからぬことがあるとしか思えなくても仕方がない。
レインリットの父親はたいそう気さくであったので、公国海軍の兵士たちを預かるがゆえに、部下たちを屋敷に招くことがよくあった。それに港に住まう海の男たちとも気軽に話していて、領民たちの陳情を直接会って丁寧に聞いていた。それは貴族として普通ではない、と知ったのは大人になってからだった。
普通の貴族は、領民であれ誰であれ、市井の民と直接的に馴れ合うことはほぼない。レインリットは自分の父親と他の貴族たちとの差異を感じた時、とても驚いたことを思い出す。
「伯爵様もお父様みたいなお考えかもしれない」
「しかしお嬢様」
「大丈夫。伯爵様は称号にお誓いになられたの。だから、そこは信用できると思っているの」
大きな布袋にドレスを詰め込んでいたエファが、ピタリと作業の手を止める。その目が、信じられないとでも言うように見開かれていた。
「称号に、お誓いに?」
「ええ。最初はクロナンの追っ手だと思っていたけれど、杞憂だったわ。少なくとも今はまだ、メアリ・ハーティでいられる」
「では、まだ偽りの話のままでよろしいのですね」
「私たちはシャナス公国から来た従姉妹で、結婚が嫌で逃げ出して親戚を探しているの」
すると、エファは気が抜けたかのように床に座り込んでしまった。
「エファ、大丈夫?」
「大丈夫もなにも……お嬢様、後生ですから、今後はもう少し大人しくなさってくださいませ。これでは私の心臓が持ちません」
エーレグランツに来てからひと月あまり。十分に迷惑をかけている自覚があったレインリットは、エファに駆け寄るとその背中を労わるようにさする。
「心配をかけてごめんなさい。貴女にばかり負担をかけたくなかったの」
「お嬢様を心配するのは私の性分でございます。私の方こそお嬢様に負担をかけてしまいまして申し訳ございません……本当ならば、お嬢様にこんな不憫な生活を強いるなど」
「貴女がいなければエーレグランツまで来くことはできなかった。エファは私の最高の侍女よ」
「もったいないお言葉にございますっ」
感極まったのか涙をこぼしたエファに、レインリットもつられてもらい泣きになった。ここに来てから本当の意味で心休まることがなかった二人は、ようやく掴むことができた幸運に感謝する。少なくとも、夜の喧騒に眠りを妨げられることもなく、いつクロナンの追っ手に見つかるかと宿を転々として隠れる必要もない。
――これがいい方向に進めばいいのだけれど。
マクマーンが見つかるまでの間だけだが、レイウォルド伯爵の屋敷に滞在できる。決して贅沢を期待しているわけではない。二人が滞在するのは使用人の部屋になるのだろう。それでも、不思議な銀色の目と髪をした端正な伯爵と話せるということに、レインリットは少しだけ心を踊らせた。
「お嬢様、なんだって、なんだって伯爵様などとお知り合いになられたのですかっ?!」
部屋に戻るなり、エファは一気にまくし立てる。
「お帰りがいやに遅いと思って心配しておりましたのに、一体どこで、何をなされたのです? ああ、こんなことになるとわかっていたなら私もご一緒するべきでした」
「落ち着いてエファ。伯爵様にはあの事は話してないから。親戚のマクマーンを探してくださるのよ?」
「だからこそ、怪しいではありませんか! 旦那様ではあるまいに、爵位をお持ちの方が下々の者に親切にするなど!」
「エファも聞いたでしょう? 伯爵様が望まれているのは、シャナス公国のお話よ」
「たったそれだけのことで屋敷に滞在を許されるなんて、私は聞いたことがございません!」
確かにエファのその心配も頷ける。怪しい身なりの女性二人を屋敷に招くなど、何かよからぬことがあるとしか思えなくても仕方がない。
レインリットの父親はたいそう気さくであったので、公国海軍の兵士たちを預かるがゆえに、部下たちを屋敷に招くことがよくあった。それに港に住まう海の男たちとも気軽に話していて、領民たちの陳情を直接会って丁寧に聞いていた。それは貴族として普通ではない、と知ったのは大人になってからだった。
普通の貴族は、領民であれ誰であれ、市井の民と直接的に馴れ合うことはほぼない。レインリットは自分の父親と他の貴族たちとの差異を感じた時、とても驚いたことを思い出す。
「伯爵様もお父様みたいなお考えかもしれない」
「しかしお嬢様」
「大丈夫。伯爵様は称号にお誓いになられたの。だから、そこは信用できると思っているの」
大きな布袋にドレスを詰め込んでいたエファが、ピタリと作業の手を止める。その目が、信じられないとでも言うように見開かれていた。
「称号に、お誓いに?」
「ええ。最初はクロナンの追っ手だと思っていたけれど、杞憂だったわ。少なくとも今はまだ、メアリ・ハーティでいられる」
「では、まだ偽りの話のままでよろしいのですね」
「私たちはシャナス公国から来た従姉妹で、結婚が嫌で逃げ出して親戚を探しているの」
すると、エファは気が抜けたかのように床に座り込んでしまった。
「エファ、大丈夫?」
「大丈夫もなにも……お嬢様、後生ですから、今後はもう少し大人しくなさってくださいませ。これでは私の心臓が持ちません」
エーレグランツに来てからひと月あまり。十分に迷惑をかけている自覚があったレインリットは、エファに駆け寄るとその背中を労わるようにさする。
「心配をかけてごめんなさい。貴女にばかり負担をかけたくなかったの」
「お嬢様を心配するのは私の性分でございます。私の方こそお嬢様に負担をかけてしまいまして申し訳ございません……本当ならば、お嬢様にこんな不憫な生活を強いるなど」
「貴女がいなければエーレグランツまで来くことはできなかった。エファは私の最高の侍女よ」
「もったいないお言葉にございますっ」
感極まったのか涙をこぼしたエファに、レインリットもつられてもらい泣きになった。ここに来てから本当の意味で心休まることがなかった二人は、ようやく掴むことができた幸運に感謝する。少なくとも、夜の喧騒に眠りを妨げられることもなく、いつクロナンの追っ手に見つかるかと宿を転々として隠れる必要もない。
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マクマーンが見つかるまでの間だけだが、レイウォルド伯爵の屋敷に滞在できる。決して贅沢を期待しているわけではない。二人が滞在するのは使用人の部屋になるのだろう。それでも、不思議な銀色の目と髪をした端正な伯爵と話せるということに、レインリットは少しだけ心を踊らせた。
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追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
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